計画進行中
翌朝、しずかと優子は、竜朗と仲のいい政治家、興梠という代議士と、双葉グループの現社長に会いに行った。
「やあ、お忙しい所、申し訳ないね。」
「これは興梠先生。どうなさいましたか。」
「いや、実はね。このお二方は私の遠縁に当たる方達なんだが、お子さんが2人共、行方不明になってね。」
「それはご心痛でしょう…。」
と、しずかと優子を心配そうに見つつ、社長の目はいやらしく光った。
この社長、かなりの女好き。
特に人妻好きという、どうしようもない性癖を持つ事で、一部では有名な男なのである。
しずかと優子は目を潤ませ、コクっと頷いた。
「それでだね…。」
興梠の目は、一分の隙も与えず、社長の一挙手一投足に注目されている。
「その拉致現場に残っていたタイヤ痕が、愛国の会という所の所有している車と、同じ物だと判明したんだが。」
社長の顔色がほんの少し悪くなった。
「ち…父の所ですか…。確かに車は双葉自動車のSUVを使っているようですが、あれは結構売れておりますので…。」
「では、お父上は、誘拐には関係していないのかな?」
「そ、そんな違法行為、父がするはずは無いと思います!」
興梠に畳み掛けられ、社長はかなり焦り始めている。
この拉致監禁の事実を知らなかったとしても、心当たりはあるように見える。
しずかも優子もハンカチで顔を隠しながら、その様子を観察し、しずかが社長に膝を寄せ、社長の膝に手を置いた。
「お願い致します。何かご存知でしたら…。」
社長は思わず鼻の下を伸ばしたが、興梠の油断の無い視線に脂汗をかきはじめている。
「さ、さあ…。私は…。」
「せめて、お父様に息子の事をご存知ないか、聞いて頂けませんか?」
実は、加奈と加来が不眠不休で監視カメラ映像を繋ぎ合わせた結果、事件の日の事件発生推定時刻に、双葉グループ会長名義の双葉自動車のSUVが、英学園の直ぐ近くの高速に乗り、軽井沢で降りているのが分かっている。
それにこの社長、愛国の会に名は連ねているし、オフレコではあるが、反中、反韓的な発言も多いし、好川が作っていた、日本国憲法改正派の一派の政治家達と、かなり懇意にしている様だ。
「お願い致します…。うちの息子と彼女の息子が無事に戻って来たら、お礼は一生かかってでも、なんでも致します。」
しずかが社長のスーツの胸元に手を当てて、龍太郎も陥落させられた例のうるうる目で見上げると、社長は一瞬だが我を忘れた。
「ーなんでも…。」
「はい。」
社長は優子も見た。
優子も社長を見つめて頷くと、社長はメモを取り出した。
「息子さんのお名前を…。
多分知らないとは思いますが、最近会員数も増えた様で、悪い輩も居るとも限りません。
父に電話して調べさせますので…。」
「加納龍介と長岡亀一です。」
興梠が駄目押しをかけた。
「まあ、下っ端の先走りなら、君や父上は無傷かもしれんが、会そのものの存続は危ないんじゃないか?
安藤君や関君なんかとも関わりが深い様だが、あっちにまで火の粉が飛ばんといいがね。
では忙しいので失礼する。
朝から手間をかけたね。」
興梠は2人をエスコートし、外に出て、しずかが運転する車に乗ると言った。
「あんな所で良かったかな?」
「ありがとうございます。慌てて連絡を取ると思います。」
この車の後部座席には、加奈が乗っている。
「しずかちゃん、バッチリよ。音声。」
そう。
あの社長にすがりついた時、しずかは盗聴器を仕掛けておいたのだ。
加奈がスピーカーにした。
やはり、どこかに電話をかけている様だ。
「お父さん!?あなた、子供拉致したらって話、本当にやっちゃってるんですか!?
今、興梠が誘拐された子の母親を連れて、脅しに来ましたよ!?」
「興梠が!?また厄介な奴に目を付けられたもんだな!
あいつは国民に人気が高いし、スキャンダルなんか無いんだぞ!
潰しようがないじゃないか!」
「そんな事言ったって、お父さんがあんな酒の席の冗談を本当にやってしまうからでしょう!
子供や青年を、本当に拉致してるんですか!?」
「成績は上げている!これは成功だ!
会員も大幅に増えておるし、我々には、安藤先生や関先生がついてる!
大丈夫だ!」
「こんな事で表沙汰になって騒がれたら、その安藤先生達にご迷惑がかかって、それどころじゃなくなるんですって!
そもそも、軍事クーデターなんか、安藤先生達は知らないでしょう!?」
「ーそれはそうだが…。で、その興梠の知り合い子供っていうのは誰だと言っていた。」
「ー加納龍介って子と長岡亀一って子です。この2人、直ぐに解放して下さい。」
「ー駄目だな。」
「なんでですか!困りますよ!」
「どうせ、その子達の母親が美しかったり、可愛かったりしたんだろ。
あの子達2人ともなかなかの美少年だからな。
お前の魂胆など見え見えだ。
しかし、あの子達だけは駄目だ。
もう我々の思想に賛同し、心酔しておる。
それに思った通り、素晴らしい頭脳を持っている。
特に加納龍介君は、他の子供達の信頼が絶大だ。
彼の言う事なら、彼らはなんでも聞くしな。
素晴らしい司令官になる。絶対逃すものか。」
「お父さん!?」
「彼らのお陰で、クーデターももうすぐだ。お前は黙って見ていればいい。」
「クーデターなんかやめて下さい!それより安藤先生達に協力して、選挙に勝たせた方が割がいいですよ!」
「煩い!世論だの、国民だのはバカばかりだと、お前もよく分かっているだろう!
安藤先生達が政権を取った所で、なんだかんだと反対し、抑えれば、言論の弾圧だなんだの言って、邪魔するに決まっておるわ!」
「それが民主主義なんですから、仕方ないでしょう!」
「だから民主主義が日本を駄目にしたと言ってるだろう!
まだわからんのか、このバカ息子は!
もうお前と話す事は何も無い!切るぞ!」
興梠が笑いだした。
「これは凄い。残念ながら安藤達は道連れには出来んようだが、双葉という悪徳財閥は漸く解体できそうだな。」
しずかも優子もニヤリと笑った。
「凄いわね、龍君。信用させて脱出の機を窺うなんて、早々出来る事じゃないわ。」
「きいっちゃんもじゃない。」
「いいえ。あの子は多分、思想をバカにして出せって暴れたはず。
龍君が身を守るため、脱出する為に、そういうモチベーションにさせてくれたのよ。」
「どうだかねえ…。でも、寅ちゃんの話が出なかったわね…。どうしてるかしら…。」
加奈までニヤリと笑った。
「寅ちゃんは自作のUSBで何か調べて、龍君のお役に立ってる筈。
まあ、仮にUSB取られちゃってたとしても、あの子ならなんとかするはずよ。
それに龍君が絶対守ってくれてる。
だから私は、龍君と一緒って聞いた時から、あんまり心配してないの。」
「そうね。私もそう思えるから、亀一の事も、まりもちゃんの事も安心していられるわ。」
龍介はその頃、やっと寅彦と接触出来ていた。
指導員を追い出し、漸く話し始める。
「良かった…。寅は洗脳されたフリしてくれてたんだな。
寅に会いたいって言ったら、『あの子も素直に勉強してくれているから。』って、直ぐ許可が出たからホッとしたけど。」
「きいっちゃん、大丈夫か。あの人の事だから反抗しちまったんじゃ…。」
「そうなんだ…。1回酷え目に遭わされた。
地下3階の拘束部屋で身体ガチガチに拘束されて、鎮静剤打たれて、このバカ集団のプロモーションビデオ流され続けて…。
脱出ん時、絶対仕返ししてやる。」
「そっか…。今は?」
「1日一度は会わせて貰って、なんとか頑張って洗脳されたフリしてくれてる。
ただ、長い期間はもたねえと思う。意外と繊細だからな。」
「そうだな…。てえ事は、地下3階は全部そういうお仕置き部屋って事か?」
「その様だが?」
「実は、ここの中の見取り図と部屋割だけは調べられたんだ。」
「凄えな!流石寅!」
「いや。もっと調べてえんだが、なんせあの指導員、しょっ中来るだろ。だからなかなか進まなくてさ。」
「十分だ。そんで?」
「その地下3階には、20人程入れられてる。
きいっちゃん同様、反抗的な態度取ったのかもしれねえ。」
「ー助け出す。」
「え…?どうやって…。」
「きいっちゃんと同じ方法で。
幸い懐柔作戦もほぼ成功だ。
午後、梅村付きだが、家に電話させて貰える。
家族もこのバカ集団に賛同するって言やあ、一緒に住まわせるんだと。」
龍介と一緒に寅彦もニヤリと笑った。
「つまり、龍の保護者全員がここに入ってこれるって事か。壊滅すんな、ここ。」
「その通り。ただその後、身辺調査すんだろうな。
手続きだとか言ってたが、3日位経ってからやっと入る許可が出るらしい。
だから、爺ちゃん達が来る前に、ここで拉致られてる全員を纏め上げる。そして、爺ちゃん達が来ると同時に一斉蜂起だ。」
「じゃあ、見取り図見せる。」
寅彦が例の方法で出してくれた見取り図を龍介は頭に叩き込んだ。
「ーありがと。」
「もう覚えた?」
「うん。」
「流石だな。後は、先生が龍の計画、勘付いてくれるかだな…。」
龍介はニヤリと得意げに笑った。
「爺ちゃんなら大丈夫だ。多分、もうここも割り出してる頃だろ。」