ダンジョンキーパー
小人達はドワーフを縦に縮めたような三頭身の体型で、赤い三角帽をかぶり布製のブーツを履いていた。本当に絵本から抜け出してきたような小人であった。
(小人がいるなんて聞いたこと無いな。しかも何をしているんだ?)
僕は気付かれないように小人達の行動を観察することにした。
『本当にこいつが11号の誤動作を引き起こしたのか?』
『11号の映像記憶と魔力計測器のデータを見るに、こいつが原因としか考えられないよ』
胸の辺りに乗っている小人(僕は区別のためにこいつを小人Aと呼ぶことにした)が、そう言って僕の外部装甲を触っている。
『しかしこの鎧何でできているんだ? ミスリルでもアダマンタイトでもない。金属というか魔獣の素材みたいだが…不思議な素材だ』
小人Aはどうやら僕の外部装甲の材質に興味があるようで、懐から金槌のような物を出して叩き始めた。
『さっきこいつの体内で魔力が上昇したよね。人間とは思えない魔力量だった。やっぱりゴーレムだな』
頭の上に乗っていた小人(こっちは小人Bと呼ぶ事にした)は、小人Aのところに寄って行って同じように僕の身体を調べ始めた。小人Bは魔力を目で見て取れるのか目を細めて心臓のあたりを見ている。
『このゴーレム、大物の魔獣の核を使った魔力炉を内蔵しているようだね。物凄い出力だ。そのせいで11号が誤作動したのだろう』
『あいつが"主帰還"なんてシグナルを出すから、びっくりしたけど、単に魔力の量だけで判定しちゃったのか。今度彼奴等の魔力センサーを調整し直さないといけないな』
小人達の話を聞いて、僕はどうやら11号と言うのは11階層の岩石巨人のことらしいと気付いた。岩石巨人が動いたのは、僕の心臓=賢者の石が大量の魔力を放出していたせいだということも判った。どうやらあの岩石巨人は一定以上の魔力出力を持つものが近づくと動く仕掛けだったようだ。
『この刀は…何処の氏族が作ったんだ? いい出来だな。普通の人間がこんなもの持っているわけがない。やっぱりこの迷宮にちょっかいをかけるつもりの氏族がいるようだ』
小人Aが僕の腰の大太刀に気付いて、鞘から出そうとしていた。ヴォイルから借りている大太刀が、彼らと同じ種族によって作られたと思っているようだ。
『とりあえず、こいつをこのまま放置するのは不味いな。持ち帰って誰が作ったのか分解して調べよう』
『そうだね、何処の氏族が送り込んだのか調べないと。最近この階層で魔力が変な風に消費されているのは、こいつが原因かもしれないな』
小人達は、僕が誰かによって作られたゴーレムと思っているようだ。そしてこのままでは僕は小人達に運ばれて分解されてしまうらしい。
(このままじゃ不味いな。……言葉は通じるみたいだし、とりあえず話しかけて誤解を解いてみるか)
「済まないが、分解はやめて欲しい。僕はゴーレムじゃない、人間だ!」
僕が話しかけると、小人達はビクッとして僕の方を見た。
『もう眠りの魔法から覚めたのか。しかも僕達の事が見えている?』
「まさか話も聞かれていたのか?』
小人達は慌てて僕から飛び降りると部屋の隅の方に走っていった。
『慶、誰と話をしているのですか?』
どうやら"瑠璃"には小人達が見えないし声も聞こえないようだった。
『"瑠璃"、君には彼らが見えないのか?』
『何も見えませんが?』
僕の視覚は幻覚系の魔法に引っかからない。だから小人達が見えたのだろう。"瑠璃"には僕の視覚と聴覚の情報を転送する。
『小人ですか?』
『僕が眠らされて拘束されたのは彼らがやったようだ。言葉は通じるみたいだからとりあえず話しかけてみるよ』
"瑠璃"にそう言って、僕は再び小人達に話しかけた。
「君達に危害を加えないことを約束するから、この拘束を解いてくれないか?」
『ふぅ、この姿隠しの魔法が見破られるとは…やはりこいつはプナ氏族あたりの作ったゴーレムだろうな』
「いや、チャ氏族のゴーレムという線も捨てがたい」
しかし二人の小人は僕の呼びかけに答えてはくれなかった。僕が動けないのを確認すると、近寄ってきて二人で何か話し合っていた。
「すみません、僕の話を聞いてもらえますか?」
『本当に人間みたいに話すな。本当に人間なのかも…』
小人Aは僕が人間じゃないかと思ってくれたようだが、
『人間にまぎれてこの迷宮に進入するんだ、その程度の仕掛けはしてあるだろう。しかしプナ氏族はずいぶんとゴーレム制作の腕を上げたと見える。外から見えているところは本当に人間そっくりだ』
小人Bの方は、あくまで僕をゴーレムと思っているようだった。
『いや、プナ氏族にはこれだけの技術はないよ。ヤハ氏族が技術を提供したんじゃないかな』
『ホムンクルスの技術を流用したのか…』
「あの、話を聞いて下さい」
…
小人達は僕の話を聞く気は全く無い様であった。再び僕の身体を調べながら勝手に二人で話している。
(少しは話しを聞けよ。いい加減腹が立ってきたな。…こうなったら自分の力で何とかしてやるか)
小人達が拘束を解いてくれそうにないと思ったので、僕は力任せに拘束を解くことにした。
(このロープ、ドラゴンでも大丈夫と小人は言っていたが、出力を上げていけば切れるだろう)
僕はロープを引き千切るために賢者の石の出力を上昇させ、手足に力を込めていく。
《主動力:賢者の石の出力アップ 5.0%…8.0%…10.0%》
『うぉ、魔力が上昇してきたぞ』
小人Bが慌てて後ろに飛び退る。
『力任せに僕のロープを引きちぎるつもりか? 無理に決まってるだろ』
小人Aは、自分が作ったロープの強度に自信を持っているのか、馬鹿にしたような顔で僕がもがくのを見ていた。
《 12.0%…14.0%…16.0% 》
心臓の出力を上げた為に僕の身体は薄っすらと光り始めた。そしてロープもミシミシと音を立て始める。小人Aの顔が引きつりはじめ、小人Bは大量の魔力に当てられたのか苦しそうにしている。
『こんな事が…僕のロープがこんなに容易く切れるのか?』
小人Aはロープが今にも切れそうな事に驚きの声を上げていた。
《 18.0%…20.0% 》
出力を20%まで上昇させたところで、身体を拘束していたロープは一気に千切れ飛んでしまった。
『『ひぃ~』』
小人達はロープが千切れ飛ぶと、びっくりして後にゴロゴロと転がっていった。自由になった僕は、慌てて起き上がるとその小人達を追いかけた。
「いい加減話を聞いて欲しいんだが」
『うぁ』『離せー』
慌てて逃げ出そうとした小人A、Bだが、僕から逃げ切ることは出来ず捕まえられてしまった。僕は小人の首筋をつまんで目の前にぶら下げた。
『猫のようにわれらを扱うのは止めるのだ』
『そうだ、ゴーレムのくせに我らダンジョンキーパーであるアハ氏族に無礼を働くな』
ぶら下げられて小人達は、ムッキーという感じで怒って暴れていた。
「僕は人間だ。それより君達は何者なんだ?」
僕は二人を睨みつけて尋ねたが、
『捕虜の扱いは南○条約に従ってもらおうか』
『黙秘権を行使する』
口笛を吹く真似をしながら小人達は惚けたことを言い始めた。
(なんだよ南○条約って。しかも黙秘権って…。このまま捻り潰したくなってきたぞ。…いや、小人とは言え人の言葉を話すんだ、そんな生き物を殺すのは嫌だな。それよりも、こいつらはダンジョンキーパー、つまり地下迷宮を管理している奴らだ。うまくすれば"死者蘇生アイテム"について聞き出せるかもしれない)
「このまま君達を握りつぶすのは簡単だけど、僕は人間だからそんな事はしない。君達が何者か、そして何故僕を襲ったのか教えてくれないか」
僕は目線を合わせ静かに小人達に話しかけた。小人達は顔を見合わせて何か相談していた。
『本当にゴーレムじゃないのか?』
『嘘だろう。こんな魔力を持った人間がいるはずがない』
『だが、話ぐらいは聞いてやっても…』
『忘れたのか、もし人だったら…我々の正体を知られるわけにはいかんのだ』
『そうだったな。こうなったら…』
『仕方ない…』
小人達は互いに左右の手を握って前に突き出して叫んだ。
『『バ○ス』』
「いや、話を聞いてくれよ。というか、それは破滅の呪文!」
小人達が叫ぶと同時に手が光り輝き、僕の視界は真っ白に塗りつぶされてしまった。
そして地下迷宮は崩壊を始め………無かった。
『きゃー、目がぁ、目がぁ~』
僕の視覚情報を共有していた"瑠璃"が、VR空間内で○スカの真似をして目を押さえて転げまわっていた。
『"瑠璃"、そんなことしなくていいから』
《光学センサーがオーバーフローしました。回復まで後20秒…19,18…》
二十秒経過して視覚が戻った時には、僕の手から小人達は消え失せていた。
(自爆じゃないよな…逃げ足の早い奴らだ。しかしバ○スが地下迷宮崩壊の呪文じゃなくてよかったな…)
辺りを見回すと、エミリーは何も知らずにスヤスヤと寝ており、他のメンバーも眠っている。引き千切ったはずのロープも跡形も無く消え失せており、まるで先ほどの出来事は夢であったかのようだった。
(でも映像データとか残っているし夢じゃないよな~)
『"瑠璃"、さっきの奴らは何だったんだろうね。』
『地下迷宮を管理しているようでしたが…私にも良くわかりません。リリーと地下迷宮に付いて調べていた時にも聞いたことがありません』
小人達の正体については二人で首を傾げて悩んだが、この事は宿に戻るまでエミリー達にも話さない事にした。
(話せばエミリー達は信じてくれると思うけど、ソフィアが居る時に話すのは止めておこう。しかし人の話を全く聞かない奴らだったな。もう二度と会いたくは無いが…また出てきそうだな)
その後は何事も無く時間が過ぎ休息は終わった。魔法が解けて目覚めたエミリーは、何が起きたか判っておらず自分が寝てしまっていた事を僕に謝っていた。
◇
30階層ともなると中級クラスの冒険者パーティでも探索に数日かかるらしい。しかし僕達のパーテイは実質半日で探索を終えてしまった。そして31階層へと続く階段を目の前にしてミシェルとソフィアが言い争っていた。
二人が言い争っているのは次の階層の攻略に付いてであった。ミシェルはもう一階層ぐらいは探索できると主張したのだが、ソフィアは一旦地上に戻ると言ったのだ。
「ここまで戻って来るのにまた二日ぐらいかかるよね。あんたも急いでいるんだろ、次の階層を探索したほうがいいんじゃないかな?」
「探索は順調ですが、こんなにハイペースで探索したので皆さんかなり疲れていると思うのです。一旦迷宮を出て休息を取ったほうが良いと思います」
地下迷宮では十分な休息を取れないため魔力の回復は少ない。しかしそれは普通のパーティの場合であり、僕達の場合は魔力を回復出来る手段があるので、実は全く消耗していない。次の階層の探索も余裕でこなせるだろう。
しかし、僕がリリー達に魔力を補充している事は、当然ソフィアには秘密である。派手に魔法を使っているリリー達の魔力の消耗を彼女が心配するのは当然である。
「ソフィアさん、私なら大丈夫ですが?」
「リリーさん、先ほどの戦いでもかなり魔法を使われてましたよね。私の経験からすると、そろそろ魔力が尽きてしまうと思うのですが?」
ソフィアはあまり戦いに参加せずに後ろから見ている為、僕達の消耗度合いも良く判っているようだ。
(このまま押し通すと、僕が魔力を補充していることがバレそうだな。ここはソフィアの言うとおりにしたほうが良いな)
「ミリアム、リリー、無理をしても良くないと思うし、ソフィアさんの言うとおり一旦地上に戻ろう。それにここまでの地図は完成しているから、戻ってくるのに二日もかからないさ」
「そうですね、無理は禁物だと思います。私も魔力が心配です」
エミリーが僕の意図に気付いてくれたのかフォローをしてくれた。その御蔭でリリーもミシェルも僕の考えに気付いてくれたようだった。
「そうだね、あたいは何時も無理はするなと言っているはずなのに…」
「そうですね、私も少し調子に乗ってしまいました」
「いえ、判っていただければよろしいのです」
ソフィアは自分の主張が通ったことに微笑んでいた。
そして、僕達は地上に戻ることになった。30階層から地上に戻るのは、一方通行で1階層に転移できる転送陣が有るため楽に帰ることが出来る。その転送陣がある場所を目指して僕達は進んでいたのだが、あと少しで転送陣の場所に辿り着くというところで、先行している"瑠璃"から通信が入った。
『慶、転送陣のある部屋で冒険者パーティが戦っています』
『魔獣? でもあの部屋には魔獣は居なかったはずだが』
『それが、相手は冒険者…いえ、あれは暗殺者かも知れません』
『暗殺者?』
『既に何人か冒険者が殺されています』
「馬鹿、早くそれを言え」
慌てた僕は思わず声に出してしまった。
「ケイどうした?」
「ケイさん何が?」
「ケイ、どうしたんですか」
突然怒鳴った僕にびっくりしたエミリー達が尋ねてきた。
「転送陣の部屋で冒険者パーティが襲われている見たいなんだ。急いで助けにいかないと」
間に合ってくれと祈りながら僕は地下迷宮を走りだした。
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