やはりどこかずれてる龍介
秋はいい陽気なので、何も無い英学園。
あるのは合唱祭位だが、龍介は例に寄って、音楽教師が真っ青になる音痴の為、チェロで伴奏という、またも高ポイントな役回りで何事も無く終わった。
しかし芸術の秋なので、クラッシックコンサートも多いから、龍介と瑠璃のデートは頻繁だ。
幸せいっぱいの瑠璃。
ちょっと欲を出して、9月の連休は遠出をしないかと誘ってみた。
ところが龍介は申し訳なさそうに謝った。
「ごめん…。寒くなる前に行って、どうしてもしたい事があるから、連休中はこっちに居ねえんだ…。」
「そうなの…。」
「ごめんな。」
「どこに行くの?」
ところが龍介は微笑むだけで教えてくれない。
ーえ〜?なんだろう…。
「秘密なの?」
「うん。瑠璃には秘密。」
「おーい、唐沢が気にしてんぞ〜。何企んでんだ、龍〜。」
しかし亀一が聞いても、寅彦が聞いても言わず、連休に入ると、竜朗と一緒に出掛けてしまった。
帰って来て、漸く口を割る。
「水晶採りに山梨の山奥行ってた。」
寅彦も亀一も目を丸くする。
「水晶!?採りに!?」
「そう。」
「なんでまた…。」
亀一が聞くと、なんだか悪企みをしている様な目をして言った。
「うちのお父さんが言うには、嫁にしたい女の子の左手の薬指に指輪を嵌めておくと、他の男が寄って来づらいんだそうだ。」
「それと水晶採ってくんのと、なんの関係があんだよ…。」
目を点にしながら寅彦が聞くと、ニヤリと笑って答えた。
「俺、指輪なんか作れねえもん。せめて原材料くれえは採って来てえだろ?」
「は、はあ…。」
「で、いいカットを思いついてさあ。」
どうもここからが悪企みの様だ。
「でっけえハートにすんだ。可愛いなと思えるが、ハートってのは鋭利な部分があんだろうが。」
「あ、あるな…。」
専ら驚きつつ受け答えをしているのは寅彦で、亀一は予想がついたのか、呆れ顔で黙って聞いている。
「暴漢に襲われた時は、左手で振り払えば、ガッツリ切れるぜ。で、怯んだ間に逃げると。どうだ、寅も鸞ちゃんに。」
「ん?んん?か、考えとく…。」
亀一がやっと口を開いた。
「やっぱそういう用途か。そのツラ、普通の指輪じゃねえとは思ったがな。」
「だって、24時間一緒に居れねえもん。何があるか分かんねえだろ。」
「お前の心配症も度を越してるぜ…。」
寅彦がやっと我に返って言った。
「でも学校にはして行けねえだろ?」
「アクセサリー禁止とは、校則に書かれてねえし、高2の先輩でピアスをしている方がいらっさる。」
「ああ、軽音部のな。」
「そうそう。金髪だし。
でも、何も言われていない。
そもそも、うちの学校の校則は、制服を着てればいいというだけで、髪型やアクセサリーに関する制約は一切無い。
大体、なんかの文科系クラブの人間は、揃いの指輪してんじゃねえかよ。
でも何も言われてねえじゃん。」
「なるほど…。じゃあ、俺も鸞にやろうかな…。クリスマスプレゼント…。」
すると、目を輝かせて、手ぐすねひきだした。
「水晶採りに行くかあ!?」
「い、いや、いい…。バイト代で普通に買う…。」
ドン引きながら言う寅彦を不思議そうな顔で見る。
普通そんな事はしないという常識は、龍介には無い様だ。
「でも龍、サイズは…。指輪にはサイズってもんがあんだろ?」
「ふふふ。それは抜かりなし。この間のデートの帰りに瑠璃が電車の中で寝ちまった時にしっかり測っといたぜ。」
龍介のプレゼント、どこまでも普通では無い。
そしてクリスマスの1週間前の終業式になった。
龍介は瑠璃とコンサートデートでは無く、動物園デートをした帰り道、上野公園を散歩しながら、箱を渡した。
「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント。俺、明日からはまたイギリスだから。」
「わあ…。ありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ。」
瑠璃が箱を開けると、カチッという音がし、箱からは一斉にピンクのバラの花びらが立ち昇る様に舞い上がり、ヒラヒラと落ちて来た。
「うわあ…。綺麗!素敵なプレゼントありがとう!」
龍介は箱の底を指先で叩いた。
「まだあるよ。」
「ん?」
箱の底には、シルバーのリングに、美しい凝ったカットが施されたハートの水晶が付いていた。
「わあ!可愛い!」
「と思うだろ?」
それまで優しく微笑んでいた龍介の顔が邪悪な笑顔に変わった。
ーな…なんですか…。
おののく瑠璃に指輪を嵌めてやりながら、邪悪な笑顔のまま言う。
「この先っぽの鋭利なカットを見てみろ。この指輪は可愛いなりして、立派な武器になるんだぜ?暴漢に襲われたら、こっちの手で払いのけるんだ。ザックリ切れるぜ…。」
ーそんな危険な物を〜!?
「絶対外すなよ?いっつも着けとけよ?うちの学校、アクセサリー禁止じゃねえんだから。」
ーえええ〜!?そこまで危険な物、逆に日常じゃ危なく無い〜!?
しかし、瑠璃がドン引いているのにも気がつく事は無く、再び優しい微笑みに戻り、瑠璃の顔を覗き込んで、ダメ押しした。
「ね?」
女の子がイチコロなる様な、素敵な微笑みと優しい顔で言われたら、龍介命の瑠璃に、もはや抵抗する術は無い。
「は…はい…。」
結局うっとりと返事をしてしまった。
「へえーえ。龍介君て本当に変わってるわよね。その水晶もわざわざ山梨という所の山奥に採りに行ったんですってよ。」
鸞も明日からフランスに行ってしまうので、デートの帰りに寄って報告すると、淡々とそう言われた。
「きゃああ〜!私の為にそこまでえ〜!?」
鸞は苦笑混じりに笑うと、荷造りの手を止めて、瑠璃の前に座り、お菓子を勧めながら言った。
「龍介君は瑠璃ちゃんじゃないと、無理ね。私だったらドン引いちゃうもの。」
「それは鸞ちゃんが龍の事、別に好きじゃないからよ。」
「まぁ、それは大きいとは思うけど、好きだったとしても、結構ドン引くんじゃない?面白くていいけどね。」
「そうなんだ。」
「そりゃそうでしょう。瑠璃ちゃんだって、寅じゃ物足りないんだろうし。そういうものじゃない?」
「うむ。確かに。」
「タデ食う虫も好きずきなのよ。」
ーあなたいつの間にそんな言葉を…。
「ところで、鸞ちゃんは加来君のどういう所が好きになったの?」
「落ち着いてる所かなぁ。なんか保護者みたいで、一緒に居ると安心するの。」
「なるほど。」
「瑠璃ちゃんは?」
「まあ、ぶっちゃけ顔が凄い好みではあったんだけど、でも初めは少し怖かったの。
学校だといつも無表情というか、つまらなさそうな顔して、笑わないし。
でも、一緒に何回も学級委員やったりしてる内に、気遣いがとても優しい所とか、笑顔とか見られたり、頼もしい所見たりしてる内に夢中に。」
「なるほどね。」
瑠璃は話が終わると、突然ため息をついた。
「どうしたの?」
「いや、いいなぁと思って。フランスで2人でクリスマスなんでしょう?」
「うーん、でも無いわよ?お父さんとお母さんと一緒に食事して、散歩したりするだけだもの。」
「2人きりにならないの?」
「なんか、お母さんが寅の事信用出来ないって言って、2人きりにはしないの。面白いよね。お母さん、寅のお母さんなのに、私のお母さんみたいでしょ?」
鸞は嬉しそうにそう言った。
考えてみたら、鸞は生まれてすぐに母親に出て行かれたのだから、母親というものは知らない。
寅彦と2人きりになれないのはかわいそうだが、漸くお母さんというものを知って、幸せそうで、瑠璃も一緒に幸せな気分になった。
「お母さんにも甘えておいでね。」
「うん!」
「どおして龍が居ねえと、こんなつまんねえんだろうな。」
ここは瑠璃の家のリビングである。
何故か来た亀一は、やはり何故か瑠璃に、唐突にそう呟いた。
「それはやっぱり仲良しさんだからじゃ…。だって龍言ってたよ?長岡君は兄弟みたいなもんだって。」
「それもあるが、あいつが居れば、1日に1度は必ず腹が痛くなる程笑える。」
それは大体に置いて、龍介の方は大真面目だから、余計面白いのかもしれない。
「まあそうかもね…。」
ーでもどうしてそれをわざわざうちに来て言うのかしら…。
「なんか面白い事しようぜ、唐沢。」
「な…何故私…。」
「お前もつまんねえだろ?龍が居ねえと。」
「つまんないっつーか、私は寂しいわっ!」
そう言って、ギュッとセーラを抱きしめると、セーラが迷惑そうな顔で目を閉じた。
「だから、お前は、その寂しさを紛らわしゃいいだろ。俺はつまんなさを紛らわせたいんだよ。」
「ああ…。なる程…。でも私、龍に言われてるの。」
「何を…。」
瑠璃が珍しく意地悪に笑い、亀一には嫌な予感しか浮かばない。
「きいっちゃんがトラブルになるような事持ちかけて来たら、直ぐメールしろよって。」
「ぐっ。」
やっぱりだ。
流石は竹馬の友。
よく分かっている。
こうして亀一は何も出来ず、今年も双子と竜朗と一緒にクリスマスパーティをして、龍介達の帰国を大人しく待つ事に止めた。
龍介達が帰国し、3学期に入ると直ぐ、長野の山奥に2泊3日行く研修旅行というのがある。
1月に長野の山奥なんて、超大雪の極寒である。
何も出来ないのではないかと思ってしまうが、そこが質実剛健を謳う英学園なのか、厳寒の中、フィールドワークなどをさせる。
流石に私服で良く、寒さ対策はバッチリ取れと言われるが、平地でも雪の中では、雪中行軍の様でもある。
2日目のその日は、割り当てられたエリアの道祖神を見つけ、そのスケッチ、又は撮影をし、各班で考察を纏めるというもの。
龍介達は昔の街道沿いの山の中の、山と急な崖の間の道を割り当てられていた。
班の構成も、この間調べた様に、竜朗達の寄付が効いているのか、龍介達5人は同じ班だ。
龍介達が行った日から、その土地はお天気続きで、気温も高い日が続いており、幾分過ごしやすかったが、実はそれがこの後仇となる。
最後の1つとなった道祖神のスケッチをしている時だった。
道の左側の切り立った山側の崖から、ミシミシという音と共に、大きな雪の様な塊が落ちて来るのに気付いた龍介は、咄嗟に隣を歩いていた瑠璃の手を引いて、抱き抱え、後ろを歩いていた亀一を後方に思い切り突き飛ばして、自分は瑠璃を抱えて転がった。
大きな塊は雪と土砂の混じった物だった。
連日の好天と気温の上昇で、一種の雪崩が起きた様だ。
すっ転んだ形の亀一と、土砂に気付いた寅彦は、姿の見えなくなった龍介を呼び、鸞も声を張り上げて、瑠璃を呼んだ。
「龍ー!」
「瑠璃ちゃああん!」
龍介の返事と瑠璃の返事は、程なくして聞こえた。
「はーい!大丈夫よおー!」
「無事だ!そっちは!?」
ほっとしながら、亀一達も返事をする。
「こっちも大丈夫だ!」
しかし、龍介達とは完全に分断されてしまっている。
土砂はうず高く積もり、傍らにそびえ立つ山側の崖よりも少し低いくらいでしか無く、声もどうにか届く程度だった。
この土砂をよじ登る事も考えなくは無かったが、土砂だけに、足場は相当不安定だ。
仮に滑り落ちでもして、道路側に落ちるならいいが、道路の右側の崖の反対側は、これまた運の悪い事に、絶壁に近い、落ちたらまず死にそうな崖になっている。
龍介は無理して亀一達の方に戻るのは諦めた。
「きいっちゃん達は戻れ!俺達は先生に連絡して、迂回して戻るから!」
「分かった!俺達も連絡しとく!」
「頼む!」
ところが、亀一達は先生に連絡がついたが、龍介達の携帯の電波は無く、電話もかけられない。
「山だから、元々電波は弱いけど、この土砂のせいで完全に切れちゃったのか、丁度電波が届く範囲がここまでだったのか、どちらかね。」
瑠璃がそう言って、龍介と色違いのお揃いで買ったフェイルラーベンのカンケンバックからノートパソコンを取り出し、メールを試みた。
「ー駄目だわ…。WiFiなんか無いのは当たり前だけど、衛星の電波も拾えない。」
龍介はそれを冷静に聞きながら、心の中で引いていた。
ー寅と全く同じ事やって、言ってる事まで同じじゃねえかよ…。
リュック、お揃い買うにしても、なんで俺のと同じ大きさのが欲しいんだと思ったら、パソコン入れる為かよ…。
しかも、マシンは、使い倒してる痛み具合のダイナプロタフって、これも寅と同じ機種じゃん…。
そんで衛星って…。
まあ、京極さんの手伝いした位だから出来んだろうけどさ…。
「龍?どうしましょ?」
「あ、ああ…。じゃあ、ネットで調べんのは無理って事だな…。ちょっと待って。」
龍介はショックを黙って飲み込んで、単眼鏡を出して、周辺を見始めた。