解明
戻ると、真行寺は仕方なさそうに指示を出した。
「寅次郎君は申し訳ないが、ここで解剖を行ってくれ。鸞ちゃん、手伝えるかな?」
「ええ。全く問題ありません。」
「では鸞ちゃんが手伝う。
きいっちゃんは、我々がまた計測装置をあそこに設置してくるから、範囲と深度を広げて調査してくれ。
寅と瑠璃ちゃんは、この辺りで以前にも水柱の目撃談が無いか、妙な生物の目撃情報が無いか探ってくれ。
ではまた海中に行こうか。」
京極が真行寺を止めた。
「顧問はここで指示に回って下さい。もう危険は無えから、龍介君と2人で大丈夫。」
やはり年には勝てない。
少々お疲れ気味の真行寺を残し、龍介と京極が海に戻ると、借りたボートで栞と兄が現れた。
「お昼持って来ました。召し上がってないでしょう?」
「これは有難う。栞ちゃん…だっ…け…。」
真行寺が礼を言いながら呆然と固まってしまった。
無理も無い。
亀一が仕事の手を休め、いきなりちゅーちゅーやり始めたからだ。
「龍彦と寸分の差も無えな…。あんな嫌ってたのは、同族嫌悪か…。15の分際で…。」
寅彦と瑠璃が苦笑しながら、弁護に入った。
「きいっちゃん、正直な人ですから。学校の先生も居ねえし、許してやって下さい。」
「そうなんです、お祖父様。それにほら、しずかおば様にもよくやってましたし。」
「そう言われりゃそうだな。
しずかちゃんに会う度に抱きついてたもんな。
やはり、龍彦そっくり…。
龍介より似てる…。
まあ、今まで辛い恋をしてたんだから、幸せそうで何よりだ。」
栞を席に着かせ、亀一は仕事を再開した。
龍介達が設置したサーモグラフィー兼測定装置の映像が来たからだ。
「映像来ました。問題ありません。」
無線に告げると、真行寺が気を取り直して言った。
「じゃあ、恭彦達が上がって来たら、頂くとしよう。栞ちゃん、経費で落とすから、ちゃんと請求してね?」
「はい。」
「あ、これでーす。」
兄がレシートを渡すと、真行寺は直ぐに支払った。
「へえ、龍ちゃんのお爺さんかあ。かっこいいー。」
「ああ、君は…。」
「あ、栞の兄貴です。バンドやってます!」
言われなくても分かるのだが、言わないと気が済まないらしい。
「君は兄として、物申したくならないのかい?目の前であんないちゃつかれて。」
兄は少し小声になって、微笑みながら言った。
「栞が年上だから、焦ってんのもあんだろうなと思って。
栞が嫌なら止めるけど、幸せそうだから。
前の彼氏と居る時よりずっとね。
だから親父達には内緒にしてやってます。」
満更馬鹿でもないのかもしれない。
見た目どっから見ても馬鹿だが。
「そう。有難う。」
鸞と寅次郎にも声を掛けると、洞窟の奥で簡易的に作った解剖室から出て来て、栞達と挨拶。
京極と龍介の2人が上がって来ると、栞と兄は京極を見て、見るからに驚いた顔で言った。
「うわ、凄え!こんな綺麗な男って居んだな!栞!」
「ほんと、びっくり!鸞ちゃんそのまんまだわ!綺麗~!モデルとか俳優とかもう見れないね!」
京極はにっこり微笑み、慣れた風で優雅に挨拶。
「京極です。鸞がいつもお世話になってます。」
「はああ…。いえいえ…。」
全員が栞達が買って来てくれた海鮮丼弁当を食べ始めると、亀一はサーモグラフィーの操作に入った。
栞が邪魔にならない様に、横から食べさせる。
なんだかいい感じである。
暫くして、亀一の方も落ち着いて、自分で食べ始めた。
範囲と深度を広げたので、計測に時間がかかるらしい。
「寅と瑠璃ちゃんの方の調べはどうだ。」
真行寺が聞くと、寅彦が答えた。
「目撃情報は無いですね。
ネットの掲示板なんかも見てみましたが、昨日のと、今朝のしか。
釣り人や漁師さんの方はこれから当たります。」
「うん。じゃあ、取り敢えず、水柱の方は、昨日の4キロ皆泳時に初めて起きたと考えて良さそうだな。
寅次郎君の方は?」
「妙ですねえ…。」
「妙とは?」
「カチンカチンなんですよ。
全身鉄みたい。
メスなんか入りません。
今どうにか一部分削り取って、分析器にかけてます。」
「ほう…。」
「目ん玉だけは、普通の細胞でしたが。
でも、見えてませんでしたね、あれは。
視神経が焼き切られてる様でした。」
「自ら発する熱でやられたのかな?」
「かも。中からですし、眼球は沸騰しちゃって、水分無かったですもん。
こう、皺々で、ボニョボニョ。」
一瞬全員の箸が止まってしまい、真行寺は食事中に寅次郎に話しかけた事を後悔した。
この男、研究にかけては天才かと思う程切れる男だが、デリカシーというものは一欠片も無い。
だからこの年になってもまだ独身だし、寅彦には疎まれているのだ。
昼食が終わり、作業再開になって暫く後、寅次郎が報告に来た。
「鉄でした。」
「鉄…。全身が鉄って事かい?」
「はい。まあ、血液の中には鉄は含まれてますし、体の8パーセントは血液で成り立ってますから、もしかしたら、体を流れる血液が、なんらかの作用で鉄分に傾き、全身が鉄化したとも考えられなくはありません。かなり乱暴ですけどね。」
「そうか…。有難う。ちょっと休んでてくれ。他でもこういう生物が出たら、また頼むかもしれないから。」
「了解しました。」
瑠璃が手を挙げた。
「瑠璃ちゃん、何か分かったかい?」
「はい。漁師さんのブログで一件。鉄の塊のような変なウツボが網の中で死んでいたと。」
「出たな。その漁師さんに連絡を取るから、龍介と恭彦で話を聞きに行ってくれ。現物が未だあるようなら、貰って来てくれるか?」
「はい。」
暇に任せてウツボを重箱の隅をほじくるように調べていた寅次郎も言った。
「鱗と皮も鉄になってますよ。鉄になってないのは、本当、眼球とその周りだけですね。」
「だから目は庇っていたわけか…。」
真行寺は頭部を解体されたグロテスクな惨状を前に平然と手伝っている鸞を見つめた。
「本当に大丈夫かい?」
「あ、私ですか?はい。全然平気です。」
ーう~ん、怖いものが無いのが欠点みたいな女の子だなあ…。
「鸞ちゃんはいい助手ですよ、顧問。じゃあ、後は海水調べてようか、鸞ちゃん。」
「はい。」
寅次郎に言われ、検査キットを持って海の方へ。
すると、寅次郎は立ち止まり、真行寺に言った。
「京極さんに一緒に獲れた魚も買って来て貰って下さい。タコがいいかな。一応調べたいので。」
漁師に話を聞きに行った龍介達は、その鉄のウツボが網に引っ掛かったのが、一つ二つでは無い事に、内心驚いていた。
「しょっ中だよ。もう5匹位は獲れたな。」
「5匹も。いっぺんにじゃないですよね。」
京極が聞くと、首を横に振った。
「5匹いっぺんにウツボがかかるなんて事は殆どねえよ。
でも、はっきり言っちまうと、ウツボが採れたら、もうソレよ。
この辺の漁師の間じゃ有名な話。
でも、この間、ブログ書いちまったら、漁業長が、『他の魚にまで悪い噂が立ったらどうすんだ!』って怒るからさ。
ブログ引っ込めた筈なのに、あんた達よく見つけたね。
まあ、ウツボ自体は、あんま食わねえしな。
金にもなんねえからいいんだけどよ。
漁業長がうるせえから、内緒にしといてくれよ?」
「分かりました。それで、そのウツボ、取ってありますか。」
「うん。なんか面白えから取ってある。
うちの母ちゃんが気味悪がって嫌がるから、家には持って帰れねえからさ。
船ん中にあるぜ。」
「貸して頂けませんか、それ。」
「ああ、やるよ。持っててもどうしようもねえから。」
という訳で持ち帰ると、寅次郎が早速解剖を始め、見よう見真似で鸞までやり始めた。
「加来君、凄いよね、鸞ちゃん…。なんでも出来ちゃうね。」
「なんでも物怖じせずに出来過ぎだよ…。」
悲しそうに言う寅彦がなんだか不憫。
「わ、私も龍はなんでも出来るし、何にも怖く無い人だし、顔はいいしで、時々なんか悲しい気持ちなるよ?」
「でも、唐沢は女じゃん。俺は男だぜ…。」
「ー確かにね…。情けない度合いが違うわよね…。」
寅彦、一瞬にしてどよーん!!!
「ご、ごめん!」
栞が必死に慰める。
「きっと、なんかとんでも無い所に弱点があって、バランス取れるよお。大丈夫よお。」
機械の細かい操作で忙しかった亀一がやっとひと段落ついた様だ。
早速真行寺に報告を始めた。
「ウツボって、サンゴとか岩場の陰に住んでるんですよね?
そのウツボの住処らしき所の下に、マントルのカスみたいなのがあるんですよ。」
「マントルのカス?」
「はい。マントルから、マグマが出た後の残骸ですね。
どっかの大学の研究では、合成的に作ったマントルに圧を加えると、マントルからは鉄分が著しく減るんですが、その分、噴出したマグマには鉄分がたっぷり入っているそうです。
確かに、ウツボの住処だろうなという辺りには、マグマが出て、冷えて固まった後が少し見えます。」
「という事は…、ウツボは一時的なマグマの噴出でほぼ全滅したものの、あの巨大化したウツボだけは、生きながらえたという事か?」
「理由は全く分かりませんが、そういう事になりますね。」
寅次郎が戻って来た。
「確かに違いますね。
他の死んでた鉄化したウツボと、巨大化してたウツボは。
巨大化の理由は、僕たち科学者には分かりませんが、漁師さんからもらったウツボは、巨大化ウツボと同様、身体がなんらかの化学反応を起こしたのか、亀一君が言った事を考えると、マグマに飲み込まれて鉄化したのか、兎も角、即死状態でした。
でも、巨大化ウツボの方は、何故か心臓だけは鉄化を免れ、生きていて、身体を冷やそうと必死に出て来てたんじゃないでしょうか。
ほら。無事だった心臓です。
鉄の中から出すの大変だったんですよ。
ねえ、鸞ちゃん。」
「はい。ほらほら、みんな見て見て。」
ちゃんと見てくれるのは、京極と龍介と栞の兄だけだが。
「餌のタコにも鉄分が多く含まれているのかなと思って調べましたが、タコの鉄分含有量は普通でした。
餌のせいでなく、外的な要因ですね。
海水も問題ありませんでした。」
「そうか…。しかし、巨大ウツボは、なんで生きてたんだろうな。
まあ、それはちょっと後回しにするとして、きいっちゃん、ここでマグマ噴出はあり得る事かい?」
「いやあ…。無いとは言い切れませんが、でも、ここは海域火山からはずれてます。
海底火山でも無い所からのマグマ噴出となると、考えられるのは、地球が内部から熱くなっちまってるって事かな…。
溜まった熱は放射しねえとなんねえから…。」
「ー地球温暖化も、深刻さを増して来たって事だな…。」
一同、ちょっと深刻になると、京極が言った。
「その辺は細かいデータ取って、加納一佐に報告するとして、巨大化ウツボはなんで生きてたかだよな。
それって、瑠璃ちゃんのお母さん管轄なんじゃねえの?
ちょっと聞いてみてくれないか?」
「あ、はい。」
寅彦の顔が青ざめる。
「やっぱり、組長はお化け関係だと…?」
「だってさ、生きてたのは、ここのウツボだけだろ?
それも、良くねえとされる三角形を、よりにもよって、非業の死を遂げた人間が見つかった所に作っちまった。
そしたら、巨大ウツボが出てくるわ、お化けさん達は出てくるわ。
で、お化けさん達が、目的を遂げたら、ウツボは取り敢えず普通の大きさに戻った。
原因はどう考えても、そっち関係しか残ってねえんじゃねえの?」
もう無かった事にするのを諦めたらしい真行寺も言った。
「そうだな。俺もそんな気がする。」
瑠璃の電話が終わった。
「鸞ちゃんパパの仰る通りの事を言ってました。
それと、そのお化けさん達を殺した犯人ですが、他にも殺していて、打ち上げられ無かった人が、ウツボが出てきた所に居たんじゃないかって。
もう死体は無くなって、骨も流れて行ってしまっているだろうけどって。
だから、その人達全員の恨みが集まってる場所に、三角形を作ってしまった事で、悪い力が強力に働いて、巨大ウツボを作りだし、死ぬ筈のウツボまで生かしてしまったんでしょうって。」
「うーん、俺が担当して、初めてのオカルトXファイルだったな。ありがとう、瑠璃ちゃん。お母様にも宜しくお伝えしてくれ。」
「はい。」
青い顔ながらも、頑張って仕事をしていた寅彦が言った。
「速報で入りました。あの犯人、あのお化けさん達5人以外にも10年に渡って殺し続け、海に捨てていたと自供したそうです。」
「なるほど。
よし。取り敢えず解決だな。
各自データを整理し、俺に提出。
撤収作業に移って、データの整理はできるだけホテルでやろう。
龍介と恭彦は撤収作業に掛かれ。
今回のバイト代は弾むぞ。」
「やったあー!」
「顧問、俺も貰えます!?」
期待に満ち溢れて聞く京極を悲しそうに見つめる真行寺。
「出る訳ないだろう、恭彦…。佳吾に掛け合ってはみるが…。」
「残念。」
「金に困ってるのか?」
「いえ。加奈にパーっと土産買ってってやろうかなと思っただけです。」
「パーっとって…?」
「加賀友禅とかさ。」
「パーっと過ぎんだろ…。」
「ですね。」