ダンジョン・アタック(2)
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「えぃ」
ふらふらとうごめく洞窟ミミズにエステルが幅広の剣で斬りつける。僕も負けじと残った洞窟ミミズを槍で切り払った。
二人の斬撃を受けて洞窟ミミズは頭を切り飛ばされ残った胴体がバタリと倒れた。
「弱いな」
「本当に弱いね」
あっけなく倒された洞窟ミミズに僕とエステルは拍子抜けしてしまった。
「ミリアムとソフィアさんが嫌がる理由がわかないよ。気持ち悪いからなの?」
エステルは首をかしげながらミシェルとソフィアの方を向いて尋ねる。
「気持ち悪いのも有るんだけどね」
「弱いけど戦うのはちょっと嫌というか」
ミシェルとソフィアは何かを隠している様であった。僕はその二人の態度に不自然な物を感じていたのだが、洞窟ミミズを倒してしまったという事で油断していた。
その時、リリーがエステルの後を指さして叫んだ。
「エステル、う、後」
「えっ?」「えーっ」
振り向くまもなくエステルは頭を再生した洞窟ミミズに体を絡めとられてしまった。僕もそのあまりの再生の速さにあっけに取られていた。
「い、いや~。ヌルヌルする~」
再生した直後の洞窟ミミズは粘液にまみれてヌルヌルとしている。それに絡みつかれてエステルは絵面的にかなり危険な状態になっていた。
腕や足を洞窟ミミズに巻き取られ、胴体を複数の頭がかじろうとしている。エステルの鎧は鎖帷子なのでダメージは入っていないようだが、粘液で滑るのかその束縛から自力では逃げられない状態であった。
「エステルが、ケイ何してるの」
「ケイ、早く助けてあげて」
「…もう、らめぇ」
リリーとエミリーの叫び声で我に返った僕は、エステルに絡みつく洞窟ミミズを慎重に切り払っていった。
「ふぅ、ようやく再生が止まったか」
斬っても斬っても再生してくる洞窟ミミズを倒すのにかなり手こずってしまった。途中でミシェルが地中の胴体を倒せば再生しなくなると教えてくれたので、槍で地中の胴体を突き刺してトドメを刺すことができた。
「ミリアム、ソフィアさん。洞窟ミミズが再生するって知っていたのなら教えて下さいよ」
エステルが半分泣きながら二人に文句を言っていた。
「だって、こういうのも経験だよ。洞窟ミミズ相手なら気持ち悪いけど死にはしないからね。深い階層にはもっと再生能力の高い魔獣もいるから、これを教訓にして欲しかったのさ」
「そうですわ」
ミシェルとソフィアはもっともらしい事を言っているが、二人共顔が少し笑っていた。僕はミシェルとソフィアを睨んで少し怒った風に
「厄介な魔獣がいることを教訓として教えるのは良いのですが、なるべく被害がでない様にしてください。今後はちゃんと事前に教えて下さいね」
と釘を刺しておいた。
その後、12階層の探索は順調に進んだ。出現する魔獣は洞窟ミミズと大針土竜の二種類だけで、どちらもそれほど強くなく問題なく倒すことができた。
二時間ほとで探索を終えた僕達は、13階層へと降りる階段のある部屋で休憩を取っていた。
「地図が有るおかげもあるけど、かなり早く探索できてるね。この調子なら今日中に15階層まで行けそうだよ」
ミシェルの言う通り、僕達は思いの外順調に12階層を探索を終えることができた。エミリー達もそれほど疲れておらずこのまま次の階層に行けそうであった。
「そうですね、今日中に15階層まで行けたら良いのですが…でも13階層からは強い魔獣が出てきます。油断しないで下さい」
ソフィアは13階層以降は魔獣が強くなると注意を促してくれた。
「ソフィアさん、そろそろ目的の部屋が何階層に有るか教えてもらえませんか?」
僕達は未だソフィアから黒鋼鎧巨人のいる部屋の場所を教えてもらっていない。地下迷宮に入った後、何回か聞いたのだが、その度に
「その階層に入れば教えます。それまでは…秘密です」
ソフィアは秘密の一言で教えてはくれなかった。
◇
13,14層は地下迷宮の中なのに植物の生い茂る迷宮であった。鬱蒼と木々が生い茂る地下迷宮で僕達は昆虫系や植物系の魔獣と戦う事になった。
遭遇したのは数匹で襲ってくる黒銅蟻や天井に張り付いて襲ってくる鉄鋼蟷螂、普通の樹木のフリをして突然襲ってくる食人植物など多彩な魔獣であった。
普通の冒険者であればそれらを警戒しながら進むため探索のペースはかなり遅くなるのだが、"瑠璃"やマリオンの偵察と僕のセンサーを駆使して待ち伏せを探知し先手を打って撃退することができた。
そして、パーティはお昼すぎには15階層に入ることができた。
15階層は11階層同様に天井が高く部屋も広かった。再び飛行系の魔獣が出現かと思ったのだが、現れたのはオーガであった。
最初の部屋でオーガに遭遇した時、オーガに対してトラウマを持つエステルがパニックを起こさないか僕は心配した。
「エステル、大丈夫?」
「大丈夫、いけるよ」
エステルはそう言ってクロスボウをオーガに打ち込み、幅広の剣を引き抜いていた。どうやらエステルはパニックを起こしていないようだった。
ボウガンの矢を受けたオーガは怒りの雄叫びを上げながら僕達に襲いかかってきた。
オーガのリーチは長い、迂闊に近寄らせるとリリーやエミリー、ソフィアが危ない。
「悪いけど、今日中に15階層を探索したいんでね。即効で倒させてもらうよ」
即効で倒すことに僕は決めると、ボウガンの矢を受けて動きの鈍っているオーガに対して、一秒間に二十連打と○橋名人を超える速度で刺突を繰り出した。
「Gyuuo?」
一瞬で蜂の巣のように穴だらけになったオーガは、自分に何が起きたかもわからないまま倒れていった。
「出る幕が無かったよ」
ミシェルは出番がなかったと悔しそうにしている。
「小剣じゃ、オーガを相手にするのは大変だろ?」
「そんなことも無いさ。今度戦いかたを見せてあげるよ」
自信ありげにミシェルは小剣を振っていた。
ミシェルの自信の程は後で見せてもらうことにして、僕はエステルにトラウマの状況に付いて尋ねる為に近寄っていった。
「15階層はオーガが出てくるみたいだけど、エステルは大丈夫なの?」
「…何故だろう、不思議と怖いって感じがしないんだ。前はオーガを見ただけで足がすくんで動けなかったのにね」
エステルも自分でも何故オーガに対して恐怖を感じないのか不思議に思っているようだった。
(トラウマがそんな急に治るわけはない。もしかして吸血鬼化の影響なのかな?)
エステルのトラウマから来る恐慌状態も状態異常と考えられなくもない。吸血鬼は状態異常に対して耐性を持っており、そのため恐慌状態にならなかったと考えられる。
(何回か戦ってみてからだけど、もしパニックを起こさないならミシェルの代わりにエステルを前に出したほうが良いかもしれないな)
自信ありそうだが、ミシェルの装備はオーガなどの硬い魔獣と戦うのには向いていない。攻撃力を考えるとエステルを前に出したほうが良いかもと僕は考えた。
その後、15階層で出てきたのは岩頭猪や洞窟熊といった大物の動物系魔獣だった。幸いなことに魔獣は単体で襲って来るので簡単に倒すことができた。
「ここが、最後の部屋だね」
ミシェルが15階層の最後の部屋の扉を確認している。押して開けるタイプの扉は罠も鍵も掛かっていなかった。この部屋の中に有るアイテムを取ってくれば16階層に行けるようになる。
『部屋の中にはオーガが三体います。扉の前に一体待ち構えていて、後の二体は部屋の奥にいます』
部屋の中を偵察してきた"瑠璃が中の様子を僕に教えてくれる。
(オーガが三体か…さすがに一度には倒せないよな)
僕はオーガを倒す為の作戦を建てるとミシェル達に説明する。
「僕が部屋の中に飛び込むから、ミリアムとエステルは扉のところでオーガが出てくるのを食い止めて欲しい。リリーには魔法で二人の援護をお願いするよ」
皆が頷くのを確認して、僕は扉を蹴り開けると部屋の中に踏み込んでいった。
"瑠璃"からの報告通り扉の前にオーガが一体待ち構えていた。振り下ろされる棍棒を紙一重で避けて、僕はオーガの股の間をすり抜けた。
「Funnga?」
僕に股の間を滑り抜けられ、オーガは間抜けにも振り向いて追いかけようとする。
「あんたは」「あたし達の相手をしてよね」
エステルとミシェルは僕を追って後を向いたオーガに斬りつけていた。
「そいつは任せたよ」
二人にそのオーガを任せて、僕は部屋の奥から近付いてくる二体のオーガに向かっていった。
ミシェルとエステルは部屋の中に入らず、入り口の扉の所でオーガと戦っていた。部屋の出入口はオーガが出入りできる程のサイズで作られているが、棍棒を振り回すほどのスペースはない。そのためオーガの攻撃は振り下ろすだけの単調な攻撃に絞られてしまう。
「くぅ、一撃が重いね~」
ミシェルはまともに受けると盾ごと腕をへし折られそうなオーガの棍棒の一撃を上手に受け流し、オーガの手に小剣で傷を負わせていた。
「当たらなければ、どうということはないよね」
エステルはミシェルに気を取られているオーガの足に斬りつけて深手を負わせていた。本来ならエステルの筋力ではオーガに深手を負わせることは難しいのだが、今の彼女は吸血鬼化のおかげで人間の限界を超える力を出すことが出来る。
「Wugayaa」
足に深手を負ったオーガはそこにしゃがみこんでしまった。
「二人共避けて」
エミリーの呼びかけに応じて二人はオーガから飛び退る。二人が十分距離を取ると、リリーの氷結弾がオーガに命中して凍りつかせた。
凍りついたオーガに向かってミシェルとエステルが駆け寄りとどめを刺す。
「オーガ一体ぐらいなら大丈夫みたいだね」
僕は二体のオーガを倒した後彼女達の戦いを観戦していた。もちろん危なくなればサポートするつもりだったが、そんな場面は無かった。
『ミシェルとエステルの息があっていますしリリーの魔法支援もありますからね。多数の魔獣に囲まれなけば大丈夫だと思います』
"瑠璃"も僕の評価に同意してくれた。
「ケイ、アイテムは手に入れたの?」
僕は部屋の奥で見つけた指輪をエステル達に見せる。この指輪が16階層へと続く転送陣を稼働させるキーアイテムである。
「この調子なら、数日中には辿り着けそうですね。少し予定を変更しないと」
指輪を見てソフィアがボソリとつぶやく。エミリー達は気付いていなかったようだが、僕はそのつぶやきを聞き逃さなかった。
◇
15階層から戻るには当然今まで通ってきた階層を逆にたどる必要がある。下の階層には一気に地上に戻れる魔法陣が有るらしいが、浅い階層では見かけない。
「明日は11階層の隠し扉を探りたいね」
「いえ、それよりも先に進みましょう」
ミシェルとソフィアは明日の探索をどうするかで口論していたが、それも11階層の転移陣の部屋までだった。
「えっ? 石像が…」
「石像が消えてますわ」
「本当だ、あんな巨大なものが消えるなんて」
来た時にはあった石像、いや岩石巨人がいなくなっていたのだ。ミシェルとソフィア、エステルは驚いて石像の在った辺りに駆け寄っていた。
「あの石像、やはり岩石巨人だったのでしょうか? あれ、扉が…」
「ケイ、扉がありません」
「扉が無い?」
リリーとエミリーが扉の在った壁の辺りを見て、扉が消えていることに気付き驚く。僕も慌てて扉があった場所に駆け寄っていった。
「本当に…扉が消えている」
岩石巨人はどこかに移動してしまったと思えばまだ納得できるのだが、扉が消えてしまうというのはさすがに想定外であった。
全員で扉があった幻覚でも見ていたのだろうかと疑ったが、僕の中には扉が存在したという映像とセンサーの記録が残っている。
(僕達が15階層まで降りている間に消えてしまった…いや消されたのか?)
ミシェルが壁を叩いたりして調べているが扉は見つからない。僕も各種センサーを駆使して壁を調べたのだが、壁の先は石で詰まっているという結果しか返ってこなかった。念の為に"瑠璃"に壁をすり抜けてもらったが、部屋や通路は無かった。
扉が無くなってしまった事は不思議であったが、調べても扉が復活するわけはない。僕達はその日の探索を終えることにして、何故扉が消えてしまったのか首を捻りながら迷宮を後にするのだった。
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