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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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不気味な洋館

龍介は唸ってしまった。


ちょっと離れた先の道路にも、土砂が落ちて道を塞いでいる様だ。

これでは、この道から脱出する事は出来ない。

崖をロープを使って降りるしか無いが、瑠璃には到底無理だ。

背負って降りるのは、龍介には出来ない事は無いが、この土砂崩れの感じだと、足場も悪いだろうし、降りるにも相当な神経を使う。

その上、瑠璃を背負ってというのはかなり危険な行為だった。

最悪の場合、野宿も覚悟しなければならないかもしれない、そう思いながら言った。


「向こうの土砂が塞いでる所まで歩いてみるか。日も陰って来たから、避難場所を探しとこう。」


「はい。」


暫く歩くと、土砂の手前の崖側に、丸太で作られた階段の様な物があるのが見えた。


龍介はその先を単眼鏡で覗き見た。


その先に、平坦になっている獣道の様な道がうっすら見える。


「家かなんかあるかもしれねえな。行ってみようか。」


「うん。」


龍介は念のため、しっかりしていそうな木にロープを縛り付け、片手でロープを持ち、片手で瑠璃の手を握って、滑りそうな階段をゆっくりと降り始めた。


降り切った所には、確かに人の手で(なら)された小さな道があった。

でも他は崖だし、その道も、森の中の様なこの薄暗さでは、木々で覆われ見失いそうだ。

ロープは念のためそのままにし、注意深く瑠璃の手を引き、その道を歩き始めた。

くねくねと曲がるその道は、薄暗さも手伝い、方向感覚を失くしてしまいそうになる。

10分位歩いた所で、漸く古い洋館の様な建物が見えて来た。


「ホテルか何かかしら…。明かりが点いてるね。」


「そうだな。電話借りて、暫く居させて貰おう。」


もう既に日は暮れて、気温はぐっと下がって来ていた。

やはり野宿は、瑠璃には相当厳しいと踏んだ龍介は、建物内に入れると思い、ホッとした。




それは古びた洋館だった。

ホテルでは無く、個人宅の様だ。

それでもいいから事情を話して、電話と軒先きを借りようと、龍介は呼び鈴を押した。

暫くして、背中の曲がった中年の貧相な男が出て来た。


龍介と瑠璃を見ると、何故か顔を歪めるような変な笑い方をした。


ーなんでこんな妙な感じで愛想がいいんだ…。


龍介は奇妙に思いながらも、瑠璃を野宿させるよりはまだマシとばかりに、珍しくあまり考えもせずに急いで頼んだ。


「すみません。学校の旅行で来たんですが、上の道路で土砂崩れに遭い、友達とも分断され、携帯電話も繋がらないんです。お電話と、軒先きをお借りしたいのですが…。」


その男は、龍介と瑠璃をねっとりと見つめた後、笑いをかみ殺した様な顔をして言った。


「少々お待ち下さい…。只今旦那様にお聞きして参ります…。」


頼んでおきながら言うのも憚られたが、龍介は男が引っ込んだ後で、思わず口にしてしまった。


「気味の悪いオッサンだな…。やめた方が良かったかもしれねえな…。」


瑠璃が励ます様に、可愛い笑顔で言った。


「大丈夫よ。龍が居るんだし、このままお外に居たら、凍死しちゃうわ。」


ーいざとなったら、命に代えても瑠璃を守ろう…。


そう決意して頷くと、玄関のドアが再び開いた。


今度は紳士を気取ったという感じの装いで、これまた余り上品とも言えない、貧相な中年男性が立っていた。

旦那様という男の様だ。

その男は龍介の事を、まるで舌舐めずりでもするかの様な表情で、それこそ舐め回す様に見つめて言った。


「構わないよ。外は寒かったろう。早く中に入りなさい。」


先程の下男と思われる男に応接室に案内された。

しかし、意外な程、邸宅内はひんやりしていた。

古いせいなのかとも思うが、足元から妙な冷気と、人の気配の様な物を感じる。

案内されながらそっと邸内を見回すと、地下へ下る階段もある様だ。


「大きなお宅ですね。地下室もあるんですか。」


「ああ。あるよ。食品なんかの貯蔵庫に使ってるんだ。」


では人の気配はなんなのか。


「大きなお屋敷ですが、お二人で住んでいらっしゃるんですか。」


「そうだよ。さ、この部屋であったまってなさい。今、暖かい飲み物を持って来るからね。」


「あの、すみません。電話をお借りできませんか。」


「それが、俺たちも困っているんだが、さっきの雪崩で電話線が切れちまった様なんだよ。2日もあれば直ると思うから、気にしなくていいから、ゆっくりしていきなさい。旦那様がそう仰ってるから。」


下男はニヤニヤとしながら、それだけ早口で言うと、応接室を出て行ってしまった。

応接室にあった、昔風の黒電話を取ってみたが、何の音もしない。


この家には何かある。

龍介は漠然とした不安を感じた。




亀一達は無事先生達と合流出来たが、龍介達とは相変わらず連絡が取れない。

しかも、今夜から急激に冷え込み、大雪に加え、猛吹雪という予想が出ていた。

寅彦が必死に龍介の発信器の行方を追ったが、発信器の信号が指し示す場所は、何も無い、もの凄い山の中の、土砂崩れも酷い地域で、救援部隊に知らせても、そこに行き着く事も出来ないと言う事だったので、亀一と相談して、こっそり竜朗に電話した。


「ーうん…。その様だな…。」


竜朗の声も暗い。


「龍太郎に、アレ出せねえか聞いてみたんだが、龍が居る所は、山間(やまあい)の酷く入り組んだ地域なんだそうだ。そういう所では離発着出来ねえっつーんだよ。まあ、でっけえからな、アレ。」


アレとは、瞬間移動してしまった時に助けに来てくれた、宇宙船の様な飛行機の事だ。


「先生。寅が調べてくれた所、龍の居る場所辺りに、一軒だけ家がある様です。

持ち主は東京の大学の麻酔科の准教授らしいですが、その人は東京に住民登録している様で、そこに居るかどうか分かんねえみたいです。」


「そうかい。ありがとな…。まあ、家があんなら、なんとか侵入して、野宿は免れるだろう。俺も、何か手が見つかったら直ぐ行くから。」


「はい…。」


心配で押しつぶされそうになり、元気の無い声を出す亀一に、竜朗は電話口でも笑顔が見えるような元気な声で言った。


「ありがとなあ。大丈夫だよ、龍は。雪山キャンプもしてるもの。瑠璃ちゃんも居るから無茶もしねえだろうしさ。無事でいるよ。あいつは。」


竜朗にそう言われると、本当にそんな気がしてしまうのは昔から不思議だが、今回も例外では無く、亀一もなんとなく落ち着けた。


「はい…。俺たちも、何か分かったら連絡します。」


「おう。ありがとよ。悪いなあ、いっつもいっつも。」




龍介は出されたホットココアを、ソーサーに少量取り、簡易毒物検査薬を掛けた。

なんの反応も無いので、今度は少量口に含み、舌で転がして確認する。

変な薬品の味はしない。


「大丈夫だ。飲んでいい。」


「はい。」


飲み終える頃、下男が来た。


「あと1時間位で食事になるから。旦那様が一緒にと仰ってる。二階に部屋を用意したから、お風呂で温まって、着替えて降りて来なさい。着替えもあるから。」


そう言われ、別々の部屋に案内された。

龍介は自分部屋に当てがわれた室内に、監視カメラなどの類いが無いか、調べつつ、ベットの上に置かれている着替えを見た。

タキシードだった。

しかも、誂えた様に、龍介の身体にピッタリのサイズだ。

靴も置いてあったが、それも龍介のサイズだった。

流石にワイズまでは難しかったのか、Dだったが、それでも、2Eなどが主流の日本ではマシな方だ。


ー靴は玄関で脱いだからにしても…。気味が悪いな…。なんなんだ、一体…。


そう思っている所に、ノックと同時に瑠璃が飛び込んで来た。

しかも凄い格好で。

裸にバスタオルを巻いただけの状態で、ドレスらしきを抱えて立っている。


「どうした!?寒いだろ!?」


龍介は真っ赤になる事も無く、瑠璃に自分のダウンを着せた。


通常時なら、ここでガッカリする瑠璃だったが、ガッカリしている場合では無いらしく、泣きそうな勢いで叫んだ。


「このドレス、私にピッタリなの!しかも、ブラジャーのサイズまでピッタリなのよ!どういう事なの!?気持ち悪いよお!」


龍介は殆ど泣いている様な瑠璃を優しく抱き締めた。


「俺のタキシードも、ワイシャツもそうだった…。漫画で読んだ事あんだけど、腕のいい麻酔医は、パッと見ただけで、身長、体重が言い当てられるんだって。それかもしれねえな。」


「そうなんだ…。ちょっと気持ち悪いの取れたわ…。」


「風呂入ろうとしてたんだろ?ここで入りな。寝るのもここで一緒寝よう。」


やっと真っ赤になって、ニヤつく余裕が出た瑠璃は、いつもの様に、だらしなくにやけて、龍介にピッタリくっ付いた。


「うん…。」


「じゃ、冷えるから入っておいで。」


でも、龍介がこの格好の瑠璃に全くドギマギしていない事にも気がついてしまった。


ーああ…。私、結構胸大きくなったんだけどな…。ショボーン…。


スゴスゴバスルームへ行き、シャワーを浴び始めると、龍介が声を掛けた。


「お前の荷物持って来とくね。」


「あ、はい。ありがとう。」




龍介もシャワーを浴びて降りて行くと、あの気持ちの悪い下男が作ったとは思えない、豪華なフランス料理のコースが出て来た。


「どこの学校なんだい?」


主は楽しそうに食事をしながら、龍介に聞いた。


「ー横浜の英学園という所です。」


「ほお。頭がいいんだな。」


「ご存知ですか。英…。」


「ああ、知ってるよ。

私は東京の大学の医学部で准教授をしていてね。

本当は東京に住んでいるんだが、休みが出来ると、実家であるここに戻って来て、のんびり過ごしているんだ。

少々不便ではあるが、落ち着けるからね。」


「そうですか…。専門はなんですか。」


「麻酔だよ。」


やはりそうだった。

龍介と瑠璃の手が止まると、笑い出した。


「ははは。食事になんか入れてないさ。でも、慣れない場所で眠れないようだったら言いなさい。睡眠薬を出すよ。」


主はそう言って、会った時同様、ねっとりと2人を見つめた。


食事が終わり、部屋に戻ると、矢張りサイズピッタリのネグリジェと、龍介にはパジャマが置いてあった。


「どうしてこんなにすぐ用意出来るのかしら…。」


「本当だな…。何れにせよ、マトモな気はしねえな。」


龍介は窓の外を見た。

雪が横殴りに降り、猛吹雪なっている。


「外を調べるのは無理だな…。俺たちの服も洗濯するとか言って、隠されちまったし…。取り敢えず、夜中になったら、屋敷の中だけでも調べて来る。」


瑠璃が龍介のタキシードの袖を掴んで、不安そうな目で見上げた。


龍介は微笑むと、瑠璃の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。瑠璃が眠るまで側に居るから。」







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