リッチ?
「ソフィア…君はそれで良いのか?」
「ああ、…これが不死者になるということなのですね」
僕の問いかけを無視し、黒い魔力を注ぎ込まれたソフィアは悦びの声を上げた。そして大量の魔力を注ぎ込まれたソフィアの身体は、僕の目の前で粉微塵に爆散してしまった。
それを見て僕は、
(えっ、もしかして失敗したの?)
と思ったのだが、
「いや、これからが本番なのじゃ」
と"不死の蛇"は更に魔力を放出し続けた。"不死の蛇"から放出された黒い魔力は、ソフィアが居た辺りで人の姿を形作った。そして、真っ黒な人型だった魔力に色がついたかと思うと、ソフィアの姿が浮かび上がった。
"不死の蛇"が行なったのは、一旦ソフィアの肉体を分解し、その霊魂だけを魔力で取り出すという荒業であった。このままの状態ならファントムとなってしまうが、"不死の蛇"はさらに魔力を注ぎ込んだ。するとソフィアの霊魂を軸に魔力によって骨格、心臓、脳、目が再生されていった。
(骨格標本みたいだな)
今の状態で黒いフード付きのマントを着せれば、ちょっと生々しいがリッチの完成であろう。
『ハッハッハー喜ぶが良い、我が今持っている魔力を全て注ぎ込んで、お前を誰も見たことが無い不死者に変えてやるのじゃ』
しかし"不死の蛇"は、ハイテンションで笑いながら更に黒い魔力を放出した。そしてその魔力が筋や筋肉となり骨格にまとわり付き、最後に皮膚と毛が張り付いた。
『これで完成じゃな』
魔力をほぼ使いきったのか、"不死の蛇"の身体は向こう側が透けて見えるほど薄くなっていた。
"不死の蛇"により生者から不死者へのクラスチェンジを果たしたソフィアだが、その姿は若干顔色が悪いぐらいで、生前の容姿と寸分たがわぬものであった。
「"不死の蛇"様…私は一体…何に変わったのでしょうか? 御身に変えていただけるのはリッチだと思っていたのですが…この姿今までと変わリませぬ。もしかして吸血鬼…真祖に変えて頂けたのでしょうか?」
ソフィアも自分の姿をみて驚いていた。
『いや、吸血鬼ではない。汝はリッチとなったのじゃ』
「えっ? リッチって骸骨の様な顔付きでは?」
『ふっ…、そんな量産型のリッチと我の作ったリッチを比べるでない。折角元が見目麗しい女性だったのじゃ、骸骨にしてしまっては可哀想であろう。そこでじゃ、元の姿を保ったままリッチにしたのじゃ』
僕の問いかけに"不死の蛇"はそう答えるのだった。
『全ての面でリッチの能力を超えた、しかも見た目はピチピチのリッチ、略してスーパーピッチじゃ』
「…スーパーピッチって…酷いネーミングだな」
僕は"不死の蛇"のセンスの無さにあきれ果てていた。そんな恥ずかしい名前のリッチに変えられてしまったソフィアは滂沱のごとく涙を流していたが、それはリッチに変えて貰ったことへの感激の涙では無かった。
《人類:女性、ソフィアのリッチ(スーパーピッチ)への状態変化を確認しました。能力のスキャン開始.....終了。脅威度:15.0%》
名前はともかくログに表示される脅威度を見ると、ソフィアの脅威度はワイバーンより高く評価されていた。
「しかし、見た目にこだわるならリッチじゃなくて吸血鬼で良かったんじゃないのか?」
『吸血鬼はのう…"月の女神"が版権を握っておるのじゃ。他の神々が作ると訴えられるでのう』
僕の突っ込みに"不死の蛇"は悔しそうに呟いた。どうやら神々の世界でも著作権があるらしく、"不死の蛇"は吸血鬼を作り出すことができないようだった。
『我の力もここまでじゃな。それではあちらに帰るとしよう』
"不死の蛇"は殆どその姿が消えかけていた。
「"不死の蛇"様、我々は…」
「我らも不死者に…」
"不死の蛇"が帰ると聞いて、気絶から回復していた神官達が「自分達も不死者に変えてほしいと」詰め寄った。
『時間切れじゃ、後はその者に任せたぞ~。くれぐれも無茶をして他の神に睨まれんようにな~』
しかし、その願いを"時間切れ"と断ると、"不死の蛇"はあっさり消え去ってしまった。
不死者に変えてもらうことができず、残された神官達は呆然と立ちすくんでいた。
「ソフィア、君はどうするつもりなんだ?」
そんな神官達を横目に、僕はソフィアの方に振り向く。と…そこには一糸まとわぬ姿で立っているスーパピッチ、いやソフィアが立っていた。
彼女がリッチに変えられる際に身体は一旦消失し再生された。つまり服はその時点で脱げて足元に落ちていた。
さすがに"不死の蛇"がピチピチと言っただけあり、ソフィアの身体はリッチとは思えない肌のハリで、妖艶な雰囲気を漂わせていた。
「ソフィア…とりあえず、何か着てくれないか」
これから交渉するにしても戦うにしても裸の女性とそれを行うというのは、僕には敷居が高過ぎる。僕はソフィアに服を着るようにお願いするのだった。
「なっ…キャァー」
ソフィアは僕に指摘されてようやく自分が素っ裸であることに気付き、悲鳴を上げると慌てて足元の神官服を身に着けるのだった。
◇
「ソフィア、君達はこれからどうするつもりなんだ?」
僕はソフィアが身支度を整えるのを待って、彼女とその背後の神官達を睨みつけながら尋ねた。
「…"不死の蛇"の教団の教義を実現するのみですわ」
「そうだ…」
「"不死の蛇"様ができないのであれば、信者である我らがやるのだ」
「諦めてくれないのか。ではその野望阻止させてもらう」
"不死の蛇"から事情を聞いたにもかかわらず、ソフィアも神官達も世界を不死者で浄化するという信仰を捨て去ってはいないようだった。
僕はソフィア達と戦うべく、大大刀を抜き放った。
◇
「ぐぁっ」
男性神官の一人を大太刀で叩き伏せる。
「キャァー」
女性神官の首をチョップで叩いて気絶させる。
「クソ、魔力さえ残っていれば…」
戦いが始まると、僕はソフィアを無視して神官達を倒していった。神官達は"不死の蛇"を呼び出すのに全魔力を捧げ、更に生命力まで捧げようとしていた。つまり魔法を使うどころか立っているのがやっとの状態であったため…いや、万全の状態であっても彼らが僕に勝てるわけは無いのだが…彼等は碌な抵抗すらできず倒されていった。
「くっ速すぎて、魔法の狙いが…」
唯一魔力が残っており魔法を使えるソフィアであるが、不可視の矢や氷の矢と言った魔法は、僕の動きが速すぎて狙いを付ける事ができずにいた。
僕の周りには味方の神官達が倒れているため、範囲攻撃魔法は使えない。そのため状態異常系の範囲魔法、眠りの粉魔法を唱えるが、心臓の出力を上げている状態の僕には全く効果がなかった。
最後に残った女性神官を叩き伏せると、僕はソフィアに
「残るは、君だけだけど…このまま大人しく捕まってくれないか?」
と最終通告をする。
「私には"不死の蛇"様に変わって世界を浄化する役目が有ります。超リッチとなった私にはそれが可能なのです」
と断られた。
「超リッチって…○ルヒかよ」
ソフィアは折角"不死の蛇"が命名してくれたスーパーピッチは黒歴史に放り込んで、超リッチと主張することにしたらしい。装いも"天陽神"の神官服からリッチらしい黒い装いに変わっていた。ついでに何時作ったのか腕に"超リッチ"と書いた腕章まで着けていた。
どうやら超リッチとなったソフィアは魔力で装備を作れるようで、神官服は足元に脱ぎ捨てられていた。
「投降する気が無いなら、仕方がない。ソフィア君を斬る!」
「むざむざと殺られる理由には参りません」
僕の周りには神官達が倒れているので範囲魔法を使えない。そこでソフィアは炎の壁を唱えると、僕の行く手を阻むように炎の壁を作り出した。
「こんな物」
たしかに並の冒険者であれば炎の壁による炎の壁を抜けるのは難しい。しかし炎の壁は高さが二メートルほどなので、僕なら簡単に飛び越せる。
スラスターを使うまでもなく、普通に跳躍して炎の壁を飛び越えてソフィアに斬りかかった。
「マナよ始原の炎となりて全てを…ええ、壁を飛び越えて来るなんて」
ソフィアは僕が炎の壁を飛び越えて襲いかかってきたことに驚いたようだった。炎の壁を目隠しにして魔法を放つつもりだったのだろうが、驚いて唱えていた魔法の詠唱も中断してしまった。リッチには物理攻撃は効かないが、僕の大太刀には魔力を込めてある。魔法剣と同じ程度、いや一撃で倒せると僕は思っていた。
「キャァー」
僕がソフィアを袈裟斬りにして彼女が悲鳴を上げる。それと同時に"ゴウ"と音を立てて彼女を中心に炎の嵐が吹き荒れた。
(これはソフィアが唱えていた、炎の嵐の魔法? 詠唱は中断していたのに)
咄嗟に顔を腕でかばうことができたが、僕は吹き飛ばされてしまった。炎の嵐に煽られて、外部装甲や手足はかなり焼け焦げてしまった。ラバー状の表皮が剥がれ金属の下地が露出している部分もあった。
外部装甲は宇宙用の熱に強い素材であることと、出力50%で魔力を身体に回していた為この程度のダメージで済んだが、炎の嵐は普通の人間であれば一瞬で燃え尽きてしまうほどの熱量だった。
ソフィアが人間だった頃に唱えた炎の嵐であれば、おそらくちょっと焦げた程度のダメージで済んだだろう。これだけの熱量だったのは彼女がリッチになった為である。
又、ソフィアが詠唱を中断したはずの魔法を発動できたのは、リッチとなったことで魔法の制御能力が上がったためである。僕は魔法の発動には詠唱が必要だと思っていたが、実は魔法の制御力が高ければ無詠唱で魔法を発動することも可能なのだ。
ソフィアは元々自爆覚悟で炎の嵐を唱えていた。僕が炎の壁を飛び越えた事で驚いて詠唱を中断してしまったが、斬られた事で無意識に無詠唱で魔法を発動させてしまったのだ。
《警告:高熱による体表の損傷を確認。義体の冷却のために緊急停止します》
《主動力:賢者の石 出力を1.0%に低下させます》
(不味い。動けなくなってしまった)
吹き飛ばされて床に倒れた状態で、僕の身体は排熱の為にフリーズしてしまった。
一方ソフィアは僕の大太刀の一撃を受けて身体がYの字に切り裂かれていた。TVであればモザイクが掛かるレベルの状態であった。
大太刀に込めてあった魔力の量を思うと、彼女の身体はバラバラに吹き飛んでも不思議ではないのだが、さすが超リッチ、その程度の損傷で済んでしまったようである。
不死者の為だろう切り口からは血が出ておらず、そして傷は少しずつ修復されていた。
《義体の排熱を開始。稼働可能まで後300秒、299、298、…》
ログから、僕の方は動けるようになるまで5分近くかかってしまう事が判った。今魔法の攻撃が来ても避けることはできない。傷口が再生されていることからも分かるが、僕がソフィアに与えたダメージは致命傷に程遠い。不死者である彼女はあの状態でも魔法を使えるはずだ。
(万事休すか…)
僕はソフィアが魔法を唱えるのを見守るしか無かったのだが、
「…」
(あれ?)
ソフィアが僕に魔法を唱える気配は無かった。良くみると彼女の目は閉じられていた。どうやらソフィアは気絶しているようだった。
おそらく大太刀で斬られた為にソフィアは自分が致命傷を負って死んでしまったと思ったのだろう。不死者に成りたてだったので、肉体の不死性に精神が付いていけてないのだ。
(不死者って気絶するのか? そういえば吸血鬼も気絶してたな…)
そんなことを考えていたが、ソフィアが気絶しているからといって状況が良いわけではない。おそらく傷が治ればソフィアも精神も復活すると思われるからだ。
一方僕のほうは、
《…256、255、…》
まだまだ動ける状態ではない。
(早く、早く。…ソフィア、気が付いたのか?)
見ると、ソフィアは傷ついた身体をゆっくりと動かして僕に近寄ってきていた。彼女が意識を取り戻したのかと思ったのだが、その目はまだ閉じられている。
(不死者の本能で魔力を求めているのか?)
不死者は魔力を求めて生者を襲う性質がある。気絶している状態のソフィアは、その本能に従って魔力を求めて移動しているのだった。
(このままだと、僕の方にやって来るな。出力を下げないと…)
《主動力:賢者の石 0.01%で稼働させます》
ソフィアから逃れようと僕は出力を下げるのだった。
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