オーガ討伐
02/16 協会->教会
02/18 エーリカ->エミリー
朝、目を覚ますとエミリーは既にいなくなっていた。布団に残る温もりから、ついさっきまでいた感じがする。
「(そういえば、この世界に来てから時間を気にすることがなかったな~)」
僕は視界に時間を表示させる。
《時刻:20XX/06/03 05:30》
「(あれ、この年月日って…僕の月打ち上げから一週間後?)」
表示された年月日に違和感を覚える。もし打ち上げの事故で、僕がこちらの世界に来たのなら、一週間経っているのはおかしい。
「(そういえば破損データがあったけど、アレを修復できれば何か分かるかも)」
破損データを記録領域から選択し、データの修復を再度実行した。
《データの修復:開始.......終了。データの復元に失敗しました》
「(やっぱり破損データの修復は無理か…)」
考えてもうまくいかない時、ついつい後回しにする癖が僕にはあった。したがって、破損データの修復は後回しとした。今はそれよりこの世界の事を知る必要があるのだ。
窓を見ると、雨戸から漏れる外の光で明るくなってきたのが分かった。日の出でも見ようと思い、僕は雨戸を開けた。
「(えーっと、東ってどっちだろ)」
マップ機能を使って方角を確認する。
「(この世界でも磁場による方位測定が動いているのか…)」
と思いながら、東の空を見上げた。
空は朝焼けのようにうす赤く色づいていたが、はなにかおかしく感じられた。
「(あれ、朝焼けって日が昇る東の空が赤くなるんだよな。何故空全体が薄く赤いんだ?)」
空を見上げると、そこに奇妙な物が浮かんでいることを発見した。
「アレは何だろう?」
空に見つけたのは、光り始める前の白熱電灯球のような丸い物体だった。見ていると、時間が経つごとに赤く光って、最後には見つめるのが難しいほどの光を放ち始めた。
「もしかしてアレが太陽?」
天空の中央に位置する光の玉は、世界の太陽なのだろう。取りあえず、そう僕は思うことにした。
「(太陽がアレとか、ファンタジー世界だよな)」
改めてこの世界が、地球とは異なる世界であることを実感した。
エミリーが呼びに来るまで、僕は外に出てこの世界を見渡していた。どうやらこの世界は地球と異なり、球体として閉じている世界のようだった。
何故そう思ったかというと、地球では当たり前の地平線が存在せず、遙か彼方にせり上がった地面が見えていたからである。三百六十度ぐるりと僕の目にはせり上がった地平線が見えていた。
つまりこの状態をボールに例えると、地球はその表面に人が住んでいるが、この世界では逆に内側に人が住んでいる状態である。 太陽(?)は、その中心にある光る玉として存在しているのだ。
「(もっとこの世界のことを知らないといけないな~)」
そう決意するのだった。
◇
朝食の後、ビルの家に赴いて、森に入るのは午後からにしてほしいと伝えた。そして午前中は、エミリーにお願いしてこの世界の文字を教えてもらうことにした。
エミリーのは、「お勤めが終わった後なら大丈夫です」と言ってくれたので、午前中は彼女を手伝うことにした。
水汲みや掃除など力仕事と繊細な仕事をやることは、今の自分の体を制御するための訓練として、かなり良いと感じた。そこで、しばらくはエミリーの手伝いをすることにした。
お勤めが終わると、エミリーに文字を教えてもらう。教会にはローダン神父が村の人に勉強を教えるための教材として、何冊かの本があった。エミリーは、その本を使って僕に文字を教えてくれた。
文字を覚えるといっても、僕がやるのは言語学習プログラムに覚えさせるだけである。文字画像をコード化して記録して、後は単語や言い回しなどを辞書に登録していく。それだけで、後は文章を見ると自動で翻訳結果が表示されるのだ。
「(ある意味チートだが、もし言語学習プログラムが壊れたら、文字が読めなくなるな。少しは自分でも覚えよう)」
そんな事を思っていると、
「サハシ様、こんなに早く覚えられるなんてすごいです」
僕の学習スピードに、エミリーが感激していた。単に言語学習プログラムが優秀なだけなので、褒められると逆に困ってしまう。
「いや、エミリーの教え方が上手いんだよ。それにサハシ様って、僕はそんなに偉くないので止めてほしいな。できれば、ケイと呼んでほしいな」
文字を習っているうちに、だんだんエミリーに対する僕の言葉遣いは、ラフになっていった。そんなにかしこまったしゃべり方だと、また「騎士様」と呼ばれそうだし、冒険者らしいと思ったのだ。
エミリーは砕けた調子の僕に最初は戸惑っていたが、次第になれてくれると思っている。それより僕が気にしているのは、エミリーの言葉使いだった。何時までも「サハシ様」と呼ばれるのは嫌だった。
「そんな、サハシ様を呼び捨てにするなんて……」
「じゃ、僕もエミリーのことをシスター・エミリーと呼ぶけど、それで良いかな?」
「それはちょっと。はい、分かりました。様は止めますが、呼び捨てはさすがに、せめてケイさんと呼ばせてください」
「ダメだね、ケイでお願い」
「ケイ? ですか」
「うん、それでお願いします」
エミリーが、顔を真っ赤にして僕を名前で呼ぶ姿は、とても可愛かった。
◇
午後からは、ビルとともにゴブリン討伐の為、森に入った。
「昨日全滅させた以外にも。村の近くにゴブリンの巣があるはず」と、ビルと森の中を駆けまわった。そして、二時間ほどでようやく巣を見つけることができた。
「この巣は、十匹程か。また石を投げるのか?」
ビルは、昨日と同じように戦うのか聞いてきた。
「あれぐらいの数なら素手でも良いけど、今日はこれでやるよ。」
僕は村の鍛冶屋で作ってもらった鉄の棒をビルに見せた。
祖父の趣味なのか、僕の体の基本動作には柔道、剣道、など世界各国の武術や挙げ句には格闘ゲームの動作パターンが入っていた。中にはジャンプ・大パンチ・アッパー・○竜拳という、ゲームのコンボ動作も入っていたが、物理的に不可能な動作パターンでなければ実現可能である。
「ビルは、ここから弓で逃げだす奴を始末して欲しい」
「了解だ」
「僕に当てないでくださいよ」
「お前なら余裕で避けるだろ」
僕とビルはニヤリと笑い会って、それから動を開始した。
ゴブリンの巣に近づいていくと、奴らは巣に堂々と入ってくる僕に最初は驚いたようだった。しかし、僕一人なのを見て倒せるとふんだのか、「グギャグギャ」と叫んで、一斉に襲いかかってきた。
僕が得物として鉄の棒を選んだのは、返り血を浴びない為だった。剣は当然使えるのだが、生き物を切れば当然返り血が付いてしまう。その点、鉄の棒であれば返り血は殆ど出ない。
そして、普通の人なら振り回すこともできないような、長さ二メートルほどの鉄の棒を振り回して、次々とゴブリンを叩き伏せていった。
力加減を間違えると、石を投げたときと同様にスプラッターな状況になってしまうので、力を加減して戦った。教会で掃除をする時に学習した力加減の制御が、この戦いで役立っている。
そんなお掃除感覚で退治されるゴブリンは哀れだが、放置しておくと村人に害を及ぼすのだから退治するしかない。ゴブリン達も、さびた小剣や木の盾で体を守ろうとするが、僕がふるう鉄の棒はそれごと彼等を打ち砕いていった。
戦意をなくし逃げ出そうとしたゴブリンは、ビルが弓で仕留めてくれた。
突入から五分で戦いは終わった。前よりは時間がかかってしまったが、スプラッターじゃない分精神的に楽だった。
「ケイは投擲や格闘だけじゃなく、棒術も凄腕なんだな」
ビルは僕の棒による戦い方をみて、感心したようだった。
「いえ、単に力任せに振り回していただけですよ」
「謙遜するなよ」
その巣を潰したところで、一旦村長に報告するために村に戻ることにした。
◇
村に戻ると門のところで村長が僕達を待っていた。
「サハシ殿、大変なことになった」
「一体どうしたんですか?」
「村の柵が壊され牛が襲われた」
「ゴブリンの仕業ですか?」
僕とビルは、村長に案内され壊された柵を見に行った。
村の外れにある牛の放牧場で、木でできた頑丈な柵が力任せに引き裂かれていた。そして襲った牛を引きずっていった跡が、森の方に続いていた。こんなことはゴブリンにはできない。
「ビル、これはゴブリンじゃないよな」
「柵を壊して牛を引きずって行くなんて、そんな力技はゴブリンじゃ無理だな。足跡の大きさから…恐らくオーガの仕業だと思う」
ビルは、深刻な顔をしていた。
「オーガ?」
「人間の二倍程の大きさの巨人だ。奴の皮膚は鉄の鎧より硬いって噂だ。昔うちの爺さんが森で遭遇して戦ったが、弓が全く通じなかったと言っていた」
ビルはかなりビビっていた。恐らくお爺さんからオーガについて話を聞いてしまい、トラウマになっているのだろう。もしかすると、おじいさんはかなり大げさにオーガの話をビルにしたのかもしれない。
「サハシ殿、これをやった魔獣を討伐してもらいたいのだが、引き受けてもらえるだろうか?」
村長は、ゴブリン討伐の依頼書とは別の依頼書を差し出した。村人が困っていることだし、僕としては引き受けても問題ない。しかし、オーガを怖がってビルが案内できないのなら、無駄に森をうろつく羽目になるかもしれない。
「ビル、どうする?」
ビルに付いてくるかどうか尋ねると、
「弓が通じない魔獣とは戦いたくはない。だけどケイがいるなら大丈夫だろ?」
ビルは、僕の肩を叩くと、サムズアップした。
「(つまり、ビルはOKってことだな) 村長さん、その依頼を引き受けます。ちょうど獲物を引きずっていった跡も有るし、これから跡を追いかけます」
「おお、サハシ殿、引き受けてくださるか。良かった。もし引き受けてくださらなかったら、アルシュヌの街の冒険者ギルドに依頼を出すか、兵士の派遣を依頼しなければならなかった所です。どちらにしても村に来るまでには時間がかかるので、それまで村の農作業は止まるところでした。そうなったら、どれだけ村に被害が出るか…、本当にサハシ殿がいてくれて助かった」
村長は、既に僕がオーガを倒してしまうことを信じているようだ。この村に僕が来てまだ三日目。信用されるのは有り難いが、過度の期待はちょっと困ってしまう。
「また村に来ないとも限りません、村の守りは固めておいてください」
村長にそう進言して、僕はビルとともにオーガの痕跡を追って森に入っていった。
◇
オーガの足跡を追いかけるのは、難しくなかった。もともと巨体な上に牛を一頭まるごと引っ張っていったのだ。下生えや枝が折れており、素人の僕でもラクラクと追跡することが可能だった。
森を一時間ほど奥に進むと、森が岩場となって開けている箇所があった。そしてそこでは、オーガが座って掠ってきた牛を食べていた。
「どうする?」
ビルが僕に聞いてくる。
「僕が突っ込みますので、ビルさんは何時ものように弓で援護をお願いします」
ゴブリン退治と同じように、僕が前に出て戦いビルが弓で援護する作戦である。
「では、行きます」
そう言って、僕はオーガの背後から近づいていく。
《未確認生命体:スキャン開始.....終了。脅威度:2.0%》
戦いを決意したからか、オーガの脅威度がスキャンされてログが表示される。数値から見ると、オーガはそれほど脅威ではないように感じる。
「(コイツはオーガだ)」
《未確認生命体...以後オーガと名称を登録》
まずは食事中のオーガの背後から一撃。僕は、鉄の棒を奴の頭に振り下ろした。食事に夢中だったオーガは、僕の接近に気づかず鉄の棒の一撃をもろに食らった。
腕に硬い岩を叩いたような衝撃が伝わり、鉄の棒が曲がってしまった。
「(何て石頭なんだ?)」
殴られて、オーガはようやく僕に気がついた。食べていた牛を離すと、立ち上がって僕に向き直った。
立ち上がったオーガは、身長は三メートルぐらいで、横幅もかなり広く、僕には目の前に壁ができたように感じられた。オーガは粗末な木の根っこのような棍棒を持っており、それで殴りかかってきた。
「(動きが鈍いな)」
僕には、オーガの動きはかなり遅く感じられた。振り回される棍棒も余裕で避けることができた。
そこで僕は、少し遊び心を出してしまった。まずは鉄の棒でオーガの棍棒をたたき落とした。無手となったオーガに対して、僕も鉄の棒を手放して、手と手でがっぷりと組み合った。
「おい、ケイ。何をやっているんだ」
「ちょっと力比べしようかと思いまして。大丈夫、何とかなります」
ビルの焦った声に、僕は大丈夫だと返答したのだが…。
「(ちょっとまずったかな? 体格差がありすぎた)」
オーガと比較して腕力は僕の方が上だったが、体格は圧倒的に向こうが勝っていた。僕に腕の骨を握りつぶされながらも、オーガは僕を頭上に持ち上げ岩場に向かって投げつけたのだ。
「うぁっ」
背中から岩にぶつかった僕は、思わず叫び声を上げた。そして衝撃と痛みで体が麻痺したように感じてしまった。
《激しい衝撃を検知。関節をチェックするため一時ロックします。チェック開始...》
視界にそんなログが流れ、僕は体を動かせなくなってしまった。体が動かなくなったのは、体を動作させるサーボに過負荷がかかった時のチェック機能で、この機能は自動で走るため、機能を停止させる事はできない。
「(これは、まずいぞ)」
焦る僕に対し、オーガは手近な石を拾って僕に投げつけようとしていた。
そのオーガの目に矢が刺さった。もちろんビルの放った矢だ。体には矢が刺さらないから、ビルは目を狙ったのだ。目に矢を喰らったオーガは、石を落として目を押さえていた。
「(ナイス、ビル)助かった」
《...チェック完了:関節に異常はありません。》
ビルが時間を稼いでくれたおかげで、僕は再び動けるようになった。
「(多分出力を上げて殴れば倒せると思うけど、きっとスプラッターになっちゃうよな~)」
起き上がった僕は、オーガの拳の攻撃を避けながら、どうやって倒すか考えていた。
「(鉄の棒は曲がっちゃったし、掴まれるとさっきみたいに投げられてしまうな。…ん、投げる?)」
そこで僕は、ひらめいた。素早くオーガの後ろに回り込むと、僕は某格闘ゲームのパターンを呼び出した。
オーガの股の下に片手を入れすばやく持ち上げる。そして腰の部分に手をかけると、そのまま回転をつけてオーガを投げ上げた。
「これが、大○山おろしだ~」
「ウゴゴゴ」
回転しながら五十メートルほど投げ上がったオーガは、何か悲鳴らしき物を上げながら落ちてきた。
ドスン
地面に頭をめり込ませ、オーガはそのまま動かなくなった。
「ケイが投げられた時はひやりとしたぜ」
いい加減僕の非常識さに慣れてしまったのか、もう驚いた顔もせずビルが森から出てきた。
「油断しました。ビルの援護がなかったら危なかったです」
僕はしかめっ面をしてビルにそう答えた。
「ん、どうしたんだ? そう言えば岩に投げつけられていたんだ、何処か怪我でもしたのか」
「いやね、オーガって臭いんですよ。こう、体を密着して投げたので、もろに体臭を嗅いでしまいました」
「はは、そりゃそうだ」
ビルは笑いながら、討伐部位であるオーガの耳を切り落としていた。それを見ながら、僕は投げ技で倒すのは二度としないと誓うのであった。
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