決着
夜の街道を非常識な速度で走った馬車は、運に助けられて横転すること無く村に辿り着いた。村は魔獣の森が近くに有ることから高さ二メートル、幅一メートルの石の壁で囲まれていた。
ゴンサレスが門番に事情を話して村の中に入れてくれるように頼み込んだが、「不死者の魔獣の軍団がこっちに向かって来る」と言われて門番は「何いってるんだこいつら」という顔をしていた。
しかし門番も馬車が村に辿り着く前後に森の方から鳴り響く怪音を聞いていたので、何かしらの異常事態が起きていることは理解していた。馬車も有名な商会の印があり、野盗の類でないことが判ったので村に入ること認め、門を開いてくれた。
「私は村長に事情を話してきますので、みなさんは村の宿を回って戦力となりそうな冒険者達を集めてくれませんか。」
ゴンサレスはそう言って馬車の扉を固定していたロープを切断すると、村長の家を門番に聞き出し走っていった。
開放されたエミリー、エステル、リリーは最初どうするか迷ったが、今からケイのいる場所に戻るには徒歩では一時間ほどかかるため戻ることを諦めることにした。そうなるとゴンサレスの指示を実行したほうが良いと結論して三人は手分けをして宿を回ることになった。
宿場村だけあって深夜にも関わらず明かりの付いている宿があり、そこから重点的に回ってみたのだが、今晩に限って村にいる商隊の数は少なく集めることができたのは三つのパーティの十五名だけだった。
その冒険者にしてもエミリー達の数百匹の不死者の魔獣の軍団が村にやって来るという言葉を信じているわけではなかった。
「深夜に叩き起こされて何事かと思えば、お嬢ちゃん達の夢物語かよ。」
「数百匹の不死者だって?寝言は寝ていえ。」
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散々な事を言われる三人組だったが、ゴンサレスがやって来て説明してくれた事で状況は一変した。元中級の上クラスの冒険者の肩書は伊達ではなく、ゴンサレスの顔を知っている人もいたため三人が話していたことが本当であると冒険者の大半が理解してくれた。
「ゴンサレスさん、村は大丈夫なのでしょうか?」
ゴンサレスに叩き起こされて事情を聞かされた村長は、不安な顔をしている。この村の近辺の魔獣の森は比較的安定しており、森には大型魔獣がおらず村にやって来ることも先ず無いため、村に常駐している冒険者はいない。
村長は南の森で起きた大暴走の話を人伝に聞いており、それと同じことが此処で起きれば村は壊滅してしまう事を理解していた。
「一角狼とゴブリンの不死者ですから、石壁で守られたこの村は門さえ破られなければ数百匹が攻めて来ても持ちこたえることはできると思います。ただ殲滅するとなると戦力が足りません。敵が攻めてくる前に援軍を依頼する必要があります。」
「そ、そうですか。では守りを固めることにして…援軍は隣の街の冒険者ギルドに緊急依頼として出すことにしますが、いつやって来てくれるか…。」
「ええ、ただこういった場合はパニックに陥るのが怖いです。村長は堂々としていて下さい。冒険者の皆さんは護衛の依頼があると思いますが、こういった場合は依頼を中断してもペナルティーは無いので安心して村の防衛に参加して下さい。」
ゴンサレスはてきぱきと村長や冒険者達に指示を出していく。その的確な指示に村長を始めとした村人と冒険者達は、村を不死者の軍団から守るために動き出していった。
◇
村の石壁の上で、エミリー達は北の森の方を見つめていた。"瑠璃"からケイの戦いの状況は適宜聞かされているのでケイが無事であることは確認できているが、大水晶陸亀の時とは異なり不死者の数が多いため不安であった。
北の森の方からは途切れ途切れに怪音が鳴り響いている。音速を突破する際の衝撃音なのだが、聞いたことのないこちらの人間にはまるで魔獣が吠えているように聞こえる。
「本当に魔獣が…不死者があそこにいるのか?」
一緒に見張りに立っていた冒険者がエミリーに尋ねてきた。
「ええ、あそこにいます。村に不死者が来ていないのは、ケイが戦っているからです。」
「君たちの仲間が一人で残ったって聞いてるが、本当に一人で数百匹の不死者と戦っているのか?」
「「「本当です!」」」
エミリー達三人に言われて冒険者は思わず後退った。
そんなやりとりをしていると、別な所で見張りをしていた冒険者から魔獣の襲来を告げる声が聞こえる。
「一角狼が数頭やって来るぞ。」
普段であれば村に近づいてこない一角狼が、数頭村に向けて走ってくる。
エステルは狙いを付けて矢を放ち命中させるが、急所に矢が刺さっているにも関わらず一角狼は走り続ける。
「あれは不死者の一角狼です。」
神聖魔法を操るエミリーには判るのか不死者で有ることをエステルに告げる。普通の矢では不死者の一角狼は倒せない。
「リリー、魔法をお願い。」
村に近寄ってきた所で、リリーが氷結弾を唱えて一角狼達は凍りづけになり倒された。
「ケイが倒しきれなかった魔獣がこれからもやって来るはずです。不死者なので魔法で倒すか、動けなくなるまで攻撃をお願いします。」
リリーがそう言った所で、北の森の方から物凄い咆哮が聞こえてきた。
「ドラゴンが…ドラゴン・ゾンビが現れました。ケイが苦戦しています。」
"瑠璃"からの報告にエミリー達は青ざめた。
◇
《警告:マナが1,000ミューオン/秒で外部に流出しています。》
不死者ドラゴンは僕を体内に取り込むと魔力を強引に吸収し始めた。僕の体から急速に力が抜け始める。手足に力を込めて脱出しようとするが、その力が急速に失われていく。僕は賢者の石のおかげで無限に魔力を生み出せるのでダードの様に吸い尽くされて死ぬことは無いが、このままでは何もできない。
《緊急用エアーを使用します。残り時間60分》
空気の吸入が途絶えたのでモードが切り替わる。エアーが切れる前に脱出しないといけないのだが、手足に力が入らない状態では遺憾ともしがたい。
(このまま魔力をこいつに供給するのは不味いな。一旦出力を落としてみよう。)
《主動力:賢者の石 0.1%で稼働させます。》
《警告:マナが1ミューオン/秒で外部に流出しています。》
出力を落としたことで外部への魔力の流出が激減する。突然激減した魔力の供給に不死者ドラゴンは怒った。吸引力が増大したのを感じたが、うまくいかないようで苛立ったような咆哮が聞こえてきた。
《警告:外部から何者かがシステムに侵入しようとしています。》
ログにクラッキングを受けている事が表示されるが、この状況で僕のシステムに侵入してくるような奴はドラゴンしかいない。
(ファイヤウォールを最高レベルに設定。仮想現実システムを起動。仮想システムをダミーとして作成。)
マリオンとの戦いで使った仮想システムによる外部からのクラッキング防御戦術を準備する。僕が仮想システムを設置した直後にファイアウォールは外部の圧力に負けて吹き飛んでしまった。
普通、ハッキングは相手のプログラムやプロトコルのエラーを突くことで行うが、不死者ドラゴンがやって来たのは、大量のデータ(ドラゴンの霊体)を高圧力(高い魔力)で無理やり押し付けることで相手に進入するという力技だった。
仮想システムに侵入してきたドラゴンの霊体は、賢者の石の制御を探して暴れまわった。仮想現実システムで可視化している僕には、その霊体はまさに黒いドラゴンそのものに見えていた。
『力ヲヨコセ。』
僕を見つけた黒いドラゴンはそう叫ぶと黒い龍の顎門の影を放ってきた。
剣を装備して僕はそれを切り払う。マリオンの時と違いドラゴンの放つ黒い龍の顎のパワーと数は物凄く自分のシステム内だというのに僕は防戦一方に追い込まれた。
(凄いパワーだ。このままじゃ力で押し負ける。)
『力ヲヨコセ。俺ハ力ヲ手ニ入イレテ奴ニ復讐スルノダ。』
『お前をゾンビにした奴は殺しただろ?』
『アンナ小物ハ俺ヲ不死者ニスル為ニ利用シタニスギナイ。俺ガ倒スベキ相手ハ別ニイルノダ。』
どうやら不死者ドラゴンは何者かに復讐するためにダードを利用したらしい。そしてその為に僕の持つ力=賢者の石を求めているらしい。
『そんな事に僕の力は使わせたくないな。』
《主動力:賢者の石 10.0%で稼働させます。》
出力を上げると魔力を肉体制御に回さず、制御コアに集中して投入する。これは"瑠璃"がやっていた制御コアのオーバークロックだ。ぶっつけ本番だがこれなら黒いドラゴンに力負けしないはずだ。
(止まって見える?)
どれだけ処理が高速になったのだろう、黒いドラゴンと黒い龍の顎門の影が全て止まって見えていた。
(○・ワールドで時を止めた気分だな。これなら余裕で対処できる。)
僕は剣を振るって黒いドラゴンと黒い龍の顎門の影を全て切り刻んでしまった。
黒いドラゴンの霊体は溶けるように消えていったが、その中から記憶を拾うことができた。それに写っている者が不死者ドラゴンが倒したい相手なのだろう。
《制御コアの温度が上昇中。出力を下げて下さい。》
おそらく僕が加速していたのは数秒といった時間だったが、その間に制御コアは危険なレベルまで加熱していた。僕は慌てて出力を落とし仮想現実システムを解除した。
制御コアへの魔力集中をやめると、僕の精神はブラックアウトしそうになったが、気力を振り絞りなんとか意識を繋ぎ止めた。
僕のシステムに侵入してきたドラゴンの霊体は一部だったらしく、不死者ドラゴンはまだ活動している。僕は壊されたファイアウォールを構築しなおし再度の侵入に備えたが、諦めたのか再度の侵入は行われなかった。
『慶、聞こえていますか?大変です。エミリー達がそちらに向かっています。』
突然の"瑠璃"からの通信に僕は驚いた。しかも"瑠璃"はエミリー達がこちらに向かっていると言っていた。
『どうして三人がこんな所にやって来るんだ。』
『すいません、ドラゴン・ゾンビが現れたと報告した後、慶との接続が途絶えてしまって…それで皆さんが心配して…ゴンサレスさんの制止を振り切って馬に乗ってそちらに向かっているのです。』
ドラゴンの咆哮を受けた時に"瑠璃"との接続が切れてしまっていたのだ。僕は戦いに夢中でそれに気が付かなかった。
『それで、三人は今何処に。一緒にいるなら引き返すように言って…。』
『慶こそそんな状態でどうするつもりなのですか?』
"瑠璃"には僕の状態をモニターする機能がある。それによって彼女は今僕がどんな状況に陥っているか理解しているようだ。
『それに今…三人はドラゴン・ゾンビの所にたどり着きました。』
"瑠璃"から送られてくる動画には、エミリー達が、座りこんでいる不死者ドラゴンに近づいていく姿が映っていた。
『"瑠璃"、やめさせるんだ。彼女達では不死者ドラゴンに勝てない。』
『しかし、今のままでは慶もドラゴン・ゾンビに取り込まれてしまうでしょう。彼女達が仕掛けた隙に何とか脱出して下さい。』
そう言って"瑠璃"からの通信はなくなり、動画配信だけが続く。
僕は見守るしかできないのかと悔しい思いで動画を見ていると、僕の体が移動していることに気付いた。
(こいつ、何をする気なんだ?)
◇
ドラゴン・ゾンビが現れ咆哮がケイに効いた所で"瑠璃"との接続は切れてしまった。"瑠璃"はそのことをエミリー達に報告する。接続が切れただけで、ケイが死んだわけではないと伝えたのだが、三人はもう居ても立ってもいられないと馬車の所に向かって馬を持ちだした。
「エステル、リリー、エミリー、何をするんだ。」
馬を持ちだしたことに気付いたゴンサレスが引きとめようとしたが、三人はゴンサレスを強引に振りきってケイのもとに向かった。
ドラゴン・ゾンビと聞いて自分達では倒せないことは三人にも判っている。しかしケイが一人で戦うと言った時に置いて行かれたことに不満を持っていた三人は、無理を承知で向かうことにしたのだ。
「あれが、ドラゴン・ゾンビ?」
「みたいですね。動いていませんが、何があったのでしょう?」
「ケイがいません、まさか死んで…」
「大丈夫です、慶は生きています。ただちょっとドラゴン・ゾンビに取り込まれているだけです。」
「「「大丈夫じゃないじゃん!」」」
"瑠璃"は三人に突っ込まれてしまった。
三人は馬を降りるとドラゴン・ゾンビに静かに近づいていった。ドラゴン・ゾンビはそんな三人が取るに足りない相手だと思っているのか無視しているようだった。
「動かないね。本当にケイはこの中に居るの?」
「はい、体の中心に…いえ、今移動しています。お腹の辺りから胸の辺りに、ケイは移動しています。」
三人は恐る恐るドラゴン・ゾンビの胸のあたりをのぞき込む。心臓の辺りに大きく開いた穴があり、その中にケイが見えることに気がついた。そしてその穴がどんどん狭まっていくことにも気付く。
「これって不味いんじゃ。」
「あの傷が塞がってしまったら終わりという感じがしますね。」
「その前にどうにかしないと。」
三人は自分達ができる事は何かと考えたが、結局ドラゴンに対して攻撃を仕掛けるしか無いと決まった。
「無駄かもしれないけど」「それしか」「手がありません。」
エステルは弓でドラゴン・ゾンビの頭を狙い、リリーも同じく頭に氷結弾をかけることにした。
エミリーは当然死霊退散を唱えるのだが、彼女の力ではドラゴン・ゾンビ全体にその効果を及ぼすことはできない。そこでエミリーはケイの居る心臓部を狙って唱えることにした。
「タイミングは私が取ります。カウント10でお願いしますね。」
三人はバラバラに攻撃しても効きそうにないということで一斉に攻撃を仕掛けることにした。"瑠璃"がタイミングを調整してくれる。
「それでは10,9,8…3,2,1,今です。」
"瑠璃"のカウントダウンを合図にそれぞれの攻撃がドラゴン・ゾンビに命中する。ドラゴン・ゾンビの脳天に弓が刺さり、顔が凍りつく。心臓部の辺り…まだケイの顔が見える…に死霊退散の光が降り注いだ。
「倒せた…」
「とは思いません。」
「不死者であれば塵に還るはず。ああ、胸の傷が…。」
三人の攻撃も虚しく、ケイが顔をのぞかせていた胸の傷は既に塞がってしまっていた。
「そんな…」「ケイさん。」「まだ、何かできるはず。」
あたふたとしている三人を尻目にドラゴン・ゾンビは静かに立ち上がり大きく咆哮した。
「グオォォン」
その咆哮をまともに受けてしまった三人は、その場に倒れて麻痺を喰らったかのように動けなくなってしまった。
◇
"瑠璃"からの動画配信は音声が無いためエミリー達が何を喋っているかわからない。"瑠璃"に尋ねると、彼女達が不死者ドラゴンに対し攻撃を仕掛けると返事が返ってきた。
『無理だ、こいつに攻撃なんて効きやしない。』
『それでも彼女達は攻撃を仕掛けるつもりですよ。』
そう言って通信がまた途絶える。
僕は不死者ドラゴンの心臓部に移動して、どうやら現状のままドラゴンの核として使うつもりらしい事が判ったが、身動きが取れない状況は変わっていない。
(今は不死者ドラゴンは僕に集中しているから彼女達を無視しているが、攻撃されればきっと反撃をするだろう。何とかしないと…こういった時に取れる手段は…やっぱりあれしか無いか。)
"瑠璃"から送られてくる動画には、エミリー達が攻撃を仕掛ける様子が映っていた。そして彼女達の攻撃は不死者ドラゴンに命中した。しかし不死者ドラゴンに彼女達の攻撃が効くはずもなくほぼ無傷であった。
ほとんど無傷、蚊に刺されたようなダメージしか受けなかったのだが、不死者ドラゴンは怒っていた。怒っていたといっても人間が蚤や蚊に刺されてしまった時のような怒りだろうが、それでも不死者ドラゴンは攻撃をしてきた人間を許しはしないということが僕には判った。
不死者ドラゴンがエミリー達に攻撃を仕掛ける意思を感じた僕は、慌てて最後の手段を実行することにした。
(賢者の石の出力を最大に…100%で稼働させるんだ。)
《主動力を100.0%で稼働させる事はおすすめできません。義体がその出力に耐え切れない可能性:50%です。》
警告画面が出るが、そんな事をしている間に不死者ドラゴンは咆哮をエミリー達に浴びせ、その動きを封じていた。
(構わない、早く出力を上昇させるんだ。)
《主動力:賢者の石 100.0%で稼働させます。最大出力動作まで残り5秒、4秒、3秒》
さすがにいきなり最大出力に持って行くことはできないのか、カウントダウンが始まる。不死者ドラゴンはエミリー達を大人げなくブレスで始末するつもりなのか喉を膨らませていた。
(間に合わないか?)
《1秒…主動力:賢者の石 100.0%で稼働しました。》
ログ表示とともに僕の体から魔力が溢れ出す。魔力の本流に僕の体と制御コアが悲鳴をあげていた。
(このままじゃ体が…魔力を外に放出するんだ。)
《マナを10,000ミューオン/秒で外部に放出します。》
僕は魔力を両腕に集中すると、まだ握られていた剣に送り込んだ。過剰な魔力を送り込まれた剣は銀色に光り輝き、白熱していった。
僕から溢れだした魔力を不死者ドラゴンの体は貪欲に吸い込んでいった。ブレスを吐こうとしてたのだがそれを取りやめ魔力を吸い込む事に集中した。
「力ガミナギル。コレデ奴ニ復讐ガデキル。」
僕から放出される魔力を不死者ドラゴンはその体に貯めこんでいく。
ドラゴンの体の魔力許容量はものすごく大きい。おそらく人間の魔術師が1,000人集まってもドラゴン一匹分の魔力にかなわないほどである。しかしその巨大な器も無限ではない以上何処かで溢れてしまう。
「馬鹿ナ、マダマナガ溢レテクルトイウノカ。」
魔力をエミリー達に供給することで疲労が取れ元気になったように、魔力は活力を持つ正の性質を持つ。不死者はそれを吸収する際に負の性質に変換して取り込むのだが、それにも限界が有るのだ。
不死者ドラゴンの許容量を超えて魔力が放出され、それが吸収しきれなくなった時、正の魔力は不死者ドラゴンの内部を駆け巡り、その負の細胞を蹂躙していった。
不死者ドラゴンは胸から銀の光がほとばしると灰となり爆散した。
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