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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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神官長と聖戦

10/02 ラウ⇒ラオ

 地下迷宮(ダンジョン)に現れた"天陽神"の教会神官長は、輿の様な物に乗り地下迷宮(ダンジョン)の建物に入っていった。ソフィアも輿と一緒に建物に入っていくので、僕達も彼女を追って入って行く。


「ソフィアさん、何故神官長がこちらに来られたのですか?」


地下迷宮(ダンジョン)での聖戦に参加する神官戦士たちを鼓舞するためだと仰られて…私はお止めしたのですが、結局聞き入れてもらえませんでした」


 ソフィアが約束の時間に遅れたのは神官長を説得していた為だったらしい。高齢な神官長が、王都から地下迷宮(ダンジョン)に移動するだけでも大変である。それに"天陽神"の神官長がいると判れば、"不死の蛇"の信者が襲ってくるかもしれないのだ。ソフィアは此処に来るまでも神官長を説得していたのか、かなり疲れた様子だった。




 地下迷宮(ダンジョン)の建物の中は、昨日と打って変わって閑散としていた。地下迷宮(ダンジョン)の封鎖により、冒険者がいなくなれば商いもできない為、露店を開いていた商人や職人が店を閉まっているからである。かろうじて食糧や魔法の道具屋などが残っていたが、それも店仕舞いを始めていた。


「どうやら、さっき入っていった神官戦士たちが強引に商品を買っていったみたいだね」


 ミシェルが店仕舞いをしていた馴染みの商人から話を聞いてきた。どうやら神官戦士たちは聖戦のためにと言って、強引な値引きを強要して商品を買い占めていったらしい。


「そんなことを…聖戦だからといって何をしても良い理由はありません。"天陽神"ではそのような行為を許しているのでしょうか?」


 エミリーが"天陽神"の神官戦士の行いに対し怒りを露わにする。


「ちょっと、エミリー。声が大きい」


「ここは少し空気を読んで下さい」


「そんな…私は…モガフガ…」


 僕達の前には"天陽神"の神官長がいるし、周りは神官戦士が多数いる。"大地の女神"のシスターであるエミリーがそんな批判をすると色々とまずい状況である。エステルとリリーは慌ててエミリーの口を押さえてしまった。


 地下迷宮(ダンジョン)の入口近くに天幕が建てられており、神官長はその中に入っていった。天幕の周りは屈強な神官戦士によって取り囲まれており、僕達が近づける雰囲気ではなかった。


「サハシ様、すみませんが、ここで少しお待ちください」


 ソフィアは、一人で天幕の中に入って行った。


 :


「遅いね~」


「もうここでお昼食べちゃおうか」


「そうですね。ケイさん、お昼にしませんか」


「丁度この辺り空いてますし。」


 なかなか天幕からソフィアが出てこないため、僕達は外で待ちぼうけを食わされていた。体内時計を見ると、そろそろ12時である。


『慶、この天幕ですが、私達がすり抜けられません!』


『悪霊対策に魔法の布で作られているのでしょうね…』


 "瑠璃"とマリオンが中の様子を伺おうと透明モードですり抜けようとしたのだが、魔法の布で作られているらしく、彼女達がすり抜けることが出来なかった。

 それに音を完全に遮断する機能もあるらしく、僕の聴覚を持ってしても中の会話を聞き取ることは出来なかった。


(中の様子が伺えないか…)


「そうだね、お昼を先に食べてしまおうか」


 僕は神官長とソフィアの様子を伺うのを諦めて、お昼を食べることにした。


 僕達は、露店が立ち去って開いた場所にシートを引くと、準備してきた昼食を食べ始めた。天幕の回りにいる神官戦士たちの視線が突き刺さるがそれだけで、誰も文句を言っては来なかった。


 :


 結局ソフィアは、僕達がお昼を食べ終えた頃に天幕から出てきた。


「申し訳ございません。話が長引いてしまって。皆さん、お昼を…」


 ソフィアは僕達が昼食を食べ終えてしまった様子を見てガックリとしていた。地下迷宮(ダンジョン)に入る初日のお昼は僕の手作りサンドウィッチである。初回の昼食限定のサンドウィッチは、ソフィアも気に入っており毎回楽しみにしていたらしい。


「うん、美味しかった」


「地上だとゆっくり食べることが出来て良いよね」


「ええ、地下迷宮(ダンジョン)内だと、やはり落ち着きませんからね」


「お茶はいかがですか?」


 僕達がまったりと食後のお茶を飲んでいる姿を見て、ソフィアはガックリとして地面に座り込んでしまった。


(食べたかったのなら…言ってくれれば残しておいたのに…)


 食後のお茶をソフィアに勧めながら僕はそう思うのだった。





 現在僕達は31階層を目指して進んでいる。1階層の転送陣から25階層に向かって進んでいるのだが、僕はソフィアの頭の上で動く猫耳が気になって仕方が無かった。もちろん、ソフィアが突然獣人になったわけではなく、猫耳の着いたカチューシャを彼女が着けているのだ。


「それは…魔道具なのですか?」


「ええ、これは頭に付けておけば、付けた者同士で声を出さずに会話ができる魔道具です。複数人で着ければ全員で意思の疎通が図れるという便利な物なのですが…この形が独特すぎて男性の方には評判が悪いようですね」


 猫耳カチューシャは通信を行う魔道具であった。どうやら神官長がソフィアと連絡を取るために用意してきたものらしい。時々耳がピクピク動くのは通信をしているのだろう。


「相手は神官長様ですか?」


「はい、地下迷宮(ダンジョン)の様子を知りたいと仰せだったので…できれば自分(神官長)も入りたいと仰って、それは何とか思いとどまっていただいたのですが、その代わりにとこれを私に渡されたのです」


 ソフィアが見聞きした地下迷宮(ダンジョン)の様子を通信アイテムで神官長に報告しろということらしい。

 ソフィアがそのカチューシャを着けている姿は、妖艶な猫耳美女であるが、その会話をしている相手があの神官長で、その頭に同じ物が乗っている。それを想像して僕はげんなりとしてしまった。



 そんな話をソフィアとしながら地下迷宮(ダンジョン)を進んでいるのだが、僕達は油断しているわけでない。"瑠璃"とマリオンに偵察してもらっているので魔獣に不意打ちされることもなく、作成した地図から最短ルートで31階層に向けて進んでいた。


「これでトドメだ~」


 僕はそう叫ぶと、27階層で通路を塞いでいたトロールの頭を七節棍で粉砕した。25階層から28階層にかけてはトロールやミノタウロスと言った巨人系の魔獣が通路を彷徨(うろつ)いているのだが、概ね単体で出現する。僕の新武装である七節棍の試し斬り…いや殴りに調度良いので、色々と戦いかたを試させてもらっていた。


 新武装の七節棍、最初は使っていて振り回される感じであったが、何回かの戦闘でうまく使えるようになってきた。魔獣の素材で作られた七節棍は、力加減と魔力(マナ)の込め方で自在に動き、時にはフレイルのように、時には棍のように、そして鞭のようにも使える。また魔力(マナ)を込めてから一気にそれを散らすと紐の部分がゴムのように伸び、大きく間合いを伸ばせることも判って来た。最大で10メートル、つまり5倍の長さに伸ばせるので、うまくすれば魔獣を近寄らせること無く倒すことが出来る。


「ケイ…昨日買ったって言ってたけど、何処でそんな妙な武器を手に入れたの?」


 エステルは七節棍の変化自在な戦い方に驚いていた。


「七節棍って言うラオの国の武器だよ。昨日、壊れた槍の代わりの武器を探してて、新しく開いていた武器屋で見つけたんだ」


「ラオの国の武器? 初めて見たけど便利そうだね。あたいにも使えるかな?」


 ミシェルもラオの国の武器は見たことが無いようで、興味深そうに僕が振るう七節棍を見ていた。


「ミシェルには重すぎて使うのは無理だと思うよ」


 試しに持たせてみたが、ミシェルは魔力(マナ)による身体活性化を腕力よりも脚力に、速度重視に使っており、10kgもある七節棍は振り回すのも難しそうだった。


「もっと軽けりゃ使えるんだけどね」


 ミシェルは悔しそうに僕に七節棍を返してきた。

 エステルも試しにと七節棍を使ってみた。吸血鬼(ヴァンパイヤ)であるエステルは、腕力も十分あるのでミシェルと違い振り回す事が可能である。しかしエステルが七節棍を使いこなすには器用さが足りなかった。力任せに振り回して自分の身体に巻き付けてしまっていた。





 25階層から30階層の道程では数組の"天陽神"の神官戦士パーティとすれ違った。"天陽神"の教会は冒険者ギルドから大枚を叩いて地下迷宮(ダンジョン)の地図(もちろん僕が書いた物の写し)を購入していた。しかし地図が有っても地下迷宮(ダンジョン)を探索するには、階層に移動する為のキーとなるアイテムが必要であり、それは短期間で入手できるものではない。

 彼らがどうやってこの階層までやって来られたのか不思議に思っていたのだが、


「キーアイテムを王都を離れる冒険者パーティから買い取ったのです」


 とソフィアが僕に教えてくれた。


「そんな…よく冒険者たちが売ってくれましたね」


「ええ、おかげで"天陽神"の教会の財政は一気に悪化しました…」


 ソフィアは苦笑いしながらそう言った。


(貴族が信者なだけあって、金に飽かして買い取ったのか。どれだけ掛かったのか聞きたい気もするが…)


 さすがに最前線(50階層)のキーアイテムを売るような冒険者はいなかったらしい。"天陽神"の教会が入手できたのは25階層までのキーアイテムだけであったが、それでも数十組分は確保できたようだ。


 僕達が出会った"天陽神"の神官戦士パーティは、皆王都外から来ている者達で構成されていた。ただ、盗賊だけは王都の盗賊ギルドから派遣されたベテランと思しき年寄りの盗賊が入っていた。


「あの盗賊、何か怯えていたね」


 ミシェルが何組目かの神官戦士パーティとすれ違った時に、そのパーティの盗賊が妙に緊張していた事に気付いた。僕もそのパーティが地上であった時よりも濃密な邪気、いや狂気を纏っている様な気がしていた。


 ベテラン盗賊が怯えていた理由は程なくして判った。

 僕達は神官戦士パーティが倒したと思われる魔獣の死骸を見つけてしまった。


「さっきの奴らが殺ったんだろうね」


「魔獣だからといっても、これは酷いね」


「「…」」



 先ほどのパーティが出てきたと思われる部屋に入ると、濃密な血の匂いが充満していた。部屋の光景を見て、エステルとミシェルは顔をしかめ、リリーとエミリーは絶句していた。

 倒されていたのはトロールが二匹とミノタウロスが一匹であった。普通魔獣を倒した後、素材などを剥ぎ取るために解体することはあるが、トロールとミノタウロスはそんな部分は全くないので倒されたまま放置されるのが普通である。

 僕の目の前には綺麗に解体されたトロールとミノタウロスの死体が転がっていた。


「確かにトロールは再生力が高いから何回も斬りつけるかもしれないけど、首を落として後、手足も切り落とす必要は無いだろうに」


「…」


 首を落とされ、手足をも切り落とされた魔獣の死骸の前で僕はソフィアに聞いたのだが、彼女から返事は無かった。





 魔獣の死骸を見ていてもしかたがないので、さっさと部屋を通り抜けようとした時、"瑠璃"が僕に話しかけてきた。


『慶、あれは何でしょうか?』


『"瑠璃"、何か見つけたのか?』


『あの死骸の側に…何か魔法陣のような物が描かれています』


 "瑠璃"からその画像が送られて来たので僕はそれを確認した。死骸の状態が酷い有様だったので"瑠璃"に指摘されるまで気付かなかったが、そこには小さく魔法陣らしき物が描かれていた。


『確かに魔法陣に見えるな。魔獣の血で書かれているのか…』


 神官は不死者(アンデッド)にならないようにお祈りはするが、魔法陣など描くことはない。現にエミリーもソフィアもそんな事をしたことはない。


(本当に彼等は神官戦士なのか?)


 僕には地下迷宮(ダンジョン)を彷徨く"天陽神"の神官戦士達が不気味な存在として思えてきたのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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