"不死の蛇"の降臨
「グハッ」
また一人呪文を唱えていた神官が口から血を吐いて倒れた。召喚儀式を開始してから十分程だが、儀式に参加していた神官の半数が魔力と生命力を捧げ尽くして倒れていた。
(まだ、もう少し魔力が足りない。…"不死の蛇"様が降臨されるまでに何人残ることができるのかしら)
ソフィアは呪文を唱えながらそんなことを考えていた。
ソフィアが奪ってきた魔力は"不死の蛇"を召喚するのに少しだけ足りなかった。少しと言っても玉に貯められていた魔力から比べてということで、足りない魔力量はその場にいた神官全員の魔力の総量以上である。その足りない魔力を補うため、儀式に参加した神官達は生命力を魔力に変換して魔法陣に捧げていたのだ。
それにより生命力も尽きた者達が次々と死んで行くことになる。しかし"不死の蛇"の神官達は儀式を止めることはなかった。彼等は"不死の蛇"を降臨させることに命をかけているのだ。
「もう限界です…」
又一人、今度は女性の神官が倒れてしまった。
彼女は士爵家の三女で、年老いた男爵の後添えとして王都にやって来た。16歳という若さで60歳を過ぎた年老いた男爵の後添えとなった彼女は、自分の人生に絶望した。しかし、彼女のおかげで男爵家から実家への援助があり、自分が我儘を言えば実家が潰れてしまうことを理解していた彼女はその境遇にずっと耐えていた。
80歳で男爵が死んでしまうと、男爵家に彼女の居場所は無かった。実家にも戻れず、彼女は"天陽神"の教会へと出家することになった。そしてそこでソフィアと出会い彼女は"不死の蛇"の信者となったのだ。
それから更に四人の神官が倒れた所で、魔法陣が一際輝き始めた。ついに召喚魔法が発動し"不死の蛇"の召喚プロセスが始まったのだ。
(ああ、ついに"不死の蛇"様に会うことができるのですね)
ソフィアは自分が五年をかけた悲願が叶うことに涙を流した。そして"不死の蛇"が降臨するのを待った。
◇
僕が転送されたのはソフィアが儀式を行っている部屋の隅の方であった。転送前にホァナノが僕に認識阻害の魔法をかけてくれたらしく僕が転送された事にソフィア達は気付いていなかった。
(倒れている者が多いな。もしかして自分自身を召喚の生贄としているのか?)
儀式を行なっている神官の半数ほどが倒れているのが僕には見て取れた。
『おおっと、儂を踏むなよ』
僕の足元にロンパンがいた。危うく僕に踏みつけられそうになり睨みつけてきた。
「ああ、悪い。そこにいたのか」
僕は気付かれないように小声でロンパンに謝った。
『いたのかじゃない、気をつけろ。…しかしあいつは何を考えてお前を此処に転送してきたんだ? お前、まさか召喚された神を倒すつもりなのか?』
「いや神とは戦うつもりは無いよ。その前に召喚を邪魔するつもりなのだけど…」
『それは一足遅かったな。もう召喚プロセスが始まっている。神が降臨するのは止められないぞ』
ロンパンが呟くと同時に、魔法陣が一際輝きを増した。
「…"不死の蛇"が召喚されるのか…」
『ああ、召喚は成功した。神が魂だけではなく肉体を持って召喚されるのだ。儂が知る限りこれほど大規模な儀式は千年ぶりだ』
ロンパンは感心した様に輝く魔法陣を眺めていた。
僕も魔法陣を見つめる。光量調節がかかり眩しさは感じない。魔法陣の中央にはディーノ神官長が立っていた。
僕とロンパンが見守る中、魔法陣の魔力は全てディーノに集まると…彼は光り輝いた。
そして光が消えた後、そこにはディーノの姿は無く、奇妙な姿をした少女が立っていた。
◇
魔法陣の中央でディーノは座りただ待っていた。もう彼には立ち上がるだけの力すら無かったのだ。今の彼を支えているのは不老不死に成るという執念だけだった。
(儂は死なん。神の力で不老不死になるのだ…)
ディーノは魔法陣を取り巻いて呪文を唱え続ける"不死の蛇"の神官達を見渡す。ソフィアによると足りない魔力を補うため神官達の生命をかけるということだった。彼女の言う通り、神官達は魔力と生命力を全て使い果たして倒れていった。そしてその度に魔法陣に魔力が注がれるのをディーノは感じた。
(もっと、もっとだ。儂のために力を捧げるのだ…)
そしてその時はついに来た。
魔法陣からの魔力が一気にディーノになだれ込んできたのだ。ディーノは最後の力を振り絞って立ち上がった。
(…これで…儂は…不老…不…死…に)
そしてディーノの肉体と魂は弾け飛び散り、神々しくかつ禍々しい存在が出現したのだった。
◇
ソフィアが行なった神の召喚魔法は、人の肉体に魔力を凝縮することで神の肉体を作り上げ、そこに神の魂を降臨させ魂を固定するという高度な魔法であった。
この魔法は高レベルの神官であれば皆知っているものである。しかし魔法を成功させるには大量の魔力を確保する必要が有り、それには数千人規模の義式が必要であった。それに魔力で肉体を作り替え神の魂を降ろすのことから元となった人はその肉体も魂も消えてしまうのだ。
義式を行えるほど大規模な教団では人を生贄にする様な行為が行えるはずもなく、また生贄を躊躇しない邪教集団では必要な魔力が確保でき無い。そのためこの召喚魔法は滅多に使われることが無いものであった。
もちろん今回の義式では、神の素体となったディーノは肉体も無くなり魂も粉々に消し飛んでしまっていた。
(あの方が…"不死の蛇"様なのですね)
ソフィアは魔力と生命力を極限まで振り絞った為かあちこちから出血していた。しかし今の彼女にとってはそんなことは気にならなかった。目の前には彼女が待ち望んでいた神が降臨しているのだ。
輝きが薄れると魔法陣の中央には蛇の着ぐるみを被った人といった風貌の女性が立っていた。着ぐるみのように見える蛇は生きているらしく、目がキョロキョロと動き尻尾もピタピタと床を叩いていた。そして着ぐるみの中の女性は、色白な肌と流れるような黒髪、そして宝石のような赤く輝く瞳を持つ可愛らしい少女であった。
『УтйЙъсХЪй…我は召喚されたのか…しかも受肉しているとは…』
"不死の蛇"はその姿から想像もつかない威厳のある声で、自分の体があることに戸惑っていると呟いた。
そしてその声を聞いた神官達は歓声をあげた。
「あのお声、あの方が"不死の蛇"様なのですね」
「あの神々しいお姿、"不死の蛇"様に間違いありません」
「ついに"不死の蛇"が降臨されのですね」
「私達はやり遂げたのです…」
ソフィアを始め神官達は"不死の蛇"の姿を知らなかった。それは神がこの世界から姿を消して長い時間が経ってしまったため、その容姿にまつわる描写が改変されたり、散失してしまったからである。
そのため顕現した"不死の蛇"の姿があまりにも自分達の思い描いている姿…邪神らしく威厳のある姿ではなかったことから召喚に失敗したのではないかと不安にかられていた。
しかし神官達は、神の声は知っていた。神聖魔法を使うには神の声を聞くことが必要だからであある。その神の声と目の前の少女が発した声が一致したため、彼等は"不死の蛇"の召喚に成功したことに確信が持てたのだ。
「"不死の蛇"様、御降臨いただき恐悦至極に存じます」
ソフィア達は"不死の蛇"の前にひれ伏していた。
『お前が、我を召喚したのか…』
「はい、そうでございます」
『しかも我が受肉する肉体まで準備するとは予想外であったの。…我がこの世界に戻ってくるには後三千年程かかる予定だったのじゃが…。おかげで予定が狂ってしまったぞ』
"不死の蛇"はどうやら召喚され受肉してしまったことが不本意であったらしく、不機嫌なオーラを出していた。神の出すそのオーラは威圧感となりソフィア達は更に深くひれ伏すのだった。
『まあ、お前達の信仰心は我に取っては心地よい物。召喚に応じてしまった我も悪いのだが…してそちらは我を召喚して何を望むのか?』
「ははっ、"不死の蛇"様には、我らと共にこの世界の浄化をお願いしたく…」
『無理だの!』
ソフィアの願いは"不死の蛇"に速攻で断られてしまった。
ちなみにソフィアのお願いする浄化とは、生きとし生けるものを全て不死者とすることで争いのない静寂に満ちた世界とすることである。
「何故でございます。"不死の蛇"様はこちらに顕現されたのです。そのお力をもってすればこの世界の浄化など簡単にできますでしょうに」
神からの速攻のダメ出しにソフィアは涙目になって理由を尋ねた。
『いや、折角用意してくれたこの肉体だが、あの程度の魔力では…この世界に顕現できるのも数分というところなのだ。その程度の時間で世界全てを浄化など無理な話であろう。それに時間が有ったとしても我はこの世界を浄化…不死者で満たすつもりは無いぞ』
"不死の蛇"はやれやれといった感じでソフィア達に告げた。
「"不死の蛇"様自信が教義を否定なさるのですか」
ソフィアは"不死の蛇"のカミングアウトに絶句した。
『確かに我は不死者生み出す力を持ってはおる。しかしその力はお前たち信者が我に望んだ力であり、我の本来の力ではない。それにな、我がこの世界を不死者だらけにしようものなら…我は他の神々から嫌われ、抹殺される事になるだろう』
"不死の蛇"は「他の神々から嫌われ」という所で、何かトラウマを刺激されたのか顔が青くなりブルブルと震えだした。
実は"不死の蛇"…本当の名は別にあったのだが…彼女の本来の神の力は死者の魂を呼び戻し、生者に引き合わせると言う地味な神であった。ところがその魂を呼び戻すという部分が大昔の信者によって歪められ、不死者を生み出すという間違った信仰になってしまったのだ。
この世界では、信者の信仰心が神の力となる…つまり信仰が神に影響を与えてしまう。そのため人々の間で邪神"不死の蛇"として信仰されることで、不死者を生み出す力を得てしまったのだ。その力は"不死の蛇"としても望んで得た力ではないのだ。
そして"不死の蛇"は人々から邪神と認定されてしまったため、善神と呼ばれる様な神々と不仲になってしまったのだ。
『よって、世界を浄化する…そんなこと我には無理である』
それを聞いてソフィアは、
「それでは…"不死の蛇"様が我ら信者を救い、世界を浄化してくださるという…我々の信仰は…」
と呟くと床に座り込んでしまった。
「"不死の蛇"様、そんな…」
「"不死の蛇"様、嘘だと言って下さい…」
「何卒この世界に救いをお与え下さい…」
神官達は"不死の蛇"を取り囲み世界の浄化を訴える者、絶望のあまり気を失う者、泣き叫ぶ者と様々であった。
『お前達の願いを叶えられぬのは我としても心苦しいのだが、我も消滅はしたくない。出来ぬものは出来ぬ。』
しかし"不死の蛇"がそう言って目を伏せると、神官達は皆沈黙してしまった。
◇
『そろそろ我は向こう戻りたいのだが、その前に我の力で幾人か不死者にしてやることが出来る。お前達はそれを望むかの?』
沈黙がしばらく続いた後、"不死の蛇"はそう言ってソフィア達を見回した。
「もう、お戻りになられるのですか?」
先ほどまで燃え尽きた某ボクサーのようになっていたソフィアだが、"不死の蛇"が戻ると聞いて気力を振り絞り立ち上がった。
『うむ。この世界は今だ我が存在し続けるほど魔力が回復しておらぬからな。この体の魔力が尽きれば向こうに帰るしか無い。不死者となりたいのであれば、早う願うのじゃ』
「判りました。"不死の蛇"様、我らは皆不死者となることを望んでおります」
ソフィアの言葉に神官達は皆頷いて不死者と成ることに同意していることを示した。
『そうか、皆不死者と成ることを望むか』
"不死の蛇"は少し悲しそうな顔をした。彼女としては生者を不死者に変えてしまうことは本意ではないのだ。
『では、皆を不死者に変えることにするのじゃ。お前達我のそばに寄るのじゃ』
ソフィア達が"不死の蛇"の周りに集まる。
「ちょっと待ったー」
そう叫んで僕は"不死の蛇"の前に飛び出した。
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