仲間達の様子
龍介が逆洗脳作戦に出ている頃、寅彦は制服のポケットの奥に作ってあった小さなポケットからUSBを出した。
この部屋には、不思議な事に監視カメラは無い。
ただ、パソコンを立ち上げたのは、監視している奴らには分かるし、どこを閲覧しているのかも分かるのは、さっきモニターに出てきた、梅本の話で予想がついた。
モニターの上にはカメラが付いているが、それはモニターがオンになっている時しか作動しないし、双方向カメラであって、24時間監視はしていない。
「コンセントから立ち上げたって分かるって仕組みだろ?」
寅彦はコンセントを抜き、主電源を予備電源に切り替え、しばらく様子を見た。
「キャッチされてる様子は無えな…。よし。」
そして、先ほどのUSBを挿す。
これは寅彦特製どこでもネットオーケーの優れものである。
ネットに必要なソフトも入っているし、電波がかすかにでもあれば拾ってどうにか出来る。
なんとか監視している本部にアクセス出来た。
この建物の見取り図を探していたら、部屋割り表を見つけた。
「龍が居んのか!きいっちゃんも!?ーは?なんで柊木…?」
謎のまりもは置いておき、見取り図を調べようとした所でノックの音がしたので、素早くUSBを抜き取り、パソコンのコンセントを入れ、立ち上げて、素知らぬ顔。
寅彦担当の指導員が入って来た。
「自習してんの?偉いじゃん。」
「はあ…。色々知りたくなりまして…。」
全く別の意味なのだが、この指導員も人が良く、寅彦の都合のいい方に信じてしまった様だ。
寅彦も便宜上、龍介と同じ作戦を取っていた。
一方亀一は、例に寄って素直な性格と、口で対抗というのが出来ないせいか、暴れまくってしまっていた。
頭に来て、パソコンを投げて壊す。
梅村が映れば、モニターを椅子で叩き壊す。
慌てて止めに入ってきた指導員を殴る。
すると、指導員よりも明らかに屈強そうな男が4人現れ、亀一を取り押えると、鎮静剤を打ち、別室に運んで行った。
ーなんだ…。どこ行くんだ…。
亀一は、二重扉の鉄製の頑丈な部屋のベットに寝かされ、拘束された。
そして、男達はモニターを点けた。
大日本帝国軍のプロモーションビデオが流れ出す。
ーこれを延々と見せて聞かせて、洗脳しようってのか…。なるほどな…。
亀一は1人にされた。
ーこれは洗脳されたフリすんのが得策って事か…。
でも、洗脳された事になったとして、活路は見いだせるのか…。
ああ、もう。龍だったらどうすんのかな…。
一抹の心細さを感じながら、亀一はぼんやりとモニターを眺めていた。
そしてまりもはずっと泣いていた。
ある意味、梅村の言う事も、パソコンの情報も意味を成していない。
そして泣きながら、ひたすら心の声がだだ漏れしている。
「怖いよお、嫌だよお、帰りたいよお。
加納君はどこなのお。せめて加納君に会いたい。
いや、せめてじゃないわね。
すんごく会いたいよお。
加納くーん!助けてえー!」
こればっかりずっと言っていて、梅村が何を言おうが、関係無いし、多分聞いていない。
流石に梅村も困り果てた顔をして、モニターの向こうで、無線を使い、橘を呼び出した。
「加納龍介君はどうかね?」
橘は嬉々として答えた。
「凄いやる気になってくれてます。
まるで吸い取り紙の様に、言う事全部覚えてくれて、もう私では足りないかもしれません。
嬉しい事にもっと教えてくれと言って、帰してくれないんですよ。
素晴らしい子です。」
「という事は?」
「はい。総統のお考えに心酔しています。」
梅村もまた満足そうに笑った。
「では、説得を試みるように言ってくれるか。柊木まりもさんと、長岡亀一君だ。」
「承知しました。少々お待ち下さい。」
橘の話を聞き、計画通りだと不敵に笑うのを必死に我慢しながら、心配そうで、不安そうという顔を作った。
「是非会わせて下さい。この素晴らしい思想をあいつらにも教えてやりたいんです。」
橘は龍介を嬉しそうに見て、頭を撫でるとそのまま梅村に伝えた。
「素晴らしいな、加納君は。彼は2人に引き合わせた様子次第では、総統にお会い頂くべき逸材かもしれんな。」
「はい。自分もそう思います。彼は家族を呼びたいそうなので、それもお聞き届け下さい。」
「分かった。合わせて総統にお伺いしよう。」
無線が聞こえた龍介は、あまりにトントン拍子に計画通りに進むので、笑いを堪えるのに苦労した。
ーこいつら馬鹿なんじゃねえのか?
なんでこんな簡単に騙されるんだ。
あ、そっか。俺の事子供だと思ってるからか。
なるほど。普通の子供は欺くなんてしねえのか。
お生憎様だったなぁ。あはは!。
もう笑いだしそうで堪らなくなり、自分の足をつねる羽目になってしまった。
龍介は、橘に連れられ部屋を出た。
窓も無い事から、そうかなと思っていたが、ここは地下の様だ。
エレベーターが表示しているここの回数は、地下1階となっている。
亀一が居る所は地下3階らしく、橘は地下3階のボタンを押した。
「これからまず長岡亀一君の所に行くけど、びっくりしちゃうだろうから、先に言っておくね。」
ーきいっちゃんに何かしたのか…。
「長岡君、暴れちゃってね。
指導員も殴ってしまったんで、鎮静剤を打って、拘束させて貰ってる。
君の説得が効いて、我々の教育を受け入れてくれる様になったら、直ぐにそれは止めて、元の部屋に戻すから。」
ーきいっちゃん…。暴れちまったのか…。そうだよな…。あの人は演技なんて出来ねえもんな…。
そんな事をされた亀一を思うと、胸が締め付けられるように苦しく、怒りを爆発させそうになったが、龍介は唇を噛み締めて、必死になって怒りを抑えた。
ここで怒りだしては、脱出計画が振り出しに戻ってしまう恐れがある。
今の所、龍介は大日本帝国軍のバカな大人に好かれて居なければならない。
橘は龍介の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?仲のいい友達なんだよな?」
「ー幼馴染みなんです。
昔から、癇癪持ちな所があって…。
でも、物凄く頭のいい人なので、納得すれば誰よりもここの良さも分かるし、お役に立てると思いますから…。」
そして、駄目押しで更に演技に入る。
橘をすがるようにして見つめた。
「だから、殺したりしないで下さい。必ず説得しますから。」
橘はもうすっかり龍介の虜になっている。
可愛くて仕方が無いと思っているのは、目を見れば分かる。
橘は驚いた顔の後、龍介の肩を叩いた。
「そんな事しないよ。大丈夫だから。友達思いなんだね。本当に君はいい子だ。」
ここまで人のいい橘を騙しているのも、段々気が引けてきたが、この人だって、洗脳されたにしろ、折角の頭脳を持ちながら、荒唐無稽な計画に加担し、日本を混乱させようとしている人間の1人だという側面もある。
ーこの人だけは、なんとか正気に返してえな…。
考えている内に、亀一の部屋に着いた。
「きいっちゃん…。」
こればかりは隠し様が無く、ぐったりとベットで横になって拘束されている亀一を見たら、切なくなって駆け寄った。
「龍!?居たのか…!」
「うん。柊木と寅も居るみてえだ。大丈夫か、きいっちゃん。」
「龍…。」
亀一の目から涙が溢れ落ちた。
「どんどんバカになってくみてえで、怖い…。」
龍介には、亀一の気持ちが痛い程分かった。
頭のいい亀一が恐れるのは、自分の思考が奪われる事だ。
なのに、薬を打たれ、たった1人で身動きも出来ないこの部屋で、只管、大日本帝国軍のプロモーションビデオを流し続けられては、亀一と雖も、思考が停止してしまうかもしれない。
龍介も泣きそうになりながら、室内を素早く確認した。
ここには、監視カメラが一つある様だ。
しかし、マイク付きでは無い。
龍介は、亀一の手をしっかり握ると、橘に言った。
「これ、外してやってもらえませんか…。話なりませんから…。そのビデオも一回止めて頂きたいんですが…。その上で2人きりにして欲しいんです。」
橘は、梅村に無線でお伺いを立てると、許可を出した。
「何かあったら、直ぐ呼んでね。監視はしてるけどさ。君に何かあったら困るから。」
ーきいっちゃんの事、獣扱いすんじゃねえよ!!!。
と、よっぽど言いたかったが、なんとか我慢し、橘を出て行かせると、龍介は監視カメラから自分の口の動きが見えない角度に座る為、ベットの上の亀一の足元に座った。
「きいっちゃん、カメラから見えねえようにした。起きれるか?」
「うん…。」
亀一が起き上がるのを手伝うと、龍介は亀一に話し始めた。
「きいっちゃん、俺もこんなのは愚の骨頂だと思ってるし、バカとしか思えねえ。
しかし、囚われてる上、状況も分からないでは、脱出も不可能だ。
ここは地下3階、俺の部屋は地下1階というのは今分かったが、それ以外の情報は何も無え状態だ。
軍を名乗ってる以上、それ相応の準備はあると考えると、無理に脱出すんのも危険だ。
だから、俺は懐柔作戦に出てる。」
「彼奴らに洗脳されてるフリしてんのか…。」
「うん。彼奴らに気に入られる様にしてる。
信用させて、ここの状況を探りだす。
それに、奴らを信用させると、家族を呼んで、一緒住めるんだそうだ。」
「え…。」
龍介がニヤリと笑って、亀一の膝に手を置いた。
「爺ちゃん、母さん、お父さん、グランパに大叔父さんだぜ?戦争出来んだろ。」
亀一がやっと笑った。
「そりゃいいな。」
「うん。だから、きいっちゃんも、腹ん中で真っ赤な舌出して、あいつら嘲り笑ってやりながら、ここの思想受け入れたって見せ掛けろ。
気に入られるの迄の演技は俺がやる。
そんでなんとか寅と接触して、この中の事探る。
きいっちゃんはその頭脳で彼奴らの思想、全部覚えてやれ。
出来るか。」
「勿論。やるぜ。」
「なるべく会える様にする。1人じゃねえからな?」
亀一は涙が出そうになった。
龍介はいつもこうだ。
どんな状況でも必ず活路を見出し、前向きに明るく対処する。
そして、亀一達を励まし、心の支えで居てくれる。
どんな状況下であっても、サバイバルキャンプの時ですら、亀一と寅彦は結局の所、いつも龍介の頼もしさと明るさに助けられていた。
龍介だって辛かったり、嫌だったりしたはずだった。
だが、龍介はいつもそれをプラスに変えた。
今回もそうだ。
こんなバカげた頭に来る集団に拉致され、四面楚歌と言ってもいい状況ながらも、龍介は咄嗟に作戦を思いつき、逆に欺く事で奴らを笑って、そのストレスを解消してしまっている。
「龍。」
「ん?」
「お前が居てくれて、ほんと良かった…。有難う…。」
龍介は笑った。
「やめろよ。きいっちゃんらしくもねえ。全員でここ出るんだ。俺としてはここぶっ潰してからにしてえけどな。」
亀一もニヤリと笑って頷く。
「俺もだ。」
「よし。計画に追加だ。
それと、きいっちゃんの勧誘が上手く行くと、総統とかいう奴に会えるかもしれねえ。
多分親玉だろう。これも探って来る。」
「ああ。」
「じゃあな。せめて元の部屋には戻して貰えるよう、頼んどくから。」
「俺も、誰よりも信用してる龍が信用してるならっつって、心酔したフリして、全部暗記してやるよ。」
龍介と亀一はニヤリと笑って、拳と拳を合わせた。