狸モドキ現る
龍介達の冬休みが始まる直前の平日。
竜朗は、苺と蜜柑が通う小学校の校長室で、ラオウより深い眉間の皺を刻みながら、佳吾と勝負が出来るかという位の微動だにしない銅像っぷりで、しずかと2人で並んで座っていた。
しずかの横には、小3になった蜜柑が小さな身体を更に小さくして座っている。
蜜柑の呼び出しは、今日でもう何度目かなんて事は竜朗は数える気にもなれない。
取り敢えず、両手の指では足りないのは分かっている。
今日は、また結構な事をやらかしてしまった。
蜜柑は、理科の授業でソーラーカーを作った。
しかし、物はソーラーカーである。
そんなスピードが出るものでは無い。
業を煮やした蜜柑(ここで業を煮やすのもどうかという話だが)、ソーラーカーに大幅な改造を加え、放課後、教室で走らせた。
疾走するソーラーカー。
素晴らしい走りに、級友達も拍手喝采である。
しかし、話はここで終わらない。
あまりの馬力についていけなくなったのか、リモコンの方が壊れた。
そうなると、ソーラーカーは暴走したまま制御不能となり、教室を飛び出して行ってしまった。
蜜柑を含め、その場に居た子供達全員で追い掛ける。
階段も物ともせず、転がる事なく、走るソーラーカー。
「凄えな!加納!」
「ほんと!蜜柑ちゃん天才だね!」
追いかけつつも、みんなで楽しげに蜜柑を褒め、有頂天になる蜜柑。
「そお!?そお!?そおお!?」
そして、ソーラーカーは昇降口を通り、校舎の外に出てもスピードは衰える事なく突っ走った。
そして、花壇の世話をしていた校長を驚かせてひっくり返らせた挙句、校長のハゲ頭を轢いて、尚も突っ走った。
「ごめんなさいいいい!!!」
謝りながら追い掛けていると、男の子の1人が叫んだ。
「あ!ヤバいよ!」
ソーラーカーは、校長が暇を見つけては日曜大工で作り上げた、生徒達も完成を心待ちにしていた噴水目掛けて走って行っている。
女の子の1人が言った。
「あそこにぶつかれば止まるよ。噴水、コンクリートだもん。」
しかし、蜜柑の顔色は悪かった。
「いや、まずいんだな…。」
そう。
ついつい癖で、蜜柑はソーラーカーの正面にドリルをつけてしまっていたのだ。
「え?あのかっこいいドリル、どうせ飾りだろ?」
男の子の1人が聞くと、蜜柑は走りながら答えた。
「バカにしてんじゃないわよ。私は飾りなんか付けないわよ。物にぶつかると、作動して、グリグリ掘り進む様に出来てんの。」
「すっげー!」
「そう!?そおお!?」
蜜柑が得意になっている間に、ソーラーカーは噴水に突っ込み、ゴリゴリと勇ましく掘り進み、穴を開け、試験的に溜めておいた水の中に落ちて、漸く止まった。
噴水の壁からは水が流れ出ている。
ソーラーカーを回収すると、蜜柑の背後に校長が立った。
「加納蜜柑ちゃん…。ちょっと校長室までいらっしゃい…。」
笑顔が引き攣る校長のハゲ頭には、しっかりタイヤの跡が付いていた…。
「おめえはどうしてそう、校長のハゲ頭ばっか狙うんだよ!あの人、確実におめえが入学してからハゲ進んでるぜ!?」
帰宅後に竜朗が叱っていると、先に帰って来た龍介がゲラゲラ笑っている。
「龍!笑いごっちゃねえのよ!?」
「だって爺ちゃん、ハゲ頭ばっか狙うとか、ハゲ進んでるとか…。表現がおかしくってさあ…。」
「そら、俺だって正直言やあ、校長のハゲ頭にしっかり付いたタイヤの跡見た時は吹き出しそうになっちまったけどよお!」
とうとうしずかまで笑い出す。
蜜柑は小さくなってごめんなさいを繰り返している。
竜朗も苦笑した。
「もう学校でやんなよ?いいな?」
「はい。」
「ん。」
今年のクリスマスと正月は、龍彦が都合を付けて帰って来るというので、クリスマスイブの夜は、真行寺も一緒に、大人はワインを飲みながら、子供はホワイトクリスマスを期待して縁側に居た。
「降るといいね。」
苺が龍彦の膝の上で言うと、蜜柑も龍介の膝の上で頷いた。
しかし、空は結構澄んでいる。
雨も降りそうに無い感じだ。
苺が冷静な声で、サラッと言った。
「降らせちゃうか…。」
そして、蜜柑が悪企みの笑顔を見せ、真っ青なる保護者達。
数式と化学式がお得意の苺なら、そんな装置の設計図は作ってしまいそうだし、蜜柑もサラッと組み立ててしまえそうである。
「やめといて頂戴ね?電気代凄そうだしっ。」
しずかにいわれ、仕方なさそうに返事をしたので、一同安堵の溜息。
しかし、蜜柑が指差した物を見て、また固まる羽目になってしまった。
蜜柑が指差していたのは、加納家の門を開けて入って来る、小さくて妙な形の人影だった。
「シェルター入ってなさい!」
一早く我に帰った龍彦に言われ、龍介が苺と蜜柑を抱えて、シェルターに向かおうと立ち上がった時だった。
その人影は目に見えない様な速さで縁側の窓に向かって走って来ると、ピタリと止まった。
大人は銃に手を掛け、龍介は双子を後ろ手に抱え、レーザーソードを出した。
しかし、どうも様子がおかしい。
狸の様な見た事も無い生物だ。
狸であり、イノシシでもある様なそれは、子供の様に見えた。
しかし、二本足で立っているし、歩行も、走るのも、二本足だった。
その生物は4体仲良く、おでこと鼻をべったりと窓ガラスにくっ付け、凄い顔になりながら中を見ている。
「なんでしょうね…、お義父さん…。」
龍彦が竜朗に聞く。
「わっかんねえなあ…。顧問の管轄じゃないんですか?」
真行寺が嫌そうに言った。
「また俺かよ。」
「だって妙な生物じゃないですかあ。こんなの見た事ありませんよ?」
「それはそうだが…。」
話している間も、その狸モドキは窓ガラスに顔をビッタリくっ付けて、変顔で龍介達を見つめている。
龍彦が駄目元で聞いてみた。
「なんか用かあ?」
すると、狸モドキは4体一緒に頷いた。
「通じてんのかな…。話…。」
「入れてあげる?ずっと見てると、可愛く見えて来ない事無いし。」
真行寺が首を横に振った。
「入れるのはやめておきなさい、しずかちゃん。
どんな病気を持っているか分からない。
話を聞くなら、外に出なさい。
龍介はここで私と、双子ちゃんを守っていよう。」
竜朗が目を剥いて真行寺を見た。
「ちょっとお!?顧問!?」
「いいじゃないか。龍彦もお前も居るんだし。しずかちゃんもここに居なさい。」
「いえ、私は興味があるので、出てみます。お義父様はお留守番なさってて。」
女性のしずかにそう言われては、真行寺も行かないわけには行かない。
竜朗に笑われながら渋々玄関から外に出ると、狸モドキはまだ窓ガラスに貼り付いており、蜜柑と睨み合いになっており、龍介に笑われている。
狸モドキは、やっと大人が出て来たのに気が付いた。
すると、一目散にしずかに寄って来て、しずかの服やシュシュを引っ張ったり、果てはしずかのスカートをまくって、中を覗いている。
しかも、鼻をほじりながら。
「おい…、何やってんだこら…。」
龍彦がこめかみにありったけの青筋を立てながら、しずかのスカートの中に完全に入ってしまった、狸モドキ2体を引きずり出したが、また入る。
龍彦は完全に切れ、龍介から借りて来たレーザーソードをバシッと音を立てて開くと、いきなり本気の構えで2体の前に立ち塞がった。
「龍彦さん!子供みたいだから!」
しずかが慌てて龍彦の腕にすがり付いた。
「いいや!子供だからって許してたら、ロクな狸にならねえ!根性叩き直してやる!」
「ロクな狸って何!?てゆーか、根性叩き直すなら、竹刀にしなさいって!」
「いいや!これでいい!」
真行寺が笑いながら言った。
「お前はもう。子供相手に何をしてるんだ。大体、狸だから、スカートなんか見た事無いだけだろう?」
「俺がこいつらの狸根性、鍛え直してやるわあああああ〜!!!」
真行寺はこの騒ぎの中、やけに大人しい竜朗を見て、また笑ってしまった。
竜朗は、残り2体の狸モドキに、よじ登られていた。
狸モドキは、眼鏡を覗き込んで酔って吐いたり、眼鏡と顔の間に指を突っ込んだりしている。
しずかが吐いた狸の介抱をしつつ、吐いたものの始末をしながら言った。
「お父様…。早く用件聞いて、返しちゃいません?もう嫌だわ、この狸モドキ。龍彦さんもおかしくなっちゃうし。」
「そ…そうだな…。俺も嫌…。」
龍彦はまだレーザーソードを振り上げて、真行寺と、応援に駆けつけてくれた龍介に抑えられているし、竜朗は使い物にならないし、なかなか凄い惨状になりつつあった時、龍介の携帯が鳴った。
龍彦がやっと収まったので、見てみると、悟、朱雀、瑠璃、それに亀一からのLINEだった。
「なんか…。みんなの所にも、この狸モドキ来てるらしい…。」
龍彦が4体をロープで繋ぎながら首を捻った。
「なんだそりゃ…。大人か?」
「きいっちゃんの所は大人。スポックさん達が怯えちゃってるって。佐々木んちのも大人みてえだな。朱雀んとこと、瑠璃の所のは、マンションの植え込みとかでピーピー泣いてる凄えちっちゃいの一体づつだって。」
龍彦は突然ニヤリと笑って立ち上がった。
「なんだか分かんねえけど、分かっちゃったかも。これ連れて、先ずは長岡家だ。」
「ん?お父さん?」
龍彦は龍介促し、ロープの先を持って、さっさと歩き始めてしまった。