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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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吸血鬼の癒やし方

 ダードが灰となり消え去ってしまうと、エステルは糸が切れた操り人形のように倒れてしまった。


「エステル、大丈夫か?」


 僕は倒れたエステルを抱き起こしたが、彼女は気絶していた。


「親が滅んだおかげで心理的なショックを受けてしまったんだ、しばらくは起きない。ああ、回復魔法をかけるのはよしたほうがいい、不死者(アンデッド)には効かないからね。」


 エステルを心配する僕にジークベルトがそう言ってきた。


「ジークベルト、何故ダードを殺したんだ?ダードはお前の仲間じゃないのか?」


「元仲間さ。彼奴はこれをご主人様のためじゃなく自分のために探していたし、色々と問題を起こしすぎた。」


 ジークベルトはそう言ってダードが持っていた大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の核を僕に見せる。


「そんなもの今はどうでもいい、それよりジークベルト、エステルを助ける方法は無いのか?」


 僕はエステルをエミリーに預け、ジークベルトの胸ぐらを掴んで怒鳴った。


「助けるとは…吸血鬼(ヴァンパイヤ)から人間に戻せということか?」


「そうだ、それ以外何がある。」


「…残念だが、僕はそんな方法を知らない。」


「くそっ!」


 僕は力任せにジークベルトを放り出す。ジークベルトは数十メートルほど投げ飛ばされる。


「いてて、まだ君にやられた傷が治りきっていないんだよ。」


 そう言ってジークベルトは気だるそうに起き上がってきた。


「それがどうした、エステルはもう二度と普通の人に戻れないんだぞ。」


 今度は全力で殴ってやろうと僕が拳を振り上げると、ジークベルトは両手を上げて降参の意を示した。


「まてまて、今君に全力で殴られたら洒落にならないって。それに僕は吸血鬼(ヴァンパイヤ)を人に戻す方法は知らないけど、ご主人様なら知っていると思うんだ。」


 ジークベルトのその言葉を聞いて、僕は彼に殴りかかるのを思いとどまった。


「本当なのか?」


「エステルは助かるのですか?」


「嘘だったら、死霊退散(ターンアンデット)を唱えます。」


死霊退散(ターンアンデット)なんてもらったら滅んじゃうよ。」


 リリーとエミリーに睨まれてジークベルトは冷や汗を流して嫌々をしていた。


「それよりそろそろ太陽が光りだす頃合いなんで、悪いけど森の中に場所を移してくれないか?」


 ジークベルトもエステルも太陽光の中に居るのは不味いという事で僕達は森の中に移動した。





「まずはダードが…いや僕達が君達に大きな迷惑をかけてしまったことに対し謝らせて欲しい。」


 森に入って話を始める前にジークベルトは頭を下げて僕達に謝ってきた。


「謝ってもらってもエステルは治らない。早く君のご主人様にエステルを治す方法を聞いてきてくれ。」


「そうです。」


「早くしてください。」


「いや、ご主人様の所に行きたいのは僕も一緒なんだけど、それには先ず核の事で君と交渉したいんだ。」


「核?エステルを人間に戻せるなら…ジークベルト、君に譲るよ。」


 本当はジークベルトに核の使用目的を聞いてから判断するはずだったのだが、エステルが吸血鬼(ヴァンパイヤ)化したことで動揺していた僕は、エステルが治るなら無条件に譲っても良いと言ってしまった。


「それは助かる。彼女…エステルさんだっけ?エステルさんを吸血鬼(ヴァンパイヤ)から人間に戻す方法を知っていそうな人を僕はご主人様しか知らない。そしてご主人様…彼女に会うにはこの核が必要なんだ。」


 そう言ってジークベルトは核を大事そうに懐にしまいこんだ。


それ()があればエステルを人間に戻せるのか?」


「いや、そうじゃない。核はご主人様を目覚めさせるのに必要なんだ。」


 ジークベルトは僕達に核を必要とした理由を話してくれた。





「僕のご主人様が吸血鬼(ヴァンパイヤ)だってのは判るよね。だけどご主人様は、僕やダードみたいに誰かに吸血鬼(ヴァンパイヤ)にしてもらったんじゃなくて、真祖と呼ばれる本物の吸血鬼(ヴァンパイヤ)なんだ。」



 この世界では吸血鬼(ヴァンパイヤ)になる方法はいくつか存在する。

 一番簡単な方法は吸血鬼(ヴァンパイヤ)に噛まれて吸血鬼(ヴァンパイヤ)になるという方法だ。ジークベルトやダードはこの方法で吸血鬼(ヴァンパイヤ)となった。

 次に難しい方法だが、自分で吸血鬼(ヴァンパイヤ)になるという方法だ。古代の魔法道具や邪神の祝福という呪いによって吸血鬼(ヴァンパイヤ)になることができる。こういった方法で吸血鬼(ヴァンパイヤ)となってしまった者を真祖と呼ぶ。



「僕は二十年前にご主人様によって吸血鬼(ヴァンパイヤ)にしてもらったんだ。それ以来ずっと彼女、えっとご主人様は女性なんだけど、ご主人様に使えていたんだ。そのご主人様なんだけど、ここ十年ほどなぜか魔力(マナ)を摂るのを止めてしまって、眠りに着いてしまったんだ。」


 ジークベルトのご主人様は食事も取らずに寝ているらしい。三年寝太郎どころじゃなくて十年とは気長である。


「僕が何度も魔力(マナ)を注いで見たんだけど、起きてくれなくて困っていたんだ。そしたら大水晶陸亀(クリスタル・トータス)が倒されたと聞いて、その核を使って魔力(マナ)を注げば起きてくれるんじゃないかと思って…それで核を探していたんだ。」


「ジークベルトは大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の核から魔力(マナ)を引き出す方法を知っているのか?」


「いや、そんな方法は知らない。」


 ジークの言葉に僕はガクッとなってしまった。


「それじゃ、エステルを助けられないの?」


 リリーが深刻な顔をしてジークベルトに詰め寄った。


「いや、魔力(マナ)を引き出すことはできないけど、魔力(マナ)を増幅する方法はわかっているんだ。それで増幅した魔力(マナ)を注げばご主人様も起きてくれると思うんだけど…。」


「それで、そのご主人様は何処に居るんだ。エステルをそこに連れて行かなきゃいけないんだろ?」


 ジークベルトの話を聞くと、核を使ってもご主人様を起こせるのか不安だと感じた僕は、エステルを連れてそこに向かうつもりになっていた。


「ご主人様は、本拠地(地下墓地)で寝ているんだけど、その場所は…王都バイストルの地下なんだ。」





 商隊が向かっている王都の地下にジークベルトのご主人様が居ることが判った。それなら早速移動したほうが良いと、リリーとエミリーは馬でゴンサレスの居る村に戻り、馬車を呼んでくることになった。

 エステルはまだ目覚めていない。しかし目覚めたとしても吸血鬼(ヴァンパイヤ)化したことで陽の光のある場所は歩けない為、馬車が来るまで森で待機となる。

 それに吸血鬼(ヴァンパイヤ)化した後は肉体的にも精神的にも不安定らしい…ジークベルト談…ので僕とジークベルトがエステルの側に残った。





「ん…ケイ?」


 エミリーとリリーが村に向かって出発して、それからしばらくするとエステルは目を覚ました。


「大丈夫かエステル?」


「あたし…何をしてたのか…。ケイを助けに来て…ドラゴンが消えて…その後、虎獣人に捕まったと思ったら噛み付かれて…。その後…もしかしてあたし吸血鬼(ヴァンパイヤ)に…」


 エステルは自分がどんな状況にいるのか思い出してきたのか、頭を抱えてガクガクと震えだした。


「大丈夫、大丈夫だよエステル。きっと治るから。」


 僕にはそんなエステルをぎゅっと抱きしめて落ち着かせようとした。吸血鬼(ヴァンパイヤ)化した為か、エステルの体はひんやりとしていた。

 しばらくエステルを抱きしめていると、彼女も落ち着いたのか震えが止まった。


「ごめん、あたしのドジでこんなことになっちゃって。」


 エステルは僕に謝ってきたが、僕は彼女に非が有るとは考えていない。


「エステルは悪くない。僕が不甲斐ないのが原因なんだ…。」


 そう僕が不死者(アンデッド)ドラゴンに取り込まれなければ、そしてダードが死んだことを確認しておけばこんなことにはならなかったのだ。悔やんでもしかたのないことだが、エステルが犠牲になったのだからその責任はとらなければならないと僕は思っていた。


「きっと、君を普通の人間に戻してみせるよ。」


 僕はエステルを人間に戻すと固く決意するのだった。


「クーッ」


 そんな話をしているとエステルのお腹が小さく鳴った。エステルは顔を赤らめて恥ずかしそうにお腹を押さえた。僕は馬に積んであった携帯食糧と水を持ってくるとエステルに渡した。

 エステルは堅パンを食べ始めたが、二口ほど食べて水を飲むと怪訝な顔をした。


「何か違う。」


 そう言ってエステルは食べるのを止めてしまった。確かに堅パンは美味しいものではないが、旅の間に何度も食べたことのあるものだ。僕もかじってみたが別に悪くもなっていない。


「エステルさん、君はもう普通の食事を楽しむことはできない。食べても意味が無いんだ。」


 森の奥からジークベルトが一角狼(ホーン・ウルフ)を二頭引き連れて現れた。ジークベルトに支配されているのか、一角狼(ホーン・ウルフ)は僕達を襲うこと無くおとなしくしている。

 森から現れたジークベルトの姿を見てエステルは身構えた。


「エステル、ジークベルトはもう敵じゃない。…食べられないってやっぱり、吸血鬼(ヴァンパイヤ)化した影響なのかな?」


「そうだ、吸血鬼(ヴァンパイヤ)の食事は魔力(マナ)を吸い取ることだからな。普通の食事は食べることができてもほとんど味を感じないはずだ。」


 そう言ってジークベルトは連れてきた一角狼(ホーン・ウルフ)の一頭に手を当てると、魔力(マナ)を吸い取った。一角狼(ホーン・ウルフ)はその場で倒れてしまうが、どうやら死んではいない様だった。


「こうやって魔力(マナ)を吸い取るんだ。」


 ジークベルトはエステルに魔力(マナ)の吸収の仕方を教えてくれているのだ。しかしエステルはその行為を気持ち悪そうに見ていた。


「ジークベルト、魔力(マナ)はそんな方法でしか摂取することはできないのか?」


「別に魔獣以外からも吸い取れるよ。バラから吸い取るという達人も居るらしいが、僕には無理だ。後は…伝統的な方法だな。つまり口から…生き血を飲むとかになる。」


 生き血を飲むといった所でエステルの顔色は蒼白となり泣き出しそうになっていた。


「…人からも吸い取れるんだよな。」


「それは当然可能だ。しかし吸い取られる人の方は物凄く辛いぞ。それに魔力(マナ)を吸い取られすぎると死んでしまう。」


 ジークベルトは僕の思惑を理解したのか、魔力(マナ)を吸い取られる場合の危険性を指摘した。しかし僕の方は賢者の石(心臓)のおかげで魔力(マナ)は無尽蔵にある。少しぐらい吸い取られても問題はない。


「エステル、僕から魔力(マナ)を吸い取れば良いよ。」


「でも、そんなことをしたらケイが苦しんいんじゃ。」


 エステルは泣きそうな顔で言ってくるが、そんなエステルの両腕を掴んで僕の胸に当てる。


「大丈夫、何時もエステルにマナ注入(キス)してるじゃないか。大丈夫だよ。」


「それなら、何時もみたいにしてくれれば…何か吸いとるより…ケイが注いてくれたほうが…。」


 そう言ってエステルは下を向いてしまった。僕はエステルにマナ注入(キス)しても良いのだが、吸血鬼(ヴァンパイヤ)となってしまった彼女にそんな風に魔力(マナ)を注入して良いのか判らない。


(とりあえず試してみるか。まずは出力を絞って試してみよう。出力1%で稼働。)


《主動力:賢者の石 1.0%で稼働させます。》


 下を向いていたエステル顔を上に向けてマナ注入(キス)をする。


《マナを注入中: 10ミューオン/秒で伝達されています。》


 いつものように魔力(マナ)を注いでいく。エステルの方は特に問題ないようで魔力(マナ)はどんどん彼女に吸い込まれていった。


「お、おい、君たちは何をしてるんだ?」


 僕とエステルがマナ注入(キス)をしているのを見て、ジークベルトは最初何やってるんだという顔をしていたが、僕が魔力(マナ)を供給していることに気付いて驚いていた。


「僕はちょっと特異体質でね、魔力(マナ)を他人に渡せるのさ。」


 僕はそう言ってエステルへのマナ注入(キス)を続ける。人間だったときに比べエステルのマナ許容量は大きくなっており、十倍以上の量を注ぎ込んでもまだまだ注入できそうであった。


「ん、そろそろお腹が一杯…魔力(マナ)でお腹が一杯って変だね。」


 エステルは気持ちよさそうに唇を離す。これでエステルを餓えさせる心配が無いことが判ったので僕は安心した。

 エステルは名残惜しそうに僕の唇を見るが何かその目付きが色っぽい。吸血鬼(ヴァンパイヤ)は美男美女が多いと言うが、それは容姿ではなく雰囲気が変わるせいじゃないかと思う。エステルはそんな雰囲気を身にまとっていた。


「ケイ、君はほんと規格外だね。魔力(マナ)が多い人間だと思っていたけど、そんな風に魔力(マナ)を注入できるなんて……」


 ジークベルトがじっと僕を見てくるが、僕は間違っても彼にマナ注入(キス)を行う気は無い。


(誰が男にキスなんでするかよ。)


 指を咥えて見ているジークベルトが気持ち悪かったので、僕とエステルは彼から距離を取ってしまった。

 そんなことをしているうちに森の外縁部にゴンサレスの操る商隊の馬車がやって来るのが見えた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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