宇宙開発の問題
春休みになって、イギリスへ行くと、龍介は龍彦の口からも誘拐事件の話を聞いた。
「凄いね、お父さんのその観察力。」
「いや、そうでもねえだろ。龍介も似た様なもんだと思うがな。」
「いや、そんな事無いと思う。そんで、その後、ブンさんて人はどうなったの?」
「執行猶予付きの軽い刑で済んで、実質、刑務所には入らずに済んだ。
律儀に毎年、年賀状くれてさ。
俺が死んだって事になるまでの様子だと、自分で造園業起こして、奥さんも子供も出来て、平穏無事に暮らせてた様だ。」
「お父さん生きてたって、まだ知らねえの?」
「だって、実は生きてましたって、結構ややこしいだろう。
こっちの関係者でもねえんだし。
まあ、引っかかっちゃいるんだけどな。
俺が死んだって聞いたら、俺が入って無え墓の前で、『なんで龍彦みたいな立派な子が俺より先に死んじゃうんだ。世の中間違ってる。』って号泣してたっていうしさ…。
毎年命日に墓参りしてくれてるらしいし、そこまで恩を感じて貰える様な事した覚えねえんだけど…。」
「いや、お父さんに出会って、気づかせて貰った事で、人生変えられて、立派に商売出来る様になったからだと思うぜ?。
うーん…。可哀想だな…。なんとか面倒が起きない方法で知らせてあげられないかな…。」
「まあねえ…。日本行った時に顔見せてやればいいのかもしれねえけど、暇がねえ…。」
確かに、龍彦にしても、京極にしても、ここのところ、特に忙しくなって来ている様子で、余程の事が無い限り、日本には帰って来られなくなっている。
どうも、何か起きている様なのだが、龍介は知らされていない。
「ところで、龍介は大丈夫か。あんな目に遭って…。」
龍介をまた心配そうに見つめる。
あの拉致事件があって以来、龍介を見る時は必ずこの目なので、龍介もいい加減笑ってしまった。
「お父さん、俺は大丈夫だって。意外とそれなりに楽しんでましたよ?お父さん誘拐事件の時並みに。」
「無理してないか!?」
「してねえよ。お父さんしてた?」
「いや、全然。でも規模が違う。」
「違くても、俺は酷え目になんか遭ってねえもん。そういう意味で、きいっちゃんがちょっと心配だったけどさ。」
「そうだな…。意外とメンタル弱いからって、しずかも心配してた。どうだ?その後。」
「爺ちゃん達が、今回の拉致被害者全員にカウンセリング受けさせてくれてるし、栞ちゃんも居るし、なんて言っても、親が優子さんと和臣おじさんだから、大丈夫そう。
拓也も拓也なりに励ましてるみたいだしね。」
「優子ちゃん、昔から度量があるもんなあ…。
しずかも、どよんとすると、優子ちゃんなんだって言ってたし…。
それに、長岡君て、あんな感じなのに、凄え熱い男だもんな。そっか、大丈夫かな。」
「うん。俺もおじさんのアレはうるっと来た。」
「だよなあ。俺も聞いて号泣。」
「ご…号泣…。」
意外と緩い龍彦の涙腺。
「そうだ、龍介。」
「はい。」
言ったものの、龍彦は黙ってしまった。
タバコの煙をくゆらせ、考え込んでしまっている。
「どうかした…?」
「双子ちゃん達、気をつけてくれ。」
「暴走しねえ様に?」
龍彦はずっこけた後、笑い出した。
「それ出来んのかあ?」
「いや、結構難しい任務だな。」
笑っていつつも、龍彦の目は暗かった。
「お父さん、俺でも差し支えなければ話してくんない?」
「うん…。」
龍彦はタバコを消すと、龍介に向き直り、話し始めた。
「ここんとこ、海外のエージェントは全員が担当国から動けなくなってる。ある意味結構忙しい。」
「そうみたいだね…。」
「実は、宇宙開発がばれたんだ。仲間外れにしてる国にね。」
「仲間外れにしてる国とは…、アメリカとかヨーロッパが好きじゃない国って事?」
「そう。ロシア、中国、北朝鮮、シリア、その他、中東の利害関係が絡んでる国々。
発展途上国のアジア国。
そして、韓国も非常に微妙なんだ。」
「韓国って…。アメリカと軍事演習まで一緒にしてるし、一蓮托生なんじゃねえの?」
「表向きはな。でも、実際は結構お荷物なんだ。
国民性もあって、突然何やらかすか分からないし、ロシアや中国に取られたら事だから、仲良くやってはいるが、経済も未だに安定しないし、日本とは喧嘩ばっかする。
宇宙開発に金も出せない。
要はそこなんだ。
金出せるか、出せないかなんだよ。
中国は金は出せるだろう。だが、国民が多すぎる。
あんなに大挙して宇宙に移住されたら、金出させたって足りやしねえ。
ロシアなんか金も出せない。
要はそういう事。
金か技術力。せめてそのどっちかが無いと、宇宙開発には参加出来ねえんだ。
利害関係だけって話でも無いんだよ。」
「なるほど…。で、それが、ロシアとか中国辺りにばれたと?」
「そういう事。なんでそんな事、アメリカ、日本、EUで共同でやってんだ、何企んでんだと躍起になって、スパイ活動してる。
という訳で、こっちはそのスパイ活動の阻止で忙しい訳なんだが…。」
「父さんの名前が出る可能性もあるって事だね?」
「そう。そうなると、もうこんなでっかくなった龍介を攫って、脅しにするより、双子ちゃん達の方が割がいいと考えるのがセオリーだからさ…。」
「分かった。気を付けて見ておくね。」
「いや、まあ、龍介がそんなに神経質になる事は無えよ。
お義父さんにも言ってあるから、当然図書館の方で護衛付けてるだろうしさ。
ただ、ぽっかり穴が開く時がある。そこをお願い。」
「了解。でも、お父さん、そんな分け隔てなく、宇宙に避難しましょうって出来ねえの?」
「それは俺もそう思うよ。地球の危機なんだもん。
ここには住めなくなっちまうんだ。
だからあのバカは急ぎまくって、そっちの仲間外れにしてる国も避難出来る余裕が出来るようにしてるんだが、国家と金が絡んで来ると、そうも行かねえんだろうな。
それと、宇宙に星を作るって言っても、無限じゃねえからさ。
地球規模の星なんか出来ねえから、小さい星幾つも作る事になる。
そうすっと、他の星の軌道にぶつからねえように、太陽に近付かないようにって配置しなきゃなんねえし、作った星自体も回さなきゃなんねえんだと。
そうなるとさ、スペースがもう今の参加国でギリギリ状態なんだよ。
だから、ギリギリまで秘密にして、自分達だけ生き残ろうとしてるんだ。」
「そんな酷え話…。」
「酷えよな…。あのバカが言う通り、このままじゃ戦争になるかもしれない。」
「そりゃなるよ…。」
「そしてあのバカは、その戦争が起きない様にする為に、アメリカとEUと戦おうとしてる。1人でさ…。」
「だから離婚させないの?」
「まあね…。しずかの支えが必要でしょ。」
「そう言ってるお父さんとか結局味方してくれてるし、爺ちゃんだって、和臣おじさんだって…。」
「でも、爺ちゃんは、アメリカや他国と協調してやってかなきゃならないっていう立場がある。
間違ってるとは思っても、日本国民を守らなきゃならない。
長岡君や俺が横で一緒に言ったって、何にもならない。」
「難しいな…。」
「そうだな。ちょっと難しいね。ああ…。そしてあのバカが来る…。」
龍彦は急に憂鬱そうな顔になった。
「え?父さん来るの?イギリスに?」
「そう。開発者級会議。
って言っても、各国の国防長官クラスは列席する。
日本には国防長官は居ない事になってるので、爺ちゃんが来るけどな。」
「爺ちゃんは国防長官なの!?」
「そうだよ?知らなかった?」
「知らねえよ!そんな事!」
「結局そういう位置づけになってしまったんだな。
親父もそうだったし。
お前、両方の爺ちゃん、歴代の国防長官だぜ?
凄えよな、あはははは。」
「お父さん!?あははははじゃねえだろ!?」
「だから、アメリカとEUの国防長官とかVIPは、日本のコロコロ変わる首相の名前はうろ覚えでも、加納竜朗って名前はしっかり覚えてるぜ。」
「はあああ…。蜜柑叱りつけてラオウになってる爺ちゃんからは想像も付かねえな…。」
龍彦は楽しそうに笑った後、真顔になって龍介の頭を撫でた。
「だから、気を付けてくれ。その為に鍛えてくれた様だけど、龍介は裏の世界では超VIPなんだから。」
「はい…。」
龍介は改めて、自分の身は自分で守る責任を感じると共に、目の前に暗雲が広がり始めた様な気がして、珍しく不安になっていた。
戦争。
それは遠い話だと思っていた。
でも、誰も知らない所では、もう一触即発の事態になっている。
ー父さん、頑張れ…。応援してるから…。