後始末…そして
《主動力:賢者の石 オーバーロードにより停止。義体の放熱が完了するまでスリープモードに入ります。》
そうログが表示され、僕の視界がブラックアウトしていく。
(この世界にやってきた時も同じような事があったな。あれは再起動だったか…。)
そんなことを思い出しながら僕の意識は暗闇に沈んでいった。
◇
エミリー達は、不死者ドラゴンの咆哮の直撃を受けて、体が麻痺してしまい動けなくなってしまった。倒れた彼女達に向けて不死者ドラゴンがブレスを吐こうとしてるのが判ったが、全員動けない状況では手の打ちようが無かった。
(((ケイ、助けて!)))
三人は助けに来たはずのケイに逆に助けを求めるしか無かった。
そんな思いが通じたのか、不死者ドラゴンの胸から広がった銀の光は、瞬く間に不死者ドラゴンの体を灰に変えると爆発した。
あまりの光量に眩んでしまった三人の目が回復すると、不死者ドラゴンがいた所にケイが倒れていた。
「「「ケイ」」」
ようやく麻痺状態から回復したエミリー達は倒れているケイに駆け寄った。
「ケイ、起きて。」
「…い、息をしていません。ケイさん、しっかりして下さい。」
「体が熱いです。早く治療をしないと…全回復の奇跡を唱えますから、離れて下さい。」
ケイに駆け寄った三人は、彼が息をしておらず異様に体が熱い事に気付いた。慌ててエミリーが全回復の奇跡を唱えだした。
「ダメです、魔法は効いているはずなのに、息が戻りません。それに体が熱いままです。このままでは…」
ケイの呼吸が止まっているのは、緊急用エアーを使ったままスリープ状態に入ってしまった為なのだが、三人にはそんなことは判らない。三人はケイが死んでしまったのではないかと横たわるケイの側で泣き叫んでいた。
「大丈夫です、慶は生きてます。」
泣き叫ぶ三人に対しエミリーの胸元に入っていた"瑠璃"が叫んだ。
「そ、そうなの?」
「息が止まってますが。」
「魔法が効いたのでしょうか?」
"瑠璃"の言葉を聞いて三人は泣き止むと慌ててケイの体を揺すり始めた。
「慶は、いまスリープモードに…眠っている状態です。リリーさん、できれば氷系の魔法を使って慶の体を冷やしてくれませんか。そうすれば早く目を覚ますと思います。」
"瑠璃"の言葉に従って、リリーが氷の槍を唱え氷を作り、三人はケイの体を冷やし始めた。
◇
《スリープモードから復帰しました。主動力:賢者の石 0.01%で稼働します。》
深い水の底から体が浮き上がってくるような…僕はそう感じながら意識を取り戻した。
「…ん、冷たい…。」
「ケイ…」
「ケイさん…」
「良かった。」
三人が氷を使って体を冷やすことで、義体の温度は安全領域まで下がったのか僕はスリープモードから復帰した。目を覚ました僕を取り囲むようにエミリー、エステル、リリーがいた。僕を心配して泣いていたのか三人共目が赤かった。
「ドラゴンは?」
僕は上半身を起こすと辺りを見まわした。ゴブリン・ソンビの残骸や毒のブレスによる大地の腐食など激しい戦いの跡が残っていたが、不死者ドラゴンの姿は無かった。
「ドラゴン・ゾンビは灰になって飛び散っちゃったよ。」
「ええ、消え去りました。」
エステルとリリーは僕を支えて立たせてくれた。
「どこか痛いところとかありませんか?」
エミリーは僕の体に傷が無いか調べているが、体の異常を示すログもないので問題はないようだ。賢者の石を100%で稼働させた反動か、出力が極端に落ちており、そのため体がだるく四肢に力が入らないが問題は無い。
「大丈夫、どこも怪我はしてないよ。」
そう言って自分で歩き出そうとしたが、よろけて倒れそうになり、エミリーの胸に倒れこんでしまい抱きしめられる形になってしまった。
「まだ回復していないようです。無茶をしないで下さい。」
僕はエミリーの胸に支えられている形なのだが柔皮鎧を着ているので、残念ながらその柔らかな胸の感触を楽しむことはできなかった。
「しかし、三人でドラゴンに立ち向かうなんて無茶を通り越して無謀だよ。」
僕は照れ隠しもあって少し怒った感じでエミリー達に文句を付けたのだが、
「ケイがそれを言うかな?」
「ケイさん、たった一人で残った人に言われたくありません。」
「ドラゴン・ゾンビに取り込まれていたような気がするのですが?」
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:
逆にその場に正座させられ小一時間ほど説教される事になった。
◇
三人の説教が終わるころには月が暗くなり始めていた。時刻を見るとそろそろ夜が明ける時間である。長かった不死者軍団との戦いの夜は終わりを告げたようだ。
ようやく落ち着いた僕達が辺りを見回すと、戦場となった場所はTV放送であればモザイクがかけられるような直視できない状況であった。最大の要因は僕によって肉塊になってしまったゾンビ達である。あちこちでゴブリン・ゾンビの腕や足、一角狼の上半身がズルズルと動いている風景はまるで地獄絵図のようである。
「夜が明ければ、ゾンビとかは消えるのかな?」
「大きな物は消えないと思いますが、小さな物は太陽の光で浄化されるでしょう。」
「とりあえず、ゾンビの残骸には死霊退散を唱えて浄化しておいたほうが良いですね。……そうなると魔力が足りなくて…。」
エミリーが顔を赤らめモジモジし始めた。これは僕がエミリーにマナ注入をしなければならないということなのだろう。大量のゾンビの残骸を処分するには確かに魔力の補充が必要だと思うし、僕としてもマナ注入をするのはやぶさかではない。
そんな僕とエミリーを見るエステルとリリーの目付きが怖かったが、このままゾンビの残骸を放置することもできないので、マナ注入をすることに決めた。
「じゃあ、キス…
「ゾンビの残骸の始末なら魔法でもできます。私にも魔力を…分けて下さい。」
…え?」
リリーまでそう言い始め、エステルが一人取り残された形になってしまった。
「リリーまで…裏切り者~。」
リリーに裏切られたエステルの叫びが荒野に響き渡った。
結局、僕はエミリーとリリーの二人にマナ注入を行った。エステルは不貞腐れて離れた所でのの字を描いていじけていた。
「エステルも、後でマナ注入してあげるから。」
呼びかけたが、エステルは座り込んで何か地面を触っていた。
(困ったな。どうすればエステルの機嫌が直るんだろう。)
僕がエステルの機嫌の直し方を考え込んでいると、エステルが触っていた地面が盛り上がり人の姿に変化した。
「えっ?」
(まさか、あそこは不死者ドラゴンが倒された場所…しかしあいつは死んだはず。)
地面から出現した人影は身長二メートルの虎獣人であった。装備は一切身につけてないがそれはダードであった。
「馬鹿な、灰になったはず…。」
ダードは驚いて動きが止まっていたエステルを捕まえ、人質にしてしまった。
「吸血鬼が魔力の吸い取られただけでおっ死ぬと思ったか?まあ、本当にやばい状態だったが、奴が魔力を大量に吸収してくれたおかげで、今度は逆に奴から魔力を吸い取って復活させてもらったぜ。」
灰となって死んだと思ったが、魔力を吸収して生き返るとは…こちらの吸血鬼はしぶとい。僕はなんとかエステルを助けられないか隙を伺うが、ダードはエステルを盾にして僕を牽制している。
「さて、お前が核を持っているのはあの魔力放出で良く判ったぜ。核を俺に寄越せ。そうしないとこの小娘が死ぬことになるぜ。」
ダードはエステルの首を掴みいつでも殺せるといったアピールをしてくる。
「くっ、卑怯な。」
「卑怯でもらっきょうでも勝てば良いんだよ。ほら核をよこしな。」
(らっきょうってなんだよ。この世界にもらっきょうがあるのかよ。)
ダードのセリフに内心ツッコミを入れるが、僕にはこの状況をひっくり返せる手段が思いつかなかった。何か投げるほどの動作をダードが見逃すはずもなく、左腕の射出ワイヤーを打ち出せばダードは弾き飛ばせるが、エステルの首もへし折られてしまうだろう。
「ほら、早くしな。変な動きをしたらこの女の首をへし折るからな。」
ダードが手に力を込めたのかエステルの顔が苦痛に歪んだ。
「判ったよ、今渡す。」
僕が外部装甲の小物入れから核を取り出してダードの手に渡そうとした時、
「大地の女神よ彷徨い傷つき邪悪に染まりし魂に救いの手を差し伸べたまえ~ターンアンデット」
「なっ、これは…」
エミリーの唱えた死霊退散の聖光がダードとエステルと包んだ。
(これなら、ダードだけを排除できる。)
ダードは僕に気を取られすぎて、エミリーとリリーが背後に回りこんでいた事に気付いていなかった。僕とエステルから離れてゾンビの残骸を始末していた二人は、"瑠璃"からエステルがダードに捕まったと聞いて、背後に回りこんでダードの隙を伺っていたのだ。
「こんな、こんなことで…」
聖なる光がダードを浄化していく。ダードは光のなかでもがくと、突然エステルの首筋に噛み付いた。
「キャァー」
エステルの悲鳴が上がる中、死霊退散の聖光が消えていく。
「ふぅ、危なかったぜ。こいつがいたお陰で助かった。」
ダードはエステルの魔力を吸うことで、エミリーの死霊退散に耐えきった。
「おめえらももう余計なことをするなよ。こっちに来て此奴と並べ。」
ダードはエミリーとリリーに目で合図して二人を僕の横に並ぶ様に言った。二人は仕方なく僕の側にやって来て並んで立った。
「さあ、今度こそ核を渡してもらおうか。」
万策尽きてしまった僕は、ダードに核を渡すしか無かった。
「わーっはっはっはー。ようやく核が俺の物になったぜ。これさえあれば俺は彼奴を超えられる。」
ダードは僕から核を受け取ると高らかに笑った。
「核は渡したぞ、エステルを離せ。」
「おお、そうだったな。そら受け取れ。」
ダードはエステルを僕に放り出した。慌てて僕は彼女を抱き止めた。
(エステルが開放されれば、ダードなんて目じゃない。即効で叩きのめしてやる。)
僕は抱きとめたエステルをエミリー達に渡して、ダードを叩き潰すべく動き出そうとしたが、その動きを封じるかのようにエステルが僕の体に抱きついてきた。
「なっ、エステル邪魔をしないで………まさか。」
「おぅ、そいつは既に俺の下僕だ。まさかそのまま返すと思ったのか?ほれ、そのまましっかり抱きしめとけよ。」
僕を抱きしめるエステルの目は真っ赤であった。
「け、ケイ、ごめん。こんなことしたくないのに…彼奴の言うことに逆らえない。」
涙を流しながらエステルは謝るが、その言葉と裏腹に彼女は僕を物凄い力で抱きしめてくる。僕が普通の人間だったならとっくに抱き潰されていただろう。
「エステル、君が悪いんじゃない。あいつが…ダードが悪いんだ。」
こちらの世界でも吸血鬼は自分を吸血鬼にした親の命令に逆らえない。エミリーとリリーがエステルの腕を振りほどこうとするが、吸血鬼となったエステルの力に常人が対抗できるわけが無い。
「そのまま、そいつを抱き潰してやれ。俺はその間に逃げさせてもらうがな。」
僕が本気で力を出せばエステルの拘束は振りきれるが、そうなれば彼女の両腕はちぎれてしまうだろう。吸血鬼の再生能力を信じて、エステルの腕を振り切ってダードを追いかけるべきかと僕は迷った。
「じゃ、あばよ。」
そう言って逃げ出そうとしたダードの目の前に狼獣人ジークベルトが忽然と現れた。
「ダード、お前は許さん。」
「ジークベルト?どうしてお前が此処に。」
ジークベルトはダードの心臓を貫手で貫き、彼の首筋に噛み付くと首を噛み千切った。ダードは驚いた顔のまま灰となって消え去ってしまった。
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