屋敷の真相
龍介にピッタリと抱きついた瑠璃が、可愛い寝息をたて始めると、龍介はそっと腕を抜いて、瑠璃から離れ、布団をかけ直してやり、静かにベットを出て、パジャマと一緒に置いてあったガウンを着て、ある程度の装備を身に付け、階下に降りて行った。
応接室を通り過ぎ、リビングらしき部屋の閉まったドアから明かりが漏れている。
話し声が聞こえて来たので、隙間に耳を当てると、主と下男の声が聞こえて来た。
「まさか何もせずに手に入れられるとは思いませんでしたね、旦那様。」
「本当だな。しかも、あんな美少年。見た事無いぞ。」
「本当ですね。その上、連れの女の子。あの子も可愛くて…。」
「どう飾ろうか…。今までで一番の最高傑作になるぞ。」
2人は不気味に笑い出した。
ーなんだ…飾るって…。俺たちをどうする気なんだ…。
2人はまだ一緒に居る様なので、この隙に屋敷内を手早く調べて、瑠璃の所に戻らないと、瑠璃が危険になると判断した龍介は、急いで地下室に降りた。
確かに手前は食料庫になっているし、室温もかなり低い。
龍介は食料庫の奥を懐中電灯で照らした。
ー人!?
地下から感じた人の気配はコレかと思い、急いで近付いた龍介は、その光景を見て言葉を失った。
「顧問、すみません、こんな時間に。」
珍しく、真夜中に加来が電話をかけて来た。
竜朗は勿論起きており、知らせを聞いて駆けつけてくれた真行寺としずかと共に、何か策はないかと地図を見ながら考えていた所だった。
「いや、大丈夫だ。どうした。」
「寅から連絡を受けて、僕も調べていたんですが、龍介君が避難していると思われる家の持ち主の事、警視庁の5課が調べている様です。
「5…5課って、夏目の所かい!?あの変態相手の!」
「そうです。」
「5課の容疑者って事かい!?つまり、龍が避難している所の持ち主は変態野郎なのかい!?」
「という事になります。」
「ん、んで奴は!?今東京居んだろ!?」
「いや、それが、戻っている様です。あの実家である山奥の家に…。」
「なにいいー!?んじゃ、龍は変態と一緒に居るって事かい!?」
「そういう事になるかと…。」
「一体どんな類いの変態なんだあ!ああ、いい!夏目には俺から聞く!ありがとな!」
龍介が見た物は、人間の剥製だった。
生きている人間では無いと気付いた後は、蝋人形かと思った。
でも、産毛の1本1本の生え方や肌の感じが人間だった。
相当年数が経っていそうな物もあるのに、腐っても居ない事から、剥製と漸く分かったのだが、あまりの異様な光景に、頭の整理はなかなか付かなかった。
剥製にされているのは、皆、龍介達位の年齢の少年少女だ。
王子様とお姫様風にされている子もいるし、侍と姫の様な格好をさせられている子もいる。
男の子同士でくっ付けられているのもあるし、独特の淫靡な感性で作られていて、余計気味が悪かった。
そしてその少年少女は皆、そこそこ綺麗目の顔立ちをしていた。
ー酷え…。正真正銘の変態だ…。
剥製の陳列室の奥に、もう一部屋あるようだ。
そこに入って、懐中電灯で照らすと、少年が全裸で、手術台の様な所にうつ伏せに寝かされているのが見えた。
駆け寄って生存を確認しようとしたが、龍介はその手を止めた。
少年はもう処理済みだったのだ。
腹ばいの状態の背中には、縫い目があり、縫い目の間から綿の様な物が見える。
ーなんてことすんだ…。
龍介は吐き気をもようしながらも、怒りに燃えると同時に、瑠璃がこうされる予定だという事にも、猛烈な怒りと恐怖を感じた。
自分だけがターゲットにされているなら、頭に来るだけだったろう。
でも瑠璃が…と考えると、初めてと言っていいほどの恐怖を感じた。
ーこれは朝を待ってる場合じゃねえな。今直ぐここから出ないと…。
龍介が戻ろうとした時だった。
あの2人が地下室に話しながら降りてきてしまった。
龍介は、剥製の陳列室まで移動し、カーテンの中に隠れた。
2人は楽しそうにさっきの少年がいる部屋に入って行った。
「最高傑作が出来るぞ。あの男の子は本当に美しいからな。芸能人にも居ないだろう、あんな子。」
「本当ですね。ククク…。」
「じゃ、一昨々日、処理した子に取り掛かろう。女の子が居なくてどうしようかと思ったが、丁度いい。」
「あの子もなかなかに可愛らしいですからな。」
ちゃんと名乗ったのに、こいつらは名前すら覚えて居ない。
龍介達は人間ではなく、物なのだろう。
ここでぶちのめしたい衝動に駆られたが、相手は麻酔医だ。
ほんのちょっとした隙に麻酔でも打たれてしまったら、瑠璃が危ない。
龍介は2人が部屋に入って、扉を閉めたのを確認すると、静かに急いで、地下室を出た。
そして、自分達の服を探すべく、一階の部屋を素早く見て回った。
何部屋か見ている内に、下男の部屋に当たった。
棚にプラスチックケースが整然と並び、番号が振ってあるが、中身は服の様だ。
その棚にまだ入れられて居ない服が箱に入って、床に置いてある。
ー瑠璃のダウンだ…。
瑠璃の小花柄のダウンや服も下着も全部入っていた。
ーこの変態オヤジ~!!!
しかし、怒っている暇も無い。
早くここから出なくては、いつ殺されるか分からない。
この感じだと、龍介の服は主の部屋にあるのではと当たりをつけ、今度は二階の部屋を見て回ると、主の部屋にも同様の棚とプラスチックケースがあり、龍介の服一式も瑠璃のと同様、箱に入って、床に置いてあった。
龍介はその2つを抱えて、自分の部屋に戻ると、瑠璃を起こした。
「このまま居たら、変態の餌食になって殺される。今直ぐ出よう。服は回収して来た。」
「はい…。」
瑠璃は眠たげな目を擦りながら起き上がり、龍介を見た。
「玄関の鍵、内側からも10桁のオートロックだったよね…。」
「ああ、開けられるか?」
「うん。多分。」
龍介は瑠璃に背中を向けて着替えながら、窓から見える庭を見た。
この立地条件で、車持たないというのはあり得ないのだが、車は外に出ていない。
大きめのガレージがあるから、恐らくそこに入れていると思われた。
龍介は単眼鏡でガレージのドアを見た。
「瑠璃、あそこもオートロックの様なんだが、開けられるか?」
大体着替え終えた瑠璃が、龍介の単眼鏡でガレージのドアを見る。
「多分1分かからないで開けられると思う。」
「よし。」
後は道だ。
車があるという事は龍介達が来たあんな小さな道じゃ無い道があるはずだ。
辺りを慎重に見回すと、ガレージの裏手辺りにかろうじて灯る街灯が見え、その下に道があるのが見えた。
龍介はダウンを引っ掛けながら、瑠璃を守りつつ、部屋を出た。
注意深く、玄関へ行く。
瑠璃がパソコンを出し、早速作業を開始した。
「瑠璃、センサーがある…。」
「大丈夫。切ったわ。」
やっぱり寅彦並みだ。
「さ、流石…。」
若干引きながらもなんとか褒めると、瑠璃はニンマリと嬉しそうに笑った。
「開いた。」
「凄えな。30秒かかってねえじゃん。」
2人で猛吹雪の中、外に出て、今度はガレージのセンサーを切り、鍵を開ける。
瑠璃には造作も無い様子。
ー寅といるんじゃねえかって錯覚起こしちまいそうだな…。
しかし、ドン引きしている暇は無い。
龍介は車のドアの鍵を壊し、運転席に座ると、下に走っているコード引き抜き、重ね合わせて火花を散らせ、エンジンをかけ、道路側にあるシャッターを開ける間も惜しんで、車で突き破って、外に出た。
「龍、車の運転できるんだ…。」
「なんか爺ちゃんが田舎の方行くたびに教えてくれて…。路面凍結してるだろうから、余裕は無えだろうけどな。後ろ見てて。」
「はい。」
振り返った瑠璃の目に映ったのは、慌てふためき、ガレージに飛び込んで、もう一台の車で追おうとする2人だった。
「追って来るわ!」
「だよな。」
龍介は慎重にこの家から続く、車が通れる道を出来るだけスピードを上げて走り出した。
しかし、龍介は凍結している雪の道なんて走った事は無い。
しかも辺りは猛吹雪で、1メートル先も見えない。
頼りはヘッドライトの明かりだけだ。
一方、向こうは、こんな天候や暗さなど慣れている。
直ぐに追いつかれ、後ろから突っつく様にぶつけて来た。
道路の脇がどうなっているのかよく見えないが、片側は山の、片側は崖の様だ。
車線の幅は、車2台が避けあって、漸く通れるくらいの幅。
龍介が必死にハンドル握って、アクセル踏み、変態の車と離れた時だった。
ヘッドライトの眩しい光が対向車線から浮かび上がった。
龍介が山側ギリギリに避けると、通り過ぎようとした猛スピードで走って来るその車の運転席に夏目の顔が見えた。
「夏目さん!」
夏目もこっちを見ていた。
2人は同時に止まって、窓を開けた。
「龍介!無事か!?」
「はい!後ろから変態2人が追って来てます!」
「あとは任せろ!」
言うなり夏目は、正面から来る変態の車に、まるで殴るかのように斜めからぶつけ、そのままアクセルを踏んで、コントロールを失った変態の車を、キイーキイーガリガリと凄まじい摩擦音を立てながら、山に押し付けた。
上司の人らしき叫び声が聞こえる。
「夏目えええ~!俺には妻と娘3人がああ~!」
「大丈夫ですよ、課長!生きて会えます!」
そして、夏目ともう一人、長身の寝癖だらけの男性が車から飛び出し、変態2人を引きずり出して、手錠を掛けながら言った。
「午前2時20分。児童拉致監禁容疑で逮捕!」
呆然とその捕物を見ていた龍介がやっと言った。
「すげ…。本と強烈だな、夏目さん…。」
「あの方になりたいのよね…。龍…。」
これを見た直後で、うんとは言い難く、龍介が絶句した所に、髪が振り乱れ、やつれた表情の課長と呼ばれた男性と、同じ様にやつれている若い女性が顔を覗かせた。
「警視庁捜査5課の太宰です…。大丈夫かな?もし話せるようだったら、事情を聞かせてもらえる…?」
恐らくこの課長という人は、凍結した道など物ともしない、夏目の凄まじい運転に揺られ続けた上、あのカーアクションだったから、精神的にも疲労困憊になっているのだろう。
そもそも、夏目がブイブイ飛ばして来たこの道は、路面凍結で、通行禁止になっていたはずだ。
だから発信器で位置が分かっても、竜朗は来れなかったと思われる。
通行止めのバリケードを迷いも無く突き破っている夏目の姿が容易に想像出来た。
あなたこそ少し休まなくて大丈夫ですかと言いたくなったが、却って失礼かと、龍介はただハイと言った。