盗賊ギルドの事情とヘクターへのお願い
「ミシェルさん、どうして王都に?」
エミリーはミシェルが現れたことに驚いていた。リリーは僕がスカウトした盗賊が彼女であると推測していたので驚かずに"ようやく現れたんですね"という顔をしていた。
「後で話そうと思ったんだけど、地下迷宮に入る為に盗賊が必要だろ。そこでミシェルをスカウトしてきたんだ。」
「…そうですか。しかし何故ミシェルさんなのですか? 他の方でも…」
「あたい以外に適当な盗賊がいなかったからね。アルシュヌじゃあまり話も出来なかったけど、今度は一緒にパーティを組むんだ、よろしく頼むよ。」
エミリーはミシェルをスカウトしたことが不満なのか、僕をチラリと見てくるが、僕はその視線から目を逸らしてしまった。
「彼女は地下迷宮に潜ったこともあるらしいし、戦いの腕も確かだよ。ルーフェン伯爵に紹介して問題がなければ、パーティを組もうと思うんだ。」
「そうですか。…ケイがそう言うのなら…判りました。ミシェルさん、よろしくおねがいします。」
エミリーとリリーはミシェルと挨拶を交わすが、その間には何か火花のようなものが散っている様に見えた。
◇
「さっきの話に戻すけど、不心得者って、もしかして冒険者を狙う冒険者がいるってことなのかな?」
「ああ、そうらしい。」
ミシェルがそう言うと、リリーとエミリーが嫌そうな顔をした。二人は冒険者同士が争うのは嫌いなのだ。
実際、冒険者同士が争うことは珍しくない。報酬の分前や意地の張り合いや、単に相手が気に食わないというだけで争いになる事は良くある。ネイルド村でも何回かそういった冒険者の争いを目にしたことがあるが、普通は喧嘩程度であり殺し合いにまでなることは少ない。なぜなら殺し合いにならないように冒険者ギルドが調停をするのだし、故意に殺人を繰り返すような者はギルドから追放され目に余るようであれば処罰されるのだ。
(ウイ○ードリーでも迷宮の瘴気に当てられてしまった冒険者がモンスターとして出てきたけど、この世界の地下迷宮でも同じような事が起きるのかな?)
僕としては地下迷宮でそんな元冒険者と戦うのは願い下げである。
「ミシェル、何故それが盗賊ギルドと絡んでくるのかな?」
「そりゃ、地下迷宮に入るパーティには必ず盗賊がいるからさ。」
行方不明になった冒険者パーテイの中には当然ギルドのメンバーで有る盗賊も含まれている。中級クラスの冒険者パーティについていく様な盗賊だからそれなりの腕を持っており、盗賊ギルドでも彼らは重要な戦力である。それに地下迷宮で稼いでいる盗賊は、その上がりの何%かをギルドに収めておりそれはギルドの重要な収入源でも有る。
「自分のギルドの腕利きの盗賊が、複数行方不明なんて事になればギルドも慌てるさ。しかも裏の仕事ならまだしも地下迷宮でだぜ、あたいだったら当然原因を調べるさ。」
「調べた結果…魔獣ではなく冒険者に襲われたということが判明したのでしょうか? 何か証拠でも…」
地下迷宮に現れた強力な魔獣に襲われてしまったという方がありえるのだ。エミリーが言うとおり証拠が無いと断言は出来ないはずである。
「証拠はないが、証人…いや遺言かな? それが残っていたんだ。」
ミシェルの話では、盗賊は仲間内で通じる暗号のような物を持っているそうで、行方不明になった冒険者パーティの盗賊が残したそれが地下迷宮で見つかったのだそうだ。
「それによると、他の冒険者に襲われたと書かれていたってさ。それで冒険者の中に仲間を意図的に襲う奴が居るって話になったんだ。」
襲われたパーティの盗賊が今際の際にダイイングメッセージを残しておいたらしい。それを別の盗賊が見つけてギルドに報告したのだ。その報告を受けて盗賊ギルド連盟は、犯人を見つけようと躍起になっているらしい。
「あたい達も地下迷宮に入るんだ、その時は途中で遭う冒険者パーティには気を付けたほうが良さそうだね。」
ミシェルが嫌そうに言い、それに僕達は黙って頷くしかなかった。
◇
ミシェルも僕達と一緒に夕食を食べたのだが、その後ミシェルは宿を出て行こうとした。
「ミシェルさん、何処へ行かれるのですか?」
「いや、まだ宿が決まってなくてね。本当ならこの宿にしたかったんだけど、ちょっと高くてね。」
リリーが尋ねると残念そうにミシェルが答えた。この宿はゴディア商会が用意してくれたのだが、普通の冒険者が泊まる宿にしては宿泊料が高い。
「…リリー、エステルは今日も帰ってきませんよね。じゃあ、ベットが一つ空いてますよね。」
「エミリー…そっか、ミシェルさん今夜は女性同士お話しませんか?」
「えっ、あたいとお話?」
ミシェルは二人がお話したいという意図が判らず"?"状態だった。二人は両脇からミシェルを挟み込むと腕をガッチリと捕まえた。
「ケイさん、今から三人で少しお話しますので、申し訳ないですが今日は私達の部屋には来ないで下さい。」
リリーがまるで僕が女性陣の部屋に入り浸っているように言うが、僕は女性陣の部屋には必要な時以外は入っていない。
「いや、そっちの部屋にわざわざ入る…「「お願いします」」…はい。」
ミシェルが誤解しそうだったので訂正しようとしたのだが、二人の剣幕に押されてしまった。
ミシェルはそのまま女性陣の部屋に連れ込まれてしまった。
(リリーとエミリーはミシェルと何を話し合うんだろう。)
聴覚の感度を上げれば話を聞くことが出来るだろうが、盗み聴きは良くない…いや聞くのが怖かったというのが正しい。僕は自分の部屋に入って直ぐに寝てしまうことにした。
◇
翌朝、僕が朝食に誘おうと女性陣の部屋の扉をノックすると、中から目を真っ赤にしたエミリー、リリー、ミシェルが出てきた。どうやら徹夜で何かを話し合っていたらしい。
「一晩かかっても説得できないなんて。」
「ミシェルさん、しぶといです。」
「まだまだ、若い娘には負けないよ。」
本当に何を話し合っていたのか判らないが、三人は気力と体力を使い果たして疲れ果てていた。
朝食を何とか食べ終えた三人だったが、リリーとミシェルはそのまま部屋に戻って眠る事になった。
エミリーは教会での奉仕活動があるので教会に出向かなければならないのだが、今のままでは到底奉仕活動などできない状態である。
「ケイ…すいませんが…マナ注入をお願いします。」
エミリーは申し訳無さそうに僕にマナ注入をお願いしてきた。リリーとミシェルは女性陣の部屋で既に眠りについており、マナ注入に使えるのは僕の部屋だけだった。
エミリーは僕の部屋に入ると、昨日のリリーと同じくベッドに座った。僕はエミリーの横に座るとマナ注入を始めることにした。
「エミリーは何時も教会で人助けのために頑張っているね。だけど無理はしないでね。」
「はい…んっ…」
エミリーの唇を奪い、疲労回復ということでゆっくりと魔力をエミリーに注いでいく。その分長くキスをすることになる。王都に着いてから初めてのマナ注入ということで、エミリーはその感触を確かめるかのように僕にしがみついてきた。
15分ほどマナ注入をすると、エミリーの真っ赤だった目も普通に戻りお肌も艶々になっていた。
「どう?」
「はい、ずいぶん楽になりました。これならなんとかなると思います。」
「回復の奇跡を使いすぎると辛くなると思うから、本当に無理しないでね。」
エミリーを教会に送り出したあと、僕は今日何をすべきか考えていた。
(ミシェルが来てくれたおかげで、別の盗賊の手配はいらなくなったよな。そのことをルーフェン伯爵に伝えないと。後は、ソフィアに地下迷宮に入れるようになったと知らせるかどうかだが…いやまだその段階じゃないな。)
武器の修理ということで時間をもらったのだ、その間にもう少し情報収集や準備を整えておきたい。そう考えると、僕はソフィア抜きでルーフェン伯爵に会うことにした。
(問題はどうやって伯爵と連絡を取るかだな。)
王宮でいきなりルーフェン伯爵に取り次いで欲しいと言ってもアポが無い僕が会える保証はない。
(誰か伯爵と面識のある人は…。そういえば、ヘクターって伯爵家の家臣じゃないか。もしかしたら伯爵と連絡が取れるんじゃないのかな?)
僕はゴディア商会の王都支店に居る徴税官のヘクターの事を思い出した。
◇
ゴディア商会の王都支店は今日も賑わっていた。大水晶陸亀の素材の販売は好調な様であった。一番の購入先は当然ながら王国の軍隊で、お抱えの鍛冶師に大水晶陸亀の素材を使った武器と防具を作らせるために大量に素材を購入しているのだった。
「あれ、ケイさん、ネイルド村に行かれたのでは?」
そんな忙しい中、ゴンサレスが目ざとく僕を見つけて話しかけてきた。
「ああ、もうそちらは片付きました。」
「そうなのですか? …それで今日はどの様な用件でしょうか。ケイさんも地下迷宮に付いて何か聞きたいのでしょうか?」
「いえ、今日はヘクターさんに用事があって参りました。彼は何処に?」
「ヘクターさんなら…多分奥の部屋にいますよ。」
徴税官であるヘクターは、店の奥の一室を借りてそこで事務処理をしているとのことだった。僕がその部屋に入っても良いかとゴンサレスに尋ねると、問題無いと言ってくれたので部屋を尋ねることにした。
ヘクターは羊皮紙の山を前に悪戦苦闘していた。どうやら全て大水晶陸亀の素材の取引に関する書類らしい。ゴディア商会の王都支店が総力を上げて販売しているのだからその書類も物凄い数になる。ヘクターの仕事はそれらに全て目を通してどれだけ徴税するかを見積もることなのだ。
しかし今王都にいる徴税官はヘクター一人である。ゴディア商会の人には、税の計算ということから手伝ってもらえない。
「ケ、ケイさん、丁度良い所に~。お願いします、書類の整理を手伝って下さい。こんなの一人じゃ絶対に無理です。」
「いや、ヘクターさんのお仕事ですから。それに伯爵家の財政情報を冒険者に知られても良いのですか?」
おそらく僕なら一時間とかからずに終わらせる事ができるが、ここは一旦断っておく。
「そんな~。ケイさんは裁判の時に伯爵家の財政に付いて調べていたじゃないですか。今度お酒でもおごりますから~手伝って下さい。」
「僕はお酒はあまり飲まないので…じゃあ、僕のお願いを聞いてくれたら手伝いますよ?」
「お願いですか? …私にできる事なら何でもします。ですからお手伝いお願いします。これ今日中に整理して、王宮に居る伯爵様の元に書類を持っていかなきゃならないんですよ。」
調度良いタイミングだった。ヘクターは書類を作って王宮の伯爵の元に向かうらしい。
「調度良かった。実はルーフェン伯爵様にお会いしたかったので、ヘクターさんに仲介を頼もうと思っていたのですよ。書類を持って行く時に一緒に付いていってもよろしいですか?」
「へっ、伯爵様に会われたいと? …そりゃ王宮に付いて来られてもよろしいですが、伯爵様に会えるとは限りませんよ?」
「多分会ってくれると思いますよ。ヘクターさんも協力してくれますよね。」
「…はぁ、判りました。書類ができなきゃ怒られるどころか減俸ですから。」
こうして僕はヘクターの書類整理を手伝うことになった。
結局、書類の整理に二時間ほどかかってしまった。こんなに時間がかかったのは、ヘクターが文官の癖に計算も筆記も苦手だったからだ。計算は僕が二十分ほどで終えたのだが、肝心の書類…ヘクターが直筆する必要がある…の作成に物凄く時間がかかってしまったのだ。
「うう、15と35を加えると40ですよね。」
「いえ、50ですから。足し算ぐらい間違えないで下さい。それにそこスペルが間違っていますよ。」
「ああ~また書き直しだ~。誰だ徴税官の直筆で書類を作るなんて規則を作ったのは。サインだけで良いじゃないか~。呪ってやる~。」
ヘクターは頭をかきむしりながら規則を作った人を呪っていた。
(どうしてこんな人が徴税官として王都に派遣されたんだ?)
僕はそう思いながらヘクターの書類作成を手伝ったのだった。
「終わった~。」
書類を書き終えるとヘクターは机に突っ伏してしまった。
「ヘクターさん、終わったのなら王宮に向かいましょう。」
「えーっ、休憩させてくださいよ。」
「僕は早く伯爵様に会いたいんですよ。」
駄々をこねているヘクターを急かして僕は王宮に向かった。
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