彼女達の提案
翌日、再び僕達は地下迷宮に入っていた。
朝早くから宿を出て地下迷宮に向かった僕達の目標は、十階層までの制覇である。
地下迷宮に入ると、四人が僕に今日は後ろに下がって欲しいと提案してきた。
「ケイ、今日あんたは後で援護に回ってくれないか」
「あたし達も魔獣と戦わないと腕が磨けないから、ケイには今日は後ろにいてほしんだ」
「魔法使いとしては、魔獣と戦いながら魔法をどう唱えるか。浅い階層で練習が必要だと思うのです」
「私達の所に魔獣が来ないのは良いのですが、下の階層ではそうはいかないと思うのです。もっと連携を訓練したいのです。」
確かに僕が前衛いると四人の所に魔獣が行くことは早々無い。しかし深い階層になればそうはいかないが、その時は強い魔獣と戦うことになる。そうなる前に浅い階層で戦い方を訓練する必要はある。
そういうことで、今日はパーティのフォーメーションを変更することになった。ミシェルとエステルの二人が前衛でリリーとエミリーがその後に最後尾が僕という編成である。
「この階層の魔獣ならよっぽどの事がない限り負けないからね。ケイはなるべく手を出さないでおくれよ」
「そうそう」
「傷を負っても直ぐに癒やしますから」
「魔力配分を考えて魔法を使う練習をしないとね」
四人は今日は自分達だけで地下迷宮を攻略すると意気込んでいた。
「判ったよ。でも無理はしないで、危なくなったら直ぐ介入するよ」
僕は、彼女達の意気込みを見てなるべく手を出さないことに決めた。
地下迷宮に入ると、昨日手に入れたレッド・バッジを使い僕達は六階層へと降りていった。
◇
六階層から九階層まで四人は危なげなく攻略していった。敵もまだゴブリンとか一角狼や彷徨う死体、スケルトンなどであり、彼女達の実力であれば余程数がいない限りは負けることはない。
そして僕達は十階層に入り、最初の部屋で魔獣と遭遇して戦いが始まったところであった。
敵はオークが三体で、柔皮鎧を着て短い槍を持っていた。ネイルド村以来の久しぶりのオークとの戦いだが、あの時は遠距離から弓や魔法で倒していたので実は接近戦は初めてである。
三体のオークのうちミシェルとリリーが一体ずつを食い止めたが、残りの一体が二人をすり抜けて後のエミリーとリリーを襲おうとする。
「リリー、一体そっちに行くから魔法で足止めをお願い」
「はい、根源たるマナよ氷の矢となりて敵を貫け~アイス・アロー」
リリーの魔法が発動して、彼女を襲おうとしていたオークに氷の矢が突き刺さった。アイス・アローを喰らい動きの鈍ったオークをエミリーがメイスで殴り倒した。
オークの短槍に対しミシェルは小剣と円盾であり、オークの方がリーチが長い分有利である。リーチの差を埋めるためにミシェルは短槍の攻撃を盾で受け流して懐に入り小剣で斬りつけるという戦いをしていた。
エステルは盾を持っていないので幅広の剣を巧みに操って短槍の攻撃を捌き、隙を見て一気に斬りつけるという戦いかたをしていた。吸血鬼化したことで、力とスピードが人間以上にアップした為に可能となった戦いかたである。
オーク達を倒すと、エミリーがミシェルの傷の手当を行う。ミシェルは盾で短槍の攻撃を防いでいたが、槍が掠っていくつか切り傷を負っていた。
「大地の女神よ彼の者に癒しの手を差し伸べたまえ~ヒール」
エミリーの回復の奇跡によって傷は全て癒された。エステルも同様な傷を負っていたが、こちらは吸血鬼の再生能力でしばらくすると治ってしまう。
「エミリー、エステル、魔力は大丈夫かな?」
今のところエミリーとエステルが一番多く魔力を消費していたので、確認のために調子を聞いておく。ゲームと違って魔力の残量が数値となって見えるわけではないので、各人の自己申告に頼るしか無い。イザという時魔法が使えないのは不味いので、僕は魔力供給をが必要か確認をしておく。
「まだ大丈夫です」
「うん、問題無いよ」
(魔力量が見えれば良いんだけどな…。今度システムを組み直してみようかな。)
僕のシステムでは魔力の検知はできるがそれを数値化して見ることができない。出来るようになれば非常に便利だと思うので、検出システムが作れないかを検討することをメモ帳に書き込んでおいた。
魔力量が問題無いようなので、地下迷宮の探索を続けることになった。
十階層の攻略は有る魔獣を見つけることである。魔獣の名前は大百足猿という多数の腕を持つ体高三メートルほどの猿の魔獣である。十階層で遭遇する大百足猿の中に首輪をしている個体がおり、その首輪が更に深い階層へ進むためのキーアイテムとなっているのだ。
「大百足猿って何処に居るのか判らないんだよね」
「ああ、十階層を探索して見つけるしか無いんだよ。まあ運が良ければ直ぐに出会うさ」
エステルとミシェルが話している通り、大百足猿は特定の場所に現れる魔獣ではなく、地下迷宮を彷徨う魔獣である。十階層はかなり広い為それに出会うのは当に運次第である。
「"瑠璃"、偵察はやっぱり駄目かな?」
「はい、やはり遠いところにはいけません」
「私も無理でした」
地下迷宮では"瑠璃"とマリオンに偵察をお願いしていたのだが、階層が深くなると共に本体から動ける範囲が制限されるようになった。十階層の今では二十メートル程度しか離れられなくなってしまった。
(彼女達に地図を作ってもらおうと思ったんだけど…インチキは駄目だってことかな?)
"瑠璃"やマリオンを制限している地下迷宮の仕掛けは、亡霊やゴーストといった悪霊系の不死者が所定の位置から移動しないようにするためだと僕は推測していた。二人はある意味霊に近い存在なので、その制限を受けているのだ。
二十メートの範囲であれば奇襲や罠の感知には十分間に合う、"瑠璃"とマリオンにはそういったところで活躍してもらうことにした。
◇
十階層を探索して一時間、僕達は目的の大百足猿になかなか出会えないでいた。
「そろそろお昼だな。一旦休憩にしない?」
「もうそんな時間なのですか。探索に夢中でお腹が空いているのに気が付きませんでした」
僕がお昼と言ったことで、お腹が空いていることに気付いたリリーが、お腹を押さえてびっくりしていた。
「地下迷宮は空が見えないから時間が経過がわからないよね。太陽を気にしなくて良いのが嬉しいけど…」
吸血鬼は、魔力さえあれば空腹も疲労もあまり感じないので時間感覚が人と違っているとジークベルトが言っていたことを思い出した。そのせいか、エステルは他の三人に比べあまり疲れを感じていないようだった。
「ああ、気をつけないと時間感覚が狂って、疲労をためてしまうんだよ」
ミシェルは経験者だけにそういった事に気が回る。彼女は一定時間毎に休憩を入れるように注意していた。
「確かに、少し疲れました」
エミリーは自分が思いの外疲れていたことに気付いて、その場にしゃがみこんでしまった。
通路で休憩するのは危険なので、適当な探索済みの部屋に入り昼食を取ることにした。
地下迷宮では火が使えないので食事はパンや干し肉、水またはワインと言ったものになる。それもかさばるので大量には持ち込めない。地下迷宮に入り深い階層まで探索するとなると、かなり効率よく動かなければならない。
パンと水の質素な昼食を取っていると、部屋の外を何かが動きまわる音がした。
「魔獣かな?」
「慶、通路に大百足猿が、しかも首輪をしています」
「「「ええー」」」
慌てて昼食を中断し、僕達は装備を整えると通路に飛び出したが、大百足猿の姿は無かった。
「いない?」
「逃げられた?」
「いまからでも追いかければ」
リリー、エステル、エミリーは大百足猿を追いかけようとしたが、僕はそれを制止した。
「待って、今は休憩中だったし、追いかけても会えるとは思えない。ちゃんと休憩してから探索しよう」
「そうだよ、焦りは禁物だよ」
ミシェルも僕の考えに賛成してくれた。
僕達は部屋に戻って再び休息することになった。
「ほんと探している時には見つからないのに、こういった時に出会うなんてね」
「まあそういったものだよね。失せ物は関係ないときに見つかるとかさ」
「ああ、それは判ります」
「そう言うのって、神様が悪戯してるって言いますよね~」
「へー、こっちじゃマーフィーの法則ってそう言うんだ」
そんなくだらないお喋りを三十分程休憩したところで、再び通路に魔獣の動く音がした。又かという気持ちだったが、それでも慌てて僕達は通路に飛び出した。
「あっちに大百足猿が」
"瑠璃"の指差す方向に大百足猿の後ろ姿が見える。追いかけようとしたが物凄い速度で走り去ってしまいあっという間に姿が見えなくなってしまった。
(僕が追いかければ…いや、今回はエミリー達に任せたんだ。)
「あーあー、逃げられちゃった」
エステルが残念そうに通路の奥を眺めていた。
「だけど、又ここに来るんじゃないですか?」
「そうですね、二度あることは三度あると言いますし」
エミリーとリリーはここで待つつもりなのか、通路の床に腰を下ろした。
「地図にはそんなこと書いてなかったけどね。ケイ、そうだろ?」
「ああ、そんなことは書かれていなかったな」
ミシェルに言われて地図を確認したが、大百足猿が一定コースを通るとは書かれていなかった。
「探し回るのも大変ですし、さっきと同じ時間待ってみませんか?」
僕達はリリーの提案に頷いて、通路で大百足猿がやって来るのを待つことにした。
「皆さん、大百足猿がやって来ます」
三十分後、前方で偵察していた"瑠璃"が大百足猿の襲来を告げる。
「やっぱりここを周回していたのですね」
リリーは自分の予想が当たって嬉しそうに言う。
「地図には乗ってなかったけど、皆そこには気付かなかったのかな?」
「まあ、探し回れば見つかる魔獣だからね」
「お喋りは止めて…向かってくるよ。」
エステルの言葉通り、8本の腕を持つ体長三メートルの猿が、通路を物凄い速度で向かって来るのが見えた。僕とミシェルはお喋りを止めて戦闘態勢を取った。
《未確認生命体…大百足猿と確認:スキャン開始.....終了。脅威度:1.5%》
ログに表示される脅威度から見ると、大百足猿の強さはオーガより落ちるようだ。
「あいつ、物凄い力だからね。捕まらないように気をつけな。後はケイが守ってやってくれないか」
「了解だ」
ミシェルの指示に従って、僕はエミリーとリリーの前に出て槍を構えた。
「力の源たるマナよ、我が手に集いて全てを凍らせる塊となりて敵を撃て ブリザードボール」
リリーが氷結弾の魔法を唱えて発動させる。物凄い冷気の白い塊が僕の横を飛んで行き大百足猿に命中した。
「グァッ」
大百足猿は悲鳴を上げるとその場に立ちすくむ。氷結弾が命中した箇所が氷付き魔獣の行動を鈍らせた。
「ほら行くよ」
「エステル突貫します」
ミシェルとエステルが魔獣に突撃する。僕は彼女達が危なくなったらフォローできる位置に移動した。
「オラオラオラオラ」
ミシェルはどこぞの○タンド使いの様な掛け声で小剣を連続で大百足猿に突き立てる。
「よいしょっと」
エステルは大きく振りかぶった幅広の剣を大百足猿に叩き付けて、腕の一つを切り落とした。
(ミシェルは相変わらず動きが素早いな。エステルの方は最初に比べて動きが良くなったな)
後ろから二人の動きを見ていると、今日一日でずいぶん動きが良くなっている事に気付いた。
ミシェルが攻撃を仕掛けている間はエステルが魔獣の気を引き、ミシェルが魔獣の攻撃を盾でいなしている間にエステルが攻撃するといった、二人で連携した動きもできるようになってきていた。
(敵の数が少ないなら、リリーが魔法で先制してミシェルとエステルで食い止めて、状況に応じてリリーが援護する。エミリーはリリーの護衛と前衛の回復ということでいけそうだな)
何回かエステルが大百足猿の腕に捕まりかけてヒヤリとしたが、それ以外は特に危ない場面もなく二人は大百足猿を倒してしまった。
「なんとか倒せたね」
「感を取り戻せたかな」
「エステルがちょっと危なかったですね」
「少しハラハラしましたが、怪我がなくて良かったです」
ミシェルとエステル、リリー、エミリーがそれぞれハイタッチして健闘を讃え合っていた。
大百足猿の死体から首輪を取ると、僕達は地上へと戻った。
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