旅立ち
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オーガを倒した後、ビルが「オーガの死体ならゴブリン除けになる」と言い出したので、死体を持ち帰ることになった。
オーガの死骸を運ぶ方法だが、臭い死体を抱えるのは生理的に無理だったので、周りの木を切り倒してソリを作ることになった。僕が木をへし折り、ビルがソリを作ったのだが、以外と手間取ってしまった。そのため村につく頃には、とっぷりと日が暮れてしまっていた。
僕達が村に戻ると、自警団が篝火を焚きながら周囲を警戒していた。村長は忠告通り、オーガを警戒して守りを固めていた。森から僕とビルがオーガの死骸とともに現れたのを見つけて、皆大喜びで出迎えてくれた。
「さすがサハシ殿、こうもあっさりとオーガを退治してくださるとは」
村長は、村に迫った危険をあっという間に解決してた僕に、感謝の言葉を述べながら抱きついてきた。僕としては、御老人に抱きつかれても全く嬉しくないのだが、村長の感謝の気持ちとして我慢していた。
「いや、今回はビルがいなければ、危うかったです。彼には助けられました」
戦いで失敗したときビルに助けられた事を、村長にアピールしておいた。ビルは、自警団の人達から賞賛のまなざしで見つめられ照れていた。
今回のオーガとの戦いで、自分が幾ら強くても油断は禁物だということ、そしてそんな時には仲間の存在が大事だと思い知らされた。
「(サイボーグになった時も、ロケット打ち上げも、一人じゃ何もできない。みんなの力で成し遂げた。それと一緒だよな)」
自警団の人達と談笑しているビルを見て、僕は祖父や日本月面開発企画のメンバーの顔を思い出していた。
◇
「オーガの処理は自警団の者に任せてください。これを飾っておけば、当分の間ゴブリンは近づいてこないでしょう。サハシ殿も今日はお疲れでしょう。今日はゆっくりとお休みください」
「ありがとうございます。ではお先に失礼します」
自警団にオーガの死骸の処理を任せ、僕は教会に戻って休むことにした。
教会に戻ると、ローダン神父とエミリーが夕食を作って僕を待っていてくれた。まるで家に帰ってきたようで、僕は凄くうれしかった。
「サハシ様は、ビルとたった二人でオーガを討伐されたのですか」
「ええ、少し手間取りましたが、何とか倒せました」
ローダン神父は、僕とビルがオーガを倒したと聞いて驚いていた。
聞くと、オーガの討伐となると、かなり手練れの冒険者パーティーに依頼する必要があるとのことで、二人で討伐できたのは奇跡に近いと言われた。
「それで、ケイは大丈夫だったのですか?」
「オーガに投げられたけど、この通りぴんぴんしているよ」
「投げられた? ケイ、体を見せてもらえませんか?」
僕がオーガに投げられたと聞いて、エミリーは慌てて僕の体を調べ始めた。
「鎧の背中の辺りが傷だらけです。これでは体も酷い打ち身になっているはずです」
エミリーはそう言って少し涙目になっていた。
「(オーガの怪力で岩に叩きつけられたのだ、システムチェックでは問題無しと出ていたけど、外部装甲に多少の傷が付くのはしょうがないか。この世界じゃ外部装甲を修復できる技術はないだろうな。そうなったら、いつかこっちの世界の鎧を使うことも考えておかないとな)」
そんな事を考えていると、
「サハシ殿、体は大丈夫とのことですが、治療の必要があるかもしれません。エミリーに背中を見せてもらえませんでしょうか?」
ローダン神父が、心配そうに言ってきた。
「(外部装甲は外せるけど、その下の黒いボディが脱げないことが分かると、人じゃないことがばれちゃうな。うーん、どうしよう)」
僕が普通の人ではなく、サイボーグであることを話すべきかどうか迷っていると、
「神父様、鎧を着たままでも、"回復の奇跡"は効果を発揮しますよね。ケイは、そこでじっとしていて下さい」
そう言って、エミリーは何か集中を始めた。
「確かに"回復の奇跡"なら大丈夫だが…。まさかエミリー、使えるようになったのか?」
ローダン神父はエミリーに問いかけるが、エミリーはそれを無視して呪文を唱え始めた。
「("回復の奇跡"ってもしかして回復魔法? エミリーはそんな魔法が使えるのか。つまりRPGでいうところの僧侶って事?)」
ゴブリンやオーガの存在から、ファンタジー世界だとは思ったが、魔法があるとは僕は聞いていなかった。
僕は、呪文を唱えるエミリーに、期待と好奇心の目を向けてしまった。
「大地の女神よ、魔力を対価に、彼の者に癒しの手を差し伸べたまえ~ヒール!」
エミリーが聖句を唱え終えると、僕の体が薄く光り始めた。その柔らかくも暖かい光は心地よく、僕は機械の体のはずなのに体の中がポカポカしてくるのを感じていた。
《未知のエネルギーを検出:解析開始.......解析不能...》
体のセンサーが、魔法と言う未知のエネルギーを感じ取ったのか、分析しようとしたが、失敗したようだった。ログには解析不能と表示された。しかし、僕はログなど無視して、始めて目にする魔法に感動していた。
「(この世界には魔法があるんだな。僕も魔法は使ってみたい。エミリーが使ったのは、俗にいう神聖系の回復魔法って奴か。しかし、回復魔法って、サイボーグ体に効果あるのかな?)」
魔法の光が包み込む中、僕はそんな事を考えていた。
一方ローダン神父は、エミリーが"回復の奇跡"を唱えたことに驚いていた。
「エミリー、いつの間にそんな力を、"回復の奇跡"を使えるようになったのだね?」
「神父様。ゴブリン退治に付いていった後、私は部屋で大地の女神様にずっと祈りを捧げていました。その時、女神様が啓示を与えてくださったのです。そして、今日オーガ退治にケイが向かったと聞いて、礼拝堂でお祈り捧げていたのですが、その時に、女神様から"回復の奇跡"を授けられたのです」
「女神様から啓示と"回復の奇跡"を授かるとは…。エミリーのサハシ様の無事を願う心が、大地の女神様に通じたのですね」
ローダン神父は、エミリーの信仰心にもの凄く感動しているようだった。
「神様ってこの世界では存在するのか」
しかし、無神論者な日本人だった僕には、神が実在し世界に影響を及ぼすってことの方が驚くことだった。
「"回復の奇跡"の力は凄いですね。ケイの鎧の傷まで治っています」
「鎧が治っていく?」
僕の後ろに回り、エミリーは"回復の奇跡"の力を確かめていた。しかし、ローダン神父は「鎧まで治った」という現象に疑問を感じているようだった。
「もしかして鎧は治らないのが普通なのでしょうか?」
「普通、"回復の奇跡"で治るのは体の傷だけです。鎧は治らないのです。しかし、これはエミリーの信仰心のなせる業でしょうか」
ローダン神父は、外部装甲の傷が治ったことを疑問に思っているようだったが、事実治っているためそれをエミリーの信仰心の成せる業だと結びつけてしまった。
「大地の女神様ありがとうございます」
エミリーもそれを信じたのか、"大地の女神"に感謝の祈りを捧げていた。
「(うーん、僕にとって、外部装甲ってセンサーも付いているし体の一部なんだよな。だから回復魔法で傷が治ったという事かな? それにしても、サイボーグ体でも直せるとか、回復魔法はすごいな。これでもし僕の体に何かあっても、回復魔法を唱えて貰えば大丈夫ってことだよな。これは大地の女神様に感謝だな)」
この世界では僕の体のメンテナンスや修理はできない。そのことに不安を感じていたのだが、回復魔法で治せることが分かって僕は安堵していた。そしてエミリーに習って、"大地の女神"に祈りを捧げてしまった。
◇
オーガ退治からの一週間で、僕とビルは三つのゴブリンの巣を見つけて、ゴブリンを退治した。
村の自警団は、倒したオーガの死骸を使った案山子のような物を作り、畑のあちこちに配置していた。ビルに案山子の効果を聞くと、オーガの死体から臭いがするため、オーガを恐れたゴブリンが近寄ってこなくなると効果がある事を教えてくれた。
北の森のゴブリンはこれで殆ど退治したとビルは判断した。また、オーガの死体によってゴブリンが村に寄ってこな区なった事で、ゴブリン討伐の依頼は完了となった。そして僕は村長から報酬として金貨十枚を貰った。
ローダン神父からお金の価値を教えて貰ったが、およそ金貨一枚で=10000円程度の価値であった。つまり、金貨十枚は日本円で十万円である。命がけのゴブリンとオーガ退治で十万円は安いと感じたが、辺境の開拓村ではこれが精一杯の報酬だと言うことであった。
報酬を貰ったその日の夜、
「そろそろ村を出ようと思うんだ」
部屋にやって来たエミリーに、僕はそう告げた。
エミリーは、あの夜からときどき僕の部屋にやって来て話をするようになっていた。もちろんパスワードの解除ができていないので、話をするだけである。
「そうですか。…それで、ケイは村を出てどうするのですか?」
「特に決まってはないけど、できればこの世界を見て回りたいんだ」
「見て回る。旅をすると言うことですか?」
「二年ほど前、僕は病気で身体が動かなくなったんだ。その時に思ったんだ。もっといろんなところに行っておけば良かったな~って。だから体が治って動けるようになった今、僕は世界を見て回りたいんだ」
「私はこの村のことしか知りません。村の人も隣のアルシュヌの街まで出かけるぐらいです。世界を旅するなんて、思ったこともないです。そう言えば、ケイは冒険者になりたいと言ってましたね」
「そうだね、冒険者になるってのもあったな。仮登録もしてあるし、冒険者になって、いろんなところに行って見たいな」
僕は月の代わりにこの世界を探索する、そんな風に思った。
「私はケイに付いて行きたい」
しばしの間の後、エミリーは僕に抱きついてきた。
「えっ、付いてきてくれるの? それって大丈夫なの?」
「はい、神父様なら話せば許してくれます。デモ、ケイが迷惑というのなら…」
エミリーは不安そうに僕を見上げた。
「ううん、迷惑なんて。僕もうれしいよ」
「よかった」
「明日、神父様に話をしてみよう」
その夜は、エミリーにキスをして、久しぶりに同じベッドで眠りについた。
◇
翌朝、ローダン神父にこの村を出て行くことを告げた。
「神父様、僕は近々村を出て、正式な冒険者になろうと思います。…それでですが、エミリーも一緒について行きたいと言っているのですが、彼女が村を出る許可をもらえませんでしょうか」
「……そうですか、エミリーが貴方を此処に連れてきた時に、私はそうなるような予感がしていたのです。それが当たりましたね」
ローダン神父は、予感が当たったのが嬉しいような、エミリーが村を出て行ってしまうのが寂しいような顔をしていた。
神父はエミリーを優しく見つめると、口を開いた。
「エミリーはサハシ殿と行くことにもう迷いはないのだね?」
「はい」
「では、サハシ殿、不束な娘ではありますがエミリーをよろしくお願いします」
まるで娘を嫁にやる親のように、ローダン神父は僕に言った。実際、彼は親を亡くしたエミリーを育ててきたのだから、親と言っても良いのだろう。
「はい、彼女を必ず守ってみせます」
力強く僕は言って、エミリーの肩を抱きしめた。
◇
朝食を食べ終えると、村長やビルに村を出る事を話に向かった。
エミリーはローダン神父と話したいことがあるというので教会に残った。
「そうですか、村を出て行かれるのですか。…サハシ殿には村に残ってほしかったのですが…それは無理な話ですね。」
「ええ、僕は冒険者になりたいのです」
そう言い切って僕は村長の勧誘を断った。
村長は、村に家まで用意すると言ってきたのだが、そんなことでは僕の決心は揺るがなかった。
一方、ビルは僕が村を出ることに賛成してくれた。
「ケイみたいな奴がこんな村にいても宝の持ち腐れだ。さっさと冒険者になって有名になれよ」
「ああ、がんばってみるよ」
ビルとはゴブリン討伐の間ずっと一緒にいたおかげで、親友といった感じになっていた。彼の弓の腕前なら冒険者としてもやっていけると思うが、村に家族のいる彼は誘えない。
「またいつかこの村に戻ってくるよ」
拳と拳をぶつけ合って僕は彼と別れた。
◇
それから三日後、エミリーがあちこちの知り合いに村を出て行く挨拶を終えるのを待って僕達は村を出た。
村を出るとき、ローダン神父と村長、ビル、アレフや自警団の数人が見送ってくれた。
「それじゃ、皆さんお世話になりました」
「サハシ殿、またこの村に寄って下さいね」
村長はまだ僕に未練があるようだった。
「冒険者になったら、この村の依頼を受けてくれよ」
ビルは笑って送り出してくれた。
「神父様、それでは行って参ります」
「エミリー、気を付けて行くんだよ。そして、サハシ様を助けてあげるんだよ」
エミリーはローダン神父と別れの挨拶を交わしていた。
「エミリーのことは任せて下さい」
「サハシ様の事は信じております。ではお気を付けて」
そして僕とエミリーは、ディルック村から、まだ見ぬ世界に向けて第一歩を踏み出した。
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