休息
最短ルートを通り、魔獣との遭遇も"瑠璃"やマリオンの偵察で厄介なものは避け、どうしても避けられない魔獣は、僕が瞬殺した。休息も最小限しか取らず、かなりの強行軍のペースで迷宮を進んだ事で、半日ほどで31階層へ続く階段の場所まで辿りつくことができた。
「そろそろ深夜って頃合いかな。皆も強行軍で疲れただろ? 31階層に入る前に睡眠を取らない?」
昼過ぎに地下迷宮に入ったこともあり、現在の時刻は0時を回っていた。そんな僕の提案に皆は頷いて賛成してくれた。戦いによる疲れは少ないが、攻略済みとはいえ半日で5階層も迷宮を進んだのだ、疲労していない理由はない。
地下迷宮で睡眠を取る場合、4,5時間交代で2回の見張りを立てて休息する。いつもだとエステル、ミシェル、エミリーと僕の4人で見張りをこなすのだが、何故か今まで見張りに入ったことのないソフィアと魔法を殆ど使わなかったリリーが、今回の休憩については見張りのローテションに入れて欲しい言い始めたのだ。
「ソフィアさんは依頼主なんだから見張りはしなくても…」
「そうだよ、依頼主に見張りをさせたとあっちゃ、冒険者としては…」
エミリーとミシェルがソフィアが見張りに立つ必要が無いと説得しているが、彼女は首を横にふる。
「何時も依頼主ということでローテションから外してもらっていますが、私も元冒険者です。それに今日は皆様に迷惑をお掛けしましたのでそのお詫びということで見張りに立たせて貰います」
そこまで言われたらしょうが無いという感じで二人はソフィアの説得を諦めた。
「リリー、イザという時に魔法が唱えられないのは困るからね」
「エステル、今日は魔法を殆ど使ってませんよ。そんなに寝なくても大丈夫です」
リリーも何故か見張りに立つ気満々である。
リリーとソフィアが見張りに入れば、3交代で6時間程度眠ることが出来るので、休息という意味では良い方向である。結局、ソフィアとリリーに押し切られる形で6人三交代の見張りで休息を取ることに決まった。
そして見張りのペアの組み合わせは、ソフィアが作ったクジ引きで決められることになった。何故か皆クジを引く顔が真剣であった。
『慶と組む人が大当たりなんですね』
と"瑠璃"が茶化しているが、彼女達が真剣な顔でクジを引いているので、僕は静かにその結果を見守るしか無かった。
クジの結果は…お約束通りという感じで僕はソフィアとペアを組むことになってしまった。
「嘘でしょ~」x4
エミリー、エステル、リリー、ミシェルの叫び声が部屋に響くのだった。
◇
僕とソフィアの見張りの順番は一番最後だった。見張りの順番まで二人は寝ることになるのだが、僕は一組目の見張りが終わる頃に起きると、ソフィアを抜いた4人で地下迷宮の状況について…特に"天陽神"の神官戦士達について話し合うことにした。
「"天陽神"の神官戦士だけど、本当に普通の神官戦士なんだろうか? 僕にはそう思えないんだ」
「あたいには、彼奴等は神官に見えないね。前にも言ったけど、暗殺部隊ッて感じだよ。"天陽神"の教会は、そんな戦力を密かに隠していたってことかな?」
ミシェルは眠っているソフィアの方を見てそう言う。
「教会がそんな力を持って良いわけがありません。それに魔獣とはいえ…あんな残酷なやり方で命を奪う様な神官は、おかしいです」
エミリーは神官戦士が魔獣を惨殺したことを問題視していた。
「それについてだけど…これを見てくれないか。"瑠璃"、あの画像を表示して」
僕は"瑠璃"にお願いして、魔獣の死骸の映像と死骸の側に書かれていた魔法陣を表示してもらった。
「こいつはさっきの?」
「先ほどの魔獣の死骸ですね」
「さっき魔獣たちの死骸がどうしたんだい?」
「酷い殺し方です」
エミリー達は映しだされた魔獣の惨殺画像に顔をしかめる。
「ここを見て欲しいんだけど、この魔獣の死骸の側に魔法陣が描かれているのが判るかな?」
「確かに…魔法陣に見えますね。でも魔法使いが使う魔法陣とは若干様式が異なるようです」
リリーが魔法陣を見てそう評価した。
「リリーが、魔法使いが使う奴と違うの? あたしには同じようにしか見えないけど」
「エステルも私の描く魔法陣ぐらい覚えておいて下さい。普通の魔法のための陣であれば魔法文字で魔法陣が構成されるはずですが、この魔法陣は魔法文字ではなく…」
「神聖文字で書かれていると思います。だけどこの神聖文字は、"天陽神"とも"大地の女神"の物とも違います」
リリーの言葉を遮り、エミリーが魔法陣に使用されている文字が神聖文字だと指摘した。
神聖文字とは神聖魔法の効果を上げるために使われる文字であり、神器などに書かれたりするものである。信仰する神によって神聖文字が異なっており、エミリーは"大地の女神"と"天陽神"、"豊穣の女神"など力のある神様の神聖文字を習ったそうだが、魔法陣に使用されている物はその中のどれとも一致しないらしい。
「魔法陣と神聖文字の組み合わせって聞いたことが無いです」
リリーもそんな神聖文字の使い方を知らなかった。
「神聖文字なのに魔法陣か…やっぱり"不死の蛇"が関係しているのかな。あの魔獣を倒した神官戦士は"不死の蛇"の信者じゃないかな」
「でも、あいつらは"天陽神"の教会が認めた神官戦士…なんだろ?」
僕の呟きにミシェルが反論するが、彼女もそのことを疑っているのか言葉に勢いが無い。
「疑わしいのですが、あの人達が魔法陣を描いたという確実な証拠はありません」
リリーの言うとおり、今のところ確実な証拠はないのだ。
「証拠は無いが、疑わしいのも確かだ。今地下迷宮には、そんな疑わしい神官戦士パーティが多数いるんだ。気をつけないと…何時背後から襲われるかもしれない。みんな注意して欲しい」
ソフィアの方を見ながら僕がそう言うと、エミリー達は頷いてくれた。
◇
話し合いの後、二時間ほど眠ると、僕とソフィアが見張りをする順番になった。
「…」
「…」
見張りにの間、僕は他愛もないお喋りをしながら時間を潰すのだが、ソフィアとはそう言った話のネタが思いつかず、二人は長い間黙ったままであった。
そんな沈黙が一時間ほど続いた後、ソフィアは唐突に僕に尋ねてきた。
「サハシ様は、本当に黒鋼鎧巨人を倒すことができますか?」
「それは…戦ってみないと判りません。ただ、勝つための力と方法は持っているつもりです」
「私は、五年待ちました。そして今回が黒鋼鎧巨人を倒せる最初で最後の機会ではないかと感じているのです」
ソフィアは僕の目をじっと見つめてそう言ってきた。その彼女の目は真摯な輝きに溢れていた。
(黒鋼鎧巨人を倒してほしいというのは、彼女の本心だろう。でも彼女が本当に求めているのは、"死者蘇生アイテム"なのかな? もし、"天陽神"の教会が"不死の蛇"の信者たちを使って何かを企んでいるとするとなると、僕達もその計画の中に組み込まれているのだろうか?)
ソフィアに見つめられながら僕は"天陽神"の教会の、いやソフィアが企んでいる何なのだろうと考えていた。
「その時は全力を尽くすつもりです。…ソフィアさんがそんなお話をされるのは、そろそろ目的の場所が近いということでしょうか?」
「…目的の場所、黒鋼鎧巨人のいる隠し部屋までは、あと少しです。実はこの休憩が終わった時に皆さんにその場所についてお話をするつもりでした」
僕の問いかけに対し少し迷った後ソフィアは答えた。
「では、部屋は31階層に?」
「いえ、31階層ではありません。…その部屋は31階層から32階層へと続く階段の途中にあるのです」
「そんな所に隠し部屋があったのですか」
「そうです。そんな場所にあったので今まで誰にも見つからなかったのです」
五年前、彼女達のパーティは31階層で魔獣に追われて32階層へ続く階段に逃げ込んだ。普通魔獣は階段に踏み込んでまで追いかけてこないのだが、その時はなぜか追いかけて来てしまったらしい。
仕方なくソフィア達は階段の途中で魔獣を迎え撃った。その戦いの最中に魔獣が妙に一箇所を守るように立ち回ることにパーティの盗賊が気付いた。
なんとか魔獣を倒した後、その部分を調べた盗賊は隠し部屋への通路を見つけたのだった。
「なるほど、そうやって隠し部屋を見つけられたのですか」
王都の地下迷宮だが、本当に地下に有るわけではなく、"無限のバッグ"の中身のように迷宮は別な空間に存在している。そして各階層は物理的に繋がっているわけではなく別々な空間に存在している。
そして、階層を繋ぐ階段は、空間同士をつなぐための転送の仕掛けが入っている、いわば通過型の転送陣のような物であるのだ。
この事は僕が地下迷宮を探索した時のセンサーの計測結果から得た情報であり、冒険者達はそんな事は知らない。
階段は、魔獣も入ってこないので、冒険者達が魔獣から逃げるためや休憩場所として活用されそうなものなのだが、そんな使い方をしない。エミリー達やソフィアもそんな使い方をしようと言わないので、僕は階段には何か精神に働きかける魔法がかかっているのかもしれないと考えていた。
「もしかして、追いかけてきたのはゴーレム系の魔獣では?」
「ええ、そう…確かに追いかけてきたのは岩石巨人でした。サハシ様、どうしてお判りになったのですか?」
(ゴーレム系の魔獣は精神系の魔法がかからないってのがお約束だからな。階段への進入禁止命令と、冒険者達が隠し部屋へ近づくことの阻止命令の順位付けが間違っていて、それで岩石巨人は階段まで追いかけてしまったのだろう)
30階層で出会った変な小人達、彼奴等ならそんな間違った命令をゴーレム達に入力していても不思議ではないだろうと僕は思った。
「31階層はゴーレム系の魔獣が多いと聞きましたので」
小人の事はまだ誰にも話していない。そこで僕は冒険者ギルドで見た地図に注釈として、31階層はゴーレム系の魔獣が多いと書かれていたのを思い出し、それでソフィアを誤魔化すことにした。
「確かに31階層はゴーレム系の魔獣と多く遭遇します。知っておられるとは思いますが、ゴーレム系は力が強く硬い身体をしており、倒すのは難しい魔獣です。ただ足が遅いので、逃げ切ることは可能です。この階層で冒険者は魔獣と戦うのではなく、逃げることを選択しています」
この世界、魔獣を倒しても経験値が得られレベルアップするわけでもない。冒険者が魔獣と戦うのは人々を守る依頼のためか魔獣の素材の獲得の為である。
ゴーレム系の魔獣は、中級の冒険者でも倒せる古木巨人や岩石巨人では売れるような素材が出ない。鋼鉄巨人や黒鋼鎧巨人はその死骸が素材として高値で売れるのだが、その強さと頑丈さを考えると倒せるような冒険者は上級以上のパーティとなる。
「サハシ様は確かにお強いのですが、本当に黒鋼鎧巨人を倒せるか…一度その剣の力を見せて頂けませんでしょうか」
ソフィアは僕の目を見つめてそう呟いた。
◇
休息が終わり、眠りから覚めたエミリー達にソフィアは隠し部屋について、そして31階層について説明した。
「階段の途中に隠し部屋ね~。そりゃ誰も気付かないはずさ。でも、魔獣の動きからそれを見つけるなんて、その盗賊は凄いね」
ミシェルは隠し部屋を見つけた盗賊に感心していた。確かに魔獣の動きだけでそこに何かありそうだと見つけ出したその盗賊は凄腕だったのだろう。
「31階層はゴーレム系の魔獣が多いのか…あたしやミリアムの武装じゃ倒すのは難しいね」
エステルが嘆く様に、ゴーレム系の魔獣には剣による攻撃が効果が薄い。ハンマー系の武装が良いのだが、パーティでそれを装備しているのは僕とエミリーだけだ。
「彼奴等は足が遅いからね。挟まれないように気をつけて逃げれば良いのさ」
ミシェルはそう言うが、今回はソフィアのお願いもあるので、僕は遭遇したゴーレム系の魔獣を倒そうと決めていた。
「今回は、逃げるのは最後の手段にしたいんだ。出会ったゴーレムは僕が倒すつもりだ」
僕はそう言って今まで使ってこなかった腰の大太刀を叩いた。
「えっ? ケイが強いのは判っているけど、ゴーレムを倒すのには時間がかかるし、やっぱり逃げたほうが…」
ミシェルは地下迷宮に入ったことがあるので、ゴーレムの力の強さや頑丈な事を知っている。戦いが長引くと周りから別のゴーレムが現れるかもしれないし、万が一にも攻撃が当たってしまったら大怪我どころが死んでしまうかもしれない。ミシェルはそれを心配しているようだった。
「大丈夫、エステルとミリアムは後衛の守りをお願いするよ」
「そういえばそれ一度も使ったこと無いよね」
「エステル、この大太刀は危険だからなるべく使いたくないんだ」
この大太刀は借り物ということもあるし切れ味が尋常じゃない…それに非常に目立つので僕はなるべく使わないようにしていた。
「剣が危険なのはあたりまえだけど?」
僕が言った意味を判っておらず、エステルは不思議な顔をしていた。
(この大太刀の切れ味を見せたら、みんな驚くだろうな)
切れ味を見れば僕が危険と言った意味も判ってくれるだろうと、ちょっと悪戯心が起きた僕は詳しい説明をスルーしてしまった。
休息を終え、準備を整えた僕達は31階層に降りていったのだった。
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