ゴブリン・ゾンビの軍団
夜道を馬車は走る。月明かりだけを頼りに街道を走るので、時々轍を外れたり、石に乗り上げたりするため馬車は大きく揺さぶられる。
「ゴンサレスさん、速度を出し過ぎです。横転してしまいます。」
「あ、危ないって。もっとゆっくり行きましょう。」
アベルとヘクターは速度を落とすようにゴンサレスに叫んだが、走行音が大きく御者台にまでその声は届いていない。そして声が届いたとしてもゴンサレスは速度を落とさない。ゴンサレスは一刻も早く村に辿り着くつもりなのだ。
「"瑠璃"ちゃん、ケイは大丈夫?」
「どうなっているか、状況を教えて下さい。」
「今のところ無事です。大丈夫です、不死者一角狼ごときに慶は遅れをとりませんよ。」
エステルとエミリーの呼びかけに"瑠璃"がケイの様子を答える。
「それは何ですか?」
「アベルさん、これはケイさんの様子を知らせてくれる魔法の道具です。」
黒い箱に話しかけるエステルとエミリーを不思議に思ったアベルが訊いてきたので、リリーは"瑠璃"を魔法の道具とごまかして答えていた。
「便利な物を持っているのですね。ところで、ケイさんは無事ですか?」
「ケイが、死ぬわけ無いじゃないですか。」
「アベルさん、何を言っているのですか。」
「酷いです。」
アベルは三人に睨まれて小さくなってしまった。
そう言ったエミリー達三人も、"瑠璃"にケイの状況を聞くのが怖くなり、馬車の中は沈黙がただよった。夜道を走る馬車の走行音だけが鳴り響いていた。
◇
僕が百匹の不死者一角狼を倒すのにかかった時間は二十分ほどである。僕には不死者を浄化ができないので、倒したというより行動不能の状態にしたというのが正しい。一角狼達は動きの取れない状態にしてしまった。(グロいので描写は自主規制中)
「次はゴブリンか…。負ける気はしないけど、時間がかかりそうだな。」
一角狼を倒している間に不死者ゴブリン…面倒なのでゴブリン・ゾンビと呼称する…の軍団は百メートルほどの距離まで近づいてきていた。
ゴブリン・ゾンビの軍団は…粗末な鎧を着ている者や小剣や槍、そして弓を持っている者もいた…整然と隊列を組んで僕に向かって来た。
(ゴブリン・ゾンビの癖に統制がとれているな。いや逆に不死者だからか?)
距離が五十メートル程に近づいたところで、僕に向かって矢が放たれた。
(ほんと軍隊みたいに行動してるな。)
弓を持っているゴブリン・ゾンビは四十匹ほどいたのは判っていたが、弓を使って来るとは思っていなかった。そのまま立っていたら矢によって穴だらけになっていただろうが、矢が落ちてくる前に僕はゴブリン・ゾンビに突進してそれをかわした。一角狼の時と同じく衝撃波と剣で蹴散らそうとしたが、槍を持ったゴブリン・ゾンビが前に出てきて槍衾で僕の突撃を阻んできた。
「おっと。」
仮想現実システムでの訓練のおかげだろう、僕は槍に串刺しになる寸前でジャンプして槍衾を飛び越えた。そのまま僕は、ゴブリン・ゾンビの軍団の上を飛び越え、背後に回りこむことになった。
『マリオン、全部不死者だよね。』
『はい、全部死んでいると思います。』
飛び越えている間にマリオンに確認をとったが、ゴブリンは全部不死者だ。ゾンビ状態でこれだけの集団戦をしてくるということは、どこかに指揮官がいるはずだが、今のところゴブリンしか見当たらない。
ゴブリン・ゾンビ軍団の背後に着地すると、ジャンプで軍団を飛び越えたことでゴブリン・ゾンビは僕を見失っており動きが止まっていた。そんな軍団の中央に後ろから衝撃波と共に僕は切り込んでいった。衝撃波で蹴散らし、十数匹のゴブリン・ゾンビを切り倒すと、隊列が変更され僕を囲んで槍衾が作られる。
(おいおい、ゴブリン・ゾンビの癖に対応が早すぎだろ。)
槍衾に切り込むのは面倒なので、ジャンプで飛び越えて今度はゴブリン・ゾンビ軍団の右側面に降り立つ。
『マリオン、ゴブリン達の指揮を取っている奴がいると思うんだけど、探してくれないか』
『中央、左翼・右翼に一人ずつ、ちょっと変わった不死者のゴブリンがいます。それが指揮官ではないでしょうか?』
マリオンは既に指揮官らしき物を探し当てていた。
『マリオン、サンキュー』
マリオンが見つけてくれた右翼の指揮官らしきゴブリンに辿り着くまでには、数十匹のゴブリンがひしめいていたが、槍衾を作られる前にゴブリン・ゾンビを剣で薙ぎ払い進んでいった。
「こいつは…ホブ、いやロードか?」
ゴブリン・ゾンビに守られたひときわ体格の良いゴブリンがいた。鎖帷子と小剣と盾を持つそいつはゾンビというには目に力があり、ゴブリンとしても異様に口の中の犬歯が長かった。
「РДФЩИЪМЬ」
ゴブリン・ロードが周りのゴブリン・ゾンビになにか叫ぶと、槍を持ったゴブリン・ゾンビがロードを守るように防御陣形を組み上げた。
(こいつは普通のゾンビじゃない。もしかして吸血鬼化してるのか。)
ゾンビ化してしまえば喋ることも無い。ゴブリン・ゾンビに命令を出せるところを見てもゴブリン・ロードはたんなる不死者ではなく吸血鬼になっていると僕は考えた。
(ゴブリン・ロードを吸血鬼化してゴブリン・ゾンビを操らせているのか。確かにそれなら柔軟にゴブリン・ゾンビを運用できるな。もしかしてゾンビもロードに作らせたのかな?)
防御陣の奥でゴブリン・ロードがかかって来いと言わんばかりに吠えた。そしてその声に従って周囲のゴブリン・ゾンビが殺到してきた。
「いや、槍に突っ込むほど馬鹿じゃないから。」
外から槍を切り落としていっても何とかなりそうなのだが、そんなことをしていたら周りのゴブリン・ゾンビに取り囲まれてしまう。僕はゴブリンが落とした小剣を掴むと、槍衾で囲まれているゴブリン・ロードに向けて全力で投げ込んだ。
《投擲速度:2000m/sec》
主力戦車の主砲を超える速度で投げられた小剣は、衝撃波で周囲のゴブリン・ゾンビを退かせ、ゴブリン・ロードとそれを守るゴブリン・ゾンビ数匹をまとめて肉塊にしてしまった。
ゴブリン・ロードが倒された為か、周囲のゴブリン・ゾンビの動きが止まった。
(ゴブリン・ロードを倒してしまえばゴブリン・ゾンビの動きが止まるのか。)
僕は動きの止まったゴブリン・ゾンビ達を剣で切り払って行動不能にしていった。
『左翼の集団が村に向かって進み始めました。中央はケイさんに向かっていきます。』
(左翼だけでも100匹のゴブリン・ゾンビだよな。そんな奴らを村に行かせるわけにはいかない。)
マリオンからの報告に僕は慌てた。
『マリオン、左翼のゴブリン・ロードの位置を教えて欲しい。』
『はい、あっちの方向に大きなゴブリンがいます。』
僕は近くに落ちていた小剣を拾い、マリオンの指差す方向に向けて投擲した。小剣は射線上のゴブリン・ゾンビを吹き飛ばし、肉塊に変えながら飛んでいったが、その為に勢いを殺されてゴブリン・ロードには届かなかった。
(ゴブリンが多すぎる。もっと近づかないと駄目か。)
射線上に空いた道を僕は左翼目掛けて進んでいった。それに対し中央のゴブリン・ゾンビ集団の頭数はおよそ二百匹、それが津波のように押し寄せてきた。
(これだけの数だとさすがに押しつぶされる可能性が有るか。だけどゴブリンの新鮮なゾンビで良かった。人間…地球の映画のようなゾンビだったら多分途中で逃げ出してたかも。)
まさに肉の壁を作って押し寄せてくるゴブリン・ゾンビに辟易した僕は、一旦軍団の外に飛び出した。押しつぶされることは無いと思うが、何十匹ものゴブリンにのしかかられるのは気持ち悪い。普通のゴブリンならとっくに逃げ出している状況だが、ゾンビとなり黙々と襲い掛かってくる状況も不気味である。
マリオンに再度左翼のリーダの位置を確認して、僕は再び超音速による突撃で今度は外周のゴブリンゾンビから円を描くようにして衝撃波で吹き飛ばしていった。
それに対してゴブリン・ゾンビは槍を構えて対抗しようとするが、時々物を投げ入れて防御陣形を崩し、中央に続く道を開けていく。右翼と同じく吸血鬼化したゴブリン・ロードが中央にいたが、僕は剣の一振りで切り潰した。
これで左翼のゴブリン・ゾンビたちも動きを止めた。
(残りは中央だけ。こっちも指揮をとっている奴を倒せば止まるな。)
中央の集団を全て剥ぎ取るのは面倒になったので、僕はピンポイントで指揮を取っているゴブリン・ロードを狙うことにした。ゴブリン達の集団をジャンプで飛び越え、ゴブリン・ロードの目前に降り立った。驚きに顔を歪ませているゴブリン・ロードを一撃で切り倒し、心臓に木の杭を突き刺す。吸血鬼化されていたゴブリン・ロードは一瞬で灰となって消えていった。
『マリオン、ゴブリン・ゾンビ達は止まっているかな?』
『はい、若干ウロウロしている物もいますが、ほとんどは動きが止まっています。』
一角狼達と違って、指揮を取っている者がいたおかげで簡単にゴブリン・ゾンビ軍団は無力化することができ、僕は安堵の溜息を付いた。
(そろそろジークベルトが出てきてくれないかな?)
僕はまだ襲ってきたのがジークベルトではなくダードだという事を知らなかった。
◇
ダードは森にいたゴブリン集団のロード種を吸血鬼化して下僕にした。そしてロード種に命じて配下にいたゴブリン達をゾンビに変えさせ、ゴブリン・ゾンビの軍団を作らせた。同じ手口で更に四つの群れがゾンビ化され、ダードは総勢七百匹のゴブリン・ゾンビの軍団を一日で作り上げることに成功した。
ダードはその半数を一角狼達と一緒にケイ達の商隊に向かわせたのだが、それが三十分と経たずに無力化されるとは思っても見なかった。
「馬鹿な、一角狼と合わせて五百匹のゾンビだぜ、それがこんな短時間で…化け物か。」
自分が吸血鬼で有ることも忘れてダードはそう叫んだ。ダードは最初の軍団でケリがつくと考えていたのだが、その目論見は崩れてしまった。
「ゴブリン共はロードを潰されて動けなくなったか。吸血鬼化したとはいえ所詮ゴブリンだ、倒されても不思議じゃねえ。しかし、中級の下クラスの冒険者パーティだと思っていたが……囮にすら上級の下の奴らが二組もついていたんだ、上級の中クラスのパーティの間違いだったんだな。ジークベルトも間違った情報を掴んで来やがったもんだぜ。…さっきの戦いじゃ魔法を使った気配は感じなかったな。ということは戦士だけの冒険者パーティだろう。となると、"黒鉄の城"とかが護衛についていたのか?」
"黒鉄の城"は全員がマッチョな男の前衛で固められたパーティで、黒く塗られた金属鎧を着こんで、肉弾戦のみで戦うという実にアレな冒険者パーティで、アルシュヌの街でも有名である。
ダードは、森の中にいて戦いを直接見てはいなかった。吸血鬼の感覚で、自分の配下とゾンビ達が倒されていくのを感じ取っていただけだったので、まさかケイ一人で不死者の軍団と戦っているとは思っておらず、強力な冒険者パーティが護衛に付いているものと誤解した。
「そうなると、単なる力押しじゃ勝てねえな。念の為に取っておいたこいつらの出番だな。」
ゴブリンの中には時々精霊魔法を使う個体が生まれる。それはゴブリンが元々は精霊の仲間だったという名残というものがいる。魔獣の森でそんな精霊魔法を使うゴブリンを十匹ほど見つけて吸血鬼化しておいたのだ。吸血鬼化することで、魔法力が上昇した彼らの使う精霊魔法は強力である。たとえ上級クラスの冒険者といえども十匹の精霊魔法使いと戦えば無事では済まないはずだ。
「後は、こいつらの護衛だな。ゴブリンじゃ力不足だろう、オメーらの出番だ。」
ダードの背後から巨大な影が十数体現れる。
「こいつらを連れて冒険者共を始末してこい。」
巨大な影は命じられるままに、精霊使いのゴブリンとゴブリン・ゾンビを引き連れて森の外に向かっていった。
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サクッとゴブリンとの戦いを終わらせる予定が一話分使ってしまうとは><。




