夕焼けキャンパス
僕の学校の美術室、その後ろの扉の鍵が壊れていることを知ったのはまったくの偶然だった。いつも通り廊下を丹精込めて掃除をしていたところ、扉の隙間に挟まったごみをとろうとして、カラリ、と開いてしまったのだ。誰かのうっかりで鍵を閉め忘れていたのか、閉め損ねてしまったのだろうか、と、とりあえずきっちり扉を閉めるだけにして鍵が開いていることは見て見ぬ振りをしてみた。しかし次の日も、次の日も開いているものだから、ああ、ここの鍵は壊れているのか、と思い至ったのだ。
放課後の、誰もいない空っぽの美術室というものは、とかく不思議に静かだった。美術部の活動が毎週の月曜、水曜、金曜なので、火曜と木曜、それから休みの日は南校舎の最上階は静かなのだ。向かいの北校舎の、吹奏楽部の子たちが練習を行っている音楽室から流れてくる音楽は、いつも僕を楽しい気分にさせてくれる。僕はいつも、モップかけをしながら、少しでも楽しくなろうと心がけるのだ。
美術室の鍵が壊れていることを知ってからというものの、僕は、掃除をしながら美術部を観察していった。好奇心と言ってしまえばそれで終わりなのだけれど、たとえば細い気づきにくい路地を発見した子どものようにわくわくした気持ちがあったのも事実だ。観察しているうちに気が付いたことがいくつかあった、美術部は物を置く場所はなんとかなく決まっていること、しかし誰のものかはさして気にしないこと、曜日によって来る顔触れはまちまちなこと。そして僕はこっそり、自分の水彩絵の具を火曜日に所定の位置に紛れ込ませた。もちろん名前なんて書いていない。少々箱がくたびれてはいるが、きちんとした絵の具セットだ。次の週には、僕の筆を、次に、水入れ、次にスケッチブック、画用紙。イーゼルは使われていないものがあるのを知っていたので、それを勝手にお借りすることに決めた。キャンバスを持ち込むときは、誰かに見られないか冷や冷やしたが、うまくいったのでこのときばかりはそれなりの達成感を味わった。
準備はそろったとばかりに、一人きりの第二美術部は活動を開始したのだ。
何も持ち込まず、さも自分が美術部員の一人であるかのように、しかし他の誰にも見つからないようにこっそりと美術室へと侵入し、床に座り込んだ。木製の机や棚が並び、石膏像が鎮座している静かな空間。窓の外は、うっすらと青空から夕空へと変わりゆく微妙で繊細なグラデーション。ああ、美術部員だったころを思い出す。
感慨にふけるのもほどほどにして、定位置からスケッチブックを取り出すと、膝の上に抱えるようにして置き、くるり、と濃い鉛筆を手の中で一回転。そしてスケッチブックに書きたいものを考えていく。鉛筆はいつも筆箱に入れて持っているので持ち込む必要も借りる必要もなかった。久しぶりに描く絵に手が震えた。いや、家や公園では趣味で描くがそれとこれとでは心意気が違う。十字の目安線を、定規を使わず書いてしまうと、なにがいいだろうか、と次のなにも描いていないページに思うままに小さな部品たちを書き連ねていく。かつての思い出を描くのもいいかもしれないなぁ。しかし自分の思い出とはなんだろうか。クロッキー帳を持ち歩いて部活の時間中に描き殴ったことだろうか、それとも一緒に星を見に行ったことだろうか。そうやって、数ページが鉛筆の走った線で満ちたころ、気付くと自分で設定したタイムリミットが近づいていたので、慌てて僕は荷物を片づけたのだった。
さよなら美術室、また明後日。
「最近、楽しそうね」
家に帰ると、すでに夕飯の用意はできており、母さんが笑顔でそう言いながら、白米を盛ったお茶碗を差し出してくれた。そうかい? と受け取って、食卓について食べ始めると、そうよ、と母さんは答えた。
「それにいっぱい食べるようになったわ」
白米の量、増やしたの知ってた? そう笑われて、初めて気がついた。太らないようにね、という注意に僕は腹をつまんだ。たしかに脂肪があるのかもしれない。中性脂肪とコレステロールと高血圧には気を付けなければいけない。
「楽しいのはいいことね」
母さんは微笑んで、今日の話を聞かせて、という。僕は美術室のことを黙って、その代わりに、吹奏楽部が練習している曲が僕の好きな曲なんだ、と小さな嘘をついた。本当のことを、美術室に無断侵入しているなんて言ったらもちろん、顔色を変えてそんなことはやめろ、と言うのが目に見えていたからだ。母さんは、常識人だから。
いまだに、なにを描こうか迷っていた。廊下のモップがけをしながら、美術室でスケッチブックに絵を描きながら、家でおいしい母さんのご飯を頬張りながら、美術室を歩き回りながらずっと迷い続けていた。
時折壁際に並ぶ彫像たちに話しかける姿はきっと不気味だったことだろう。しかし誰にも見られてはいないはずだ。見られていたのなら、僕はこんな風にぐるぐる回っては、親指と人差し指をくっつけてフレームのごとく景色を覗くことすらできないだろう。
題材探しは年甲斐もなくとにかくワクワクするのだけれど、少し焦りを感じていたりもする。描きたいという気持ちだけが空回りしてしまっている。筆を、絵の具を使いたいと、右手が訴えている気がする。
鉛筆を握って、スケッチなどを試みるのだけれど、だめなんだ、描けないんだ。描けるけれど、描けないんだ。頭をがしがしと掻くと、白髪と黒髪とが数本抜け落ちた。木製の床は汚いが、あいにくここの掃除は僕の領分ではない。下手に掃除するよりは放っておいてもいいだろう。
もどかしさを丸めて、ため息をついて、美術室をでる。音には細心の注意を払っている。僕は見つかるわけには、いかない。誰もいない廊下は、学校に僕一人きりではないかと錯覚してしまう。あるいは、少しタイムスリップでもしてしまったかのような。
着替えて荷物をまとめて帰ろうと、校舎の端をとぼとぼ歩く。さようなら、と教師や生徒と挨拶を交わしていく。窓の外では夕焼けに混じって、運動部の生徒たちがかけ声賑やかに活動をしている。ああ、僕もあれだけ輝かしい時期があったっけ。と、少女を見つけた。いや少女と言ってはいけないんだろう。ここにいるってことは高校生なのだから。けれど、どうしても少女と言いたかった。
少女は、小柄な体で両手を広げて芝生に寝転がっていた。
その姿が一瞬鳥に見えたと言えば、人々はみなロマンチストな詩人だと僕を笑うだろう。けれど、僕はそう見えたし、飛んでいるように見えたんだ。
夕焼けで赤くさざめく草空の上で翼を広げる鳥に見えたんだ。
両手の親指と人差し指とでフレームを作って覗き込む。心が震える、大げさだろうか。とにかく、ああ、とため息が漏れたのは知っている。ようやっと、描きたいものを見つけれたんだ。今すぐ美術室に戻って描きたい、けれど下校時間はとにかく、僕の行動時間はすでに使いきってしまっている。今日は……諦めなければならない。唇をかみしめながら、後ろ髪を引かれつつ、僕は帰り道につく。
家で鉛筆を握った、十字線を引いて、あの少女を――――。
愕然とした。描けない。描けないのだ。脳内に染み着いたイメージを形にすることができないのだ、どうしてだろうか、イメージだけが先走って、描けない。
なぜだろうか、なんだ、なにが足りない……っ! 瞼を閉じればその構図があのときの夕日が思い浮かぶというのに、どうして描けない、年のせいか、場所のせいか……。そこまで考えて僕は鉛筆をケースへとなおした。右手で思い切りかいた側頭部が痛いと、他人事のように考えながらもう寝てしまおうと布団に潜った。
その次の日は、美術部の活動日であったため忍び込むことなど到底できず、僕はただただ掃除をしていた。うっかりしていてバケツをひっくり返してしまい、慌てて流れた水をモップとぞうきんを総動員して拭った。拭う間も右手が重く感じられて、吐息はあっというまに、べちゃりと落下した。できない自分に嫌悪した。
ああなんにもできやしない。
次の日に待ちに待った美術室へと侵入できる日だった。掃除をなるべく早く済ませて、ひっそりとその身を美術室の中へと滑り込ませた。ここにいる間は、いつ人が通るかも分からず緊張しっぱなしで、いつかの小さな冒険のようにドキドキしてしまういけない僕もいたりする。
スケッチブックに手を伸ばして、窓からも廊下からも容易には見えない場所に座り込む。スケッチブックのまだ白いページを開いて、縦向きにすると十字線を引いた。それから、まずあのときの少女のなんとなくの輪郭を描いた。……納得できない。だがしかし家で鉛筆を握ったあのときよりは自分のもつ理想のイメージに近い気がした。消しゴム、もう一度描く、消しゴム、もう一度、紙が破れた、次のページ、輪郭、輪郭、輪郭…………気づけば、輪郭を描くだけでずいぶんと時間を使ってしまった。その甲斐もあり、それなりに顔はうまくできた。あとは体の傾きと髪の毛。あのときの浮遊感を出せるだろうか、わからない。それでもようやく巡り会えた描きたいものだから……僕は描くしかないんだ。
時間切れ、僕は帰らざるを得ない。口惜しいが仕方がない、と立ち上がる。スケッチブックを持って帰るかどうか逡巡したが、もとの場所になおした。どうやら、ここでしか僕はあの絵を描けないようだから。
少しずつ、少しずつだけれど、絵は進行していく。輪郭を描き、背景のあたりを取り、少しずつ書き込んでいく。だいたいの輪郭が完成すると、一度スケッチブックを遠くから眺めて全体の構図がしっかりしているかを確認する。絵画の描き方をきちんと習ったわけでもないから、これでいいのかは分からないけれど、まぁ、僕のは趣味の範囲を越えないからいいのかな。
そしてようやく、画用紙に取りかかれる。と、その前に画用紙にしっかりと水張りを行わなければならない。拙い手で板に画用紙を貼り付けて、水を上からかけていく。久しぶりだなぁ、一番最初は画用紙に水をかけるなんてとんでもない! とか思っていたっけ、など振り返りながら水張りを行っていく。今日はこれでおしまい、と僕は家路につく。
次に美術室にきて、ようやく絵具を手に取れた。下地になるようにうっすらと何色を乗せようか。黄色か赤か紫か。いや……グラデーションを作りたい、僕は青色の絵具を手に取った。それから赤だ。手元にティッシュの用意も忘れない。別の画用紙の端っこにあの日の赤と青を再現するように少しずつ色を混ぜていく。納得のできる色ができたら、大量の水をつけた筆を動かしていく、まずは青、それから赤だ。じわじわと広がって、混ざって、紫になるのがとても楽しい。あのときの鮮やかな赤や、微笑む青、艶めかしい紫を画用紙の上へと再現していく。雲の形でさえもできるかぎり記憶の中から引きずり出して、ティッシュで紙をこするようにすることで、表していく。息をのんだあの空を、放課後の帰らなければいけない時間、鳴り響くチャイムの中見上げるあの空を。
一つ、画用紙の上に空が生まれた。
それから別の日には芝生を描いた。うっすらと緑と黄色、それから赤を混ぜての下地を乗せた。次の機会にはもう少し細めに書き込むようにして芝生の草を、完全に乾いた日に、面相筆でさらに細かく。芝生を描き出していく。一番最後の彼女は、一番濃い色だ、大丈夫、重ねていけばいい。
順調に、いや、試行錯誤をしながら描き連ねていく。一歩ずつ進んでいくのはとても楽しい。次はどうしようかと考えるだけで、灰色だった僕の仕事も気持ちも色づき始めるというものだ。ささやかな色のおかれた僕の毎日が続いていく。
ある日、手紙が置かれていた。
絵を乾かすようの網棚に入れてこっそりと乾かしていた画用紙の下に挟み込むようにして置かれたメモ用紙。
「きれいですね」
若干丸まったその字に、女の子だろうか、と期待して、いやはやしかしかわいらしい文字の男の子もいることだし、と落ち着き、そしてメモ用紙が少しばかり星で飾られているのを見て、やっぱり女の子じゃないだろうか、と少し期待をしてしまう。
と、考えてからようやく、これは僕宛なのだろうか、と首をかしげるに至った。きれい、という文字は、僕宛なのだろうか。僕の、この、絵に向けてなのだろうか。何年ぶりに筆を握ったかもしらぬ僕の絵に向けてのきれいなのだろうか。違うかもしれない、それでも、僕は頬を抑えて、にやつきを止めようとしたんだ。逡巡した結果、その紙を、手帳に挟んで持ち帰ってしまうことにした。違っていたらどうしようかと思って、怖くなったけれど、手帳の一部を切り取って、ありがとう、と書き込んで、最初に挟まれていた画用紙の下に同じように置いた。僕の絵への一言であるように、切に願いながら、その日はどうしても絵に手を付ける気にはなれず、美術室をあとにした。
「ただいま」
「おかえりなさい……嬉しそうね?」
帰ると、少し早めに帰宅した僕に驚きながらも母さんは出迎えてくれた。夕飯を作っていたらしく、手についた雫をエプロンで拭きながら玄関にやってきて、の一言だ。正直言って驚きながらも、ああそんなにも顔に出ていたか、と顎を撫でた。
「えっ、あ、ああ……実は、さ、絵を褒められたんだ」
「あらあら、よかったじゃない。絵、描くの好きだから……私が褒めてもそんな顔しないのにねぇ」
「もちろん、嬉しいさ。でも久しぶりなんだ、君以外の人に絵を褒められたの」
もしかしたら褒められていないのかもしれないけれど、それでもそうと思ってもいいじゃないか。僕は今、とても、嬉しい。
次に美術室に訪れた時には、画用紙の下にはなにもなかった。もしかしてあれは誤解だったのだろうか、だとすれば僕は別の人の手紙を持ってきてしまったのだろうか、いやでも、僕の置いたメモもなくなっている、どうしよう大丈夫だろうか、どうしよう、心臓がばくばくと鼓動を打つ。間違ってしまっていたら、他人のメモ、もしかしたら大切なメモなのかもしれない、だとしたら僕は大変なことをしてしまったのかもしれない。しかし、いや、まだ、分からない。僕は開きかけた手帳をまた閉じて、画用紙を取り出して続きに取り掛かる。えーと、何を描けばいいんだっけ、そうだ、遠近感のための遠くに見えるフェンスだ。無理やり頭を大きく振るようにして、余計な心配を頭から取り払う。深呼吸をして、面相筆を手に取った。なんせフェンスだ、細く描かなければいけない。
集中力が途切れてしまって、うまく描けなかったのは言うまでもないだろう。
しかし多少進めたからかどうかは知らないが、嬉しいこともあった。再びメモが画用紙の下に挟みこまれていたのだ。
「学校の中? それとも外の風景?」
かぁっ、と頬が熱くなる感覚がした。間違いなく僕に、僕の絵に向けたメモだったのだ、と期待が確信に変わった。思わず胸を撫でおろし、そして不安や心配が渦巻いていた脳内が晴れ渡ったような気がした。そのせいだろうか、この間はうまくいかずに中断したフェンスが今日はうまく描けた気がする。単純な奴だ、と苦笑いを浮かべる。ああしかし、声援は嬉しいものだなぁ、とその子にどう返したものかと、描画する時間を速めに切り上げ考える。年甲斐もなく、楽しんでいる自分がいて、ああこれが青春なんだなぁ、と日が傾く中で噛みしめた。
遠くに見えるフェンスを描いた。移りこんだ手前の木の葉を書き込んだ。黒でべた塗りをすることはなく、様々な色を織り込んで創った僕の影色。遠くの影のフェンスの色と手前の木の葉の色は異なる。きれいだと僕の絵を褒めてくれた人との些細なメモのやり取りは続いていた。その人は、僕の絵を褒めてくれて、僕の絵に質問をしてくれて……そんなのは母さん以来だったからとても嬉しくて仕方がない。会ってみたいと思いながらも、会ってはいけないのを自覚しているから、諦めがつく。
誰かがやってくる音を聞いて、慌ててしゃがみこんで呼吸を止めた。久しぶりに人が来たせいもあって、驚きのあまり咽てしまいそうになった。危ない。足音は廊下を歩いて、美術室の前で立ち止まった。……中に、入ってこられたらまずい。忘れ物をした美術部員か? 中に無断で立ち入ったことをごまかせるだろうか、後ろの扉に手をかけられたらそれでおしまいだ、頼むから…………。
ぱたん、ぱたん、ぱたん、ぱたん――――。
願いが通じたのだろうか、スリッパの音は遠のいていった。ほっとして、怖くて、ああもう今日は駄目だと、そのあと少し様子を伺ってから、美術室を後にした。
何度も何度も水を重ねて色を重ねて筆を重ねて描いた水彩画。僕の目に鮮やかに焼きついたその光景を手のひらから零して。
僕の水彩画もだいぶん完成に近づいてきた。
ゆいいつ気がかりがあるとすれば、あの人のメモが途絶えたことだろうか。少しさみしい気持ちになってしまう。毎回毎回、美術室に来るたびに期待してしまう自分がいる。恋とは違うのだけれど、ああなんというか、やはり誰かに僕の絵を見てもらいたかったんだろうねぇ。
最後まで描かなかった部分に今日から取り掛かる。
あの少女の姿。空を飛ばんばかりの彼女の姿が一番最後で一番大事な鍵だから。そして一番濃い色彩と一番濃い記憶とを。名前も知らない彼女を筆で描こう。放課後の下校時に、賑やかな運動部の掛け声を聞きながら、赤い道を歩いて、見たあの少女を。
近付いていく完成と、丁寧に美しく描きたい部分にまで到達したことについ足早になってしまう。美術室に入ろうと扉を開けると、けたたましい音が鳴り響いた。何が起こったのかまったく分からずにどうしたらいいものか、わからなくて、真っ白で、心臓だけがいやに響いて、気が付いたときには、ばたばたと何人もの教師や生徒が駆けつけてきた。僕は男性教師に腕を引っ張られ、抵抗をするも、若い教師と老いた用務員じゃあ力の差は明確で。僕は足をもつれさせてしまい、膝を廊下に打ちつける。
「あんたがずっと美術室に忍び込んでたんだな?!」
否定はできないが、けれど聞いてほしい、僕は決して金銭目的でもなんでもなく、ただ絵を、僕の絵を描きたくて、ここにいたんだ、許されないかもしれないけれど、僕は絵を描きたくて――。
「っ、あ、あ……」
訴えたいことはあるのに、喉から声がでない。痛い。警報が鳴り響いたさっきとは違う意味で心臓が鳴り止まない。まだ完成していない僕の絵、浮く少女、僕の絵を好きだとかいてくれた手紙の子。
周囲に生徒が集まり始める。哀れな用務員の年よりを指さして、ひそひそ笑って、僕がしていたことを、違う、僕が泥棒かのように、僕を変態かのように広めているんだろう。
違うんだ、聞いてくれ、僕はただ絵が描きたかっただけなんだ、本当にそれだけなんだ、僕は。
ぐったりとした僕の体を、男性教師が無理矢理持ち上げる。それに合わせて、一応は立ち上がる。
依然開け放たれた美術室の扉。
空っぽのイーゼル。
右手を伸ばそうとも届くことはない。
夕焼けが僕の目を染める。
世界が歪み、揺らめく。
涙がでるのは、夕日が眩しいせいなんだ。
どうも、あじさいです。
若輩者がセピア色に挑戦しました。
pixivで行われました、オリジナル小説コンテスト学園へのエントリー作品でした。
結果ですか、……また頑張ります。