吸血姫の登場
(出力を下げたのに、まだこっちに向かってくるのか)
僕は心臓の出力を限界近くまで落としたのだが、それでもジリジリとソフィアは僕に近付いてくる。
心臓の出力0.01%が生み出す魔力量は平均的な人間並であり、不死者にも見分けはつかないはずであった。しかし、回りにいる神官達は皆魔力を使い切っており、そんなわずかの魔力でもソフィアを引きつけるには十分だったのだ。
《…200、199、…》
冷却を終えて僕が動き出せるようになるまで、まだ3分以上かかる。それに対し、ソフィアが僕に辿り着くまで後十数秒といったところだろう。
(何か手を打たないと…)
僕は身体を何とか動かせないかと、義体の制御をコマンドレベルに落としこんで動かせる部分を探り始めた。
《^INTERRUPT:義体の冷却の中断を実行》
《ERROR:義体の冷却を中断することはできません。正常温度まで冷却が完了するのをお待ちください》
《^INTERRUPT:駆動システムの再起動を実行》
《ERROR:義体の冷却を中断することはできません。正常温度…》
(ええぃ、何か身体を動かす手段は無いのか…。爺ちゃんなら何か手段を残しているはずだ。強制冷却モード…FACEオープン…で一気に冷却するとかコマンドは無いのか?)
《^INTERRUPT:強制冷却モードを実行》
《ERROR:未定義命令です》
《^INTERRUPT:明鏡止水モードを実行》
《ERROR:未定義命令です》
《^INTERRUPT:ハイパーモードを実行》
《ERROR:現在使用不能です》
(あるのかよハイパーモード!)
:
僕は思いつくままにコマンドを入力していったが、身体を動かす方法は見つからない。
(まず、動かせる所をリストアップしたほうが良いな)
《^INTERRUPT:義体で動作出来る箇所をリストに出力》
《ACCEPT:現在稼働できるのは、腕部射出ワイヤー、スラスター…》
(ビンゴ~)
ログに現在動かせる部位の一覧がリスト表示される。
(スラスターは動かせるのか)
圧搾空気を噴射するスラスターは、冷却中でも動かすことができた。スラスターなら身体を移動させることが出来る。
《^INTERRUPT:スラスターを20%の出力で噴射》
《ACCEPT:スラスターを20%の出力で噴射します》
ソフィアの手があと一歩で僕の身体に届くというところで、背中と足のスラスターが噴射を始めた。僕は床を転がりながら壁際に向かって動き出した。
(危なかった)
部屋の隅まで移動した所で僕はスラスターの噴射を止めた。
ソフィアの方は、目の前から居なくなった僕を追いかけてふらふらと向かって来た。そして時々倒れている神官に引っかかり転んでいた。
今のソフィアは触った者から無意識に魔力を吸い取ってしまうのか、ぶつかった神官は魔力と生命力を吸い取られミイラとなってしまった。
《…158、157、…》
「動けるようになるまで…後3分か」
『困っているようだな』
話しかけてきたのは、この部屋にまだ残っていたロンパンだった。
「ああ、炎の嵐のダメージで身体が動かないんだ。ロンパン、君は回復魔法を使えるか?」
『儂ら精霊人は神を信仰しないからな、神聖魔法を使えないのだ。儂が使えるのは精霊魔法だが、精霊魔法の回復魔法はゴーレムには効果が無いぞ』
「僕は人間で、ゴーレムじゃないけどな。…じゃあ身体を冷やす精霊魔法は無いのか?」
『冷やす魔法か…氷雪の嵐という魔法があるが、全身氷漬けで良く冷えるぞ? 唱えてやろうか』
ロンパンは意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
「…遠慮しておく」
ロンパンとそんな会話をしている間に、ソフィアは四名の神官をミイラにしつつ僕に近づいてきていた。
一方僕が動けるまでは
《…123、122、…》
とまだ二分以上残っている。
『リッチに生命力を吸い尽くされた者が、彷徨う死体として復活したか。彼奴等もこっちに向かってくるぞ。お前のそばにいては儂も襲われかねん。』
リッチの特性として、直接生命力を吸い取って殺したものは彷徨う死体として復活するらしい。ホラー映画のように4体の彷徨う死体が起き上がりソフィアの後を追いかけて僕に向かって来た。彼等も魔力を求めているのだ。
「精霊魔法で倒せないのか?」
『そんなことをしたら儂がいることがバレてしまうじゃないか』
そう言ってロンパンはスタコラサッサと僕から離れていった。
「…これは、不味いぞ」
ダメージを受けているソフィアと違い、神官の彷徨う死体は五体満足のため動きが早い。彷徨う死体は、ソフィアを追い抜いて僕に迫ってきた。
(もう一度スラスターで移動するしかないか…)
もう一度スラスターで身体を移動させようと思った時、僕の目の前に一人の少女が立ち塞がった。
「情けない格好じゃの~」
「誰?」
「もう妾の事を忘れてしもうたのか。悲しいのじゃ」
そう言って倒れている僕を覗きこんだのは、巫女装束をまとった金髪の幼女…吸血鬼の真祖ミーナであった。
「ミーナさん、どうしてここに?」
「地下迷宮に"不死の蛇"の気配が感じられたのじゃ、"月の女神"の巫女としては様子を見に来るのは当然なのじゃ」
ミーナは"不死の蛇"の召喚の気配を察知して地下迷宮にやって来たのだった。
「ミーナ様、お一人で先に行かないで下さい」
ミーナのお供として、当然ジークベルトも付いてきていた。狼男形態のジークベルトは、僕達に近づいてきた彷徨う死体達をその爪でズタズタに斬り裂いて始末していた。
「しかしひどい有様じゃの」
「炎の嵐魔法を喰らってしまって…今身体が動かせないのです」
「炎の嵐を喰らってその程度で済んでいるほうがすごいのじゃがな。妾は吸血鬼ゆえ回復の奇跡はあまり得意じゃないのじゃが、今唱えてやるからの。…月の女神よ彼の者に癒しの手を差し伸べたまえ~ヒール」
ミーナは吸血鬼の神祖でありながら"月の女神"の巫女である。自身が不死者であるため、生命力を活性化させるような回復の奇跡などの神聖魔法は苦手らしい。
《報告:身体の損傷が未知のエネルギーによって修復されました。義体温度が正常値に戻りました》
苦手という割にはミーナの唱えた回復の奇跡は良く効いた。外部装甲の焼け焦げもなくなり、金属の下地が出ていた部分も綺麗にラバー状の表皮で覆われ、義体の温度も可動範囲内に下がってくれた。
(これで身体が動かせる)
僕は治った部分を確かめながら立ち上がった。
「回復の奇跡で鎧まで治るのか。お主は不思議な身体じゃの~」
ミーナは外部装甲やラーバー状の表皮が治ったのを不思議そうに思ったのか、身体をぺたぺたと触ってきた。
「ありがとうミーナさん。…申し訳ないですが、今はソフィアと戦わなきゃいけないので、身体を触るのはやめてもらえませんか?」
身体を触りまくるミーナを脇にずらして、僕はまだふらふらとしているソフィアに向かおうとした。その僕をミーナが引き止めた。
「あのリッチ…ソフィアじゃったか。あれは妾が始末するからの、お主が戦う必要はないのじゃ」
「えっ、ミーナさんがソフィアを倒すって?」
僕は、聞き間違えたかと思い問い返した。
「あの者が人として"不死の蛇"の神官をやっている間は、妾も干渉する気は無かったのじゃ。しかし"不死の蛇"の力で不死者…リッチとなって、その力で人を不死者にしようとしておる。そんな事"月の女神"の巫女であり吸血鬼の神祖である妾には見過ごすことはできないのじゃ」
"月の女神"と"不死の蛇"の力関係がどうなっているかだが、"不死の蛇"の話からは"月の女神"のほうが格上であるように思われる。"月の女神"の巫女であるミーナにとって格下の神である"不死の蛇"が作り出した不死者が勝手に暴れまわることを許しておけないのだろう。
「分かりました。…しかし彼女と戦うとしても、ミーナさんは死霊退散を唱えられるのですか?」
「妾が死霊退散を唱えたら自滅するだけじゃぞ。まあ、リッチと吸血鬼の真祖の格の違いを見せてやるのじゃ」
そう言ってミーナは不敵に微笑んだ。
まだ気を失ったままふらふらと僕達の方に近付いてくるソフィアの前にミーナとジークベルトが立ちはだかる。
「"不死の蛇"の神官よそろそろ正気に戻るのじゃ」
《警告:未知のマナ波動パルスを検出》
そう叫んだミーナから魔力の波動の様な物が放たれた。それは不死者に対する気付け薬のようなものだったのだろう。魔力の波動を受けたソフィアはその場で立ち止まった。
「えっ、切り裂かれて私は…死んだはずでは?」
正気に戻ったソフィアは、切り裂かれた身体をペタペタと触ってパニックに陥っていた。
「愚かな。不死者となったばかりで自覚が無いのも分かるが、死んだと勘違いして気絶するとは情けないにもほどがあろう。そんな傷は我ら不死者には意味が無いのじゃ」
ミーナは呆れたようにソフィアを一喝した。
その声を聞いて、ソフィアはパニックから立ち直った。
「そうね、私は"不死の蛇"様のお陰で超リッチに変わったのです。身体が斬られたぐらいで死ぬわけがありません」
ソフィアが不死者として自分を自覚したためだろうか、Yの字の傷跡は瞬く間に修復されてしまった。
傷が治り、普通の姿勢を取り戻したソフィアは、ミーナとジークベルトの存在に気付いた。
「…巫女服の幼女と狼男、もしかして貴方様は王都の地下墓地の吸血姫巫女様とその番犬ですか。地下墓地の主が何故地下迷宮に?」
ソフィアはミーナとジークベルトの事を知っているらしく、警戒するかのように身構えた。
「誰が番犬だ。俺は狼男だ!」
犬扱いされたジークベルトが吠えるように叫ぶが、ソフィアはジークベルトを無視してミーナの方を凝視していた。
「ほぅ、"不死の蛇"の神官よ妾達のことを知っておるのか」
ミーナが睨むと、ソフィアは怯えたように少し後退った。
「貴方様とその番犬の存在については王国の上層部は把握していますわ。当然、私もディーノも知っていました。そして"不死の蛇"教団も不死者の最高峰、吸血鬼の真祖である貴方様の動向を注意していました。しかし十年前に眠りにつき、番犬がどうやっても目を覚まさせることができないという事だったのですが…もしかして"不死の蛇"様の降臨の影響で目覚められたのでしょうか?」
「"月の女神"の巫女である妾が、"不死の蛇"の降臨程度で目覚めるわけがなかろう。眠りについたのもの目覚めたのも此奴の為じゃ」
「サハシの?」
ソフィアが僕を睨む。
(目覚めさせたのは僕が関係しているかもしれないけど…眠りについたのも僕のせいなのか? 目覚めた時に神託に従ったと言っていたけど、それが僕に関係しているのか)
そんな話を聞かされた僕はミーナを"後で詳しく話を聞かせろ"と言った感じで睨んだが、彼女は口笛を吹くまねをして視線を逸らした。
僕が睨むのを諦めると、ミーナはソフィアに視線を戻した。
「今はそんなことはどうでも良いのじゃ。今問題なのはお主が世界の浄化などど抜かして不死者を増やそうとしていることが問題なのじゃ。妾は"月の女神"の巫女として、そして吸血鬼の神祖としてそんな事をさせるわけにはいかんのじゃ」
「世界の浄化は我ら"不死の蛇"の教義です。"月の女神"の巫女様にとやかく言われる筋合いはございません」
「お前の信仰する"不死の蛇"はそんな事を言っておらなかったはずじゃが?」
「"不死の蛇"様は我らに努力しろと試練を与える為、ああ仰られたのですわ」
ミーナの追求をソフィアは両耳を塞いで"あ~あ~聞こえません"状態で無視して、"不死の蛇"との会話の内容をねじ曲げていた。
「そういう態度であればしょうが無いの~。聞き分けが無いリッチにはお仕置きが必要なのじゃ!」
そんなソフィアに対しミーナはその小さな胸を張って指差して怒鳴りつけた。
「…私も超リッチとなったのです。吸血鬼の神祖と不死者の格は同じ、いやそれ以上なのですわ。」
ミーナに言われ一瞬ビクッとしたソフィアだが、超リッチの優位性を呟いて徹底抗戦の様子であった。
僕の目の前で超リッチVS吸血鬼の真祖の戦いが始まろうとしていた。
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