襲来
アルシュヌの街を出発して五日目、ジークベルトの襲撃もなく順調に旅は進んだ。
途中鉄鋼蟷螂と青銅バッタとの戦いに巻き込まれたが、リリーが魔法で双方を撃退し、日暮れ前には南に向かう街道との分岐点に辿り着く事ができた。
街道が交差する場所には宿場村が有るのだが、僕達は村を遠くに見ながら少し離れた丘の麓で野営をしていた。
「近くにせっかく宿場村があるのに、わざわざ野営とは、久しぶりにベットで寝たいね~。」
ヘクターが夕食の際に文句を言ってきた。正直、他の皆もそう思っているが、現在の、吸血鬼に付け狙われているという状況では、村の宿に泊まることは難しい。
「後二日で王都に着きます。それまで辛抱して下さい。」
「若い女性も我慢しているのです。ヘクターさんも男なら耐えて下さい。」
「いや、判ってます。言ってみただけですよ。」
ゴンサレスとアベルに真剣な顔で言われて、ヘクターは茶化していた。
「ほんと、野宿は美容に悪いんだよね~。」
「そうですね、魔法で何とか清潔さを保っていても、やはり色々な部分が…困りますね。」
「すいません、私の浄化の奇跡がもっと強力であれば…。」
「エミリーのおかげでずいぶん助かってるよ。」
「そうです、浄化の奇跡がなかったら…途中で逃げ出してます。」
神聖魔法の浄化の奇跡は、水や食糧を清浄に保つ効果がある。それを人間にかけると若干清潔になるが、それで匂いとかを消し去ってもやはり色々と蓄積してくるので、不快感が消えることはない。
野宿と、襲撃を恐れて水浴びすらできず、タオルを濡らして体を拭くだけしかできないため、そういった方面での女性陣のストレスはそろそろ限界かもしれない。
僕の方は、汗も排泄物も出ないので体を拭くだけで清潔にしておける。女性陣に知られると恨まれそうである。
夕食を終えると、僕は皆を集めてジークベルトへの対応を話し合うことにした。
「僕は次にジークベルトが現れた時、戦わずに素材について交渉したいと思っています。」
「彼に素材を渡すと?」
僕が素材を渡してしまうと思ったのだろう、アベルがそれはできないという顔をする。大水晶陸亀の素材は、左前のギーゼン商会の命綱なのだ。それを黙って渡すことなどできないのは、僕も良く知っている。
「いえ、ジークベルトが欲しがっている物は、核と呼ばれる物で素材全部じゃないです。彼にはそれだけを渡せば良いのではないでしょうか?」
「しかし、核という物は素材の中には無かったはずですが。」
「ええ判っています、そこで一度彼に素材の中身を確認してもらい、彼の欲しいものがあるのか見せて上げれば良いと思っています。しかしその前に、ジークベルトには核の使用目的を聞かせてもらうつもりです。その内容によっては、絶対素材は渡さないとなるかもしれません。」
素材の中身を確認させると言ったところで、僕はゴンサレスとアベルの様子を伺った。アベルは渋い顔をしていたが、ゴンサレスは頷いていた。もちろん、核の使用目的を聞いて納得がいけば、僕は核を彼に渡すつもりである。
「アベルさん、イザベルさんには僕が事情を説明しますので、判ってくれると思います。」
「ケイさんの言われることなら、うちの商会主も納得してくれるでしょう。………判りました。ジークベルトと話し合いましょう。」
「ギーゼン商会がそれで良いなら、ゴディア側もそれに習います。ヘクター殿はどうですかな?」
「私は大水晶陸亀の素材を売った利益を監視して課税するのが役目です。税収が減るのは伯爵家としても困るのですが…命は惜しいですし、安全第一でよろしいかと。」
エミリー達には先に話して納得してもらっているので、商会とヘクターの了解が得られた事でジークベルトと交渉することに決まった。
この時点でジークベルトが倒れており、ダードが襲撃を計画してることを僕達は知る由もなかった。
◇
その晩の見張は、ジークベルトがいつ来ても良いように僕は一晩中起きていることにした。
「一晩中見張りって、ケイは大丈夫なの?」
「そうです、無理しないで下さい。」
「ケイは私達の疲労を癒してくれるのに…大地の女神の奇跡ではケイの疲労は癒せません。」
エミリー達が心配してくれるが、僕は馬で移動中に睡眠を取っているので、実は問題が無い。いざとなれば"瑠璃"に見張りを任せて仮眠をとり、緊急時に強制覚醒を行うという手段もとれる。
「心配してくれてありがとう。僕の方は大丈夫だから、エミリー達は早く休んでね。」
僕を心配してなかなか寝ないエミリー達を寝かしつけると、僕は最初に見張りを務めるゴンサレスと二人で焚き火を囲むことになった。
「ゴンサレスさん、ジークベルトについて話を色々聞かせてもらえませんか?」
「それは…良いのですが、また何故?」
「交渉をするなら相手のことを良く知っている必要があるのです。本当ならゴンサレスさんに交渉をお願いしたいのですが、彼の力を考えると僕がやるしか無いでしょう。」
「そうですか。判りました三十年前のことなので、覚えていることも少ないのですが、できるだけ思い出してみます。」
見張りの間、ゴンサレスにジークベルトの事に付いて詳しく聞くことになった。このような話を聞くという分野においては"瑠璃"は大得意である。"瑠璃"のおかげで、ジークベルトについて色々なことをゴンサレスから聞き出すことができた。
「ふぅ、ケイさんは聞き上手ですな。私が忘れそうになっていたことも思い出させてくれました。」
「いえ、ゴンサレスさんも三十年前のことなのによく覚えておられますね。」
話をしているうちに時刻は見張りの交代時間に近づいていた。僕がエミリーを起こしにいこうと立ち上がった時、上空で見張りをしていたマリオンからメッセージが届いた。
『ケイさん、北の方から何か黒い物が…あれは、不死者の魔獣の群れです。こちらに向かって来ます。』
野営地から北に5kmほど離れた魔獣の森を暗視モードで見ると、森から滲み出るように黒い大群が溢れ出してきた。
(一角狼の群れに、その後ろにはゴブリンみたいな影が見える…多分すべてが不死者だろうな。それにしても数が多すぎる。)
「ケイさん、どうしたのですか。ジークベルトがやって来たのですか?」
突然立ち上がって森を凝視している僕に対し、ゴンサレスは何が起きているのか判らず尋ねてきた。
「ゴンサレスさん、後十分ほどで不死者の一角狼とゴブリンの大群がやって来ます。」
「なんですと。数は?」
「ざっと見ただけで一角狼が百匹以上、その後ろにゴブリンが三百匹以上続いてやって来ています。まさか数で押してくるとは…」
ジークベルトが数による力押しでせめて来るとは思ってもみなかった為、僕は魔獣の大群の出現に動揺していた。
「合わせて四百匹ですか…こんな開けた所にいてはひとたまりもありません。…ケイさん、此処は一旦村に逃げ込みましょう。村には魔獣対策の柵か壁があるはずです。立てこもればあれぐらいの数なら、持ちこたえられるでしょう。」
ゴンサレスは敵の数を聞いてこの場で戦うのは不可能と判断した。さすが元中級の上クラスの冒険者である。村へ逃げ込むというのは正しい選択である。
「それでは、あの村に被害が…。」
「それだけの数の魔獣が襲って来るのならば、あの村にも絶対向かうでしょう。あの村の人達は魔獣に気付いてはいないはずです。村人に魔獣がやって来るのを教えるためにも逃げ込むべきです。」
ゴンサレスは僕にそう言って、テントで寝ている人を起こしに向かった。僕は馬車に馬を繋ぎながらどうするべきか考えていた。
(村に逃げ込むと、関係のない村人に被害が出てしまう。それじゃ駄目だ。被害を出さずに僕なら…他の人を庇っている余裕は無いが、僕一人なら…全力でならあの大群とも戦えるはず。)
おそらく、僕が一人で戦うと言ったとしても、ゴンサレスやアベル、ヘクターは村に逃げこんでくれるだろう。しかし、エミリー達は、僕と一緒に残って戦おうとするだろう。僕が全力で戦うと周囲の人を巻き込んで被害が出てしまう。つまりエミリー達がいると全力を出すのに妨げになってしまう。
「襲撃ですか。今度は一角狼が二十匹ほどやって来たんですか?」
「四百匹以上の大群ですよ。急いで馬車に乗ってください。」
あくびをしながらアベルがテントから出てきた。状況を理解していないので、冗談を言ったのだろうが、僕の話を聞いて、彼は動きが止まった。アベルは僕の顔を見て冗談ではないことを理解すると、まるで早回しの様に動き始め、荷物をまとめると慌てて馬車に飛び乗った。できる商人は逃げ足も早いらしい。
「ケイ、あたし達はどうすれば」
「良いのでしょうか?」
「此処で戦いますか?」
エステルとリリー、エミリーは鎧を脱がずに寝ていたのか、戦う準備を整えてテントから出てきた。
「敵は多いんだ、ここで戦えば全滅する。全員馬車に乗って村に逃げ込むんだ。」
僕はそう言って強引に三人を馬車に乗り込ませた。
最後に半分眠っている状態のヘクターをゴンサレスが抱えてテントから出てきた。ヘクターを馬車に押し込むと、馬車の扉をこっそりロープで閉じて、中から開けられないようにした。
「ゴンサレスさん、夜道ですが馬車は大丈夫でしょうか?」
「夜道を走らせるのは危険ですが、頑張ってみます。」
「なんとか村にたどり着いて、守りを固めてください。僕はここで敵を食い止めます。」
「「「ケイ、無茶よ」」」
僕が此処に残ることを知ってエミリー達が馬車から出ようとしたが、扉が開かないので出ることはできない。じたばたと馬車の中で暴れる三人に僕は窓から"瑠璃"の本体を渡した。
「"瑠璃"を預けるから、そちらに何かあったら彼女に伝言してほしい。僕の様子も聞けば答えてくれるだろう。……ゴンサレスさん、三人をお願いします。」
御者台に座るゴンサレスにそう言って頭を下げた。ゴンサレスは僕の無茶な行動を怒ろうとしたのだが、僕の顔を見て決意を汲み取ってくれたのか、
「ケイさん、必ず生きて帰って来てください。」
そう言って彼は馬車を出した。
僕は遠ざかっていく馬車を見送り、「別に死ぬ気はないんだけどね。」と一人呟いた。
◇
馬車を出すまで十分ほどかかったのだが、その間に一角狼の集団は、僕のいるところまで500mの距離に迫っていた。走る速度の違いからゴブリン達は置いてきぼりを食っており、一角狼のずいぶん後ろにいる。
「最初に一角狼の隊列を崩して足を止めないと。マリオン、上空で群れの動きを見ていてくれないか。」
『判りました。御武運を。』
マリオンが上空に登っていくのを見送ると、僕は心臓の出力を上げ始めた。
不死者は魔力を持つ者を狙う習性がある。ジークベルトが何を命令しているか不明だが、僕が魔力を放出すれば少しは引き寄せることができるだろうと考えたからだ。
(出力を5%にアップだ!)
《主動力:賢者の石 5.0%で稼働させます。》
魔力を供給されて、剣が薄く銀色に光る。
「まずは左翼から。」
音速を超える踏み込みで、一角狼の群れの左翼に僕は突撃した。
爆音と衝撃波を撒き散らしつつ左翼に飛び込み、剣を振り回した。移動と剣による衝撃波が一角狼を吹き飛ばしてく。僕が踏み込んだ場所は大きく地面がえぐれ、剣を振り回す度に地面に亀裂と溝が刻まれていく。力任せに剣を振るって二十匹程度の一角狼を文字とおり粉砕した。
『右翼が進路を変えました。ケイさんの方向に向かっています。』
マリオンの報告で、不死者一角狼は僕を標的にしていることが判った。
「それは良かった。今からそっちを蹂躙してやる。」
僕は左翼を駆け抜けてから、今度は右翼の先頭に向かって走りだした。
中央を斜めに駆け抜け、一角狼を剣で切り裂き、吹き飛ばしていく。右翼の先頭にたどり着くと、今度は右翼の後方に向けて駈け出し、一角狼の群れをZ字の形に蹂躙した。
僕は一角狼の群れを鎧袖一触で粉砕し、不死者ゴブリンの群れが辿り着く前にまだ立って歩けそうな一角狼を始末していった。
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半分以上スマホで書いたので、推敲が甘いです><




