ダンジョン・アタック(3)
「ええっ、石像が消えてしまったのですか?」
地下迷宮から戻ると、冒険者ギルドに11~15階層の地図を提出した。そこでギルド職員から11階層の地図に石像が載っていない事を指摘され、僕は石像が消えてしまった事を報告したのだ。
「まだ報告は来てないのですか? 僕達が地下迷宮を出る時には既に石像はありませんでした」
もちろん石像が岩石巨人でありその後ろに隠し扉があったことは、僕達のパーティだけの秘密である。まあ秘密も何も石像も扉も消えてしまったのだから扉があったと言っても信じてはくれないだろう。
「昨日、今日と地下迷宮に向かう冒険者が減っていましてね。今日入ったパーテイはおそらく数日は出てこないのでその報告はまだ来ていません」
地下迷宮は、深い階層に入るとなると一日で地上に戻ってくることは難しくなる。一番最前線…50階層だったか…ともなると一週間近く入っている。僕達も20階層ぐらいから地下迷宮内で野営をする必要が出てくるだろう。
「そうですか。でも石像が無くなっていたのは本当です」
「ええ、判りました。貴方が嘘を付いても何らメリットはありません。無くなってしまったとギルドでも確認しておきます。…ではこちらが地図の報酬です」
僕は職員から地図の代金をもらうと、魔獣の素材を売りに行っていたリリー達と合流した。
「浅い階層の魔獣の素材だったけど、意外と高く売れました」
リリーは嬉しそうに金貨の詰まった袋を持ち上げて振って見せる。どうやら地下迷宮に入っているパーティが減っているため魔獣の素材が入ってこず、素材の買い取り値段が上がっているようだ。
王都の周りには魔獣の出る森などはなく又薬草なども豊富には生育していない。そのため薬の材料と成る薬草や魔獣の素材は近隣の村から送られてくるものか、地下迷宮で採集された物となる。
薬は日常生活で必要なものであり、特に地下迷宮で採取される薬草や魔獣から作られる薬は高レベルな物のためその需要は高く、供給が滞ると困ったことに成るのだ。
「早く盗賊ギルドが地下迷宮へ入るのを許可しないと、大変なことになりますね」
「ええ、早くそうしてもらいたいです。このままだと王都を離れる冒険者が多数出てきそうです」
ギルド職員によると、地下迷宮に入れないため王都を離れて遠くの魔獣の森に出稼ぎに出て行く冒険者がちらほら出てきているとの事だった。
冒険者ギルドからの帰り道、僕とエミリーは"大地の女神"の神殿に寄ることにした。ソフィアが地下迷宮に入っている間、"天陽神"の教会の若い貴族達がおとなしくしていたか気がかりだったからである。
「シスター・エミリー、今日は地下迷宮に入っていたのでは?」
教会に入ると、レミリア神官長が僕達を見つけ近寄ってきた。
「ええ、今地下迷宮から出てきたところです。…所で今日は特に怪我人とかは出ていませんか?」
「…ああ、心配してきてくれたのですね。大丈夫です。今日は普段通りでした。スラム街でも争いは起きていないようです」
レミリア神官長は微笑んでそう言ってくれた。
「念の為に魔力水を作っておきましょうか?」
もしもの時のために魔力を多く含んだ水を作っておくことで、この前のような事態が起きても大丈夫なようにしておきたいと思い、レミリア神官長に聞いてみた。
「それはありがたいのですが…サハシ様が特別な水を作るということは秘密にしなくて良いのでしょうか? この前の騒ぎの時に何人かの神官とシスターに貴方とお茶のことについて聞かれました。」
「そ、それはなるべく秘密にしてもらえると嬉しいのですが。それでレミリア様はどうお答えになったのですか?」
「もちろん、関係ないと言っておきました。…サハシ様は秘密にしてほしいと思っておいでのようだったので」
「…ありがとうございます。水に魔力を込められることを知られるのはやはり困ります。あの時は緊急事態だと思ってやってしまいましたが、少し軽率でした。レミリア様、このことは今後も内密にお願いします」
今更なのだが、僕はレミリア神官長に魔力を込めた水を作れることを秘密にしてもらうようにお願いした。
「ええ、判りました。教会の危機を救ってくださったサハシ様の秘密、絶対に守らせていただきます」
レミリア神官長は胸を軽く叩いてそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
教会を去るときに、魔力を込めた水を作り、その対価として小瓶に詰められた聖水を数本もらうことにした。魔力の篭った水は魔力回復薬の代用にしかならないが、神官やシスターが神聖魔法の儀式を行うことで作る聖水は、不死者にダメージを与えたり近寄らせなくする効果があるのだ。
地下迷宮の深い階層では不死者が多数出てくるらしいので、その際にはこの聖水に役立って貰う予定である。
◇
それから五日ほどかけて僕達は16階層から30階層までを探索していった。階層が深くなる毎に魔獣が強く、数が多くなっていく。当然僕一人ではさばけない数の魔獣と遭遇するときも有り、そんな時はミシェル達が頑張ってソフィアを護衛してくれた。
そういったこともあり、短期間にミシェル達の戦いの腕は上がっていった。
ー 30階層のとある部屋 ー
僕達は30階層の探索途中で休憩…いや野営をしていた。
「ヒュドラの肉焼けたよ~」
「エステル、本当にそれを食うのか?」
「ケイさんも食べてみれば判りますよ。ヒュドラの肉って美味しんですよ」
リリーはエステルからヒュドラの肉串を受け取ってぱくついていた。ミシェルも同様に肉串を美味しそうに食べている。
「うまひぃよ」
ミシェルも僕に薦めてくるので仕方なく一本受け取ってしまった。エミリーとソフィアは長物が嫌いらしく隅のほうで保存食の堅パンを二人で食べていた。
《対象オブジェクトを分析:蛇または鶏肉に近い肉質。毒物の反応はありません》
ログを見る限り人体に影響はないようである。それにエステルが美味そうに食べているということは魔力も豊富に含まれいるのだろう。
僕は覚悟を決めて一口齧った。ヒュドラの肉は柔らかく、噛みしめると豊富な肉汁が染み出てくる。
「美味しい…」
素焼きにしただけでこの美味しさである、もし蒲焼きにしてご飯と一緒に食べることができればと…僕は思わず日本人的な夢を見てしまった。
「倒すのにあれだけ苦労させられたからね。美味しくて当たり前さ」
ヒュドラは全長10メートル、蛇のような9本の首を持つ魔獣であった。9本の首から繰り出される噛み付き攻撃は強力でワイバーンと互角に戦えるだけの力を持っている。またヒュドラは首を切り落としてもしばらくすると生えてくるという高い再生力を持っており、普通に剣だけで戦っていては倒しきることは難しい魔獣である。
通路でヒュドラと遭遇した時、僕は首を全て切り落として倒したと思ったのだが、しばらくすると首が全て生えて蘇ってきた。何度も首を切り落としても再生するため、僕はギリシャ神話を思い出して、切り落とした所をリリーの火属性の魔法を焼くという事で首の再生を止めて倒すことができたのだ。
おかげでこの部屋の外の通路には大量のヒュドラの首が落ちている。エステルが、ヒュドラの肉が美味しいと聞いたことがあると言い出して、落ちている首のうち生えたばかりの首を料理してくれたのだ。
ヒュドラの肉を食べ終えると、しばらく部屋の中で睡眠を取って休むことになった。
見張りを二人立て、二交代で8時間ほど休憩することにした。最初はソフィアも見張りをやると言っていたのだが、依頼主であり神官の彼女に見張りをやってもらうのは不味いだろうと、僕達だけでやることになった。リリーは戦いで魔力を多く使ったので寝てもらうことにして、残りのエステル、エミリー、ミシェルで僕と組むのは誰かということでもめてしまった。
「恨みっこなしだからね」
「ええ、イカサマはナシですよ」
「あたいがそんなセコいことするか」
「女神様私に加護を」
すったもんだの末、エステルの作ったくじ引きで、見張りの組み分けは、最初はミシェルとエステルで次が僕とエミリーということに決まった。
エステルとミシェルがブツブツと言いながらも最初に見張りにたち、それ以外の者は探索の疲れを癒やすために眠りについた。
5時間ほどして僕はミシェルとエステルに起こされた。エミリーは既に起きていた。
「何か変わったことは?」
「特に無いよ。"瑠璃"とマリオンもいるしね」
『はい、通路にはヒュドラの死骸をあさりに魔獣が来ましたが、扉を開けて部屋の中に入れる様な賢い魔獣はいませんでした』
『悪霊なども近寄ってきませんでした』
一応聖水を部屋の四隅に撒いておいたのだが、マリオンの感想から悪霊避けにはなったようだった。
見張りを交代して、ミシェルとエステルが眠りに着く。
僕とエミリーは他愛のない話をしながら見張りをすることにした。
「それでね。…リリーがミシェルの服を………」
僕と話をしていたエミリーがうなだれて、言葉が途切れる。
「エミリー、寝てしまったのかい? そんなに疲れていたのかな。寝かせてあげたいけど、一応見張りの途中だし起こすか……」
エミリーを起こそうと立ち上がろうとした時、僕も急激な眠気に襲われてしまった。
(馬鹿な、覚醒システムで起きているはずなのに眠気を感じるなんて。システムチェックを…)
《システムチェック:開始....終了。異常は認められません》
システムチェックでも体の異常は見つからない。僕は沈みゆく意識の中で"瑠璃"を呼んでいた。
…
『慶、起きて下さい。慶!』
『"瑠璃"…僕はどうなったんだ?』
『私にも判りません。慶が突然眠ってしまったので、部屋の外の見張りを止めて戻ってきたのです。呼んでも起きなかったので、強制覚醒システムを使用して慶を覚醒させました』
『そうかありがとう。…僕はもしかしてクラッキングを喰らってしまったのだろうか?』
『いえ、そんな事は起きていません。エミリーさんも寝てしまったということは、おそらく魔法の影響を受けてしまったものと思われます』
"瑠璃"によるとエミリーも眠っており、今部屋の中は誰も起きていない状態である。
二人に起きた現象を考えると、睡眠状態に陥らせる魔法、リリーの使う眠りの粉魔法の様な魔法をかけられてしまったらしい。
『システムが…手も足も体も動かせない。どうなってるんだ?』
意識が覚醒したというのに僕は視覚も聴覚も回復せず体も動かせない状態である。
『判りません。体そのものが待機状態になっているみたいです』
"瑠璃"の分析通り、僕の体のシステムが全てシャットダウンしている状態のようだ。心臓の出力もアイドリング状態になっているようである。
(そういえば、こんな状態に成るのも久しぶりだな)
最初にこの体に入れられた時、制御システムのトラブルで今と同様の状態に陥った事が何回もあった。僕はそんな昔の事を思い出して懐かしく感じていた。
(こんな時はシステムを再起動するのが手っ取り早いんだが…今でもちゃんと機能しているのかな?)
僕は意識を自分の心臓の辺りに集中させる。そうすることでシステムリセットがかかるようになっているはずなのだが、長らくやっていなかった操作のため、僕はうまくそれが出来るか不安であった。
(…ん、…こう、ひねって廻す感じで……………できた)
僕の意識に反応して義体制御システムの再起動が始まった。心臓の出力が上がり魔力が体に満ちてくるのが感じられる。
《義体制御システムVer1.2 ...HumanSystem Ver99.2..起動..》
システムの再起動が終わると視界が戻ってきた。辺りを見回すと野営をしている部屋の中で、隣でエミリーが座ったまま眠っている。
魔獣に襲われている風でも無く僕は安心したが、起き上がろうとして自分が何かで地面に拘束されていることに気がついた。
『"瑠璃"、僕はどうなってるんだ?』
『慶は地下迷宮の床に横たわっていますが?』
『いや、何かロープのような物で地面に拘束されている様に感じるんだが?』
『慶が何を言っているのか判りません。私の目には何も…いえ、薄っすらとロープの様な物が慶の手足を地面に縛り付けているのが見えます。これはいったい誰の仕業なのでしょうか?』
"瑠璃"は僕が小人の国で捕まったガリバーよろしく小さなロープで地下迷宮の床に縛り付けられている事を教えてくれた。彼女からの映像ではロープは直径5ミリも無い細いものであるが、それが無数に僕の手足に絡みついている。
(この程度の拘束、力を振り絞れば簡単に………解けない!?)
僕は力を振り絞って逃れようとしたのだが、細いロープは一つも切れること無く、拘束から脱出することが出来なかった。
『クスクス、馬鹿だね。力任せでこのロープが切れるものか。僕の作ったロープはドラゴンでも拘束できるんだよ』
『でもこいつの体普通の人と違うよ。まるでゴーレムみたい…いや機械人形みたいだ。』
僕の耳に小さな声が聞こえてくる。顔も動かせない状態で眼球だけを動かして辺りを見回すと、僕の頭の上と胸のあたりに身長30cm程の小人が立っているのを発見した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。




