校内で謎のトラブル発生
「達也のお陰だなあ。本当助かったぜ!」
地元の長野県警に迎えに来た竜朗が、龍介を抱きかかえて言うと、夏目は少し笑って頭を下げ、龍介の頭を叩く様に撫でて、また忙しく出て行った。
竜朗と真行寺と一緒に、セーラまで連れて来た瑠璃の母は、瑠璃に抱きついて泣いている。
「良かったわあ、本当良かった!」
「龍のお陰よ、お母さん。」
セーラも相当心配していたのか、瑠璃はセーラにベロベロと舐められながら笑顔で言った。
龍介に向き直って礼を言おうとする瑠璃の母に、龍介は笑って首を横に振った。
「いえ。瑠璃のお陰です。瑠璃が居てくれなかったら、玄関から出る事すら出来ませんでした。」
「いいえ。本当に有難う…。あんな危ない変態から守ってくれて…。」
もう、夜も明けかかっていたが、2人も相当疲れているだろうという事で、5人でペット可のペンションを手配してもらい、泊まる事になった。
龍介と竜朗と真行寺の3人で並んで布団に横になる。
「爺ちゃんが夏目さんに頼んでくれたの?」
「いや。頼んだ訳じゃねえのよ。
加来がさ、あの変態野郎の事、捜査5課が調べてるっつーからよ。
相手は変態かって猛烈に心配になって、達也に電話してみたら、1週間前から行方不明になってる男の子が、あの准教授の方の変態に車に誘い込まれてる監視カメラ映像見つけたから、長野の方に向かってるって言うからよ。
龍がそこに避難してるかもしれねえんだって言ったら、何がなんでも向こう行くって言って、切っちまったのよ。
道路封鎖されてるぞとか言おうと思ったんだけどよう。」
「そっか…。ほんと、あの課長さんと女の人、怖かったろうね…。」
「だろうなあ。」
真行寺がタバコを吸いながら、心配そうな目で龍介を見つめた。
「でも龍介も怖かったんじゃないのか。あんなおかしな奴らに接して、剥製にされたての少年まで見てしまって…。」
「怖くはなかったよ。頭来た。なんて事しやがるんだって…。でも、瑠璃がこうなる危険がって考えたら、凄え怖くなった。」
「そうか…。」
真行寺は少し笑って、龍介の頭を撫でた。
「守りたい、大事な人が死ぬかもしれないというのは、確かに怖いな。龍介はその年でそれが分かったんだね。」
「でも、グランパや爺ちゃんが死んじゃったらって考えるのも怖いよ?。」
「ははは。俺はまだ大丈夫だと思うぜ?それに竜朗は殺しても死なねえよ。」
笑いだす龍介の横で、竜朗が憮然としている。
「顧問!?。なんですか、それは!。」
「そのまんまだ。」
「んもー!」
ふと見ると、龍介は笑顔のまま眠っていた。
「本当疲れただろう。ゆっくりお休み。」
真行寺がそう言って、布団を掛け直した。
「ああ、でも本当に良かったわ…。瑠璃ちゃんと龍介君が剥製にされずに済んで…。」
2人がゆっくり休んで学校に出てきた日の電車の中で、鸞が心から安心した様子で言うと、亀一達も深く頷いた。
「あの事件、調べてみたんだけどさ。」
寅彦が鞄を叩きながら言った。
パソコンでという意味だ。
「私も調べたわ。」
同じく瑠璃も重そうな鞄を叩く。
こちらもパソコンでという意味の様だ。
「でも調書ですら、えれえ厳重だったろ?見れたか?」
「ううん。見れなかった。」
「被害者の1人が政治家の息子ってのだけだな、分かったの。」
それを聞いて、龍介が淡々と言った。
「だからじゃねえの?死者だけでなく、遺族もを傷付ける様な内容なんだろう。」
亀一も言う。
「そうだな。新聞にも、少年少女を上手く誘って、多種多様なサイズの服を用意した実家に連れ込んで、ドレスアップさせて食事を摂らせて、その中に睡眠薬入れて、殺害して、防腐処理して保管しといたって、龍が見た事以下だもんな。
龍達が生還したってのも、一言も書かれてねえし。」
龍介が頷きながら言った。
「それでいいんだよ。剥製にされたのだけで十分過ぎる程、尊厳を冒涜されてる。公になんかしちゃいけない。」
研修旅行は波乱万丈だったものの、そのまま平穏に過ぎ、このまま春休みになって、中3にあがるのかなと思っていたある日の放課後。
文科系クラブは写真部の龍介は、暗室でこの間撮った蜜柑の悪企みの笑顔を焼いていた。
ー我が妹ながらいい顔してるぜ…。これ爺ちゃん見たら、また泣くんだろうなあ、思い出して…。
なんだか、部室の方が煩くなってきた。
「加納居る?!」
そんな声も聞こえたので、焼いた写真を水洗に持って行くと、そのまま暗室から顔を出した。
「呼んだか。」
見覚えのある顔が、焦りまくった表情で立っている。
「ーん~。大葉?」
「だから市曽だってえ!いい加減覚えてくれよお!」
「どうしたんだ、大葉。」
市曽は諦めた様子で、否定せず、本題に入った。
「なんか訳分かんないんだけど、今、部室行ったら、うちの先輩方が殴り合いの大喧嘩しててさあ!
止めようと思っても、すげえ興奮状態で、全然駄目だから、腕っ節強そうな奴ら集めてんだ!」
龍介は、少々面倒そうに写真部を出た。
「原因は?」
「それが全く。」
向こうから、亀一と寅彦も市曽の友達に連れられ、歩いて来ている。
寅彦はパソコンクラブなので、ドライバーを握ったまま。
亀一は科学部なので、ボロボロの白衣を着ている。
「ここ。開けるぞ。」
市曽がそう言って、英クラブのドアを開けた。
そこは正に、乱闘クラブと化していた。
殴っていない者など1人も居ない。
全員が切れまくって、誰かを殴っている。
もう正気の目はしていない。
「きいっちゃん、ホース。」
「つーと思って、持って来た。」
龍介は面倒そうに亀一の持って来たホースを、片側を寅彦に持たせ、もう片側を写真部の暗室の水道に繋ぎ、蛇口を全開に捻った。
寅彦が更にホースの先を潰して、水圧を強くした物を英クラブの面々に掛け出すと、しばらくして、乱闘していた人間の動きが止まり、正気の目に戻った。
「龍!いいみてえだ!」
亀一が叫んで、龍介が水道を止めて出てきた。
さっきまで乱闘していた事も忘れている様なぼんやりした目をしている。
「なんだった…?何してたんだ、俺たち…。」
やはり記憶が無いらしい。
龍介が冷静に言った。
「まあ、取り敢えず、ここ掃除しといて下さい。あなた方のせいなんで。」
龍介達が戻ろうとすると、瑠璃と鸞が陰鬱な顔で帰り支度をして歩いて来るのが見えた。
「あれ。もう終わりか?」
寅彦が聞くと、鸞は肩を竦めた。
「終わりにはなってないんだけど、なんにも出来ない状況だから、帰ろっかって帰って来ちゃったの。」
「なんで。」
鸞と瑠璃は、お料理クラブに居る。
女子と男子の半々のはずだ。
「私達、ちょっと遅れて行っちゃったのね。
今日、うちのクラスのホームルーム長引いちゃったじゃない?だから。
そしたら、入った途端、みんな号泣してるのよ。
聞いても、なんか悲しい!しか言わないで、活動もせず、ずっと泣いてるんだもん。
部長に帰りますって言ったら、いいわよって言いながら泣くし。」
一緒に聞いていた龍介も首を捻った。
「なんだろうな。集団ヒステリーか?」
「よく分からないわ。」
「ーだけど…。それって、突然強い抑鬱状態になったって事だろ?家庭科室って、包丁あんのに、大丈夫か。」
龍介のセリフに全員が真っ青になり、家庭科室に走った。
「入ったら、きいっちゃんは直ぐホースを水道に繋げ。寅は全体に行き渡るように水撒け。」
勢い良く家庭科室のドアを開けると、龍介の言った通り、皆、包丁を奪い合って、自分に刺そうとしていた。
「やめろ!」
そう怒鳴りながら龍介は異臭を感じ、制服の袖で鼻を覆いながら、瑠璃と鸞に言った。
「窓開けよう。なんか変なハーブみてえな臭いする。」
「そうなんだよね。それも嫌だったんだ…。」
瑠璃も同意しながら窓を開け始め、寅彦が水を撒いて生徒に浴びせ、漸く騒ぎは収まった。
家庭科室を調べていた龍介は、教卓の下の方から煙が出ているのを発見した。
取り出し、寅彦に余りの水で消して貰い、近づいて見てみる。
「草か?」
寅彦が言う通り、雑草の様にしか見えないが、さっきの変な臭いはこれだった。
「ハーブじゃねえかな…。これが原因だとすると、脱法ハーブ系の…。」
龍介は亀一を呼んだ。
「英クラブ行って、これと同じ物が無えか、又は無かったか、大葉に聞いてきてくれる?」
「分かった。龍、市曽な…。」
「へえへえ。」
適当極まりない返事。
多分、今回も覚えていない。
お料理クラブの面々は、やっと我に返った様なので、龍介は全員にそのまま教卓から聞いた。
「今日一番初めに来た人は?」
「私ですわ!」
なんだか張り切って答えたのは、高2の部長だ。
来年度からは引退なので、今日が最後のクラブ活動だったはずだ。
張り切っているのは、その為では無く、龍介のファンだからという事は、龍介は知らない。
「その時、変な臭いは感じませんでしたか?」
「そうですわね…。確かにお香の様な香りはしたと思います。でも、心地よい香りだったので、そのままに。」
ーこの人には心地よい香りだったのか…。
「普段から落ち込みやすかったり、悩みやすかったり、暗示にかかりやすいとかある方はいますか?」
どういう訳か、全員が手を挙げた。
まあ、日本人は大体が、大なり小なりそういう気質なのかもしれない。
「取り敢えず、現段階で、何が原因かは分かりませんが、これはこっちで持ち帰って調べておきます。それで宜しいでしょうか。」
高等部の男子生徒が手を挙げた。
「先生には報告しないのか。」
「勿論します。ただ、これだけの騒ぎです。休部、乃至は廃部という事も覚悟なさった方がいいかもしれません。」
そこへ亀一が戻って来た。
龍介に小声で報告する。
「同じもんがあった。こっちは水撒き散らしたお陰であん時に完全に消えた様だがな。」
「どこにあった?」
「引き出しの下に隠す様に置いてあった。」
家庭科室にしても、部室にしても、管理しているのは、学校の事務室で、使う際には記名して、鍵を借りる事になっている。
龍介達は家庭科室の鍵と英クラブの部室の鍵が壊されていない事を確認し、事務室に行って、鍵の利用者を調べさせて貰ったが、鍵は其々の部長しか借りて居ない。
一応、英クラブのメンバーにも、普段から怒りっぽいとか短気とかかと聞いてみた所、全員、答えはイエスだった。
その上で、担任に報告に行くと、担任は唸りっぱなしになってしまった。
「先生?」
「いや、加納…。実はさあ…。
この間、高1と高2のクラスでもあったんだよ、それ。
今回みたいに、パッカリ分かれるんじゃなくて、千差万別。
号泣する子もいれば、怒り出して殴りかかる奴もいる。
全然変わらない子も居たりして。
そこに居た教員まで号泣して、窓から飛び降りそうになっちゃってさ。」
「どうやって収束したんですか。」
「平気だった子と、騒ぎを聞きつけて来た隣のクラスの教員とでバケツの水被せて、なんとか。」
「そん時、これありました?」
「分かんない。調べてないと思う。」
「異臭がしたって人は?」
「それは何人か居た。あ、変わらなかった子達ね。その子達だけだったんだ。変な臭いがしたって言ったの。」
「で、警察には?」
「それがさ…。私学だろ?うち。警察沙汰はヤバイんだよ。だからなんとか内部で調査をと思ってるんだけど…。」
「じゃあ、任せて貰っていいですか?内々で済ませますんで。」
担任が声を潜めて、龍介に近付いて言った。
「ーお爺ちゃんの関係で?」
「ん~、そんな所かな…。」
「うん。じゃあ、お願いするよ。生徒達には、加納達に全面協力する様に言っておくから。」