発見
亀一と拓也が調べている間、龍介は川を見ながら、汚染物質を出していそうな所を探していた。
パラレルワールドは、この200メートルの区域に限定されていた。
警告がそこまで親切ならと仮定すると、汚染物質の発生場所も、この200メートル区間に限定されている可能性があると思ったからだ。
龍介は、川に流れ込む汚染物質が出て来ている排水口を見つけた。
ーこの排水口はどこに繋がっているんだ…。
排水口のパイプは地下を通っている。
だからと言って、そんなにくねくねとはやらないのがセオリーだ。
龍介はそのまま排水口のパイプ沿いに住宅地の中を入って行った。
一軒、まるで掘建て小屋の様な外観の、汚く壊れかけた様な家なんだか、工場なんだかという建物があった。
門も何も無いので、金網の壊れた穴からそっと入ってみると、建物の中から出てくる緑がかった、いかにもヤバそうな汚い水が、雨水を入れて川に流す為のマンホールの蓋を半開きにしてある所に、ザバザバと入って行っている。
ー雨水って事は、通常は害は無えもんだから、これが川に流れ込んで行ってるはずだよな…。
龍介は手に掛からないように、慎重にその汚い水を小瓶に採取し、そっと立ち去ろうとした所で、犬の吠え声を聞いた。
ーゲッ。ドーベルマン?
しかも2匹だ。
綱も付けて居らず、龍介を見つけるなり、『絶対咬み殺す』と言わんばかりの形相で走って来る。
ドーベルマンは主人以外には絶対懐かない。
どんな犬でも骨抜きに懐かせてしまえる、ムツゴロウ少年と、近所の愛犬家達に仇名をつけられた龍介だが、ドーベルマンだけは無理だ。
急いで逃げる。
「誰だあ!」
ドーベルマンの吠え声で、家主まで出てきた様だ。
龍介は猛ダッシュでその家の建物の敷地を駆け抜け、2.5メートルはある金網を二歩でよじ登って、なんとか逃げた。
「龍、大丈夫かい?」
珍しく息を切らせて戻って来た龍介に、スポックが聞いた。
「なんとか。」
同時に拓也と亀一が戻って来た。
「ダイオキシンだな。」
「そっか。これも調べて。」
龍介はさっき小瓶も出しつつ、寅彦に電話を掛けた。
「龍、工場として登録されてる中で、川に工業廃水を出せる位置にある工場は無えな。」
「そっか。実は、凄え怪しい所見つけたんだ。住所言うから、住民の事、洗いざらい調べてくれ。」
「了解。あのさ。」
「ん?」
「唐沢が龍が向こう行っちまったって聞いて、心配し過ぎたせいか、今ダウンしちまってんだけど。」
「えっ!?なんで早く言わない!?」
「いや、平気な顔してたんだよ、さっきまで。
でも、なんか顔色がおかしいって鸞が言い出して、優子おばさんが熱測ったら38度もあってさ。
今、スポックさんの薬飲ませて、鸞と和臣おじさんが送ってってる。」
「ー大丈夫なのか!スポックさんの薬ってええ!」
スポックが怪訝な表情で龍介のラグジャーの袖を引っ張った。
「ちょっと。聞き捨てならないね。大丈夫かとはどおいう意味なのよ、龍。」
「ご、ごめん…だって効きすぎるって話見聞きして…。」
スポックは電話をもぎ取った。
「瑠璃ちゃんの症状教えて。
ーふんふん…。
風邪症状は無く、熱だけボンと…。
ああ、分かった。
過労みたいなもんだね。
で?投与したのは?GK8Rなんだね?
じゃあ、大丈夫。明日には元気になる。」
スポックは寅彦でなく、龍介に向かってそう言い、電話を代わった。
「だそうだから、龍、住所…。」
「お、おう…。」
龍介は住所を言い、電話切った後、車に乗りながらスポックに謝った。
「まあいいのよ。龍は心配性だって亀一から聞いてたし。」
「でスポックさん…、あの薬の名前…。」
「うん!元(G)気(K)はつ(8)らつ(R)!」
龍介は頭を抱え、後部座席の亀一兄弟は苦笑している。
「ーそれ、モロ父さん系じゃん…。」
その発言に対し、龍太郎と犬猿の仲のスポックは猛反発。
「りゅうたろさんと一緒にしないでくれる!?」
「だって、スポックさん…。」
「僕の方がセンスいいよ!」
ーいや、同じだよ…。
龍介の心の声が聞こえたのか、亀一が苦笑したまま言った。
「同族嫌悪なんだよ。」
「そんな感じだなあ…。」
「違いますう!」
龍介が長岡家に着くと、寅彦が調べた事を、瑠璃を送って、また戻って来た鸞が纏めていた。
「組長、この家は登録上は古紙のリサイクル業者って事になってるわ。」
「古紙?変な液は出ねえよな…?」
「そうよね。私もそう思って、納税状態とか、購入品もかなり遡って、過去5年分位まで調べて貰ったんだけど、怪しい所は何も無いの。」
「そっかあ…。じゃあさ、出入り業者とかは調べられねえ?」
寅彦は首を横に振った。
「この会社、超アナログ。
パソコンで管理してんならハッキングと思ったんだが、この家から何にもネットに繋がって無い模様。
ガラケーの電波しか出てねえ。
つまり、無いと考えて良さそうだ。」
「へえ…。じゃあ、実際に行って調べるしか無えんだな…。」
優子が声を掛けた。
「丁度良さそうだから、ここで休憩がてらご飯にしましょう。」
夕食が終わる頃、亀一がかけた検査の機械が止まった。
拓也が見に行き、龍介に報告。
「龍さんが採取してきたのも、高濃度のダイオキシンを含んだ有害物質です。川で採取したものと、成分は全く同じですね。」
「有難う。じゃあ、今日は解散。お疲れ。」
龍介は珍しく今後の方針も言わぬまま、長岡家を寅彦と出た。
鸞を送ると、自転車を反対方向向け、寅彦にチェロを背負わせる。
「ん?」
「ちょっと監視カメラの位置変えて来る。あの家に出入りするのが見えるようにさ。」
「なら俺も行くよ。」
寅彦はチェロを龍介に返し、自転車の向きを変えた。
龍介は川沿いの電柱に仕掛けた監視カメラを外すと、例の家の前の、木の枝や葉で隠れる位置に監視カメラを設置した。
「寅、どう?」
「映像来た。問題無し。」
「よし。じゃあ、帰ろう。」
二人がそっとその場から立ち去ろうとした時だった。
大きな汚らしいトラックがガタガタと音を鳴らして、この住宅街の狭い道路に入って来た。
2人はそっと他所のお宅の門の陰に隠れ、様子を窺った。
トラックはあの家に入って行くと、ピタッと停まり、出てきた中年男性が中に声を掛けた。
中からは、龍介を追いかけて来た中年男性が出て来た。
「これ頼むよ。」
トラックの男は荷台に掛けてあるシートを外し、家主の男に見せた。
そこには、本来なら、産業廃棄物としてきちんと手続きを踏んで処分しなくてはいけない物が山積みされていた。
コピー機や金属製のデスク、ロッカー、プラスチック製の巨大なゴミ箱、パソコンやテレビ、掃除機などまである。
中には医療用のゴム手袋やビニール製の血がついた術衣などあった。
「全部で20万ですね。」
「あんた、ちゃんと処分してねえんだろ?もう少しまけろよ。」
「そんな事言っているあんたも、こんな格安の所に持って来てんじゃねえか。」
「そりゃそうだ。」
2人は喧嘩ではなく、冗談のように笑いあって言っていた。
トラックの男は現金を渡すと、運転席に戻った。
トラックの荷台が建物の中に入る様にバックし、荷台を斜めに下ろして、それらの産業廃棄物を中に入れたらしく、ドンドンガラガラと凄まじい音がし、男はそのまま来た時同様、乱暴な運転で帰って行った。
「違法処理場みてえだな、龍…。」
「だな。爺ちゃんに報告しよう。」