離婚話と龍介の選択
怖かったと、あの超音波泣きで、佳吾を困らせたのかと思いきや、楽しかったとはどういう事かと話を聞いて、竜朗も開いた口が塞がらなかった。
苺と蜜柑はいつものように、仲良く下校途中だった。
ちゃんと図書館の人間が護衛についていたのだが、例によって、百戦錬磨の竜朗でも予測不可能の動きをし、結果的に警護の人間を巻いてしまった。
その隙をやはり狙われてしまった。
龍彦の言った通り、ぽっかり穴が開いてしまったのである。
賊は4人居た。
二手に別れ、其々が2人を捕まえようとしたが、苺の方が捕まるのが若干早かった。
それは蜜柑の方は木に登っていたからだ。
直ぐさま苺の危機に気付いた蜜柑は、木の上から怒鳴った。
「苺に何すんのよおおおー!!!」
そして、間髪を容れず、ランドセルの左横に付いている巾着袋を引っ張りながら狙いを定める。
ランドセルの右側から出た銃身の様な物から、でっかい鉄の玉が立て続けに飛び出し、賊の男2人の頭に直撃。
2人の男が倒れたが、得意になる蜜柑にもう2人の男が襲いかかろうとした。
しかし、今度は苺が黙っていない。
「蜜柑に何すんのよおおおー!」
と言うが早いか、ランドセルに挿さっている笛袋のはずの物から、笛であってそうでない物を取り出すと、狙いを定めて、男2人のお尻に向かって吹いた。
ブスッ、ブスッと突き刺さったそれには、拓也から貰った、まりもも打たれて3日間仮死状態になったあの薬がたっぷり塗ってあり、男2人は直ぐに倒れた。
そこへ漸く2人を見つけた警護の人間が来て、驚いて声も出なくなっている目の前で、双子は狂喜乱舞して、喜びの舞を踊っていたそうだ。
何故そんな危険な物を…という問いには、
「爺ちゃんが、怖い人たちが居るから気をつけなさいって言ってたから、作って持ってた!」
のだそうだ。
「まあ、無事で良かったけど…。」
話を聞いた龍介がそう呟くと、龍太郎は、しずかの手を取った。
「しずか、話聞いて。」
「ー嫌…。」
しずかの目から涙がこぼれ落ち、龍太郎はしずかを別室に連れて行った。
そして、竜朗も龍彦を別室に誘った。
ー離婚の話かな…。
龍介がそう思って、深刻な顔をしていると、竜朗は、龍介も誘い、3人は龍彦の書斎に入った。
「たっちゃん、龍太郎もしずかちゃんに話してるとは思うが、俺からも頼む。
しずかちゃんともう一回結婚して、子供達、引き取ってやってくれねえかい。
勝手な事して、龍太郎そっくりの子供までこさえといて、本当に勝手な話だってえのは、よく分かってる。
その上、苺と蜜柑はあの通り、手がかかる。
本当に申し訳ねえ。
だが、聞き入れてやっちゃくれねえかい。」
龍彦も龍介同様、深刻な顔をしていた。
「それは…、元々俺は吝かではありません。
どういう訳か、あのバカそっくりと言われても、双子ちゃんは可愛くて、他人なんて気がしない。
だけど、本当にそれでいいんですか。
あいつ、大丈夫なんですか。
宇宙開発と地球回復なんて難しい仕事に加え、今度はさしてやりたくもないクラリス計画までやらなきゃならない。
クラリス計画だけで、アメリカやイギリスが黙っているとは思えないんです。
そしたら、またあいつは1人で重圧背負って、戦わなきゃならない。
家族の支えが一気になくなっちまったら、しんどすぎませんか。」
クラリス計画とは、会議で手打ちとなった、撃たれたミサイルを全て元の場所に撃ち返すシステムの事だ。
「だからなんだ。
ああ見えて、あいつにとっちゃ、しずかちゃん、龍、ふたごっちの4人は何よりも大切なんだ。
てめえの命は元より、多分、命より大事な信念よりもさ。
この4人にもしもの事があるよりも、1人になった方がいいんだ。
来る前もそう言ってて、しずかちゃんには、龍とこのままイギリスに残れって話すって言ってたんだ。」
「でも、しずかは嫌がってます。
あいつの為だけじゃない。
16年も夫婦としてやって来て、しずかにとっても、あいつは必要な男なんです。」
「けど、それはたっちゃんには敵わねえはず。」
「そうかなあ…。」
「そうだろう。それに、ふたごっちは龍とは違う。今回はたまたま上手く行ったが、次はどうだか。」
「それはそうですが…。俺としては、しずか達がそれで納得するのならいいんですが…。」
そして、龍彦と竜朗は龍介の顔を見て、固まった。
その頃、しずかは龍太郎の寝室になっている部屋で龍太郎の膝にまたがり、ビッタリくっ付いて泣いていた。
龍太郎が背中をさすっていると、しずかはやっと話し始めた。
「龍太郎さんと16年も夫婦やってきたのよ…。
私にとっても龍太郎さんは居ないと嫌な人なのよ…。
離れるなんて凄く不安なんだもん。
私だって愛してるんだもん…。
龍太郎さんの事…。」
龍太郎は少し驚いた様な、嬉しそうな顔をすると、しずかの顔を覗き込んだ。
「嬉しいなあ、しずかからそんなセリフが聞けるなんて。」
「……。」
「でも…、もう無理だ…。しずか達に何かあったりしたら、俺は生きて行けない。」
「分かってる…。かえって邪魔ね。」
「邪魔とかそういう話じゃないんだよ?」
「分かってる。ちょっといじけてみただけ。」
またビッタリくっ付くしずかを抱き締めて、幼い子を諭す様に言う。
「真行寺と暮らせるじゃん。俺と居るより幸せだろ?親子水入らずでさ。」
「そこなんだけど。」
しずかはむくっと顔を上げ、龍太郎を見つめた。
「ー何?」
「龍…、多分、あの子…。」
そこで龍太郎もハタと気付いた様子で、焦りだした。
「ーええ!?それじゃ本末転倒だろ!?」
龍彦と竜朗が龍介の顔を見た時、龍介は夏目もびっくりの仏頂面で空を見据えていた。
「龍…、何考えてんだい…。聞きたくねえ気がするが、言ってみな…。」
「俺は父さんの所に残る。」
「龍!危ねえんだってえ!話聞いてたろ!?やっとたっちゃんと暮らせるんだぜ!?」
「聞いてたよ。そりゃ、お父さんとは暮らしたい。
でも、父さんはどうすんだ。
大体、爺ちゃん、さっき俺は大丈夫みてえな事言ってたじゃねえか。」
「そら、そうだけども…。」
オロオロする竜朗に反して、龍彦は笑っている。
「たっちゃん、笑ってないでさ…。」
「いやいや。そう言うと思った。」
「ええー?」
「それが龍介の男の道なんですよ、お義父さん。許してやって下さい。」
「そんな、だってよお…。」
竜朗は頑張って、説得を試みる。
「龍、転校が嫌なのも分かる。亀一達や瑠璃ちゃんと離れるのも辛えだろうけどさ…。」
「いや。俺はどこでも上手くやってける自信はある。
きいっちゃん達とも物理的に離れたからと言って、なくなる様な友情は築いてねえから、そこら辺は全く問題無い。」
頭を抱える竜朗に、更に笑い出す龍彦。
「お義父さん、無駄ですよ。
龍介の男気、大事にしてやりましょう。
それに、お父さんだって、嬉しいでしょ?
龍介だけでも残れば。」
「まあねえ…。」
竜朗は龍介の真っ直ぐな目を見つめると、やっと笑い、龍介の頭をガシガシと撫でた。
「ならしょうがねえ。俺も腹括る。」
龍介は満足そうに頷いた。
夜はしずかは宣言通り、龍太郎の妻としてパーティーに出席した。
しずかと夫婦として最後のダンスを踊りながら、龍太郎は静かに言った。
「帰国したら、直ぐ離婚届出しておくから。
苺と蜜柑も、こっちで手配して、来させるし、荷物も送るから、しずかはここから動いちゃ駄目だよ?」
「うん…。龍太郎さん。」
「なあに?」
「戦友は変わらないからね。」
龍太郎は微笑みながらしずかを抱き締めた。
「うん…。分かってる…。」
2人はダンスタイムが終わるまでずっと、ぴったりくっ付いて離れなかった。