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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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新たな依頼

 僕とゴンサレスがゴディア商会の支店に戻ると、そこには戦場が広がっていた。


「その素材はこっちの"無限のバック"に入れてください。」


「水晶の部分は一部店頭に並べて、残りは倉庫にしまってください。」


 支店の番頭や手代が、持ち込まれた大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材の整理に追われていた。アベルは"無限のバック"から素材を一生懸命取り出していたが、支店の中にはヘクターやエミリー達の姿は見えなかった。


「アベルさん、エミリー達はどこへ?」


「彼女たちなら宿に行ったよ。」


 エミリー達はゴディア商会の人達が取っておいてくれた宿に向かったらしい。護衛の任務は支店についた時点で完了しており、後は冒険者ギルドに報告をするだけだ。支店(ここ)にいてもやることが無いので、僕はエミリー達を追って宿に向かった。





 エミリー達のいる宿は、支店の近くにあった。宿は繁盛しているのか一階の食堂は客で混雑しておりかなり騒がしかった。主人に名前を告げて部屋を聞き、僕はエミリー達の部屋に向かった。


 彼女たちの部屋の扉をノックすると、エステルが顔を出した。


「おかえりなさい、ケイ」


「リリーとエミリーは?」


「疲れていたのか、寝ちゃったの。ケイが戻って来るまで待ってるって言ってたんだけどね。」


 そっと中を覗くと、二人はベッドに突っ伏して寝ているようだ。


「エステルは大丈夫?」


「うん、夜になったら目が覚めちゃうというか、力が湧いてくる感じかな。これも吸血鬼(ヴァンパイヤ)になったせいだと思うんだ。」


「…そっか。二人は寝ているなら起こさないほうが良いかな?エステルは僕と下で何か食べないか?」


 エステルはちらりと寝ている二人を見て申し訳なさそうな顔をしたが、僕と宿の食堂で夕飯を取ることを了解した。





「エステルは何を食べたい?」


「あんまり食欲は無いの。」


 吸血鬼(ヴァンパイヤ)化すると、食事の味が感じられなくなるとジークベルトが言っていたのを思い出した僕は、エステルを食事に誘ったのは失敗だったかと少し後悔した。


「気にしないで、軽くなら食べられるよ。」


 そんな僕の気持ちが顔に出たのか、エステルが明るく振る舞ってくれた。


吸血鬼(ヴァンパイヤ)が口にするもの…漫画だとトマトジュースとか飲んでたりするけど、こっちじゃないだろうな。後は…ワインとか飲んで無かったっけ。もしかしたら赤い物ならOKとか?)


 食堂のメニューを必死に探すと、さすが王都というべきかエールなどの他にワイン(エールの五倍の値段だった)があった。あと赤い色の食事が無いか辺りを見回すとボルシチの様な赤い煮込み料理を食べている客がいたので、ウェイトレス(宿の娘?)にワインとボルシチ・モドキとパンを二人前注文した。


 直ぐにワインが運ばれてきたので、カップに注いでエステルに勧めてみた。


「ワインって飲んだこと無いんだけど?お酒だよね。」


「うん、これならエステルも飲めないかなと思ってね。」


「うーん、エールもあんまり美味しく感じなかったんだよね~。」


 そう言ってエステルはカップに口を付け、ワインをぺろりと舐めた。


「あれ、美味しいかな?」


 エステルは味を感じることが出来たのか、少しずつワインを飲み始めた。


「良かった。」


 僕も少しカップにワインを注ぐと飲んでみた。もともと酒に詳しく無いので良く味が判らないが、少し渋みの有る味わいであった。アルコール度数は高そうだが、はちみつや香辛料が入っていて飲みやすかった。


 しばらく二人でワインを飲んで待っていると、ボルシチ・モドキがテーブルに運ばれてきた。野菜やハム、肉の切れ端などが雑多に赤いスープで煮こまれている物で、王都に住む人の家庭料理らしい。


「これも、食べてみないか?」


「匂いは美味しそうだけど、味がするかな?」


 ワインで少し酔ったのかエステルは顔が少し赤い。匂いは問題ないらしいが、味の方はどうだろう。エステルは木のスプーンで少し口に運び恐る恐る食べてみていた。


「これも、美味しい…。なんで味がするんだろう…。」


 久方ぶりの味のする料理に食欲がそそられたのか、エステルはボルシチ・モドキを一生懸命食べていた。


「やっぱり、赤い物がポイントなのかな?」


「赤い物?」


「想像だけど、ワインもスープも赤いだろ。それが決め手じゃないかな。」


「……そういうことなのか…な。」


 赤い=血という安直な発想かも知れないが、吸血鬼(ヴァンパイヤ)は赤い物であれば味を感じることができるのだろう。僕もボルシチ・モドキを食べたが、赤い色に似合わず甘い味付けであった。


(ちょっと僕には合わないかも。)


 ボルシチ・モドキをパンと共に無理やりお腹に詰め込んで、後はワインで口直しをした。エステルの方はボルシチ・モドキを食べ終えるとそれで満足したのか久しぶりに笑みがこぼれていた。


吸血鬼(ヴァンパイヤ)化してから暗かったけど…少しは元気になったかな?)


 食事を終えた僕とエステルは、三人の部屋に戻り彼女にマナ注入(キス)をした。食事でお腹は満腹らしいが、魔力(マナ)的な飢餓感があるので魔力(マナ)の注入は必要だった。


 マナ注入(キス)を終えると、僕は自分の部屋で眠りについた。





 深夜、宿の窓板が外から叩かれるコツコツと音で僕は目覚めた。


(こんな夜中に来るのは…ジークベルトか?)


 起きて窓板を跳ね上げると、そこにはちょっと大きめの蝙蝠が飛んでいた。蝙蝠は窓から室内に入り、ベッドの上に羊皮紙の手紙を置くと天井に留まった。


「読んで返事を聞かせろってことかな?」


 蝙蝠が首をコクコクと動かしたので、僕は手紙を読むことにした。


(人の言葉を理解する蝙蝠か、意外と可愛いな。)


 僕に見つめられて蝙蝠がどうしたって顔をして首をかしげる。ちょっとモフモフしたくなったが、残念ながら天井に止まっているので手がとどかない。諦めて手紙を月明かりのもとで読む。


「なになに、明日の夜に核を持って、この場所に来られたし。ジークベルト。」


 手紙には王都の簡単な地図と、ある場所への行き方が書かれていた。


(ここへ来いっていうのか。まあ行き方が書いてあるし、それに従って行けば…大丈夫なんだよな。)


「判った、エステルは当然としてエミリー達も連れて行くとジークベルトに伝えておいてくれ。」


 蝙蝠は僕の言葉が判ったのか、飛んで窓から出て行った。





 次の日、朝食の席で皆に蝙蝠が運んできた手紙を見せ、今日の夜にそこに行くことになると説明した。


「今日の夜は良いとして、この場所って…。」


「大丈夫なんでしょうか?」


「かなり問題がありそうなのですが?」


 三人は、その場所に本当に行って良いのかかなり不安に感じていた。


「まあ、ジークベルトが嘘を言う必要もないし、行き方も書いてあるから大丈夫たと…思う。」


「そうですね、核が必要なのは彼なのですから。」


「嘘は言ってないでしょう。」


「治るといいな…」


 最後のエステルの言葉にちょっと場が重くなった。


「きっと、治るよ。」


 確証はないが、エステルを元気づけるために僕はそう言うしか無かった。




 手紙の話を終えると、朝食を食べながら各自が夜まで何をするかを話し合った。

 結果として、エステルは外に出れず宿で部屋に引きこもり、僕とリリーは冒険者ギルドに依頼の完了を報告し報酬を受け取った後ゴディア商会に顔を出すことに、そしてエミリーは王都の"大地の女神"の教会に向かうことになった。


「教会でエステルさんを治す方法が無いか調べてみます。王都の教会には神聖魔法に付いて書かれた本が沢山置いてあるので、それを閲覧させてもらいます。」


 エミリーは教会で治療法を探してみるつもりらしい。


「教会で不死者(アンデッド)のことを調べるのはまずくないの?」


「"大地の女神"はそこまで不死者(アンデッド)に不寛容ではありません。事情があれば女神さまも許してくれます。」


 信仰する神によっては不死者(アンデッド)=邪悪として即座に滅ぼしに来るところもあるらしいが、エミリーの話では”大地の女神”はそこまで厳しくはない。例えば未練があって成仏できない場合でもその未練の内容次第で不死者(アンデッド)の話を聞いて成仏させたりということもやるそうだ。


不死者(アンデッド)に対する扱いは人によって違うので、いきなり死霊退散(ターンアンデット)してしまう方もいますが、そうでない方もおられます。そこはその方の信仰次第です。」



 各自の行動が決まったので朝食を急いで終えると、エステルを宿に残して僕達は宿を出た。





 僕とリリーは護衛依頼の完了報告と報酬をもらいに冒険者ギルドに向かった。

 報酬なら直接ゴディア商会とギーゼン商会から貰えば良いと思うかもしれないが、依頼の報酬は必ず冒険者ギルドから受け取る事になっている。そうしないと冒険者のランクが上がらないし、冒険者ギルドも手数料を得られないからである。

 じゃあギルドを介さずに冒険者を直接雇えば安上がりではと思うかもしれないが、依頼という形以外で受けた仕事は何か会った時…例えば依頼が失敗ではないがあまりうまく行かなかったとかで報酬をケチられたとか…にひどくもめることになる。冒険者ギルドが噛んでいれば双方の間を取り持ってくれるので安心ということなのだ。

 実際には大手の商会は自前で冒険者を囲っていたりするが、それでも依頼という形で冒険者ギルドを仲介している。



 王都の冒険者ギルドは東西と中央の3つの建物がある。中央はこの国の冒険者ギルドの本店でありそこでは依頼業務を行っていない。東西の二つの支店が依頼業務をこなしており、僕達は宿に近い西の冒険者ギルド支店に向かった。


 冒険者ギルドの建物はアルシュヌの街とあまり大きさは変わらなかったが、中にいる冒険者の数が段違いに多かった。

 近くに魔獣の森が無い王都に何故これだけ冒険者がいるかだが、これは王都の側に有る地下迷宮(ダンジョン)が原因である。バイストル王国は地下迷宮(ダンジョン)の魔獣の討伐を定期的に依頼として出しており、それを受けて為に冒険者が集まってくる。

 それに魔獣の素材は金になる。(ポーション)や武器、鎧材料など、魔獣から取れる素材は引く手あまたである。そのため地下迷宮(ダンジョン)の魔獣の素材の採取が依頼として冒険者ギルドに多数出される。冒険者はその依頼を受けて地下迷宮(ダンジョン)に向かうのだ。


 つまりギルドのホールは冒険者達で溢れかえっていた。そんな中、僕は完了済みのサインの有る依頼書を持って何故か唯一(・・・)空いているカウンターに入った。


「はい、どの様なご用件でしょうか?」


 カウンターでは、おさげにした赤毛とそばかすが可愛い若い受付嬢が応対してくれた。


「すみません、この依頼の完了手続きをして欲しいのですが。」


「はい、えっとこの護衛依頼の件ですね。少々お待ちください。」


 この受付嬢は新人なのか、書類を持って別な人に手続きを聞いていた。あまり手際が良くないらしく、何度も聞き直してようやく報酬の入った袋を持ってきた。


(道理で空いていたわけだ。まあ、報酬を受け取るだけだし問題はないよな。)


 冒険者が受ける依頼は危険なものが多い。依頼の内容についてはそれを担当している受付の係の物に尋ねるしか無いのだが、命に関わる内容であれば信頼の置ける、つまり経験の豊富なベテランの受付係に聞いたほうが良い。つまり、新人にはあまり人がつかない傾向が有るということだ。


「此処に受け取りのサインをお願いします。字が書けないようでしたら手形でもよろしいです。」


 僕はサインをして報酬を受け取った。そしてカウンターをさろうとした時、別な受付嬢が依頼書をみて慌てて僕を呼び止めた。


「モニカ、朝の話を聞いていなかったの。あの、サハシ様お待ちください。」


「サラ先輩、朝の話って…ああ、指名依頼の件ってこの人の事だったのですか?」


 そんな会話があったかと思うと、僕は受付嬢二人に囲まれてしまった。


「あの、ケイに何か用事でしょうか?」


 僕が受付嬢に囲まれてしまったのを見て、リリーが駆け寄って手を組んできた。これじゃまるで言い寄ってきた女性から彼氏をガードする彼女のようである。そんな姿を見て受付嬢は慌てて距離をとる。


「申し訳ありません。サハシ様に王宮…軍からの指名依頼が出ておりまして…、あちらでそのお話をさせていただきたいのですが。」


「えーっと、僕達は昨日王都に着いたばかりなんですが? 指名依頼って間違いでは?」


「いえ、ケイ・サハシ様…中級の中クラスの冒険者ですよね。」


「ええ、そうです。」


「では間違いありません。」


 サラという受付嬢にそう断言され、僕はギルドの奥の部屋に通されることになった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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