リリーと情報整理
王都に入るとミシェルはしばらく別行動をとりたいと言い出した。
「王都の盗賊ギルド連盟に顔を出しておかないと不味いんだよ。」
王都には現在四つの盗賊ギルドが存在している。そしてそれぞれが勢力を拡大を狙ってしのぎを削っている。少し前までは暴力団の抗争のような事をやっていたのだが、あまりにも不毛な争いに嫌気が刺したのか、今は協定を結んで表向きは友好的にしている。
その協定によって設立されたのが盗賊ギルド連盟という名の組織である。他所の街からきた盗賊は盗賊ギルド連盟に挨拶し、みかじめ料を払うことで街での活動を認めてもらうことになる。冒険者と盗賊を兼業している人達は盗賊ギルドに入るか盗賊ギルド連盟にみかじめ料を払っている。
「みかじめ料を先に払っておかないと盗賊ギルドの連中に狙われるからね。終わったら…宿の方に行くよ。」
ミシェルはそう言うと王都の人混みの中に消えていった。
僕の方はミシェルと別れるとこの二日間の睡眠不足を解消するため宿に戻って眠ることにした。
◇
宿の部屋の扉をノックする音で僕は目覚めた。体内時計の表示を見ると午後五時である。
「ケイさん、帰ってきたんですか?」
「ああ、今日の昼に帰ってきたよ。」
ドアを開けるとリリーが立っていた。"瑠璃"から僕が王都に帰ってきたと聞いて宿に戻ってきたらしい。
リリーは僕の部屋に入り、ベッドに腰掛けた。宿の一人用の部屋は狭く椅子なども無いのでそうするしか無いのだが、少しリリーらしからぬ行動である。僕も仕方なくベッドの端に座った。
『予定より早かったですね。』
部屋の中であれば誰にも見られないので、"瑠璃"も姿を現した。
「武器の修理が出来なくてね、その代わりヴォイルに武器を貸してもらったんだ。おかげで早く帰ってこれたのさ。」
ベッドに立てかけてあるヴォイルから借りた大太刀を二人に見せる。リリーはその半透明な刀身を見て「綺麗」だと言い、そしてその素材が金剛甲虫だと聞いて驚いていた。
『ところで、ネイルド村からアルシュヌの街に寄ったみたいですが、あの街に何か用事があったのですか?』
"瑠璃"は僕の位置情報のログを見て指摘してきた。"瑠璃"と僕の間ではこういった情報へのアクセス制限はかけられない。つまり"瑠璃"には僕の行動が筒抜けということなのだ。
「えっと、アルシュヌの街で、盗賊を一人スカウトしてきたんだ。これで地下迷宮の罠も大丈夫だよ。」
「盗賊ですか…もしかして…」
リリーは探るような目付きで僕を見てくる。
「あ、後で紹介するよ。」
僕はリリーから目を反らすとそう言ったのだが、
「はぁ、なんとなく誰をスカウトしてきたか判りました。」
リリーは僕の態度で盗賊が誰であるかわかったのだろう、ため息をついた。
「…ところで、エステルとエミリーはいつ頃帰ってくるのかな?」
僕は話題を変えようとエミリーとエステルの様子を尋ねた。
「エミリーはもう少しすれば帰ってくると思いますが、エステルはケイが戻ってくるまで、吸血鬼について学んでくると言ってました。多分明日まで帰ってこないと思います。」
エステルはジークベルトの所に吸血鬼としての体の使い方や戦い方を習いにいったのだが、二日間戻ってこないとはかなり気合が入っているようだ。
「そうなのか…様子を見に行くのは邪魔になりそうだな。」
「そうですね。エステルも見られるのは嫌かもしれませんし、明日まで待っていた方が良いと思います。」
リリーとそんな話をしていたのだが、宿の狭いベッドに二人で腰をかけて話し込んでいたため、二人の距離はかなり近くなっていた。
(距離が近い!)
リリーとは久しくこんな密着状態で話をすることがなかったので、僕は恥ずかしくなってしまい慌ててベッドから立ち上がろうとした。
その僕の手をリリーがぎゅっと握りしめた。
「…最近ケイさんはエステルとばかりマナ注入をしていますよね。」
唐突にリリーがそんな事を言い始めた。
「いや、それはエステルが吸血鬼になってしまったから…あれが食事代わりなんだよ。」
「旅の間は疲労回復といってマナ注入をしてくれたのに、王都に来たら全然してくれないのは酷いです。あたしにもマナ注入して下さい。」
リリーがその小柄な体でぎゅっと僕の手にしがみついてくる。何時も冷静な彼女らしくない行動に僕は戸惑った。
「どうしたんだリリー? 今日は何か変だよ。」
「変じゃありません。ちょっと情緒不安定なだけです。」
「いや、…リリー何があったんだい?。」
僕は腕にしがみついてくるリリーに困ってしまった。
『慶、リリーは今日冒険者ギルドで同郷の女性冒険者に会ったのです。それが…』
『もしかして男連れだったとか?』
『はい、それはもう見事なバカップルで…。それでその男性にリリーが少し小柄な事をバカにされて…。』
リリーは小柄な体を馬鹿にされて、悔しい気持ちのまま帰ってきたらしい。いつもならエステルが一緒にいるので、彼女が言い返してリリーがそれをたしなめる役に回るのだが、エステルがいない状態では勝手が違ったらしい。
(しっかりしてる風に見えても17歳ってまだ子供だよな。)
この世界では15歳をすぎれば大人とみなされる。しかしだからといって皆急に大人として振る舞えるわけでもない。
『困ったな~』
『マナ注入してしまえば良いのでは?』
『いや、それは何かリリーの境遇に付け込んでいるような…』
『いえ、こういった場合は押し倒しても良いぐらいですが…慶はヘタレな上に今はそっち方面はロック状態ですから…。せめてキスぐらいしてあげて下さい。』
『押し倒しちゃいかんだろ。』
"瑠璃"の過激な発言は置いておくとして、腕にしがみついているリリーを放置しておくのも可哀想である。抱きしめて頭を撫でてあげるぐらいで済めば良いのだが、リリーの様子を見ているとそれだけでは駄目な気がする。
「ケイさん?」
「うん、マナ注入してあげるよ。」
リリーのストレス解消のために僕はマナ注入をすることにした。
そっとリリーを抱きしめると、キスをしやすいように頤を持ち上げる。リリーは目を閉じてじっとしていた。その可愛らしい唇にキスをすると静かに魔力を注入した。
マナ注入はその魔力を入れるスピードで色々な効果が出ることは実験済みだ。勢い良く大量の魔力を注ぎ込むと精神高揚効果があり、そのまま注ぎ続けると興奮状態から絶頂に向かってしまう。逆に少しづつ静かに魔力を入れると、精神を落ち着ける鎮静効果があるのだ。
今回は少し興奮状態にあるリリーを落ち着けるために少しづつ魔力を注入する。そのおかげであろうリリーは落ち着いてきたのだが、今度は僕にマナ注入をせがんでしまったことが恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤になってしまった。
「もう大丈夫…「駄目!」 あっ」
そんなリリーが可愛らしくて、僕は彼女をギュッと抱きしめるとキスを継続した。今度は逆に強めに魔力を流し込みながら彼女の口の中に舌を入れて、僕は彼女の舌を絡めとってしまった。
リリーは僕の突然の行動に驚いたようだったが、素直に僕の行為を受け入れた。
《マナを注入中: 30ミューオン/秒で伝達されています。》
舌を絡めることで普通にキスしている時の三倍の効率で魔力の注入されるのが判る。通常の三倍の魔力注入の快感に酔ってしまったリリーが物凄い力で僕を抱きしめるが、それも長くは続かず十秒ほどで気絶してしまった。
気絶したリリーをベッドに寝かせて僕は廊下に出た。僕が生身の男であれば野獣と化してリリーを襲ってしまっただろうが、残念ながらパスワードロック状態にある僕の下半身は賢者状態である。
『慶、パスワードを早く破りましょうね。』
僕は"瑠璃"にそう言われて、ガックリとうなだれるのだった。
◇
リリーは気絶から目覚めると、恥ずかしさのあまり真っ赤になって女性陣の部屋に駆け込んでしまった。僕はノックしてもリリーが出てこないので、どうしようかなと思っている所に丁度エミリーが帰ってきた。
「良かった、予定より早く帰ってきたんですね。」
「うん、事情は夕飯を食べながら話すよ。」
エミリーが帰って来たのでリリーも部屋から出てきてくれた。宿の食堂で夕飯を取りながらそれぞれが集めた情報を話し合うことにした。
「教会で奉仕活動しながら街の人に話を聞いたのですが、王都の"天陽神"の教会は街の人には評判が良くありません。」
「へえ、評判が悪い理由は?」
「街の人の話では、神官たちが金に汚いとか、平民に対して高圧的だとか言われています。神官の大半が貴族の子弟ということが原因と思われます。…それに"大地の女神"の教会のボランティアを邪魔したりと、教会の間の対立はかなり深まっているようです。」
「…それはまた凄いな。教会同士が対立して…信者の数なら"大地の女神"の教会の方が多いんだろう? "天陽神"の教会はそれで大丈夫なのか?」
「…伯爵や公爵など大貴族と呼ばれるような方々の信仰が厚いので…」
(中世の一神教かよ…。だけど何故大貴族の信仰が厚いんだ?)
権力と宗教が結びつくことで教会が腐るのは地球でも起きたことだが、僕が聞いた限りでは"天陽神"は権力者の信仰を集めるほどの教義ではなかったはずだ。何かそこにからくりがありそうな気がするが、今回の依頼と関係があるかはまた別だろう。
「エミリーありがとう。また何か判ったら教えてくれないか。」
「ええ、判りました。」
「次は私の方ですね。…地下迷宮についてですが、ごめんなさい、あまり詳しく調べられませんでした。」
リリーは地下迷宮について冒険者ギルドやゴンサレスから聞いた事を話してくれた。
それによると、
地下迷宮は王都から歩いて一時間ほどの距離にある。
地下迷宮への入り口は冒険者ギルドと王国によって管理されている。
迷宮には冒険者のタグを持っている物か王国の兵士しか入れない。
現在地下四十三階まで探索されているが、どこまで迷宮が続いているか不明である。
特定の階層は時々構造が変化するらしい。
魔獣は下の階層に行けば行くほど強くなる。下の階層ほど迷宮が広くなっているため大物の魔獣も出現する。
罠は様々な物があり、解除にはそれなりの技術が必要で、盗賊が仲間としては必要だ。
宝物や魔獣の素材は深い階層のものほど貴重な物が出やすい。
以上がリリーが調べてくれた地下迷宮に関する情報であった。
『"瑠璃"、ゲームに例えると?』
『私が話を聞いた感じでは、ウ○ザードリィ+nethack+D&○って感じでしょうか。下の階層に行けば行くほど意地の悪いTRPGのマスターが作った様な罠が多いみたいです。ちなみに十フィート棒はこの世界にはありませんでした。』
"瑠璃"の評価を聞くと、かなり意地の悪い地下迷宮らしい。しかし出てくる宝物や魔獣の素材は高く売れるため一攫千金を目指す冒険者は尽きないらしい。
「後、これは冒険者ギルドで聞いた噂なのですが、最近幾組かの中級ランクの冒険者パーティが行方不明らしいです。」
地下迷宮は日帰りできるような場所ではなく、深い階層には何日もかけて入る必要がある。食糧などの問題から一週間ぐらいを目安に冒険者達は地上に帰ってくるのだが、一週間経っても戻ってこないパーティがあると冒険者ギルドで聞いたそうだ。
「パーティが帰ってこないのは珍しいの?」
「初級のパーティが戻ってこない事は…良く有りますが、中級クラスになるとそんなにはないそうです。ゴンサレスさんが言うには強い魔獣が出現したのではないかと。」
地下迷宮の魔獣は迷宮内で繁殖しているのではなく、何処からともなく出現しているらしい。そして出現する魔獣だが、魔力の密度が影響するのか、時々強い個体が発生することがある。そういった魔獣に遭遇したパーティが被害にあっているのではないかとゴンサレスさんは言っていたそうだ。
「どうやら、魔獣じゃなくて冒険者の中に不心得者がいるみたいだよ。」
盗賊ギルド連盟への挨拶を終えたミシェルが姿を現した。
「ミシェル、早かったね。不心得者って?」
「挨拶してきただけだから、これでも遅いくらいさ。その不心得者の件で盗賊ギルドもゴタゴタしてててね。」
どうやら地下迷宮できな臭い何かが起きているようだった。
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