神との対峙
魔法陣の中央に奇妙な姿をした少女が出現すると同時に、
《警告:高密度マナ集積体の存在を検出しました。》
とログに警告が繰り返し表示される。
「彼女が"不死の蛇"なのか? 蛇の着ぐるみを着た少女にしか見えないけど」
『馬鹿か、見た目で判断するな。お前にはあの少女の纏っている蛇の神々しい雰囲気が判らんのか』
僕の呟きにロンパンが突っ込みを入れる。
着ぐるみに見えた蛇だが、どうやら少女とは別な感じで生きているらしく、大きな目がギョロリと辺りを見回しうねうねと動く尻尾が床を叩いていた。ロンパンは神々しいと言っているが、僕には愛嬌のある顔付きにしか見えなかった。
「じゃあ、"不死の蛇"が召喚されたけど、本当にこの世界は大丈夫なのか?」
『邪神? 世界が大丈夫? 神がこの世界を滅ぼすわけがなかろう。それにこの地下迷宮の魔力で召喚された神が世界が滅ぼせるなら、ドラゴンやお前でも世界が滅ぼせるだろうな。…ほら、あの女が"不死の蛇"に願い事を言っておるだろう。それに"不死の蛇"がどう答えるか聞いてみるんだな』
邪神が召喚されてもホァナノは大丈夫だと言っていたが、ロンパンも同意見のようだった。僕はロンパンの言葉に従い、黙ってソフィアと"不死の蛇"の聞くことにした。
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『ほれ、大丈夫だっただろう』
ロンパンは"儂が言った通りだろう"という感じで僕に呟いた。
ソフィアは"不死の蛇"に世界の浄化をお願いしたのだが、それを素っ気無く断られて床に座り込んでいた。
多数の犠牲を払って召喚した神に自分達の信仰を否定されるのは可哀想ではあるが、その信仰が世界の破滅に繋がるのだから僕は神がソフィアの願いを拒絶したのを聞いてホッとしていた。
「この世界の神様は信者の力で変わってしまうのか。そうなると、信者の多い神様ほど色々変わってしまう事になるのかな?」
『ああ、信者の多い神は信仰によって力を得る代わりにその信仰によって変わってしまう。だが、多数の信者がいると信仰も平均化されてしまうからな。ただ単に神を敬っているだけの信者ばかりでは神もそう大きく変わらないのだ』
「なるほどね」
日本人の僕はロンパンのいうことがなんとなく理解できた。神聖魔法があり神の力が実感できるとはいえ教会の教える教義を完璧に信じている人は一握りである。大多数の信者は教義など知らず、必要な時以外はそれほど熱心に神を崇めていないというのが信仰の実体であろう。
『信仰によって神は変化するが、それで世界を破滅させようとか、清浄な世界にしてしまうとか…そんなことを神は望まないし実行するわけもない。"不死の蛇"が言ったようにそんな素振りを見せた途端、他の神々によって即座に滅ぼされてしまうだろう』
ロンパンがそう言って遠い目をしていたことから、過去にはそういう理由で滅ぼされた愚かな神がいたのだろうと僕は思った。
◇
『信者を不死者に変えるつもりか。迷惑な話だが、神としても召喚された対価としてそれぐらいはしないと収まらないのだろう』
僕とロンパンはソフィア達と"不死の蛇"との遣り取りをそのまま聞いていたのだが、ホァナノの言っていた通りの展開となってしまった。僕としては"不死の蛇"はこのまま何もせずに帰ってしまうと助かったのだが、彼女は信者たちを不死者に変えてしまうつもりらしい。
「やっぱりそうなるのか…。彼女達はどんな不死者に変わるんだろう?」
『そうじゃな…妥当な所であそこにいる連中はリッチやデュラハン、死んでしまった者はレイスやファントムぐらいには変えてもらえるだろうな』
ソフィアを含め生きている"不死の蛇"の神官は二十数名、死んでる者もほぼ同数である。それが全てリッチやデュラハン、レイスやファントムと言った高位不死者に変わってしまい、本格的に活動するとなると…この国は滅んでしまう事になるだろう。
「止めないと」
『おぃ。やめておけ…』
僕はロンパンの制止の声を振りきって"不死の蛇"の前に飛び出した。
◇
「ちょっと待ったー」
僕は二十数年前の深夜のバラエティ番組の見合いコーナーで有名になったセリフを叫び、ソフィア達と"不死の蛇"の間に割り込んだ。
「サハシ…どうやって此処に」
「貴様どこから現れた」
「突然現れて俺達の邪魔をするんじゃない」
ソフィア達は突然現れた僕に驚き、そして"不死の蛇"の前に立ちはだかる僕に罵声を浴びせかけた。
『お主、何者じゃ? 我が信者ではないようだが…』
そんな"不死の蛇"の問いかけに
「ただの冒険者です」
僕は振り向くこと無く答えた。
「"不死の蛇"様になんと無礼な」
「そいつを叩きのめせ」
「よしなさい。貴方達では彼に勝てないわ」
神官達が僕に腹を立てて掴みかかってきそうになるが、ソフィアがそれを制した。彼女には神官達では僕に勝てないことが判っている。僕も襲いかかって来たら容赦なく叩きのめすつもりであった。
「ソフィア、君とは色々話したいことがあるけど…まずは"不死の蛇"様と話をさせてもらうよ」
後ろに向き直った僕は、"不死の蛇"と間近で向かい合うことになった。
(ものすごいプレッシャーだな。見た目はゆるキャラみたいなのに、さすが神というべきか)
単に顔を見ているだけなのに、僕は足がガクガクと震えていた。そしてそのまま膝をついて屈してしまいそうになる。
《主動力:賢者の石 5.0%で稼働させます》
気圧されそうになった事で僕は無意識に心臓の出力を上げてしまった。しかしそのためだろうか、足の震えもおさまり僕は"不死の蛇"ときちんと向かい合うことができた。
そんな僕を"不死の蛇"は興味深そうに見つめていた。
「"不死の蛇"様。僕はそこにいる貴方の神官に騙されて、貴方を召喚する為の魔力を集めるのに協力させられました。それに彼女達は多くの人を犠牲にして貴方を召喚したのです。そんな彼女達を不死者にしてしまったら、きっと大勢の犠牲者が出るでしょう。彼女達を不死者に変えてしまうことは止めてもらえませんでしょうか」
『我の前に飛び出してきたから何を言うかと思えば…つまらん奴じゃの。良いか、我を召喚したその信仰心に対して多少の恩恵を与えてやるのは神として当然だろう。大勢の人が死んで、この世界の調和が乱されることは神々としては面白く無いが、この者達が不死者となって行うことなぞ世界にとってはさざ波のようなもの。第一我が信者に対して恩恵を与えることについて、我の信者でもないお主にとやかく言われる筋合いはない!』
ソフィア達との遣り取りから"不死の蛇"が邪神ではないと分かり、僕は説得できないかと思ったのだが、信者でもない僕の言葉は聞き入れてもらえない様であった。
そして信者に恩恵を与えることを否定した事が"不死の蛇"の逆鱗に触れたのか、苛立った彼女からのプレッシャーが物理的な衝撃波と精神衝撃波となって僕を襲った。
「クッ!」
僕は衝撃波に耐え切れず数歩後退されられ膝をついてしまった。
《警告:制御系に電磁パルスが原因と思われるエラーが発生しました。太陽フレアまたは核爆発による電磁パルスを検知しました。本体をサスペンド状態に移行します》
視界が警告ログで真っ赤に染まったと思うと、僕は一瞬シャットダウンした時のように真っ暗となった。どうやら太陽フレア対策のための保護プログラムが精神衝撃波を電磁パルスと誤認してしまったようだった。
《電磁パルスの通過を確認。サスペンドを解除し、システムを復帰します》
幸いにも精神衝撃波は一瞬で通り過ぎたので、僕は一秒とかからずにサスペンド状態から復帰して視界は元に戻った。
(物理的な衝撃波もすごかったが、精神衝撃波は連続で食らうと回路が持たないかもしれないな…)
ただ叫んだだけで衝撃波を生み出してしまう。そんな"不死の蛇"の力に僕は恐怖した。
しかしその"不死の蛇"は復帰した僕の目の前でオロオロとしており、発していたプレッシャーも消え失せていた。
『ああ、すまぬ信者達よ。我はそんなつもりは無かったのじゃ』
魔力を通わせていた僕が堪えきれなかった衝撃波を無防備だったソフィア達は喰らってしまった。ソフィアと神官達は、衝撃波により吹き飛ばされ、精神衝撃波によって気絶していた。
自分が発した衝撃波で信者達を傷付けてしまった状況を見た"不死の蛇"は、自分がしでかした事に驚き嘆いていた。
("不死の蛇"はなんで邪神なんてやっているんだろう)
◇
「"不死の蛇"様、信者達を不死者に変える事を諦めてもらえないのですね?」
ソフィア達が気絶しているだけだと分かって、落ち着きを取り戻した"不死の蛇"に僕は再度尋ねた。
『ああ、その者達がそう望んでおるからな』
"不死の蛇"は気絶しているソフィア達を悲しげに見つめてそう答える。
「では、僕はそれを阻止するしかありません」
『我に挑むか…愚かなことだな』
僕の言葉に"不死の蛇"は少し嬉しそう呟く。
「僕も神とは敵対したくなかったのですがね」
そう言って、僕は大大刀を抜くと心臓の出力を上昇させた。
《主動力:賢者の石 50.0%で稼働させます》
実際の所、僕は"不死の蛇"と戦うつもりは無かった。"不死の蛇"は、先程の衝撃波を見れば判るように意識しただけで強力な影響力を周囲に及ぼす。そんな相手と僕は戦っても勝てる気はしない。
しかし此処にはソフィア達"不死の蛇"の信者がいる。信者を思いやる優しい神様である"不死の蛇"が、その力を自由に振るうことが出来る状況ではない。つまり"不死の蛇"は自分の強大な力が足枷となり殆ど戦えないのだ。
(最近人質を取ってばかりだな~)
そんな思いを抱きつつ、僕はソフィア達が背後に来るように位置取りをしていく。そんな僕に対して"不死の蛇"が放つプレッシャーは強くなっていくが、先ほどのように衝撃波となってしまわないように彼女は抑えていた。
『小賢しいの。我の信者を盾にするつもりか。しかも何故斬りかかってこない』
"不死の蛇"が少し悔しそうに言う。
「"不死の蛇"様が信者に優しい神様で助かります」
やはり、彼女は僕だけを攻撃するという力加減ができないようだった。心配していた直接攻撃も無いみたいで僕は内心ホッとしていた。
(まあ、あの着ぐるみ状態だと歩くのも一苦労しそうだしな)
僕としてはこのまま彼女の召喚時間が終わるのを待っていれば良いのだ。
そうやって大太刀を構えている内に心臓の出力が上昇した事で身体が発光してきた。
そんな光りだした僕を訝しげに"不死の蛇"が見つめる。
『お主、冒険者といったが…本当は人間では無いのであろう。機械仕掛けの身体、どこぞの精霊人の作った物か? それにお主の魔力の質は我らに近いのう。魔力の源の心臓…お主を作ったものは何処でそれを手に入れたのじゃ?』
さすが神である。一目で僕の身体の秘密を見抜いてしまった。
「僕の身体については…秘密です。それに神様なら僕が人間だとわかると思ったんですが…」
"不死の蛇"にまで作り物扱いされて僕は少し涙目になってしまった。
そんな状態でしばらく"不死の蛇"と睨み合っていると、気絶から目覚めたのか、背後からソフィアの声が聞こえてきた。
「"不死の蛇"様…、サハシ…その者と貴方様が戦うなど…勿体のうございます。その役目私に…」
『お前が戦うと?』
「はい。しかし今の私では勝てないでしょう。"不死の蛇"様、どうか私を不死者に…」
『…そちの覚悟了解した。そろそろ我も帰る頃合いなのじゃ。残った力でお前を不死者に変えてやることにしよう』
「ソフィア、馬鹿なことは止めるんだ!」
僕は振り向いてソフィアに叫んだが、彼女がそれを聞き入れるはずもない。
「"不死の蛇"様も、本当は不死者に変えたく無いのでしょう。止めてください」
『いや、本人の意志の最終確認も済んだしの。あの者だけは不死者に変えるぞ』
"不死の蛇"から黒い魔力が放たれソフィアに注ぎ込まれる。
「ああ、ようやく人間を止める事が出来るのですね…」
そして、ソフィアは不死者にクラスチェンジしてしまったのだった。
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