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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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息抜きとトラブル

 王宮に着くと、ヘクターがルーフェン伯爵へのお目通りを門番の兵士に伝える。兵士はヘクターが来ることを前もって聞かされていたのか直ぐに僕達を王宮の一室に案内してくれた。

 部屋に通されしばらく待っていると、ルーフェン伯爵ではなく貴族の女性が部屋に入ってきた。

 30代前後と思われる、クールビューティという言葉が似合う知的な感じの美女であった。


「これはグレース様…もしかして伯爵様はお忙しいのでしょうか?」


 ヘクターは女性に跪いて臣下の礼をとる。僕も慌ててヘクターに合わせて跪く。


「伯爵様は忙しいため、代わりに私がそなたの報告を聞くようにと仰せつかりました。」


 グレースはルーフェン伯爵家に仕えるドルー男爵家の当主である。この国では女性が当主であるのは珍しいのだが、彼女は文官の才に恵まれておりその能力ゆえに女性でありながら男爵家の当主を務めていた。現在は王都で伯爵の秘書のような事をやっており、王都での事務的な事柄については彼女が取り仕切っているとの事だった。


「ははっ、了解いたしました。これが伯爵様から依頼いただきました、ゴディア商会とギーゼン商会の王都での大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材の売上と徴税の見積書でございます。」


 ヘクターは先ほど書き上げた書類をグレースに渡す。彼女は書類を受け取るとその内容を確認していた。



 しばらくして、グレースは内容を確認し終えたのか書類を机の上に置いて溜息をついた。


「これは伯爵様との賭けに負けてしまいましたね。ヘクターの書類に間違いが無いとは驚きました。」


「そ、それは失礼しました。…実は今回の書類の作成にはこちらの者の力を借りましたので…。」


 グレースは、ルーフェン伯爵とヘクターがきちんと書類を期日までに間違いなく仕上げてくるかの賭けをしていたらしい。伯爵は僕が協力すると予想して期日までに書類を提出する方に賭けていたようだ。僕が手伝った為に彼女は伯爵との賭けに負けてしまったらしい。


「なるほど、そちらが伯爵様のおっしゃられていた冒険者ですか。たしか名前はサハシでしたね。ヘクターの手伝いご苦労様でした。しかし手伝ってもらったとはいえ何故サハシはヘクターと共に王宮に来たのですか?」


 グレースは僕のことをルーフェン伯爵から聞いて知っていたようだった。


「はい、僕は伯爵様にお目通りをしたく、無理を言ってヘクター殿に付いてきたのです。」


「そうでしたか。…もし伯爵様に伝えたいことがあれば私に言って下さい。」


 僕は、盗賊が不要になった件をグレースに伝えて良いものか判断に困っていたが、具体的な内容を含めないようにして彼女に伝言してもらうことにした。


「では、伯爵様に"お願いしました件に付きましては当方で解決しました。"とお伝えいただけないでしょうか。」


「それで伯爵様はお判りになられるのでしょうか?」


「ええ、伯爵様には判っていただけると思います。」


 グレースは僕の伝言を伯爵様に伝えてくると書類を持って部屋を出て行った。書類を渡し終えてヘクターは今日の仕事はこれで終わりという感じになっていた。

 案内の兵士が現れ僕とヘクターは部屋を後にし、王宮を出ることになったのだが、王宮の出口の所で再びグレースと会うことになった。


「サハシ殿、お待ちください。伯爵様からこれを預かってきました。」


 グレースが僕に羊皮紙を渡してきた。


それ(羊皮紙)を持って今日の夕方頃に王宮に来てほしいとおっしゃっておられました。」


(これは、僕がどんな盗賊を連れてきたのか会わせて欲しいと言うことだろうな。)


「承知しました。今日の夕方に伺わせて貰います。」


 そう返事をして僕とヘクターは王宮を後にした。





 ヘクターは昼飯をおごってくれると言ってくれたが、それを断り僕は宿に向かった。宿で寝ている二人を起こして一緒に昼食を取ろうと思ったのだ。





「そろそろお昼だよ? リリー、ミシェル、起きない?」


 二人はまだ眠っていたのか、部屋の扉をノックして呼びかけてもなかなか出てこなかった。


「ふぁぁ~。ケイか、うるさいよ~。」


 ようやく起きたのか殆ど下着姿のミシェルが扉を開けて出てきた。


「そろそろお昼なんだ、リリーも起こしてくれないか? …ミシェル、その姿で出てくるのはちょっとはしたないよ。」


 僕の指摘にミシェルは自分の姿を見て慌てて扉を閉めてしまった。





「というわけで、夕方頃に君を連れてルーフェン伯爵様に会いに行くつもりだけど、大丈夫かな?」


 貰った羊皮紙は王宮でルーフェン伯爵に謁見するための書状であり、それには僕以外に随行者を一名連れてきても良いとあった。これは僕が選んだ盗賊=ミシェルを連れて来いということであろう。


「伯爵と面会か。ちょっとドキドキするな。まあ、伯爵があたいの顔を知っているとは思えないけど念の為に変装していくよ。」


「伯爵様も君が今回の件を受けるのに問題が無いと思ってくれれば良いんだけどね。」


「伯爵様が既に別の盗賊を用意されているかもしれませんね。そうなればミシェルさんはアルシュヌに帰れますよ。」


「あたいより腕の立つ奴だったらね。そんな奴はそうそうフリーで居るわけがないよ。」


 リリーがミシェルを挑発するが、ミシェルはそれを意にも介していないようだった。





 昼食を終えた後、僕はリリーとミシェルを連れて王都を見て歩くことになった。リリーに王都に着いてから街をろくに見ていないことを指摘されたのだ。確かにエステルのこともあり、僕は街を見て回るという気にならなかったのだ。


「そういや、王都に来たのに観光とかしていないな。」


「ケイさん、色々やらなきゃいけないことはありますが、少し頑張りすぎです。多少は息抜きしないと駄目です。」


「そうだね、ケイは少し焦り過ぎているとあたいも思うよ。」


 先ほどまで牽制しあっていた二人が何故かこのことに関しては息が合っていた。


「…そうだね。夕方まで少し息抜きがてらに出歩いて見ようかな。」


 僕も王都に着いてから…いや王都に向かう直前から心が休まる時が少なかった様に感じていたのだ。二人の提案に乗って街を彷徨いても良いかなと思い始めた。


「そうだよ。せっかく王都に来たんだ、色々見て回りたいよ。」


「ミシェルは今晩にはアルシュヌに帰る羽目に成るかもしれませんからね。」


「そんなことにはならないよ。」


 そんな漫才の様な会話をしながら、二人は僕の両腕を掴むと宿から僕を連れだしたのだった。





 王都の大通りは冒険者向けというより街の住民や王都に訪れた地方都市からの旅人向けの店が多い。そんな店を僕とリリーとミシェルは冷やかし半分に見て回った。


「ケイさんは普段着を持っていませんよね。折角です、普段着を買いましょう。」


「そうだね、鎧姿じゃ行けない所もあるしね。」


 地方都市ではオーダーメードか古着を売っている店が殆どだったが、王都ともなればサイズを取り揃え既製品として服を売っている店が多数あった。そんな店で二人は楽しそうに僕の普段着を選んでいた。



 買い物を終えると、僕達はエミリーの様子を見に"大地の女神"の教会に行くことにした。王都の"大地の女神"の教会は、貧しい人が住むスラム街の側にあった。大通りから外れてスラム街の方に向かっている最中に僕達はとあるトラブルに巻き込まれてしまうのだった。


「そっちに行ったわよー。」


「逃しまへんで~。」


 "大地の女神"の教会まであと少しというところで、必死に子供の手を引いて逃げるシスターとそれを追いかける身なりの良い二人の男という、あまりにもベタなシチュエーションに僕達は遭遇してしまった。


(どう見ても厄介事に巻き込まれるパターンだよな。どうするかな。)


 リリーとミシェルの方を見ると、二人もどうしたものか迷っているようであった。


 僕達の近くまで走ってきた所で子供が足をもつれさせ転んでしまった。手を引いていたシスターが慌てて子供を助け起こしたのだが、その間に二人は男達に追いつかれてしまった。

 シスターと子供を追いかけていたのは、ガリガリに痩せた背の高いナマズ髭を生やした男と、背が低いがガッチリとしたドワーフ、いや小型のゴリラの様な体格の男だった。


「ふぅ、ようやく追いついたよ~。僕ちゃんの服に泥を投げつけてただで済むと思っているのかしら。」


 ナマズ髭の男の服には、子供が投げつけたのだろう泥玉が当たった跡が残っていた。


「司祭様に泥を投げつける罰当たりな子供には、天罰を与えなければいけまへんな~。」


 背の低い男の方が指をボキボキと鳴らしながら二人に詰め寄った。


(司祭って、こいつら聖職者なのか? どう見ても某シリーズに出てくる三悪人の二人だよな。)


 僕は二人が聖職者だと知り驚いてしまった。確かにその服装は見ようによっては神官服に見え無くもなかった。


「さーて、ちょっとこっちに来てもらおうか。」


 どこかのチンピラのようなセリフを吐きながら小柄な男が子供を捕まえようとすると、その前にシスターが立ちはだかった。


「こんな小さな子供に何をするのですか。貴方は神に仕える身として恥ずかしくは無いのですか?」


 小柄な…おそらく十代前半のシスターはその小さな体で子供を守ろうとした。


「あら、"大地の女神"のシスターは、そんな悪人をかばうのかしら。」


「こんな子供が悪人の訳が無いでしょう。あなた方が私達の炊き出しを邪魔したのが原因でしょう。」


「あーら、あたしはあんな物を食べたらこの子たちがお腹を壊したら可愛そうだと思って、処分してあげただけよ。邪魔だからあんたはこっちに来なさい。」


 ナマズ髭の男は嫌味ったらしく言いながら、シスターを捕まえた。


「キャァー、そんなところ触らないで下さい。」


 ナマズ髭の男は、捕まえたシスターの体のあちこちをいやらしく触っていた。


「お姉ちゃんを離せー。」


 子供がシスターを助けようとナマズ髭に殴りかかったが、その前に小柄な男に捕まってしまった。


「ほな、天罰いきまっせー。」


 小柄な男は子供を持ち上げると空高く放り投げてしまった。シスターはその酷さに目を閉じて顔をそむけることしか出来なかった。





「よっと、危なかった。大丈夫か?」


 僕は放り投げられた子供を空中でキャッチして、静かに地面に降ろしてやった。


「だ、誰よあんた達は~。」


 ナマズ髭の男は(彼らからしてみれば)突然現れた僕達に驚いていた。


「通りすがりの仮面ライ…いや、冒険者だ。司祭様、女性と子供に乱暴しちゃいけないよ。」


「冒険者風情があたし達に盾突こうってのかね~。トンちゃんやっちゃってしまいなさい。」


「○ラホラサッサー」


 ナマズ髭の男に命じられて小柄な男、トンちゃんは謎の掛け声をあげて僕に襲いかかってきた。下手な女性の胴回りほどもある上腕二頭筋を見せびらかしながら僕に掴みかかってきた。力自慢なのだろうが僕はそれに付き合ってやるつもりは無かった。


 二人の背後でリリーが魔法の詠唱をしているのを確認して、


「喧嘩なんてしたくないよ。じゃあね。」


 そう言ってトンちゃんの腕をかいくぐり、彼の額をデコピンで弾いてナマズ髭の男の方に弾き飛ばした。


「痛いだす~。」


 額を押さえて転げまわるトンちゃんとナマズ髭の男を効果範囲としてリリーの眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)が発動した。





 眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)で眠らせた二人組を路上に放置して、僕達はシスターと子供と共に"大地の女神"の教会に向かっていた。


「危ない所を助けて頂きありがとうございました。」


 歩きながらシスターは僕達に感謝の言葉を述べてくる。


「こちらこそ、もっと早く助けに入るべきでした。しかし、何が原因で追われていたのですか?」


「それは…」


 シスターは口ごもる。


「全部あいつらが悪いんだい。あいつら炊き出しの鍋をひっくり返して…」


 子供は僕達に彼らの悪事を話してくれた。

 それによると、"大地の女神"の教会がスラム街の住人の為に定期的に行っている炊き出しの一つにあの二人組が現れたのだが、炊き出しの内容にケチを付けた挙句に鍋をひっくり返してしまった。そのことに怒った子供が泥団子を投げつけて、それで二人組に追いかけられていたのだ。シスターは子供を二人から逃がそうとしていた。


「あの二人は聖職者なのですよね。そんな非道な事をして良いのでしょうか? それに周りの人達はあの二人を止めなかったのですか?」


「あの二人は"天陽神"の教会の司祭と神官なのです。"天陽神"の教会は秩序を重んじますので、スラム街の住人を差別しています。それにあの二人はあれでも貴族なので、平民である私達には何も出来ないのです。」


 二人組は准男爵と士爵のため、スラム街の住人が手を出そうものなら捕まってしまのだ。そのため誰も二人に手を出せなかったのだ。


(あれで貴族なのか。困った、あいつら僕のこと忘れてくれないだろうな。面倒なことにならなきゃ良いんだが。)


 後悔先に立たずだが、厄介事が起きないことを僕は祈った。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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