4キロ皆泳行事で…
龍介は夏休みに入ると、いつもの様に直ぐにイギリスに行ったが、真行寺と一緒に、2週間程で帰って来た。
今年は、学校の4キロ皆泳という行事があるからだ。
千葉県の館山に2泊3日し、2日間海で泳ぐならしをした後、最終日に皆で4キロ泳ぐというもの。
龍介達は、30キロの装備を背負って、10キロ泳ぐという訓練を去年から竜朗と龍太郎にやらされている。
勿論、酸素ボンベを背負ってだが、30キロの装備に10キロに比べたら、酸素ボンベが無くても、4キロなんて朝飯前である。
しかし、泳ぎが不得手な者にとっては地獄の様な行事だ。
入学時に泳げない者は、この行事の為に、水泳の補習までさせるのだから、この行事に対する学校の思い入れは相当な物だ。
よって、病気以外の理由での欠席は不可なので、龍介はわざわざイギリスから戻って来たのだった。
鸞と寅彦も帰って来ている。
尤も鸞は、この行事が終わったら、直ぐにフランスに帰ってしまうが。
館山に現地集合、現地解散なので、例に寄って5人で向かっているが、鸞と瑠璃の顔ったら無い。
美人と可愛いの台無しになる勢いで憂鬱な顔で押し黙ってしまっている。
「生理になれば良かったのに、どうしてこういう時に限って来ないのかしら…。」
鸞が男の前で何の憚りも無く言うと、止める間も無く瑠璃も言った。
「全くだわ…。余計な時ばっかり来て、生理痛で苦しめるくせにあったま来る…。すずちゃん生理ですってよ。館山にも来なくていいのよ。いいよねえ。」
「ほんと?なんてラッキーなのかしら。」
男共は困った顔で、居心地悪そうに座っているしかない。
なんとか話を逸らそうと、龍介が亀一に言った。
「き、きいっちゃん、栞さん来るってほんと?」
若干声が上ずっているので、かなりわざとらしいが。
「そ、そうなんだよ。兄貴の車で見に来るってさ。」
「そ、そんで?海水浴?」
「そ、そうだな。でも泳げねえらしいから、浮き輪で浮いてるだけなんじゃねえか?」
そのセリフに鸞と瑠璃が過剰反応。
「あたし達だって、浮き輪で海水浴楽しみたいわよお!」
話を逸らすつもりが完全に逆効果…。
寅彦は寝たふりで逃げてしまい、龍介と亀一は居心地の悪いまま電車に揺られていた。
宿泊施設に到着し、ミーティングを兼ねた昼食の後は、直ぐにそこの目の前にある浜辺に出て、準備体操。
ここは、他の観光客は入って来ない地域なのか、貸切の手続きでもしてあるのか分からないが、誰も居ない海で、先生方がボートに乗って、其々の位置に着き、大きな三角形を作り、生徒達はそこで泳ぐ。
本番の4キロの時は、これを4周するのだが、今日、明日は、ならしなので、疲れたら無理をせず休むという事になっている。
男子達憧れの的の瑠璃や鸞の水着姿だが、英の眼鏡男子率は尋常でなく高い。
みんな眼鏡を外して泳いでいるから、残念な事に全く見えない。
ほぼ唯一と言っていい、目のいい龍介には煩悩が無いから、瑠璃の胸が意外と大きかろうが、鸞が美しい顔とは反比例して少女体型で胸があんまり無いとか、まりもは背は高くてスタイル抜群だが、胸が可哀想な程ぺったんこだとかには、丸で注目していない。
専ら、亀一の為に栞の姿を探してやっている。
「あ…、今来た日傘差してこっち見てる人がそうじゃねえかな。隣のいかにも軽音部な人にも見覚えあるし。」
そう。
栞の兄は、金髪にピアス。
夏でもブーツのロッカーである。
結構有名な大学に行っているらしいが、大学に入って、突然ロックに目覚め、軽音部に入ると、相当地味な人だったらしいが、眼鏡もコンタクトにし、そんな感じになったらしい。
「車なんだか分かるか?」
亀一が期待を寄せつつ聞く。
「古そうなミニ位しかわからんな。年代まではちょっと…。色は赤。」
「じゃ、そうだ。兄貴、バイト代で買って、故障ばっかで、彼女に振られたって言ってた。」
「それはまた心の狭い彼女だなって、あ、手振ってるぜ?栞さんには見えたんだ。」
栞の姿は残念ながら亀一には全く見えないが、必死に手を振る。
「しかし、きいっちゃん眼鏡かけてねえのに、よくきいっちゃんって分かったな。」
寅彦が言うと、ニヤニヤ。
「愛の力だよ、寅彦くん…。」
龍介がすかさず淡々と言う。
「いや。栞さん、双眼鏡で見てる。」
ガクッとなって、亀一溺れる。
「何やってんだよ…。」
龍介は笑いながら亀一を引き上げ、変な感触にゾッとなった。
誰かが龍介の足をスーっと撫でる様に触ったのだ。
周りを見回したが、潜水で泳いでいる生徒は居ないし、事故があっては大変なので、今回の皆泳では潜水は禁じられている。
勿論、亀一や寅彦の手の届く範囲では無いし、他の生徒も手が届く程近くは泳いでいない。
海中を覗いてみたが、人影も無い。
「どした、龍。」
「誰かに触られた気がした…。」
海でそういう事態といえば、矢張りお化け関係を想像してしまう。
寅彦が青くなりながら、全力で否定する。
「ワカメだよ!ワカメ!絶対ワカメ!」
すると、鸞の叫び声がした。
「何すんのよ!」
「どしたの?鸞ちゃん。」
瑠璃が聞くと、鸞は周りを見回して首を捻っている。
「あら…?誰かに触られたんだけどな…。」
寅彦、またしても全力で叫ぶ。
「ワカメだああ!!!ぜってえワカメだああああ!!!」
先生がキョトンとしながら寅彦にボートを寄せて来た。
「どうした加来…。らしくないなあ…。ワカメは無いぞお?足に絡まると大変だっつって、校長と教頭が根こそぎ採っておいて下さってるからな。」
「ひいいい~!お願いだから、ワカメだって事にしてええ~!」
「寅、まだお化けって決まった訳じゃねえだろ?」
龍介はそう慰めつつも、状況的に見たら、今の所それしか可能性は無いなと思っていた。
しかし、寅彦が落ち着く間もなく、今度は生徒たちが叫びだした。
指差す方向を見ると、先生達が作っている三角形の向こう側に、円錐状の高さ30メートルはあろうかという水柱が立ち出したのだ。
水柱はゴーゴーと音を立てて、更に高くなって行く。
「全員浜辺に上がりなさい!急いで!」
先生の号令で、急いで浜辺に上がり、点呼になったが…。
「シソ君…。」
龍介は点呼しながら、市曽が居ない事に気付いた。
「市曽、居ない!」
仲の良い塩崎が半泣きになって言う。
先生が警察や消防に連絡しながら、ライフセーバーの資格を持つ先生が海に戻って探そうとした所だった。
立ち昇る水柱から何かが弾き出され、浜辺に飛んで来た。
ドサッと落下してきたそれは、市曽だった。
龍介が介抱しながら呼びかける。
「大葉!?大丈夫か!?」
「加納…。市曽だって…。大丈夫大丈夫…。」
市曽は元気そうに起き上がった。
「ああ、何がなんだかサッパリ…。」
「だから何があったんだ。」
「いや、だから全然分からない。ボケーっと泳いでて、気が付いたら、今、ここ。」
「お前、あの水柱に飲み込まれてたんだぜ?」
市曽は暫く龍介の顔を見つめた後、真っ青になって叫んだ。
「ええええ~!?嘘おおおお~!」
そうこうしている内に、謎の水柱は突然引っ込み、海は何事も無かったかのように静かになった。
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うい部屋(桐生初)
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