4人はどこに!?
3学期は短い。
あっという間に春休み直前となったある日の放課後。
龍介は珍しく1人で帰っていた。
写真部の部員が大幅に減り、このままでは廃部の恐れもあるという事で、来年度の新入部員をいかにして募るかという、重要案件について、白熱した臨時会議を行っており、すっかり出遅れた為だ。
写真部7名の内、電車で帰るのは龍介だけで、あとのメンバーは全員自転車通学で、龍介とは校門で別れた。
龍介が歩き出して暫くすると、聞き覚えのある声がした。
「きゃあああ!加納君だわ!」
ー柊木か…。
龍介は苦笑しながらゆっくり振り返った。
「あれ!通じたのかな!?」
「心の声が聞こえただけだ。どうしたんだよ、遅えな。」
「あ、ちょっと居残り~。」
まりもはバタバタと龍介の隣まで小走りに走って来て、龍介を見上げ、そう答えた。
歩き出しながら、龍介が聞いた。
「居残り?なんの?」
「明日の理科の実験準備のお手伝い。先生に頼まれちゃって。解剖だから、もう1人の子はビビって帰っちゃったから、私1人で。」
「ビビってって…、男だろ?」
「なんか怖いんだって。メスとかそんなのだけでも嫌なんだってさ。変な人よねえ。」
「だな。」
龍介は後ろを振り返った。
「どしたの?」
「いや…。」
妙な視線を感じる。
実を言えば、この視線は、学校を出た時から時折感じていた。
ーこんなあからさまな視線…。プロじゃねえよな…。
龍太郎を狙う何者かが、龍介を人質に攫おうとしているのかというのも過ったが、それにしては、結構バレバレの視線を送って来るし、気配もある。
龍太郎関係だとしたら、かなりのプロの軍人が来るはずなので、違うかなとも思ったが、用心するに越した事は無い。
龍介は、発信機の入っているGショックを確認しようとして、固まった。
ーしまった!今日に限って、暗室作業で外した時、そのまま忘れてきた!
発信機がなければ、仮に拉致された時に、見つけ辛くなり、竜朗達に迷惑をかけてしまう。
「柊木、悪い。先行ってて。時計忘れちまった。」
「あ、待ってるよ。」
「いい!?」
「だってえ!1人でこんな薄暗がり歩くの嫌だしい。折角2人きりなんだし、むふふふふ…。」
どっからどこまで心の声なんだか分からないが、龍介は迷った。
別に、まりもと一緒に帰るのが嫌な訳では無い。
この怪しい視線のターゲットが自分ならいいが、まりもだとしたら、1人でここに残すのは危険過ぎる。
まりもが薄暗がりで歩くのが嫌だというのも分かる位、ここから駅までの人通りは極端に少ないのだ。
「ここにお前1人で残すのもな…。じゃあ、悪いけど、一緒に来て。」
「はーい!」
まりもと学校に引き返し、校門の前に来た時、まりもの携帯が鳴った。
「ごめん、電話だわ。加納君、行ってて。」
校門の所には守衛さんがいる。
流石に守衛さん目の前でおかしな事は仕掛けて来ないだろうと思い、龍介が昇降口まで行った時だった。
「きゃっ!」
まりもの短い悲鳴に振り返ると、まりもは黒っぽい服を着た男2人に口を押さえられ、連れ去られそうなっていた。
龍介はパタパタ竹刀を出して、ガチャリと広げながら走った。
「そいつを離せ!」
守衛室から出てきた男2人が龍介の目の前に飛び出して来た。
龍介がパタパタ竹刀を振り上げた途端、男達は龍介にスプレーを吹きかけた。
途端に目が回り出し、落ちるような眠気で立って居られなくなった。
薄れ行く意識の中で守衛室を見ると、守衛さんが机に突っ伏している。
ー守衛さんも眠らされたのか…。
まりもの声も聞こえない。
先にまりもを捕らえていた男達に抱えられて、ぐったりしている所を見ると、まりもも寝かされたのかもしれない。
ー柊木…、ごめん…。
龍介はそのまま意識を失った。
同じ頃、栞と会うという寄り道をして、帰宅途中だった亀一は、自宅へと向かう、小道の角を曲がった所で、いきなりスプレーをかけられていた。
やはり激しいめまいと恐ろしいほどの眠気で倒れ、為す術も無いまま、男2人に車に乗せられた。
ーなんだ…。親父の関係か…?
考える間もなく、亀一も眠ってしまった。
寅彦は鸞を送った後、加来家に寄り、加納家への帰宅途中で、矢張り不意を突かれて拉致されてしまった。
「あらあ?龍も寅ちゃんも随分遅いわねえ…。連絡無しでこんな遅い事無いのに…。」
もう時刻は7時を回っており、双子は先に夕飯を食べ始めていた。
竜朗は、龍介の発信機の受信機を見た。
「んん?まだ学校だな。しかも暗室だ。」
「変ですね。7時には強制的に学校から追い出されるはずなのに…。」
嫌な予感に顔を見合わせる2人。
「暗室って事は、外して忘れてったな…。」
しずかの携帯が鳴った。
優子からのLINEだった。
「亀一お邪魔してます?」
とラスカルが覗き見ているスタンプと一緒に来ている。
「お父様、きいっちゃんも帰ってないみたい…。」
「龍に寅に亀一か…。ちょいと嫌な雰囲気だな…。和臣に亀一の位置聞いてみよう。」
「はい。」
和臣は電話に出ると、例に寄って、のほほんと答えた。
「うちになってます。」
「だから、優子ちゃんの話だと帰って来てねえんだっつーの!」
「え…ええ!。それはまずいな!どうしましょう!」
「加来にも確認して折り返す!」
しずかが寅彦の部屋から腕時計片手に飛び出して来た。
「お父様!寅ちゃんも時計持って行ってない!」
「かあああ~!なんだってこんな日に限ってえええー!ちょっと調べて来るわ!」
「私、優子ちゃんとご近所調べておきます!」
そして、この騒ぎ中、美味しそうにチキンステーキを食べている双子の方をくるりと向いた。
「あんた達!にいにの一大事の最中におかしな事やったら、娘と雖も半殺しだからね!?いい子で待ってなさいよ!?」
あまりの剣幕に流石の双子も固まった。
「あ…あい…。」
2人仲良く返事をしたのを見届け、しずかも竜朗に続いて家を飛び出した。
竜朗は念のため、学校に行った。
しかし、学校に入るまでもなく、変事が起きた場所は直ぐに分かった。
校門前に龍介の物らしき鞄とスマホ、それにパタパタ竹刀が落ちている。
そのすぐ近くには、女子用の鞄と、女の子向けのカバーのついたスマホが落ちている。
竜朗は守衛室に目をやり、机に突っ伏している守衛の脈を確認しながら揺さぶった。
「大丈夫かい。」
「あ…。」
「どうしたんだい、説明して貰えるか。ここ通ってる孫が、未だうちに帰って来てねえんだ。しかも鞄類がここに落ちてる。」
「ええ!?。じゃあ、私が気絶してる間に…!?」
「だから分かる範囲の事全部、順を追って話してくんな。」
「ええっと…。」
守衛はなるべく落ち着いて話そうと深呼吸をして話し始めた。
「お孫さんは加納龍介君ですか。」
「そうだ。」
「加納君はギリギリまで写真部の活動をしていたようで、同じ部活の子と4時ちょっと前に出てきて、いつもの様に私に挨拶してくれて、帰って行きました。
その後、女の子が出てきて、加納君と歩き始めたんですが、しばらくして…。」
守衛は帳面を確認してから続けた。
「4時26分に暗室に腕時計を忘れたから取りに行きたいと戻って来ました。
で、加納君が入って、一緒に居た女の子の方は電話が掛かって来た様で、1人で校門の前に残り、その直後、守衛室の扉がいきなり開いて、男が2人押し入って来て、いきなりスプレーをかけられて、私は意識を失くしてしまい…。
本当申し訳ありません…。」
「それじゃ仕方ねえやな。気にすんな。で、先生は?」
「それが、今日は神奈川県の私立校の全体会議があるとかで、先生達は4時には全員出られて、学校は無人なんです。
ですから、部活などの生徒活動も4時までになっているんです。」
「そうか…。目撃者は居ねえと…。
敢えてこの日を狙ったのか…。
ちょっと、ここ調査してえから、ここに居て、動かねえでくれ。」
「あ、あの、警察には…。」
「俺、警察だから大丈夫。」
「あ、は、はあ…。」
竜朗は懐中電灯を掲げ、龍介の足跡を注意深く追った。
確かに行きは普通に歩いている。
だが、昇降口の辺りで急な方向転換後、走り出している。
そして、パタパタ竹刀が落ちているのは、校門の手前だ。
ーこの感じだと、この女の子が先に捕まってんな…。
巻き添えなのか、本当はこの女の子の方が目的か…。
いや、それは無えな…。
亀一と寅までってのが説明つかねえ。
龍の囮にする為か…、やっぱ巻き添えか…。
竜朗は女の子の鞄を開けた。
身元を割り出す為だ。
鞄にもノートにも、柊木まりもと書いてある。
ー柊木の姪か…。目的にしちゃ随分とコアな所に来たな…。
まりもの叔父の柊木医師は、図書館で負傷者が出た時に診て貰っているし、その他諸々で図書館のお抱え医師の様な事をしているので、関係者とも言えるが、普通に診療所もやっているし、図書館に関わっているというのは、かなりバレ辛い筈だ。
他にも、犯人の遺留品などを探したが無く、唯一、校門の脇に急発進した車のタイヤ痕を見つけただけだった。
竜朗は一応図書館に連絡を入れ、調べさせる段取りを付けると、2人の荷物を抱え、柊木医師に電話し、車を発車させた。
ー龍…。どこだい…。無茶すんなよ…。
そればかり、頭の中で繰り返した。
しずかは優子と合流し、まず亀一の鞄と携帯を長岡家のすぐ近くで発見した。
そしてやはり急発進した車のタイヤ痕も。
写真を撮ってから図書館に連絡し、寅彦の拉致現場を探す。
寅彦の拉致現場は、加来家のマンションの近くだった。
やはり、狭い路地に潜んでいた犯人に急襲された様子が見てとれた。
「きいっちゃんと寅ちゃんが、パタパタ竹刀も出さずって事は、薬でも嗅がされたのね…。」
「そうなんでしょうね…。だけど、あれほど言ったのに、どうして時計外して行っちゃうのかしら、もう…。」
「そこに発信機が入ってるって分かってるのに、着けて歩くなんて龍くらいよ。普通の男の子は嫌がるわ。」
「まあ、そうでしょうけどねえ…。」
竜朗から報告が来て、話し終えると、優子にも伝えた後、しずかは言った。
「やっぱり薬使ったみたい。それもスプレーですって。」
「まあ…。」
「ー敵は携帯からGPSで位置が割り出せる事は知ってる…。だから全員の分を捨てて行ってるけど…。
でも、中学生の子供相手にいきなり薬で気絶させて連れて行ってる…。
プロかどうか微妙ね。」
「何故?しずかちゃん。」
「多分、龍やきいっちゃんが無抵抗に捕まってくれるとは思ってないわ。
携帯で足がつくとか、それなりの知識もある。
でも、薬を使うって事は、ある程度足がつきやすいし、そんな一瞬で気絶してしまう様な強い薬、使う方も危ない。
プロが拉致する時は、みぞおちに一撃で気絶させるのがセオリーよ。
でも、その腕は無い。中学生の男の子相手でも。
まあ、中学生の男の子と舐めたら痛い目遭う3人ではあるけど、それ知ってたにしても、薬をガバガバ使うってのはね。
しかもお父様の調査によれば、スプレーだったって言うわ。スプレーなんて、仲間が吸ったらどうすんのって話でしょう?」
「なるほど…。確かに…。じゃあ、龍太郎君や主人の関係では無いのかしら。」
「無いと思うな…。
まりもちゃんもだっていうし…。
寅ちゃんもわざわざ別で行動してるのに拉致されてる。
加来さんの名前はどこにも出て無い筈だし、龍太郎さん達の機密関係でなく、政治家とかが図書館関係者をっていうのにしても、寅ちゃんとまりもちゃんてのが不自然だわ。
まあ、私のカンだから、確かな事とは言えないんだけど…。」
「2人の関係や陰謀関係でないなら、ちょっと安心したわ。」
「うん。そうね。」
しかし、かえって見通しがつかなくなったというのも事実だった。
優子としずかは亀一達の鞄を抱えたまま、黙り込んだ。