小人との和解
ケイが地下迷宮に魔力を供給している時、悪影響があると不味いからと"瑠璃"の本体はエステル(マリオン)に預けられていた。
『マリオン、私達でミシェルやリリー、エミリーの傀儡の魔法を解けますか?』
エステル(マリオン)の前に"瑠璃"は現れると、彼女に尋ねた。エステル(マリオン)は人差し指を頬に当ててしばらく考え込んで頷いた。
「そうですね。"瑠璃"から魔力を貰えれば可能だと思います」
『魔力なら、部屋に入る前に慶に補充してもらったので大丈夫です』
「じゃあ、彼女達の魔法を解除してしまいましょう」
エステル(マリオン)は"瑠璃"の返事に頷くと、一番近くにいるミシェルに近寄っていった。
「魔法を解除する時に暴れると思うので、申し訳ありませんが縛らせて貰います」
そう言ってエステル(マリオン)は縄でてきぱきとミシェルを縛っていく。
『マリオン、何故そんな縛り方を?』
マリオンは俗にいう亀甲縛りという縄使いででミシェルを拘束していた。
「えっ? この縛り方に何か問題が? これなら柔らかくて大きな荷物をバランスよく縛れるんですけど?」
『お約束なのでしょうか…ちゃんと拘束できているので問題ありません…』
確かに本来の用途はそういった用途向けの縛り方であり、いらない知識を持たないこちらの世界の人にとってはおかしな方法ではない。
「"瑠璃"、魔力の供給をお願いします」
エステル(マリオン)がミシェルを拘束し終えると、マリオンはエステルの身体を離れてミシェルの身体に入っていった。そして"瑠璃"はマリオンに魔法を解くための魔力を供給するのだった。
◇
『準備は良いか。魔法陣を動かすぞ?』
魔法陣の中央に立たされた僕に対して小人Aが尋ねる。
「うん、大丈夫だと思う」
『じゃあ、ポチッとな』
小人Aがパ○ルダーの操縦席でボタンを操作すると、魔法陣が輝き始めた。それと同時に僕の身体から魔力が抜けていくのを感じる。
《警告:マナが600ミューオン/秒でマナで外部に流出しています》
『…なんという魔力炉の出力だ。これなら10分もあれば魔力が回復するぞ!』
小人Aが驚いているが、10分は長すぎると僕は感じたので、更に心臓の出力を上昇させると魔力を手から放出させた。
《主動力:賢者の石 60.0%で稼働させます》
『まだ出力が上がるのか…』
僕の出力上昇に小人Aが驚く。
《マナ流出量が増大。1,200ミューオン/秒でマナが外部に流出します》
(これで5分ほどで魔力の供給を終えることができるな。その間にこいつと話を付けないと)
「魔力の供給に協力しているんだから、そろそろ僕の話を聞いてくれても良いと思うんだけど?」
『…うむ、聞いてやらんこともないぞ』
あくまで上から目線の小人Aであった。
「僕は、ケイ・サハシ。少し変わった身体をしているから君達は僕をゴーレムだと誤解しているようだけど人間だから」
『儂はホァナノ。代々この地下迷宮を管理する精霊人のアハ氏族の一員だ。しかし、そんな機械仕掛けの身体と魔力炉を持った人間がいるか。一万と二千年生きているが、そんな人間見たことも聞いたことが無いぞ。…まあ魔力を融通してもらったこともあるし、とりあえず今はお前の主張を受け入れてやろう』
ホァナノは僕が人間であることを認めたくないようだが、とりあえず今は僕の主張を受け入れてくれた。頑固なホァナノに僕が人間であると本気で認めさせるには、頭を開いて脳でも見せるしか無いのだろう。
「まあ、人間だと信じなくても良いけど…僕はこの地下迷宮にある魔法のアイテムを探しに来ただけで、君達精霊人の勢力争いとは無関係だということは信じて欲しい」
『…お前と一緒に入ってきた人間の女は我らの地下迷宮の魔力を強奪していった…それがお前を作った氏族の差金じゃないと言えるのか?』
「彼女が何故魔力を奪ったのか、僕もその理由を知らない。第一魔力を奪うのが目的だったら今君に協力する理由が無いだろ。僕達はこの迷宮の、この部屋に死者蘇生アイテムがあると聞いてやって来たんだよ」
僕はホァナノにこの部屋にやって来た理由と、ソフィアが僕を裏切って何か企んでいることを話して聞かせた。
『なるほど、お前はあの人間の女に裏切られたのか。しかし…死者蘇生アイテムとな。確かにこの部屋に置いてあったが、奪われてしまったのだが…それがあの女だったのか。残念だが、あれはもう手に入れることはできないアイテムだ』
「地下迷宮のアイテムであれば、時間が経てば復活すると聞いたけど、違うの?」
『確かに通常のアイテムは儂等が作るか魔力を使って複製できる。しかし死者蘇生アイテムは、遙かなる昔サボ氏族が作った物なのだ。あれは魔力による複製もできないし、その製造方法と材料に問題があって製作することを永久に禁止されたのだ…』
「二度と手に入らないということか…」
ホァナノから死者蘇生アイテムが入手できないと聞かされ、僕はガックリとしてしまった。
『この地下迷宮に有ったものは失われたが、あれは十数個は作られたはず。まだ世界のどこかに眠っている可能性はあるだろう』
そんな僕を慰めるかのようにホァナノがそう言う。死者蘇生アイテムを入手できる可能性が残っている事が判り僕は気を取り直した。
◇
地下迷宮への魔力供給を終えると、ホァナノはパ○ルダーを床に着陸させた。
『ふぅ、これで迷宮の崩壊は免れた。お前の協力に感謝する』
ホァナノは僕に精霊人の仕草だろう、右手を上げて宣誓のポーズでお礼を言ってきた。
「僕も地下迷宮と一緒に消えたくなかったからね。…約束した通り、僕達の安全は保証…もう襲ってこないでいいんだよね?」
『儂らはちゃんと約束は守る』
「それなら。…じゃあ、後はソフィアが何処に転移していったのか探さないと。持ちだした魔力で彼女は何をするのか…まあ彼女は邪神の信者なので使い道は大体予想できるけど、それは阻止しないといけないだろうな」
『儂も奪われた魔力を悪用されては恥なので、あの人間の女が何処に行ったのか探すのには協力するぞ。…そろそろロンパンから連絡が有っても良いと頃合いだと思うのだが…遅いな。こちらから連絡を取ってみるか』
そう言って、ホァナノは懐から携帯電話の様な物を取りだして数桁の数字らしきものを打ち込んで耳に当てる。しばらくすると「何をしてるんだ」と喋り始めたのでロンパンと連絡が付いたのだろう。
ホァナノとロンパンの話を聞こうと思っていると、
『慶、ミシェルとリリー、エミリーの魔法を解除しました』
と"瑠璃"から通信が来た。マリオンと"瑠璃"は僕が魔力供給している間に彼女達の魔法を解除してくれていた。
『ありがとう、"瑠璃"』
魔法を解除した四人は気絶状態なので、エステル(マリオン)と協力して僕は部屋の隅に集めて寝かせておくことにした。ついでに気絶&拘束中のアーノルド達ももう一度念入りに拘束しなおして、武装も取り外しておいた。
◇
『あの女の居場所だが、迷宮の3階層にいることがわかったぞ。そこで"不死の蛇"の召喚の儀式を行っているみたいだな』
(予想通りだよな。邪教の信者が目指すのはお約束だしな~)
邪神の召喚…ゲームでも邪教の信者が起こす定番のイベントであり、世界の破滅を引き起こしかねない出来事のはずである。
しかしホァナノは近所で猫が集会を開いているとかのような気安い感じで話している。地下迷宮の魔力が奪われて暴走した時とは大違いである。
僕はそんな彼に違和感を感じ、
「"不死の蛇"の召喚って、邪神が復活…つまり世界の危機じゃないの?」
と尋ねた。
『世界の危機? そんなこと起きる訳ないだろ?』
しかし、ホァナノは何を馬鹿な事を言っているという感じで返してきた。
「え? 邪神が召喚されても問題ないの?」
『この世界の仕組みを知っていれば、神を召喚しても無駄なことだと判るのだがな。人間はその辺りが判ってない…いや知らないのだな。まあ安心しろ、世界の危機とかお前が気にしているような事は起きないぞ。それに邪神とお前は言っているが、それは人間が決めているだけで、儂等からすれば"不死の蛇"も単なる神の一柱にしかすぎないのだ』
「そ…うなのか?」
『ああ、そういうものだ。しかし儂が管理する地下迷宮で神を召喚するとは、いい度胸だ。なんとか召喚の邪魔をしてやりたいのだが…3階層では手頃な魔獣がいないな』
やれやれといった感じで肩をすくめてホァナノはため息をついた。
「君達は岩石巨人を自由に操れるよね。何体か送り込めば簡単に儀式を阻止できるのでは?」
『馬鹿者、地下迷宮では階層毎に出せる魔獣が決まっておるのだ。3階層に岩石巨人など出せるか!』
僕はホァナノに叱られてしまった。彼が言うには地下迷宮では階層ごとに出せる魔獣の種類や強さが厳格に決められており、それ以外の魔獣を出すのは禁止されているとのことだった。
「禁止って、君達がダンジョンを管理しているのに…それぐらい融通しても良いんじゃ…」
『儂等はあくまで管理者なのだ。規則は破れんのだ』
ホァナノにそう言われて僕は頭を抱えてしまった。
(融通の効かない学級委員長じゃあるまいし…)
「じゃあ、僕の時みたいに君達が魔法で邪魔をすればいいんじゃないか。今小人B…ロンパンが近くにいるはずだし」
『お前は他の氏族からの工作員の疑いがあったからな。彼奴等は人間だから儂等が干渉する事はできないのだ』
全くもって融通が効かない小人達であった。
どうやらソフィアの儀式を邪魔する小人達には無いみたいだった。
「…しかし、本当に"不死の蛇"が召喚されても問題無いのか?」
『奪われた魔力が全て召喚に使われるとして…儂の計算では、"不死の蛇"が召喚されるのは2-3分ぐらいだろう。それでは精々信者達をリッチやファントムなどの不死者にしてやることぐらいしかできないはずだ』
「その程度…いや、そんな高位の不死者が大量に発生することは問題じゃないのか?」
『この国は滅ぶかもしれんが、世界には影響は無い。まあ、迷宮に入る者が少なくなると儂等も退屈するが…しばらくすれば別な国ができるだろう』
(この国が滅ぶって。どれだけの人が死ぬんだ?)
どうやらホァナノは人間達にはあまり感心が無い様であった。人がどれだけ死んでも気にかけないみたいだった。
しかし国が滅ぶと聞いて、僕はソフィアがしようとしている"不死の蛇"の召喚を見逃すことができなくなった。王都にはイザベルやルーフェン伯爵がいる。いや、それ以前に多くの人がいるのだ。
「ホァナノ、僕をソフィアの所に転送することはできるかな?」
『地下迷宮内ならばこの部屋から転移可能だが…何故そんな所行くのだ?』
「もちろん、"不死の蛇"の召喚をやめさせるんだ」
『…"不死の蛇"が召喚されれば、お前は破壊…殺されるかもしれないぞ。お前とその仲間の安全は約束したが、それもこの部屋の中だけじゃ』
「彼女達を守ってくれれば良いよ。その後は僕の責任で行動するさ」
『ふん、人間ならもっと命を大事にするだろうに…やはりお前は人間じゃないな』
ホァナノは呆れたような顔をする。
「僕も命は惜しいけど、沢山の人が殺されるのを黙ってみているわけにはいかないだけだよ。それより急いで転移させてくれないか」
『判った。じゃあ、そこの魔法陣に入れ』
ホァナノが指さした魔法陣に入ると、彼は魔法陣に手をついて魔力を流し込み始めた。そして魔法陣が光り始める。
『転送するぞ』
ホァナノの掛け声と共に僕は転送された。
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