いざ鬼ヶ島
亀一が到着すると、栞は困り果てた顔で、亀一を鬼ヶ島の待つリビングに通した。
「コレはなんだ。」
亀一の顔を見るなり、鬼ヶ島はいきなりそう言った。
まあまあのイケメンで、眼鏡。
背も高そうだし、スタイルもまあまあ。
それで頭もいいんだから、結構もてそうなタイプではある。
が、怒りっぽいと言っていたのと、鬼島なんて名前が、妙に納得行ってしまう程、彼はキツイ顔をしていた。
しかし、そんなもので怯む亀一では無い。
勿論、すぐさま言い返す。
「コレとはなんだあ!」
「なんで俺が来てんのに、こんなのが来て、入れるんだよ。」
亀一を完全無視して栞に言う。
「ええっと…、あの…。きいっちゃんはその…。私、あの…。ゴニョゴニョゴニョ…。」
「ゴニョゴニョじゃ分かんねえだろ。なんだよ。」
栞が亀一を盾にして隠れると、亀一は龍介達の到着を待つのはやめて言った。
「栞は俺と付き合うから、あんた別れろ。」
鬼ヶ島は一瞬顔色を変えたが、努めて冷静に言った。
「年下だろ。高1?高2?学校は?」
「ー中3…。英…。」
「中坊!?英!?」
そう聞き返すなり、鬼ヶ島は立ち上がり、亀一の胸ぐらを掴んだ。
亀一も勿論掴み返す。
2人は何故か黙ったまま胸ぐらを掴み合い、微動だにせず、目が充血し始めても瞬きもせず睨み合った。
「や、やめて…?」
栞が気弱に言ってみるが、聞く訳もない。
息が詰まりそうになってきた時、呼び鈴が鳴った。
「こんにちは。」
「あ、加納さんのお宅の…。龍介くん?」
「はい。きいっちゃん、バカやってませんか?」
「バカしてないけど、今ちょっと息が出来ない感じで…。」
「お邪魔していいですか。」
「是非お願いします…。」
龍介達は、リビングで一触即発の、超緊張下にある2人を見て、一瞬固まってしまった。
「龍、まずいだろ。なんとかしろ…。」
「ううーん…。はっ。」
何か思いついたらしい。
「ディベート勝負でいかがですか!?」
鬼ヶ島はニヤリと笑い、亀一は目を剥いて龍介を睨み付けた。
「龍!てめえは!」
「きいっちゃん、頑張れ!では、2人で、俺と付き合えと説得する。判定者は栞さん。時間は30分。始め。はい。鬼ヶ島さんから。」
鬼ヶ島が龍介を横目でギロリと睨んだ。
「鬼島だ…。」
「し、失礼しました…。鬼島さんからどうぞ。」
龍介が時計をストップウォッチにして時間を計り始めると、鬼ヶ島は栞に優しい笑顔で語りかけ始めた。
流石ディベート大会優勝者。
コツはバッチリな様だ。
「俺は栞の事、なんでも知ってる。
好きな食べ物も、好きな物も、好きな映画も、苦手な物も。
お前の夢がお嫁さんだってのも知ってる。
その上、同い年。
18になるまで、あと一月も無い。
直ぐ夢を叶えてやれるぜ?
まあ稼ぎが無い内は…とかいう話が出たとしても、俺の方が断然早く叶えてやれる。」
やはり付き合いの長さと年齢を引き合いに出してきた。
「免許も直ぐ取れる。車で遠く行きたいって言ってたろ?旅行だってなんだって連れてってやれるぜ?」
亀一は負けじと頑張らねばならない。
「確かに俺は栞の事、まだよく知らないかもしれない。でも、寂しい思いをさせない自信はある。俺なら一月もほったらかしになんかしない。」
「それは気を着けよう。」
「信じない方がいいぜ。病気みてえなもんだからな。面倒くさがりは。」
「じゃあ、お前はほったらかしにしない以外に何があるんだよ。」
「いつも一緒に居られる。学校の行き帰りも全部。」
「栞が短大に入ったら?時間帯は高校生とは違うぜ?」
「あんたどこの大学入るんだよ。あの近辺の大学じゃねえだろ。」
「違うが、結婚してりゃ問題ねえだろ。」
「結婚結婚て、俺だって18になったら、栞とならすぐしたっていい!」
「お前はどこの大学行くんだよ。」
「ー防衛大…。」
「防衛大?あそこ寮生活だろ?それこそ寂しい思いさせまくりじゃねえかよ。」
やっぱりだが、亀一の方が分が悪い。
黙ってしまう亀一をよそに、鬼ヶ島は更に畳み掛ける。
「栞。栞は絶対俺と付き合ってた方が幸せになれる。大体、短大生が高校生と付き合ってるなんて、周りになんて思われる?よく考えてみな。栞。」
寅彦が龍介を突いた。
「どうすんだよ、龍。これじゃきいっちゃん負けちまうじゃねえかよ。大体きいっちゃんて人は割と感情優先で、理論派じゃねえのに、こんな事…。」
「だからだよ。」
「だからってどういう事だよ。」
「この場で美味しい餌ぶら下げられて、栞さんはどう出るのか。
上手い事言って、本当にほったらかしにせず、結婚してくれるかどうか分かんねえこの人を信じちまうのか。
きいっちゃんて人を本当にわかってくれていて、きいっちゃんが本当の事しか言わねえって分かってるのなら、いくら鬼ヶ島がいい事言ったって、勝者はきいっちゃんにする筈だ。
判定者は彼女なんだから。」
亀一は真剣に言った。
「俺は本気で栞となら結婚したいと思ってる。でも、年だけはどうにもならない。」
「居直るのか?重要なファクターだと思うけどな。3歳差って。」
亀一は黙って唇を噛み締めた。
その時、栞が立ち上がった。
「勝者はきいっちゃんです!」
鬼ヶ島が優しい笑顔から鬼の顔になり、栞を見ると、栞は亀一を盾にして、全身を隠しながらも、必死に言った。
「安明が私と結婚を考えてるなんて知らなかったけど、今更って気がするし、それに、結婚しても、きっと寂しい気がする!安明とだと!」
「な…。何言ってんの、お前…。」
「それに、きいっちゃんの言う通り、安明がマメになるなんて信じられない!今まで何回か言ってきたけど、大してマメになんかなってないじゃん!」
「栞…。」
「きいっちゃんは嘘つけない人だもん!
だから言い方キツくなったり、我儘みたいな事言うけど、きいっちゃんは正直なんだもん!
私、そういう所が好きなんだもん!
年の差なんて関係無いわ!
安明よりずっと頼もしいもん!紳士だし!」
「分かんねえだろ!?紳士かどうかなんて!こいつだって、どスケベかもしれねえじゃん!」
「きいっちゃんならいいもん!」
龍介と寅彦、赤くなりつつ苦笑。
「それに、きいっちゃんは立派な志で、防衛大に入ろうとしてるのよ!適当に一流大学、なんの目的も無く目指してる安明とは違うのよ!」
龍介が手を挙げた。
「時間前ですが、そういう事で、お引き取り願えますでしょうか。」
鬼ヶ島は誰の事も見ずに、ドカドカと足音を響かせ、バタンと大きな音を立ててドアを閉め、去って行った。
「はああ…。疲れた…。」
栞は人に対して言いたい事を言うというのが、あまり慣れていないのか、倒れ込んでしまい、亀一に支えられている。
「ごめんなさい…。きいっちゃんのお友達にまでご迷惑おかけしてしまって…。」
「いえいえ。じゃあ、きいっちゃん、俺達帰るから。親御さんの居ねえお宅に長居すんなよ?」
「おう。ありがとなっつーか、龍!」
龍介は面倒くさそうに振り返った。
「あんだ。」
「恥かかせてくれたもんだな、おい!」
「俺の読み通りだったんだからいいだろ!
栞さんが、きいっちゃんが嘘つけねえ人だって分かってくれてたら、多分助け舟だすって思ってたんだよ!
きいっちゃんにするって決めてたんなら尚更!
それに、きいっちゃんに言われるより、栞さん本人に言われた方が、鬼ヶ島だって諦めがつく!
上手く行ったんだからいいだろうがよ!」
「俺に恥をかかせずにやる方法は無かったのかあ!」
「ある訳ねえだろ!
鬼ヶ島に口で勝てると思うのか!
かと言って、腕っ節に持ち込んだら、きいっちゃんの1人勝ちで、遺恨残しちまうだろうが!
負ける方にも、ある程度花持たせんのが立合いのマナーだろう!」
「これはお前の大好きな剣道の試合じゃねえっつーんだよ!この馬鹿たれがああ!」
「人を馬鹿馬鹿言ってんじゃねえよ!自分の恋路くらい、1人で纏めてみやがれ!人を頼っといて何言ってやがんだああ!」
久しぶりに2人が大喧嘩を始め、胸倉を掴みあった所に、栞の両親と兄が帰宅…。
「どっ…ちら様でしょうか…。」
呆然としながらも、警戒感丸出しで挨拶されてしまった。
亀一のファーストインプレッションはかなり強烈な物になってしまった様だ…。