竜朗達の真の目的
深夜12時を回った頃、龍介と寅彦、亀一は、真行寺の車で例の違法処理場の近くまで来て、そこで降りた。
慎重に足音を消して、工場敷地内に入ると、龍介はすぐに焼きたての鶏肉を、ドーベルマンに向かって投げた。
勿論、注射器で注入した睡眠薬がタップリ入っている。
ドーベルマン達が夢中で肉を食べている隙に、素早く事務所に入る。
寅彦は早速、事務所内の監視カメラの細工を始め、龍介と亀一は、事務所内の棚を調べた。
「龍、ここには表向きの古紙回収の帳簿しかねえぞ。」
龍介と一緒にファイルを見ていた亀一が言った。
「やっぱ金庫かな。裏帳簿は…。」
金庫はダイヤル式の金庫だった。
龍介は聴診器を取り出し、音を聞きながら難なく開けた。
「見事だな、龍。泥棒になれるぜ。」
「じゃあ、職に困ったら、鼠小僧になろうかな。」
「なんで鼠小僧なんだよ。お前儲けが出ねえじゃん。飢え死にするぞ。」
「それもそうだな。」
軽口を叩きながら、中の帳簿を出して、亀一と中を確認する。
中には、持って来た不用品引き取り業者の名前と、品目、処分料金が書いてあった。
確かに違法処理の証拠にはなるが、これではこの工場の馬場と、精々不用品引き取り業者位しか逮捕出来ない。
真行寺に無線で報告すると、真行寺は困った様子も見せず、すぐに答えた。
「龍介、こういう下っ端ってのは、1番に捕まるリスクを抱えてる。
馬場にやらせてるのが善平だとしたら、馬場は捕まりそうになったら、善平を脅して、逮捕を免れるように、或いは善平に罪を擦りつけられない為に、必ず保険をかけておくものだ。
どこかにゼルタだけでなく、善平と繋がる何かがあるはずだ。」
「分かりました。もう少し探してみます。」
龍介はそう言うと、いきなり汚い事務所内に腹ばいになって、懐中電灯でそこらじゅうを照らし始めた。
亀一も仕方なく後へ続く。
テーブルの下、棚や金庫の下などの全ての下側を覗き込んだが見当たらない。
今度は家具を動かして、その裏側を探す。
すると金庫の裏に封筒に入った何かが貼り付けてあるのを発見した。
封筒の中身はボイスレコーダーだった。
早速聞いてみる。
隠して録音したとみられ、ガサガサという雑音の後、話し声がし始めた。
「君、古紙回収して処分してるんだって?お金になるの?」
「いや、たかがしれてます。」
答えたのは、馬場の様だ。
「ねえ、馬場君。
話はうちの秘書から聞いただろ?
僕に協力してくれないか。
産廃処理やるんだよ。適当な方法でいい。
馬場君の所なら、バレづらいだろうしさ。
そうだな、10キロ当たり20万位でどうかな?
それ、そのまま君が受け取っていいしさ。
適当に処分すれば、経費なんかいくらでも浮かせるだろ?
そしてその上、君には毎月、僕からお給料をお支払いするよ。」
「おいくら程…。」
「35万でどうだろう?ボーナスは夏冬あわせて150万。その上、君には処分費用がそのまま入る。悪くない話だと思うんだがね。」
「給料の支払い方法は…。」
「それは秘書が必ず月々持っていく様にするよ。
ああ、帳簿なんかはつけないでね。
全て僕の名前も会社の名前も分かる様にしないで欲しい。」
「分かりました。平田善平社長お名前も、善平の名前も残さない様にします。」
「うん、宜しくね。
じゃあ、足の付かない携帯渡しておくよ。
僕さあ、好川議員の後援会長やっててね。
好川さんに迷惑かかると困るからさ。
公安とかの技術力凄いから。
盗聴されないようにって事で。
ああ、それとねえ、パソコンで帳簿管理は止めてね。
まあ、本当は帳簿も付けないで欲しいんだけど、電気代も掛かるだろうし、支出位は計算の為に書き残したいだろうからさ。
全部アナログでお願いね。
公安のハッキング、なめたら怖いからね。」
「分かりました…。」
「あと、ドーベルマン飼いなよ。買ってあげるから。」
「はあ。」
「アナログで、監視カメラだってパソコンに繋いで常時見られないんだから、危ないでしょう?公安来たらどうすんのよ。」
「はい。」
「じゃ、これ、僕からのプレゼント。僕が描いたんだよ。パリのセーヌ川風景だよ。いやあ、セーヌ川は良かったあ…。」
録音はここで終わっている。
やはり、全て善平社長の入れ知恵だった様だ。
「て事は、給料袋取ってあんじゃねえか?」
龍介と亀一はまた家具の裏側や、そこら中を探し始めた。
今度は家具の裏には無い様だ。
龍介は、この薄汚く殺風景な事務所には似つかわしくない、下手くそな水彩画の額に目をやった。
「Z.H…。平田善平社長と同じイニシャルだな…。あの話の中で言ってた絵かな…。セーヌ川っつーより、ドブ川だな…。」
龍介は額を手に取り、裏側を見て、違和感を覚えた。
裏側の蓋になっている部分が、なんだか盛り上がっているのだ。
早速開けてみると、中には、今まで分全部と言った感じの量の、善平グループとしっかり名前の入った封筒が出てきた。
しかもご丁寧に、馬場殿350000円とか、金額と名前、それに渡した年月日まで書いてある。
「グランパ、これでどうでしょうか。」
「上等だ。後は竜朗達がやる。それ持って、撤収しなさい。」
「了解。」
高いびきのドーベルマンを横目で見ながら、来た時同様そっと出た。
竜朗達は直ぐに動いた様だ。
龍介から証拠を受け取り、先ず馬場に直接会い、全ての証拠を提示。
そして、善平グループの社長である平田善平の関与を認めさせると、早朝に警察が平田の自宅へ行き、逮捕。
あまりの素早さに平田は打つ手も無く、証拠もタップリ。
その上、元々人望が無い男だったのか、馬場だけでなく、ゼルタ産業や下っ端の不用品引き取り業者まで証言を始め、証拠まで自ら出し、もう言い逃れもできなくなった。
「龍達のお陰だ。今回は俺からバイト代出すぜ。」
レストランでの会食中に、バイト代をくれる竜朗を見て、龍介が意味深に笑い、新聞片手に真行寺と竜朗を見つめた。
「なんだい、龍。」
「この善平の社長、最近失言がやたら多くて、顰蹙かってるけど、辞めさせられねえ好川大臣の後援会長だって、録音の中で言ってたよな。
新聞にもトップで出て、環境大臣のくせにって凄えバッシング。
爺ちゃんのお目当は、善平の社長じゃなくて、好川代議士だったんじゃねえの?」
竜朗と真行寺は、顔を見合わせ苦笑した。
「ばれてしまったようだな、竜朗。」
「ですね。おう、その通りだ。」
「爺ちゃん達のシナリオでは、大臣の懐にもあの違法処理で浮いた金が入ってるってスキャンダルにして、葬るって感じか?」
「おう。あの大臣、どうも右過ぎるしな。」
「右翼って事?」
「そう。正確にはちゃんとした古式ゆかしい右翼とも違うんだが、歴史観が自虐的だとか騒いだり、日本国憲法はお仕着せのまがいもんで、そのせいで、愛国心がなくなって、日本人はこんな情けない国民になったんだとか、でっけえ声で言ってんのよ。」
「戦前に戻したいって事?戦争回帰?」
「的な風潮が一部にある。
なんとかしねえと、あいつらがのさばったら、日本はおかしな事になっちまう。
中国、韓国とも関係悪化は目に見えてるしな。
そんな訳で、あの大臣はその急先鋒を行ってるリーダー的な立場だから、ご退場願おうかとね。」
「そうなんだ…。」
竜朗が言った通り、その大臣はそのスキャンダルの上、国会審議中にも関わらず、酩酊状態で更におかしな発言を繰り広げてしまい、マスコミから相当なバッシングを受けた。
大臣は辞任する事となり、内閣支持率も落ち、総選挙になったが、その大臣は選挙は落選。
その後失意の余り、自殺したらしい。
竜朗達は自殺には関与していない様だったが、酩酊状態にしたのは竜朗達ではないかと、龍介は密かに思った。