亀一の恋の行方
その週末も、亀一は栞を連れて、今度は横浜の日本科学未来館にデートに行っていた。
亀一の解説を興味深そうに聞き、
「凄いねえ、よく知ってるね。」
とか、
「説明が分かりやすいから、科学好きになって、成績上がったのよ。」
とか言ってくれるので、亀一の機嫌もうなぎ登りに上がって行く。
そして見終わって入ったカフェで、栞は言った。
「道場お借りしてる加納さんのお宅の方は、きいっちゃんて呼んでるのね。私も呼んでいい?」
それは吝かでない。
「じゃあ、俺も栞って呼んでいい?」
栞は目をまん丸くして笑った。
「呼びつけなの?」
「ーいいじゃん。」
「まあ、いいわ。きいっちゃんなら。私よりしっかりしてるものね。」
亀一は、寅彦に相談し、そろそろ付き合ってくれとはっきり言った方がいいのではないかと言われ、今日はそのつもりだった。
ーこの話の流れなら、別に唐突じゃねえよな?
勇気を振り絞って言おうとするが、いざとなると、身構えてしまう。
ーいや、しかし、躊躇している場合ではない。こんなに可愛いんだし、来年からは附属の短大に行っちまうんだし、早い所唾付けとかねえと、寅の言う通り、他の訳の分からん男にかっさわれてしまう…。
という訳で、亀一、頑張る。
「す…好きだから…。」
「ん?私が?」
「うん…。だから、その…。」
「うん。」
「俺と付き合え。」
栞はまた笑った。
「付き合ってじゃなくて、付き合えなんだ。面白いね、きいっちゃんは。」
「で、どう…。」
「んー、私もきいっちゃん好き。お話楽しいし、頼もしいし。優しいし。でも素直じゃない所が、可愛くて好き。」
ーか、可愛くて?!
若干引っかかったが、好きと言ってくれているので、素直に喜ぼうとすると、栞は悩んでいる様な顔になって、言いづらそうに言った。
「でもそうすると、今お付き合いしてる人にするか、きいっちゃんにするかという、二者択一を迫られるわけね…。」
「ーへっ?!付き合ってる男が居んのかよ!」
「実は居るのね…。まあ、そんなに頻繁に会ってる訳でもないし、連絡も月に1回とかしか無いし、昔は好きだったけど、もうそんなでもないし、今はきいっちゃんの方がいいな。」
ほっとしたのも束の間。
例のうるうるの目で、亀一をじっと見つめる。
「な、何…。まさか俺に別れろと言えと…?」
「だって言いづらいんだもん…。怒りっぽい人だしさあ…。お願い…。」
「うっ…。」
栞の目力攻撃に、亀一はいたく弱い。
「そいつ、幾つ…。」
「同い年。高3。小学校の同級生で、家がまあまあ近くて。」
「どこの学校…。」
「横浜一高よ。」
横浜一高といえば、県内の公立の中で、1、2を争う学力である。
敵も頭はいいらしい。
「うーん…。これは作戦無しでいきなり行くのは得策じゃねえな…。ちょっと時間くれ。」
「うん。じゃあ、LINEが来ても、既読スルーしとくね。」
「おう…。で、本当にいいんだな?やっぱあっち戻るとか無しだぞ?」
「だから、きいっちゃんの方が好きって言ってるでしょ?大丈夫。」
まさに亀一には魔法の言葉である。
ニヤニヤしながら、軽い足取りで栞を橋本駅にある自宅まで送り届け、自分の家には帰らず、またスキップの様な足取りで、加納家に行った。
話を聞いた龍介と寅彦は難しい顔になってしまった。
龍介が心配そうに言う。
「きいっちゃん、それ、直接対決なんかしたら、絶対年下ってだけで馬鹿にされるぜ?」
「だから、お前らと作戦会議しようと思って来たんじゃねえかよ。」
「んな事言われたって…。」
「龍、なんとかこっちのペースに持ってくんだよ。お前、そういうの得意じゃねえかよ。かのーりゅうちゅけだったくせに、口で負かすの得意だろ。」
龍介の片眉が勿論吊り上がる。
「きいっちゃん…、あんた、それが人に物を頼む態度なのか…。」
「頼んでやってんだから、なんとかしろ。」
ムカっとは来たが、栞と破局して、しずかに戻られても困る。
龍介は不機嫌顔のまま、寅彦に指示した。
「取り敢えず敵を知ろう。相手の男、調べてくれ。」
「名前は?」
寅彦が聞くと、亀一はメモを見せた。
「横浜一高、鬼島安明?うわああ…、鬼ヶ島に乗り込むのかよ、きいっちゃん。」
「なんか怒りっぽいとか言ってたけどな。住所、これな。」
「相模原市橋本…。近いっちゃあ、近いな。」
「おう。」
寅彦が断片的に報告する調査を龍介が整理しながら纏め、調査結果が出た。
「鬼島安明。
誕生日は俺と近い、8月3日。だからまだ17歳。
小5から剣道を始めた様だが、やってたのは中学の部活まで。
特に成績は残していない。
高校入試では英も受けた様だが、落ちている。
でも、試験の結果はほぼ僅差って感じだな。
うちは高等部の募集人数少ねえから落ちたって感じだろう。
中学からなら多分入れたろうに、中学受験はしてねえな。
なんでかな?
経済的な問題だろうか。
寅、ちょっと調べて。
中学から行ってねえのが、経済的な理由からだとすると、それだけで、きいっちゃんは恨まれる。」
「了解。」
「で、横浜一高での成績は、中の下といったところ。
英行きたかったから、嫌んなっちまったのかな。
部活は、ラグビー部。但し、レギュラーではない。この夏で引退予定。
しかし、ディベートクラブに所属。県内高校生ディベート大会で優勝。」
亀一の顔色が若干悪くなった。
「ディベートって、あの屁理屈こね回す…。」
「まあ、そうだな。屁理屈だけってわけじゃねえけど。第三者を説得出来た方が勝ちってやつだな。」
寅彦の調べが付いた様だ。
「英の中学受験の出願者の中には名前がある。だが、実際に試験は受けてねえな。」
「なんかあったんだな。医療記録見てくれるか?」
「はいよ。」
寅彦が調べてくれている間に、他の調査結果を読み上げる。
「校内で問題を起こした事は無し。
小学校、中学、高校と、ほぼ皆勤賞。
小学校、中学校では学級委員などで活躍。
中学の内申書を見ると、活発で、クラスの中心的なメンバーで、クラスをよく纏めているとか書かれてるな。
しかし、高校に入ると、一気に目立たなくなってる。
大人しく、問題起こさない普通の生徒って感じだな。
通知表も、当たり障りの無い事しか書かれていないない。」
「英入れなかったのが、よっぽど嫌だったって事かよ。」
「これだけ見ると、そうとしか考えられねえな。栞さんと付き合いだしたのは、いつからだって?」
「正式に付き合いを始めたのは、高1だってさ。
小6位の時はもうかなり仲が良く、クラスの人間にバレねえように、2人で遊んでたりしてたらしい。
そん時に…ああ、そうだ。言ってた。
栞が聖ガブリエル学院に行くって聞いた途端、中学受験する事にしたらしい。
英なら隣だから、一緒に通えると思ったのかもな。」
「多分そうだな。向こうは結構昔から栞さんに本気だって事かもしれねえな。」
また話している間に、寅彦の調べがついた様だ。
「受験の日に救急車で病院に搬送されてる。
駅の階段で、前を昇っていた120キロの男が倒れ、潰されて、右肩を脱臼。左足を骨折だって。」
「うちの拓也と同じかよ!」
「だな。それで受験出来なかったのか…。うち、出る奴殆ど居ねえから、欠員出ないしな。編入も出来なかったんだな…。」
「龍、なんか鬼ヶ島の方に同情してねえか?!俺を応援してくれんじゃなかったのかよ!」
「だって、きいっちゃんは、後から、言わば、略奪しようとしてるんだろ?なんだかなあ…。」
「龍!そういう問題じゃねえだろ!?大体、連絡が一月に一度だなんて、そんなほったらかしの男!」
「まあ、分からなくもねえけどな。俺だって瑠璃と学校同じで、通学路も同じだから、マメっぽく見えるかもしれねえが、これで全部バラバラだったら、一月に一度かもしれねえぜ?」
「なんで!?」
「だって他にもやる事色々あるし、なんだかんだで一月なんてあっという間じゃん。」
「お前は、イギリス行ってる時、俺だけでなく、唐沢にもメールも寄越してねえのか!なんつー男だ!振られるぞ!」
「う…。気をつけます…。だから、ちょっと俺と同じでズボラなとこあるから、学校近くにして、毎日必然的に会う様にしたかったんじゃねえの…。」
「ふん。で?どう攻める?」
「分からんなあ…。これだけじゃ、性格も何も把握できねえし、相手の出方見るしか無えんじゃねえの?」
その数日後の夏休み前の期末テストが終わった、試験休みの日だった。
亀一は栞からのLINEを見るなり、龍介と寅彦に招集をかけつつ、自転車を飛ばしまくって、栞の家に向かっていた。
栞の住む橋本駅は、横浜線だから、亀一達は近くの小田急相模原駅では無く、JR相模原駅まで出なければならない。
それに、栞の家は、駅からも少し離れている。
直線距離で考えたら、電車で行くより、自転車の方が早いのだ。
しかも亀一の自転車には例のインチキなギアが取り付けられ、原付バイクよりも早い。
ー栞~!!!待ってろ~!今行くぞ~!
気分は栞の騎士。
鬼の様な顔で自転車を疾走させる亀一を車ですら避けて行った…。
「なんでこのクソ暑いのに、俺たちが自転車漕いで、橋本まで行かなきゃなんねえんだよ…。俺、夕方から瑠璃とデートなんだよ…。」
「俺だって、鸞とのデート、時間ずらして貰ったんだぜ?しのごの言うな。龍らしくもねえ。」
「なんか乗らねえんだもん。」
「けど、そういう事だってあんでしょ。取り敢えず、栞さんがきいっちゃんの方が好きっつーんだから、いいんだよ。略奪したって。」
「そうなのかあ…。」
栞のLINEに寄ると、この2日ばかり既読スルーばかりしていたら、何かおかしいと思ったらしく、家に来てしまったというのだ。
両親は外出中で、帰って貰う事も出来ず、事情も話せず、困っているというLINEが亀一の所に来たのだった。
「俺、きいっちゃんの味方やりきる自信が無えよ。」
「参謀だろ、龍は。なんとかしてやれよ。」
「うー。」
ツイッター、遂に始めてみました。