英クラブとお料理クラブ
学校近くではまずいかと、地元に帰ってきてからハンバーガー屋に入り、作戦会議に移った。
「じゃあ…この草みてえなハーブ調べるのは…、ユキかな?」
龍介が言うと、ビニール袋に入れた例のハーブを受け取りながら寅彦が言った。
「だな。ユキで分かんなかったら、寅次郎おじさんが居るから、なんとかなんだろ。」
「じゃあ、グランパに話通しとくよ。」
龍介が真行寺にメールをし始めると、鸞が不思議そうに聞いた。
「ところで、英クラブって何?」
聞かれた亀一と寅彦は不愉快そうな顔になり、龍介を顎でしゃくりながら、亀一が答え始めた。
「俺と龍も入学時に誘われたんだが…。
ほら、よくアメリカの大学とかであんだろ。
大学の誇りだか名誉を守る会とか言って、要するに、特権階級が悪ふざけしてるような。
揃いの指輪作って、英の生徒でございって自慢して回る。あんな感じ。」
「そんなのがクラブとして承認されてるの?」
瑠璃が聞くと、寅彦がパソコンで各クラブの活動報告書を出して見せる。
「一応、生徒会の手伝いだの、学祭、スポーツ大会の手伝いだの、学校運営に積極的に参加するボランティアクラブって事にはなってる。
だが、実情は、きいっちゃんが言ってた通り。
ほら、クラブの人間の名簿見てみろ。
どっかの社長の息子とか、医者だの弁護士だのの息子とか、金持ちばっかだぜ。
多分龍が誘われたのは、寄付金の額が断トツ1位だったから。
きいっちゃんは入試で満点だったから、クラブに箔つけたかったんだろう。」
亀一が続ける。
「どこぞのお嬢様学校の高校と合コンしてるとかも聞くしな。遊んでばっかって感じだし、いい話は聞かねえな。」
「例えば?」
鸞が聞くと、メールし終わった龍介が答えた。
「食堂で、英クラブ席というのがあるらしい。
そこ知らねえで座ると、凄え嫌味言われて、虐めみてえな事されて追い出されるとかな。
俺たちは食堂で弁当食わねえから、食ってた奴から聞いたんだけど。」
「まだあるぜ。」
今度は寅彦。
「英クラブのメンバーの誰かの財布が盗まれたって事になったら、英クラブの部長が出てきて、その盗まれた奴のクラスに英クラブ全員で乗り込んで、有無を言わせず、持ち物の強制検査。
女の子には流石にやらなかったらしいが、ある男の鞄から財布が見つかって、そいつが犯人て事にされて、先生の事情聴取も入ったが、そいつはやってねえって。
お咎め無しで済んだが、どうも、英クラブに恨みかってたそいつへの嫌がらせのやらせだったんじゃねえかって話もある。」
「どうしてそのお財布盗んだ事にされちゃった人は恨みを?」
鸞が聞くと、今度は亀一が答えた。
「その人は実は、現高2の生徒会長。
英クラブが生徒会を手伝うどころではなく、生徒会運営に悉く口を出して来て、勝手に予算配分まで決めてしまうし、そんな感じで、逆に英の風紀を乱していると言って、英クラブ廃部の署名運動をしていた。」
「ん?」
瑠璃がパソコンを開けながら、何やら思い出した様子で話しだした。
「その優遇されてる予算の所って、うちのクラブじゃないかしら?英クラブの人、なんだか知らないけど、食べる段階になると必ず居るでしょう?」
「ああ、あのスケベ顔の部長。常に私達のを食べに来てたわね。」
瑠璃が頷きながら、予算配分表を出した。
「やっぱりだわ。見て。お料理クラブだけ、他のクラブの2倍はあるわ。英クラブもだけど。」
一緒に覗いた3人の男共の片眉が一斉に上がった。
「酷っ!なんだ、この写真部の予算!だから定着液ドロドロ寸前まで変えられねえんじゃねえかよ!」
「科学部も酷えじゃねえか!だから薬品の補充が間に合わねえんだな!」
「パソコン部なんかもっと酷えじゃねえかよ!だから旧石器時代のマシンなんだな!ある意味レアだが!」
鸞が3人の顔を見ながら言った。
「という事は、その生徒会長さん以外にも、英クラブを恨んでる人はかなりの数、居るって事ね。
草を置いた動機は、やはり恨みって事かしら?。
草が原因で、誰かの仕業と分からなければ、英クラブも、お料理クラブも、龍介君がみんなに言ったみたいに、休部、乃至は廃部って事にもなりかねなかったわ。」
龍介も同意しながら言った。
「そうだな…。英クラブに限れば、あそこは入部したいって奴が、金持ちや権力者の息子じゃねえと、虐めみてえな酷え入部テストするって話だ。」
「ていうか、そんなチンピラみたいなクラブに入りたい人がいるの?」
瑠璃が聞くと、鸞も頷いた。
「居るんだよ、それが。
特権階級の集まり、校内で威張り腐って歩けるっていうんで、高等部になると、仲間になるのがステータスみたいなってるらしいんだ。
剣道部の先輩が言ってた。
友達が英クラブだと、大学の推薦に有利らしいとか変な噂、真に受けて、入部希望に行ったら、酷え目に遭わされて、暫く学校来なかったって。」
「なんでそんな酷いクラブが今迄存続してるの?」
鸞が怒りながら言うと、寅彦がパソコン画面を指差した。
「それが私学の悪い所。
寄付金、加納先生の桁外れの下、軒並み英クラブのメンバーの親が高額寄付者だ。
学校も経営だからな。言えねえんだろ。」
龍介がチーズバーガーを頬張ったままこめかみに青筋を立て始めた。
「いかんなあ…。実にいかん…。すんげえムカつく…。草の犯人じゃなくたって、俺が滅多滅多のギットギトにしてやりてえな…。」
片眉がつり上がったままの亀一も言った。
「路線変更すっか。」
鸞が両手を挙げた。
「賛成!草の犯人に協力っていうか、癌は英クラブだから、そっちを潰すのね!?」
「そう!」
龍介がニヤリと笑って、亀一の手の上に自分の手を置いた。
「乗った。」
寅彦も、瑠璃も、鸞も手を重ね、5人は隣の親子連れが怯えて席を変えてしまう様な不気味な笑いを漏らした。
「でも、お料理クラブはなんだ?英クラブの奴らが贔屓してるからか?」
龍介の問いに、瑠璃と鸞は顔を見合わせ、鸞が話し始めた。
「実は、私達も空気悪いし、英クラブの人も来て、雰囲気悪いから、来年度は違うクラブにしようって言ってたんだけど、あの、龍介君ファンの部長一派、男子の入部は顔で決めるの。
あの人達の好みじゃないとか、ブサイクだと思ったら入れないの。
女の子はあの人達の顔が酷いから、それよりもっと酷いと判断されないと、入れなかったみたいなんだけど、私達は、英クラブの部長とかが入れろって言ったからみたい。
どうも、龍介君のファンでありつつ、英クラブの部長と許婚だかなんだか。
わたくし!とか言って、上品ぶってるけど、田舎の土地成金の農家の娘だって、誰かが悪口言ってるのは、聞いた事あるわ。」
「じゃあ、恨んでる人は居ると?」
「うん。入部希望者で、入れない人は悪口言って、バカにしてから帰すらしいの。
お料理クラブの入部面接なのに、何故か英クラブの部長とか幹部も居て、柊木さんもなかなか酷い事言われてダメって言われ、すずちゃんはいいって言われたんだけど、柊木さんに対するのがあまりに酷かったから、2人一緒じゃないと嫌ですって帰って来たみたいで、それ聞いて、失敗したなと思ったんだけど、年度途中で辞められないので、仕方なく。」
「ーそうなると…。草の犯人は絞れてくる様な、逆に拡大されるような…だな。」
寅彦の呟きに頷きながら龍介が言った。
「確かにな。
寅と瑠璃は分かる範囲でいいから、過去の料理クラブ入部希望者で撥ねられた人間の調査と、同じく英クラブ入部で撥ねられた人間の調査、それから一応現生徒会役員について調べてくれ。
初めの実験的な物が、高1と高2クラスで起きたって事は、このどっちかの学年、或いは両方の学年に犯人が居る可能性が高いだろ。
何れにせよ、あの草の正体が分かれば、ある程度は絞れるかもしれねえが。」
「了解。」
それから数日間は何も起きず、春休みになってしまった。
又、寅彦と瑠璃の調べも混迷を極めた。
分かったのは、英クラブとお料理クラブは、高等部ではステータス扱いという事。
瑠璃と鸞は嫌がって持っていないが、お料理クラブにも揃いの指輪があり、食堂にもお料理クラブ席があり、英クラブ席と同様の事が起きているらしい。
従って、調べてみたら、高1と高2のほぼ半数が両クラブに撥ねられたという状況で、無関係なのは、龍介達の所属している剣道部、写真部、科学部、パソコン部の他、趣味の世界を突っ走っている感じの、個性の強い、生物部や軽音部の先輩達だけだった。
入部を撥ねられて酷い目に遭ったのは、80人も居た。
高3まで合わせたら、もっと数は増えるだろう。
下手したら、中学にも居るかもしれないし、撥ねられたとか、食堂の席で揉めたとかまで入れたら、無限大になりそうである。
それと、対立している生徒会。
彼らの中に、英クラブに入部を希望した者は居ないが、現会長になってから、かなり表立って英クラブと戦っている様だ。
加納家で瑠璃と寅彦の調査結果を聞いていた龍介は、頬杖を突いて、寅彦のパソコン画面を覗き込みながら聞いた。
「因みに生徒会の人はどっちコースなんだ?文系?理系?」
龍介が寅彦に聞くと、寅彦は名簿を出しながら答えた。
「全員文系。理系は1人も居ない。」
「ーまだユキの調査結果は来てねえけど、あんな草使うなんて、理系じゃねえのか?」
「だと思うけど…。まあ、もしかしたら、龍が言ってたみてえに、危ねえ脱法ハーブかなんかで、手に入るもんなのかもよ?」
「うん…。」
「龍は生徒会に犯人が居ると思うのか?」
「いや。逆にあの人達は無関係なんじゃないだろうか。飽く迄、正攻法で潰そうとして、それにプライド持ってる気がする。」
瑠璃が頷いた。
「じゃないかと私も思う。
この会長さん、検察官志望なんですって。
弁論大会で優勝したスピーチ読んだけど、正義とは、ルールに従い、法に則り、倫理反する事なく、弱者を守る為に遂行されるべきものであるって仰ってるわ。」
龍介が少し笑った。
「なかなかカチカチな感じで、面白え人だな。ある程度調べがついたら、会ってみよう。」
「龍、イギリスのお父様の所に行かなくていいの?」
「うん。今回は断った。たまにはいいんじゃねえの?母さんと2人きりも。」