伯爵との顔合わせ
"大地の女神"の教会ではまだ"回復の奇跡"によるボランティア活動が行われていた。エミリーはボランティアの当番を終えたのか、魔力切れの疲れた顔をして座っていた。
"回復の奇跡"の順番を待つ人の列を縫うようにして、小柄なシスターと子供を連れて僕達は教会の中に入っていった。
「エルザ! 炊き出しの方でトラブルがあったと聞いて心配していたんですが…無事でよかった。」
ボランティアを見守っていた初老の女性がシスターに気付いたのか駆け寄ってきた。服装から見てかなり高位の神官であることが判る。年齢も考えると彼女が神官長なのだろう。
「レミリア様、ご心配をかけてしまい申し訳ありません。例の"天陽神"の司祭と神官が炊き出しの鍋をひっくり返してしまって…それでこの子が怒って彼らに泥団子を投げつけてしまったのです。二人に追いかけられて危なかったところをこの人達に助けていただきました。」
「そうだったのですか。…シスター・エルザを助けて頂きありがとうございます。」
レミリア神官長は僕達に頭を下げお礼を言う。
「女性と子供に暴力が振るわれるのを見過ごせなかっただけですから。それに"大地の女神"の教会には僕の仲間も居ますので。」
「お仲間ですか?」
「ええ、あそこにいるシスター、エミリーが僕達のパーティのメンバーなのです。そういえばまだ名前も名乗っていませんでしたね。僕はサハシ、冒険者をしています。そしてこちらがリリーとミシェルです。エミリーと後一人の仲間と一緒に冒険者のパーティを組んでいます。」
僕はレミリア神官長に皆を紹介した。リリーとミシェルもそれぞれ自己紹介をした。
「ああ、シスター・エミリーのお仲間の方だったのですか。彼女のおかげで沢山の方が救われております。本当に彼女には感謝しております。」
レミリア神官長は再び深く頭を下げた。
「レミリア様、今日のボランティアはもう終わりでよろしいでしょうか?」
いつの間にかエミリーは僕達の側に来ていた。
「ええ、もう貴方も魔力が無いみたいですし終わりで良いでしょう。…シスターを助けていただいたお礼もしたいので、少しこちらに来ていただけませんか。」
レミリア神官長に教会の奥の部屋に来ないかと誘われた。エミリーにはもう少し休息が必要だと思ったので、僕達はお誘いを受けて教会の奥に入っていった。
教会の一室に案内されると、神官長がお茶を淹れて僕達に振る舞ってくれた。特別な物でもなく普通のお茶であるのだが、
「美味しい、こんなお茶飲んだことがありません。」
僕はお茶を飲み干し、その美味しさに驚いた。
「あら、美味しいわね。」
「本当ですね、とても美味しいです。」
「レミリア様の入れてくださったお茶は美味しいので有名なんですよ。それに何か元気が湧いてくるんです。ケイが入れてくれたお茶みたいです。」
《"お茶"を分析:開始...終了。微量のマナが含まれています。含有量:10ミューオン/L》
王都への旅の途中でエミリーに魔力を込めたお茶を淹れてことがあった。レミリア神官長のお茶も魔力を含んでいる。僕が淹れたお茶は元気が出るだけでこれほど美味しくは無かった。何か魔力を込めるのにコツが有るのかも知れない。
「あら、サハシさんもお茶を上手に淹れられるのですか。」
「いえ、レミリア様にはかないません。どうしたらこんなに美味しくお茶を淹れることが出来るのでしょうか。」
「そうね、美味しく飲んでもらえますようにとお祈りすることかしら。私は何時も"大地の女神"様にそうお祈りしてお茶を淹れているの。」
レミリア神官長は微笑みながらお茶のおかわりをカップに注いでくれた。
お茶をしながらシスター・エルザと子供が"天陽神"の司祭と神官に襲われていた経緯をレミリア神官長に話した。
「そこまで酷いことを…。」
「ええ、これからはもっと彼らに気を付けたほうが良いかもしれません。」
「サハシ様も彼らに目を付けられたかもしれません。どうかお気をつけてください。」
「ええ、そうします。」
レミリア神官長が心配そうに言ってくれるが、僕は彼らに顔を覚えられてしまった気がする。それにソフィアと連絡を取るため一度は"天陽神"の教会に顔を出す必要があるのだ。そう思うととても憂鬱な気分になってしまった。
「もし何か困った事があれば、"大地の女神"の教会を頼ってください。ごく少数ですが、"大地の女神"を信仰して下さる貴族の方もおられますから、もしかしたらお力になれるかもしれません。」
「それはルーフェン伯爵様ですか?」
リリーの言葉にレミリア神官長は頷いた。
「ええ、伯爵様は国政に関わられておられるので、"天陽神"、"大地の女神"どちらの教会にも便宜を図ってはおられませんが、実は"大地の女神"の信者であらせられます。」
確かにルーフェン伯爵領では、"大地の女神"の信者が多く教会も一番大きかった。
(でも伯爵は"天陽神"の神官、ソフィアの依頼を持ってきたんだよな。)
僕は不思議に思ったが、"天陽神"の教会の影響力が貴族社会では大きいためなのだろうと思い直した。
「ルーフェン伯爵様が信者となれば、少し心強いです。もし何かありましたらご相談させて下さい。」
今度は僕がレミリア神官長に頭を下げてお願いした。
◇
エミリーを連れて宿に戻ると、もう王宮に出向く時間になっていた。部屋に買い物した荷物を置くとミシェルと二人で王宮に向かう事になった。
「じゃあ、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」「お気をつけて。」
リリーとエミリーの見送りを受けて僕とミシェルは宿を後にした。
王宮でルーフェン伯爵に合うため、ミシェルは念の為に変装をしている。名前も偽名のミリアムと呼ぶように気を付ける必要がある。
「しかし、どうやって偽名でタグを作ったんだ?」
「ああ、実は冒険者ギルドに…いや、これは秘密だ。それに冒険者としては何も悪いことをあたいはしていないからね。」
僕はミシェルが偽名のタグをどうやって作ったか不思議に思っていたが、どうやらアルシュヌの街の冒険者ギルドの職員には"アルシュヌの鷲"のメンバーがいるようだった。
(大丈夫か、冒険者ギルド!)
それから道すがら、僕はミシェルと王宮で伯爵との受け答えに使うミリアムの設定を話し合った。
「ルーフェン伯爵にミシェ、ミリアムとどうやって知り合ったか聞かれると思うけど、ネイルド村で知り合った冒険者の盗賊ってことで良いかな?」
「ん、それで良いよ。あそこならいろんな冒険者がいるからね。大暴走後に王都に来たって事で辻褄は合うかな。」
「それで大丈夫かな?」
僕とミシェルは王宮に向かいながらミリアムの経歴の設定を確認していた。
王宮で、伯爵から貰った羊皮紙の書状を見せると兵士が僕達を案内してくれる。門番や案内の兵士に既に僕の顔が覚えられているような気がするが…気にしたら負けな気がする。
迷路のような王宮内部をまた道順を変えながら案内され、いつもの部屋に通された。
「ミリアムは道順を覚えられた?」
「余裕だよ。」
小声でミシェルに道順を覚えられたか聞いてみたが、彼女は道順を記憶できたようだ。
しばらく待つとルーフェン伯爵が護衛の兵士を連れて部屋に入ってきた。前は護衛は不要と言っていたはずなのに今回は連れてきている。もしかしてミシェルの正体がバレているのかと僕は心配になってしまった。
「急に呼び立てて済まぬ。お前が盗賊を見つけたというから会ってみたくなったのだ。」
「いえ、こちらこそ伯爵様にお願いをしておきながら、直ぐにお断りを入れてしまい申し訳ありません。」
「いや、構わんよ。ただこの者が秘密を守れるかだが?」
「はい、ミリアムとはネイルド村で知り合いました。大暴走で一緒に戦った戦友です。ネイルド村に向かう途中で出ったのでスカウトしたのですが、彼女はとても良い冒険者ですし、口も堅いです。」
「ルーフェン伯爵様、初めまして。ミリアムと申します。過去に何度か地下迷宮に入ったこともありますので、罠の解除も魔獣との戦いも慣れております。冒険者として依頼の秘密は守るつもりです。」
ミシェルが伯爵に自己紹介をする。ルーフェン伯爵はじっとミシェルを見据えその正体を見透かそうとしている風だった。
「ところでミリアムとやら何処かの盗賊ギルドに入っておるのか?」
「いえ、ギルドには入っておりませんが、王都の盗賊ギルドには既にみかじめ料を払っておりますので、もめるような事はありません。」
何時もとは打って変わったミシェルの丁寧な受け答えに僕は内心驚いていた。実はミシェルは変装してあちこちに潜入もしていたのでこういった演技もできるのだ。
「ふむ、特に問題はなさそう…だが、どうも気に食わんな。」
ルーフェン伯爵は顎鬚を手で触りながらミシェルと僕を睨む。
「何かお気に召さないことが?」
僕はミシェルのことがバレていないか伯爵の様子を伺う。
「伯爵様、私では駄目なのでしょうか?」
ミシェルは少し残念そうなうるうるとした瞳で伯爵を見つめた。
「いやな、この者が女性なのが気に入らんのじゃ。これにソフィア殿が入ると、お主のパーティは皆女性ばかりになるではないか。それも美女ばかり。それが気に食わんのじゃ。」
僕はソファーの上でズッコケそうになってしまった。確かに僕以外は女性、しかも美女と美少女ばかりである。他の冒険者からみたらリア充氏ねと言われそうな編成であった。
「そ、それは確かに…しかし、それを理由にミリアムを拒絶なさいますか?」
「いや、それは冗談じゃ。うん、もしミリアムとやらが秘密を漏らすようであれは、お主が責任を取るということで良いかな。」
伯爵の言う責任とはどのようなことを言うのだろう。僕は少し考えたが、「はい」と答える。
「なら、問題はない。」
伯爵は,ミシェルのことについてあまり追求してこなかった。僕はその点が少し納得がいかなかったが、とりあえずミシェルをパーティに入れる了解をもらえたのでよしとすることにした。
◇
ルーフェン伯爵は執務室に戻ると、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「サハシめ、どうやって"アルシュヌの鷲"のリーダーを王都に連れてきたのだ。まだ向こうでは内部のゴタゴタが収まっておらぬはずだが。」
ルーフェン伯爵はミリアムがミシェルであることを見抜いていた。それは彼女のタグが偽造であることを既に知っていたからだ。
「それに、二日前の定時報告では、"アルシュヌの鷲"のリーダーはアルシュヌの街に居るとあったはず。王都まで馬を使ったとしても一週間はかかるというのに。」
ルーフェン伯爵もまさかケイがミシェルをおぶって一晩で王都に連れてきたとは考えなかった。
「いまリーダーを捕まえてしまうと、せっかく落ち着いたアルシュヌの街にまた騒ぎが起こってしまう。ここは我慢か。」
「そうですわね。彼女を王都で捕まえるのは良くないでしょう。それに"アルシュヌの鷲"は義賊という建前えがあります。"死者蘇生アイテム"の事を知っても争いの種になることを恐れて他には漏らさないでしょう。」
今まで黙って伯爵の言葉を聞いていたグレースが自分の意見を述べる。
「グレース、ヘクターを呼ぶのじゃ。念の為にアヤツに監視をさせよう。」
「ですが、それではゴディア商会の仕事が監視できませんが?」
「ぬぅ、誰か文官を割くことは出来ないのか?」
「国の仕事であれば可能なのですが、あれは伯爵領の為の仕事ですので。アルシュヌの街から呼び寄せる必要があります。」
「では、早急に連絡を取って、文官をよこさせるのじゃ。」
そうグレースに叫ぶと、ルーフェン伯爵はドスンと椅子に腰を下ろした。
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