二人の傀儡
地下迷宮の魔力異常に気付いたのは小人Bであった。彼は魔力の流れを見ることができる。その能力によって小人Bは自分達の前後で魔力の流れがおかしいことに気付いたのだ。
『おい、言い争っている場合じゃない。魔力の流れがおかしいぞ!』
『また話題を逸らして…お前はいつもそうだな…』
『いや、そうじゃない。お前も魔力探知機を見ろ』
『何を言って…これは…』
魔力の流れを見ることができない小人Aは、操縦席の魔力探知機を見て驚く。探知機は小人Bの言う異常な魔力の集中を検出していた。
小人Aが前を見ると、ケイの身体が過剰な魔力の出力から発光していることが見て取れた。噴進拳を操るのに夢中でケイが日緋色金巨人を超える魔力を出力していたことに小人Aは気付いていなかったのだ。
しかしそれ以上に問題なのは、彼等の背後に集中している魔力であった。
小人達が後を振り向くと、地下迷宮を支える魔力がソフィアによって奪われていた。
『『何てこった』』
小人達は二人で絶句してしまった。地下迷宮の魔力を制御する魔法陣は彼等にしか操れないと思っていた。しかしソフィアはその魔法陣の役割を一目で見抜き、制御呪文を五年かけて解き明かしていた。もしソフィアが"不死の蛇"の信者でなければ、彼女は超一流の魔法使いとして歴史に名を残していただろう。
『早くやめさせるんだ』
『よし、頭部光線砲で彼奴を…駄目だ、あの位置では魔法陣と制御装置に当たってしまう』
小人Aは日緋色金巨人の武装を使って彼女を排除しようとして、思いとどまった。ソフィアが今いる場所は地下迷宮の魔力を管理する制御魔法陣と制御装置の前である。日緋色金巨人の武装は強力すぎてソフィアだけを排除することは難しい。もしあの魔法陣と制御装置を破壊してしまうと地下迷宮が崩壊してしまうだろう。
『こうなったら格闘戦で倒すしか無い』
小人Aはソフィアを排除すべく日緋色金巨人を操縦するのだった。
◇
《警告:前方にマナの異常集中を感知。300ミューオン/秒でマナが集まっています》
僕が日緋色金巨人に向かって走りだした直後に、ソフィアが居る辺りで魔力が集中しているとログに表示される。ソフィアの前の魔法陣には黒い玉が置かれそれに魔力が集まっているようだった。
(ソフィアは何をしているんだ。あの玉に魔力を集めているのか? …どうする、ソフィアを先に無力化したほうが良いのか?)
そう僕が躊躇していると、小人達もソフィアに気付いたのか後を振り向く。おかげで日緋色金巨人は無防備に僕に背後を見せていた。
小人達の会話からソフィアが地下迷宮の魔力を奪っていることが判る。それを阻止するために日緋色金巨人がソフィアに向けて動き出した。
(不味い、このままだとあいつにエステル達が向かってしまうぞ)
エステルとミシェルは、十中八九ソフィアを守れという命令を受けているだろう。そこに日緋色金巨人が向かえば、二人は巨人に戦いを挑むだろう。腕を失ったとはいえ日緋色金巨人は体当たりや蹴りで攻撃をすることもできる。それにあたってしまえば二人の命はないだろう。
僕は日緋色金巨人を先に倒す事に決めた。魔力を大太刀に通すと背後から巨人に斬りかかった。
踏み込んだ足が地下迷宮の床を踏み砕き、五メートルほどの距離を一足飛びに間合いを詰める。"ゴゥ"と空気を切り裂く音を聞いて小人Aが振り返るがもう遅い。日緋色金巨人の胴を大太刀で横薙ぎに切り払った。
「横一文字斬り!」
"カキューン"と音を立てて大太刀は装甲を切り裂く。しかし大太刀は日緋色金巨人の胴体の途中で止まってしまった。出力30%を持ってしても一撃で切り裂くことは出来なかったのだ。
日緋色金巨人は、外装は熱に強く硬度の高い日緋色金を使っているがその中身は弾力のある魔獣の素材が使われていた。その素材が大太刀の勢いを削ぎ、刀身の魔力を吸い取って行く為に大太刀は胴体を切り裂けなかったのだった。
『貴様、何をするんだ。今お前を相手にしている暇はない…』
「出力アップだ!」
小人Aが叫ぶが、僕はそれを無視する。こいつをエステルとミシェルの所に向かわせる訳にはいかないのだ。僕は更に心臓の出力を上げる。
《主動力:賢者の石 40.0%で稼働させます》
僕は出力の半分を腕に魔力を込めると、力任せに大太刀を振り切った。
"ザヒュッ"と大太刀は振り切られた。そして日緋色金巨人の上半身が"ゴトリ"と音を立てて床に落ちた。
『きさま、なんてことを…このままじゃ地下迷宮が崩壊するんだぞ』
『そうだ、我々の邪魔を…うぁあ、何をするんだ~』
日緋色金巨人を倒されて悪態を吐く小人AとBを無視し、僕は小人Bを左手で捕まえた。
何故僕が小人Bを捕まえたのか、それは小人Aに対して人質にするためである。日緋色金巨人は胴体を両断したのでもう動けるとは思えないが、小人Aが自棄になって何か仕掛けるかもしれない。人質はちょっと悪役っぽいがミシェルやエステルの安全を確保するためには仕方がない。
「悪いけど、君にはしばらく人質になってもらう」
『ヒィー』
小人Bにそう言って、彼を左手で捕まえたまま僕はソフィアめがけ飛び出した。
再度空気を斬り裂き、僕は部屋の中央からソフィアの元へ距離を詰める。猛烈なGがかかったため小人Bは『キュゥ』と悲鳴を上げて手の中で目を回してしまった。
ソフィアに対して僕は大太刀を振りかぶると、彼女は観念したのか目を閉じていた。
「キャァ」
「ウァッ」
ソフィアを叩き伏せようとした所で、僕は横合いからエステルの体当たりを受けてしまった。
僕の常人では付いてこれないスピードに対応できたのは、エステルが吸血鬼だったからだ。とっさのことであり剣を構える暇が無く体当りしてきたのだが、ソフィアの目前での僕の速度は時速200キロは出ていた。そんな状態の僕にエステルはぶつかってきたのだ、衝突の衝撃で僕とエステルはビリヤードの玉のように弾き飛ばされた。
(エステル、なんて無茶を…)
僕は弾き飛ばされゴロゴロと床を転がってしまった。エステルの方は壁まで飛ばされて激突して倒れている。
《衝撃を検知。ダメージは軽微です》
体当たりによって僕はかなりの衝撃を受けたが、心臓の出力を上昇させていたお陰かログではダメージは軽微と出ていた。小人Bは弾き飛ばされた時のショックで手放してしまいソフィアの近くに倒れていた。
「次はミシェルか!」
転がり終えて起き上がろうとする僕に今度はミシェルが襲いかかってきた。
ミシェルは小剣で僕に斬りつけて来る。その攻撃を紙一重で避け、僕は伏せた状態で彼女に足払いをかけたが、それをミシェルは後ろに跳んで避けた。その隙に僕はようやく立ち上がることができた。
起き上がった僕に再びミシェルが襲い掛かる。ミシェルは小剣で攻撃を繰り出すが、傀儡状態の彼女の攻撃は単調で避けるのは簡単である。
反撃をして無力化したいところだが、今の出力で迂闊な攻撃をするとミシェルは死んでしまう。
「ミシェル、攻撃を止めてくれ」
そう叫んでみたが、やはりミシェルに僕の声は届かない。
(一旦出力を下げて、それから気絶させるしか無いか)
《主動力:賢者の石 1.0%で稼働させます》
一気に出力を下げると身体から力が抜けて気だるく感じる。力加減を慎重に計り僕は左手でミシェルに当て身を喰らわせた。ミシェルは「くはっ」と呻くと、身体をくの字に折り曲げて倒れ気絶してくれた。
◇
ソフィアは魔法陣の前で呪文を唱え続けていた。
(あと少しで魔力が貯まる)
魔力の蓄積に関してはあと少しで終わろうという所で、ケイが黒鋼鎧巨人を倒し、アーノルド達を倒してしまっていた。それはソフィアにも見えていたが、魔法陣を操作するために呪文を唱えているる彼女にはどうすることもできなかった。
そして気が付くと部屋の中央の巨人がこちらに向かって動き出そうとしていた。ソフィアはミシェルとエステルの二人には誰も近づけるなと命じていたが、あの二人が巨人の足止めになるとは思えない。
(まずいです。このままでは…)
ソフィアが焦る中、巨人は数歩踏み出した所でその上半身が後ろに落ちた。
(えっ?)
突然の出来事にソフィアの集中が乱れ魔法陣の制御を失いそうになったが、彼女はなんとか持ちこたえた。
(…彼が倒したのね)
巨人の後ろに大太刀を持ったサハシが見え、ソフィアは巨人を倒したのが彼だと理解した。
しかしソフィアが安堵するまもなく、今度はサハシがソフィアめがけ物凄いスピード迫ってきた。ソフィアには、振り下ろされる大太刀に目をつぶることしか出来なかった。
"ドシッ"と鈍い音が響き、突風がソフィアを通り過ぎる。大太刀が降ってこない為ソフィアはそっと目を開けると、エステルとサハシが床に倒れていた。どうやらエステルがサハシに体当たりしてソフィアを助けてくれた様であった。
(助かったけど…呪文を中断してしまったわ。あと少しだったのに…)
さすがにソフィアもあの状況で魔法陣の制御を続ける事ができず唱えていた呪文も止めてしまった。玉に貯めることのできた魔力はかなりの量であるが、"不死の蛇"を降臨させるには若干足らない。
(もう一度呪文を唱えて…いえ、それは無理なようね)
今ミシェルがサハシに戦いを挑んでいるが、おそらく相手にもならないだろう。
ソフィアは玉を手に取ると、最後の手段として取っておいた指輪をまさぐった。そしてカチューシャに意識を集中すると、ディーノに連絡を取った。
『ディーノ様、今そちらに向かいます』
『ソフィア、待ちわびていたぞ。こちらの準備出来ているから早く来るのだ』
『ええ、"不死の蛇"の神官を待機させておいて下さい』
ソフィアはそう伝えると通信を終える。その間にミシェルはサハシによって無力化されていた。
そこにエステルが壁際で起き上がり始めたのにソフィアは気付いた。
「エステル、サハシを足止めするのです。それが出来なかった時、貴方は自害しなさい」
ソフィアはサハシに聞こえるようにエステルにそう命じた。そして彼女は最終手段として取っておいた転移の指輪を使用した。
転移の指輪はその名の通り使用者を迷宮の任意の地点に移動させる魔道具である。
ソフィアは指で指輪に掘られている魔法文字をなぞり魔力を込めて、ディーノが待っているであろう地下迷宮のある地点を思い浮かべる。転移の指輪はその力を開放しソフィアを転移させた。
◇
僕はミシェルを気絶させることに成功したが、その間にソフィアは玉を手に取り考え込んでいる風であった。猫耳がピコピコと動いているところから誰かと通信しているらしいことが判る。通信相手は"天陽神"の神官長であるディーノしかいないだろう。
魔力を貯めた玉を使ってソフィアが何をするのかわからないが、ろくなことではないだろう。僕はソフィアを倒してしまおうとしてそこで彼女の言葉を聞いて思わず立ち止まってしまった。
「エステル、サハシを足止めするのです。それが出来なかった時、貴方は自害しなさい」
エステルは壁に叩き付けられて重症を負っていたはずだが、吸血鬼の回復力は尋常ではない。彼女は何事もなかったかのように起き上がっていた。
(ソフィア、なんて命令を出すんだ!)
ソフィアの命令に従ってエステルは僕を引き止めにかかるだろう。ソフィアのこの命令に僕は怒り、咄嗟に彼女に大大刀を投げつけていた。大太刀がソフィアに当たると思われた時、彼女の姿が消えてしまった。大太刀は虚しく床に突き刺さった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。




