教会の動向
「あれはさすがに無いんじゃない」
「そうですね、一方的過ぎます」
「あれが"天陽神"の神官の本心ですか?傲慢すぎます。」
エミリー達はソフィアの態度に物凄く怒っていた。頭の上に"怒"という文字が見えるようである。
『…"瑠璃"、そんなエフェクト見せなくて良いから…』
気が付くと"瑠璃"が僕の視界に干渉して"怒"の文字を表示していた。
「「「ケイはどうするつもりなのですか?」」」
一頻り怒った後、三人は僕に詰め寄って尋ねてきた。僕はエミリー達の怒りも最もだと思っていたが、しばし考え込んで、
「僕はソフィアの言う通りにするつもりだ」
と彼女達に告げた。
「「「えーっ」」」
僕の答えにエミリー達はひっくり返らんばかりに驚いていた。
「どうして? ケイおかしいよ」
「ケイさん、おかしいです。本当ならこんな依頼断っても良いのですよ」
「あんな傲慢な態度を取る人に何故従うのですか? もしかしていつの間にかソフィアさんに誑かされてしまったのですか…」
三人は口々に僕に不満気な口調で質問してくる。
「いや、エステル、誑かされてなんかいないし。依頼を断らないのは、断ってしまうとエステルを助けるための情報が入手できなくなる。それは避けたい。それに、受けておかないと"大地の女神"の教会への嫌がらせが再開されるだろう?」
「それは、そうですが…」
「あたしの為にあんな女の言うことを聞くのは…」
「教会の方は頑張れば…きっと何とかなります」
「それに、さっきのフィアは何か様子がおかしかったと思わないか。…30階層でソフィアは、『地上に戻って休息を取ったほうが良い』と言ってたよね。それなのに『明日も地下迷宮に入ります』と言い出すなんて変だろう」
僕はエミリー達にさっきのソフィアの態度に感じた違和感を説明した。
「…そうですね。彼女の態度は、地下迷宮に居た時と違いますね。ケイの言うとおり、何か心境の変化があったみたいですね」
リリーもソフィアの態度の変化に気付いてくれた。
「ソフィアが"地下迷宮に入っている間に天陽神"の教会の方で何か事情の変化があったんだと思う。それでソフィアは焦って、僕達に明日も入ると伝えに来たんじゃないかな?」
地下迷宮を出た後、ソフィアは"天陽神"の教会に戻って事情の変化…この場合は"不死の蛇"の信者を"天陽神"の教会で処理するという決定…を聞かされ、それが彼女の目的の"死者蘇生アイテム"の確保に影響を与える為焦っているのではないだろうか。
この僕の推測が当たっているなら、おそらく"死者蘇生アイテム"は31か32階層にあると思うのだが、それはソフィアに聞いてみないと判らない。
「でも、明日から地下迷宮は冒険者が入らないんだろ。しかも"不死の蛇"の信者までいるんだ。今までより危険じゃないかな?」
エステルの危惧も最もであるが、僕はそこまで危険が増えるとは思っていなかった。
「魔獣との遭遇確率は高くなるかもしれないね。"不死の蛇"の信者の方は、僕達が入る前からいたし、"天陽神"の教会の神官戦士達もいるから…大きく危険が増えたとは言えないかな。こっちには"瑠璃"やマリオンがいるから不意打されることもない。見つけたら避けてもいいしね」
地下迷宮の魔獣の数やトラップが元の状態に戻るタイミングは数時間単位らしい。つまり、多数の冒険者が探索している階層であれば別だが、数組の冒険者パーティが探索しているような階層では、魔獣との遭遇率やトラップに遭遇する確率はあまり変わらないだろう。
「とりあえず、明日地下迷宮に入って見ないか。それ以後は明日の様子次第で決めたいんだけど?」
エミリー達は顔を見合わせて考え込んでいたが、最終的には僕の提案に乗ってくれた。
◇
宿に戻った僕達は明日の準備をしていた。
準備と言っても食糧などの消耗品の補充であり、それも終わりそろそろ夕食という時間にミシェルが盗賊ギルドから戻ってきた。
「ふぅ、なかなか厄介な事になっているみたいだよ」
盗賊ギルドでミシェルは色々情報を集めてきてくれたようだ。夕食前に部屋でミシェルが集めてきた情報を聞くことになった。
:
「まず盗賊ギルドの方だけど、"天陽神"の教会に協力すると言うのは本当らしい。ただ、主だった盗賊は自分達が所属する冒険者パーティと共に王都の外に出て行ったみたいで、ギルドが派遣するのは年寄りか若手のどちらかになりそうだね」
盗賊ギルドの実働メンバーはギルドに収める金を稼ぐために活動中で、地下迷宮に入ることが出来なくなったため、所属する冒険者パーティと共に地方に出稼ぎに行ってしまったようだ。そのため今ギルドが出せる手駒は、非合法な稼業(暗殺とか麻薬販売)と色事関係しか残っていかった。もちろんそんな連中が地下迷宮に入れるわけもなく、結局新人とそれに技術を教えている引退間近の年寄りが派遣されることになったのだ。
「そんなんで、地下迷宮探索が出来るのかな?」
リリーが小首を傾げている。
「新人はまだしも、年寄りの方は腕はいいからね。戦力さえちゃんとしていればなんとかなるだろう。…でも"天陽神"の方がどれだけ戦力あるのか…」
ミシェルは困ったような顔をしていた。
「やっぱり役に立たない?」
ミシェルはエステルの言葉に頷く。
「普通に教会にいる奴らは、貴族の子弟だからね。先ず役に立たない…よくて新人冒険者並ってところだね」
「そうすると、地下迷宮を探索するのはむずかしいな。"天陽神"の教会は何を考えているのだろう」
「ケイの言うとおり、今のままじゃ無理だとあたいも思うよ。だけど、ここ数日で地方の"天陽神"の教会から王都に人が集まってきているみたいなんだ。どうもそいつらが地下迷宮探索の主力らしいんだ」
どうやら地方にある"天陽神"の教会に所属する神官戦士が王都に集まってきているようだ。彼らは地方の教会で布教活動や魔獣の討伐を行っていたが、今回の"不死の蛇"の信者討伐のために呼び集められたと"天陽神"の教会から通達が有ったとの事だった。
(呼び出す為の時間を考えると、"天陽神"の教会は僕達が報告する前に"不死の蛇"について知っていたことになるな)
「なるほど、そんな人達が居たのですか。それなら地下迷宮も何とかしてしまうかもしれませんね」
リリーがミシェルの話に頷いていたが、その横でエミリーが怪訝な顔をしていた。
「私は"天陽神"の教会の事はあまり詳しくありません。でも地方の"天陽神"の教会は、信者も少なく小規模な物と聞いています。そんな教会に冒険者に匹敵するだけの神官戦士がいるとは思えないのですが?」
「でもねー。盗賊ギルドの報告じゃかなりの人数が集まってきているらしいよ」
エミリーの疑問にミシェルは実際に人が集まっている状態だと説明する。
「まあ、明日ソフィアに会って聞いてみるしか無いだろうな。それに神官戦士とは地下迷宮で会うだろう」
「あれ? 明日も地下迷宮に入るの? ソフィアは休みたいと言っていたよね」
ミシェルにはソフィアの話をまだしていなかった。僕はミシェルに冒険者ギルドでの遣り取りを話して聞かせた。
「彼女も強引だね。この状況なら普通は依頼は中断か休止だと思うんだけど…ケイの言うとおり何か急いでいるとしか思えないね」
ミシェルも僕と同じく、ソフィアが焦っていると感じたようだ。
「そろそろ目的の場所が近いので、ソフィアは焦っているんだと思うんだ」
「なるほどね。もしかして他の神官にアイテムを取られるとか考えているのかね~」
「さすがにそれは無いと思うけど…」
ソフィアの事情については僕達だけで話し合っても埒が明かない。推測だらけの話になってしまうので、とりあえずそこで話を一旦切り、夕食を食べに出かける事にした。
◇
久しぶりの地上での食事、懐も温かいので(金貨55枚払ったばかりだけど、地図を売って稼いだお金はまだ有る)料理の美味しそうな店を選んで入ったのだが…何故かそこでイザベルとゴンサレス、アベル、ヘクターというお久しぶりな面々と出会ってしまった。
「おや、ケイさんお久しぶりですな」
「ケイさんのところは相変わらず華やかですね」
「ずいぶん稼いでいるって噂ですが…」
「ケイさん、お久しぶりですね」
イザベルが僕のパーティメンバーをじろりと睨んで、刺のある声で挨拶をしてくる。
(あれ、イザベルの機嫌が悪いな?)
「(商会に顔を出さなかったからですよ)」
イザベル達と会うのは、商隊の王都到着のお祝いパーティ以来である。僕達が地下迷宮に入るのに忙しかったのと、商会も大水晶陸亀の素材の売買で忙しいだろうと思って支店の方に顔を出さなかったのだが…それが原因でイザベルが不機嫌であるということをゴンサレスさんに耳打ちされてしまった。
「お久しぶりです。皆さんお元気そうでなりよりです」
挨拶だけ交わして、僕達は離れたテーブルに座ろうと思ったのだが…店員が知り合い同士だと気を利かせたらしく、直ぐ横のテーブルに僕達を案内してくれる。
(気を使わなくても良いのに~)
店員に僕の心の叫びは聞こえないのであった。
:
「今日は何かのお祝いですか?」
ギーゼン商会とゴディア商会のトップが集まっているのだから、何か有ったのだろうかと尋ねたところ
「今日はアベルの送別会ですの」
とイザベルから返事が返ってきた。大水晶陸亀の素材の商売も軌道に乗ってきたので、王都からアルシュヌの街に戻る商隊を出すのだが、その指揮をアベルが取ることになったらしい。
「私、明日商隊と共にアルシュヌの街に戻ります。本当ならこっちに残るはずだったんですけどね~。商会主が本店に居なくて良いのでしょうか?」
アベルはイザベルをチラチラと見ながらそう言ってる。イザベルは明後日の方向を向いて聞かないふりをしていた。
(アルシュヌの街にを出発する時は、イザベルが帰る予定だったはずだよな。無理を言ってアベルに代わらせたのか…)
「本当ならそうなんでしょうけど…大水晶陸亀の素材の売上が半端ではないので…イザベルさんがこちらにいてもらったほうが助かります」
ゴンサレスがそう言ってため息をつく。どうやらこの件に関しては商会の方でかなりもめたのだろう。
「ケイさんが、地下迷宮に入り浸って商会に顔を出さないのがいけないのです。本当なら今日もアベルさんの送別会に及びするはずだったのに…でも偶然とはいえ、ここで出会えるなんて、まだ縁が切れてないようです」
イザベルはそう言ってエールを飲み干していた。少し酔いが回っている様で話が顔を赤くして僕にしなだれかかってくる。
「ちょっと、ケイから離れなさい」
「ケイもデレデレしない」
「ケイさん、こっちの席に移動して下さい」
「…ケイも大変だね~」
エミリー達に引っ張られてイザベルから遠い席に移動される僕をミシェルが笑っていた。
:
その後は普通にアベルの送別会ということで料理とお酒を楽しんだ。
その席で僕はゴンサレスに現在地下迷宮で起きていること、つまり"不死の蛇"の教団の話をして、何か知っていることが無いか聞いてみた。
「"不死の蛇"ですか。六年前に王都で大きな捕物があった事は知っていますが、それ以上は…。それよりも"天陽神"の教会の動きのほうが私には解せませんね」
「と言うと?」
「私は冒険者時代、そして商人になってから多くの街を巡りましたが、そんな街々の"天陽神"の教会に優秀な神官戦士がいたという話は聞いたことがありません」
「…ではいま街に集まってきている神官戦士は…」
「私の情報も数年前の物ですので、それから神官戦士の育成に力を注いだのかもしれません。迂闊なことは言わないほうが良いでしょう」
"天陽神"の教会の信者の大半は貴族である。あまり批判めいた事を言うのは商人としては不味いのだろう。ゴンサレスはそれ以上のことを話さなかった。
申し訳ないです、あまり話が進んでません。
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