狼男との戦い
一歩でジークベルトに肉薄すると槍を繰り出す。僕が踏み込んだ大地がえぐれるが、それはわざとであり地面に足をめり込ませることで足を固定したのだ。
"男子三日会わざれば刮目して見よ"とあるが、たった一日で僕の動きは大きく変わった。仮想現実システムで繰り返し練習したおかげで、迷うこと無く胴体を狙って槍を突き出すことができた。ドスッと音が響き、槍がジークベルトにめり込んでいる。
(ゴンサレスさんの話では、狼男はこれぐらいじゃ死ぬことは無いらしいが…。)
突き出した槍の威力は、練習したおかげで普通に突き刺さる程度に抑えられている。これぐらいの傷であれば、エミリーの魔法で回復できる範囲だろう。
ジークベルトも昨日見せた僕の突撃スピードを警戒していたのか、動きに反応して避けようと体を動かしていた。肩や手足を狙っていたら避けられていただろう。
「一晩で、動きが別人の様になってますね。」
「練習したからね。」
「ほんと、驚きました。これなら戦いを楽しめそうです。」
ジークベルトは腹に刺さった槍を掴んで喋っている。普通の人であれば動くこともできない程の重症だと思うのだが、彼は平気な顔をしていた。
(痛みを感じていないのかな?)
前の戦いでは槍を振り回されて投げられてしまった。僕はジークベルトに掴まれてしまった槍を手放し、後ろに飛び退った。
ジークベルトは槍を体から抜いて投げ捨てた。不思議な事に傷からはあまり血が流れず、僕の目の前で傷口が瞬く間にふさがってしまった。
「凄い回復力だね。」
「僕の体は特別なのさ。」
ジークベルトの尋常ではない回復力に驚きながら、僕は背中の剣を抜いた。今日は準備する時間があったので、"無限のバック"から剣を取り出して背中に背負っていたのだ。
重さが200kgもある剣は、スピードを重視した動きをするには邪魔だが、どうせ僕にはジークベルトの様な動きはできない。剣はその重さで足場を踏みしめるために背負っていたのだ。
ジークベルトがスピードを重視した格闘戦を仕掛けてくるのに対して、僕は一撃必殺の攻撃で対応する。それが昨晩の特訓で考えた戦い方だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。」
そう言うとジークベルトは僕の目の前から消え去った。いや彼は高速に移動しただけで、僕の目がついて行けず消えたように見えただけだ。ジークベルトは、昨日よりもスピードが上がっていた。これが彼の本気なのだろう。
ジークベルトが消えたと思った瞬間、僕は地面を蹴って数メートル飛び出した。目では追い切れなかったが、動態センサーは彼を捉えており、彼は僕の背後に回りこんで首の辺りを切り裂こうとしてた。
(危なかった。でも自動回避プログラムが動く前に避けることができた。)
特訓で、ジークベルトの攻撃を防いでも最後には捌ききれ無くなってしまうと、"瑠璃"に指摘された。そこで、僕は攻撃を捌くのではなく彼の間合いから離脱することで対処することにしたのだ。
「お返しだ!」
攻撃を避けられ、隙のできたジークベルトに突撃する。今度は足を狙って剣を薙ぎ払ったのだが、ジークベルトに避けられてしまった。
「危ない危ない。」
攻撃を避けたジークベルトは、今度は左右にステップを踏みながら僕に襲いかかってくる。
僕はその攻撃を受けずに左に跳んで避けると、先ほどと同じように攻撃を仕掛けるが、予想されていたのかジークベルトは僕の攻撃線上から既にいなくなっていた。
そんな攻防を何度か繰り返して、僕とジークベルトは四メートルほど離れて睨み合った。
ジークベルトの攻撃は僕が避けてしまうので当たらないし、僕の攻撃も掠ったりはしたがほとんど避けられてしまう。僕の剣の攻撃は掠っただけでも肉が切り裂かれて大怪我を追うのだが、狼男の回復力で瞬く間に傷が消えてしまった。
どちらも打つ手無しの状態、千日手になってしまった事を二人は理解していた。
「そろそろ諦めて帰ってくれないか?」
「核を渡してくれれば、おとなしく帰るよ。」
「僕達は核なんて持っていない。というか核ってなんだよ。」
「さあ、僕もよく知らないよ。ただ、ご主人さまが欲しがっているんだよ。」
「何も知らずに奪いに来たのか?」
核を欲しがっているのはジークベルトではなく、彼のご主人様だということが判った。そのご主人様が、何故核を欲しがるのかそれは判らない。どうせ渡してもろくな事に使われないような気がする。
睨み合っている間にも、馬車の方では不死者一角狼に苦戦しているエステル達の声が聞こえてくる。
(早くジークベルトを倒して、エステル達の方に行かないと。)
僕は千日手状態を打破する方法を考えていた。普通に攻撃していてはジークベルトは避けてしまう。こんな時は意表を付いたほうが良い。多分彼も同じようなことを考えているだろう。
『"瑠璃"、少し力を貸して欲しい。』
僕は思いついた作戦を"瑠璃"に説明する。
『それなら確かに意表をつけますね。』
僕が剣を構えて突撃する姿勢を見せると、ジークベルトは警戒しながらも笑っていた。
「同じことの繰り返しですね。」
「…そうかな。行くぞ!」
そう叫ぶと、僕は二人に分裂して左右に別れてジークベルトに斬りかかった。
「なにぃ!」
突然分身した僕に驚いたジークベルトは、一瞬どちらに対応するか迷って動きが止まってしまった。左と右、両方の僕が剣をなぎ払い、彼の両足を切断した。
「魔法じゃない、どうやって分身を…」
「それは…秘密だ。」
両足を膝の辺りで切り落とされ、ジークベルトは地面に転がっている。僕の分身は既に消えている。もちろん僕が本当に分身したわけではなく片方は"瑠璃"が変身していたものだ。
「とりあえず、拘束してから手当を………おぃ!」
両足を切断したのだ、そのままでは狼男でも命に関わると思い、まずは動けない様に拘束してからと近づいたのだが…僕が近づく前にジークベルトの両足が既にくっつき始めていた。
「チートだろ、その回復力。」
「チートって?さっきも言っただろ、俺の体は特別だって。」
唖然としている僕の目の前で、両足が治ったジークベルトが立ち上がった。
ジークベルトはニヤリと笑うと、足が治ったのを見せびらかすように僕に攻撃を仕掛けて来た。今くっついたばかりの足とは思えないスピードで攻撃を仕掛けて来て、僕は防戦一方となった。
(切り落とした部分がすぐに治ってしまうとか回復力がチートすぎるだろ。どうすれば、ジークベルトを倒せるんだ。後は真っ二つにするか、心臓に木の杭でも打ち込むぐらいしか…)
そこまで考え、僕は爪で切りかかってきたジークベルトの手に傷跡が残っているのに気付いた。
僅かではあるが、昨晩木の杭を手に打ち込んだ際の傷跡が残っていた。さっき僕が付けた傷は全て跡形もなく治っているのに、そこだけ治りが遅いのか毛深い皮膚に後が残っている。
(木の杭を打ち込んだところだけ治りが遅い?まさか…)
「もしかして、君は狼男だけじゃなくて、吸血鬼にもなっているのか。」
「良く気付いたね。」
ジークベルトは攻撃の手を止め、苦笑しながら僕の言葉を肯定する。
狼男であるジークベルトが一角狼ではなく、不死者一角狼を引き連れてきたことや彼が若返っていること、そして木の杭で手を貫かれただけで撤退したことは全て彼が吸血鬼化していたことであれば説明が付く。
「昨晩は、まさか木の杭で手を貫かれるとは思って見なかったよ。そんなものは普通の冒険者は準備してないからね。おかげで傷を癒やすために一角狼達に可哀想なことをしてしまったよ。」
「もしかして…一角狼も吸血鬼に…」
「いや、さすがに魔獣を吸血鬼にはしていないよ。そんな下賎な物を眷属にしたら怒られちゃうよ。魔力を吸い尽くして不死者にしただけさ。」
ジークベルトの説明を聞いて僕は胸を撫で下ろす。一角狼が吸血鬼化していたら襲われていたエステルやゴンサレス達が危なかった。
「ということで、君の攻撃は僕の致命傷にはならないのさ。諦めて核を渡してくれないかな?」
「だから、核なんて持ってないし、持っていたとしても渡さない。吸血鬼に渡したらろくな事にならないからね。」
「強情だね。じゃあ仕方がない、君が渡したくなるまで戦うしか無いな。でも君の攻撃は僕には無意味だよ。」
ジークベルトは勝ち誇ったような、でも残念そうな顔で言ってきた。本当は吸血鬼の不死性に頼らずに僕に勝ちたかったのだろう。
「無意味かどうかはやってみないとね。」
「銀の武器とか持っているのかな?でもそんな袋に入る武器じゃ僕には………ゲッ…」
僕は剣を地面に突き立て、白木の杭が入った袋を腰から外し中から数本取り出した。
僕が取り出した白木の杭をみてジークベルトは冷や汗をだらだらと流し始めた。
(吸血鬼も冷や汗を出すんだな。)
「君は、何故そんなに白木の杭を持っているんだ。」
「なんとなくかな?」
「…もしかして気付いていたのか?」
悪霊退治の時に教会のシスターに、吸血鬼やリッチといった高位の不死者は聖別された銀の武器や魔法の武器か魔法でしか傷を付けることができないと聞かされた。
ただ、銀の武器は高価な割に脆いため普通の冒険者はそんな物を持っていない。魔法の武器は入手自体が難しいので論外だし、基本的に出会ったら普通の冒険者は逃げ出す。
ちなみに僕の持っている黒鋼甲虫の角で作った剣は、マナを通すことで切れ味が上がるが魔法の武器ではない。
そんな不死者対策の中で、吸血鬼対策で見逃されがちなのが白木の杭だ。
白木の杭は、棺の中で寝ている吸血鬼にトドメを刺す時に使う物と思われがちだが、実は刺すことができればダメージは入るのだ。
ただ、白木の杭を吸血鬼に刺すことができる者などいない為、安価に入手できるにもかかわらず冒険者が準備していることはない。
なるべく人を傷つけずに無力化するために準備しておいた白木の杭が、こんな所で役に立つとは思わなかった。
(菊地○行先生ありがとう。○ンパイアハンターシリーズを読んでいて良かったです。)
何故かそんな気持ちになってしまう僕だった。
「馬車の方も心配だし、そろそろ片をつけようか。」
白木の杭を両手に構えて僕はジークベルトに突っ込んでいった。
「そんなもの、当たらなければどうということはない。」
赤い人みたいなセリフを吐いてジークベルトは後ろに飛び退った。確かに普通なら狼男のスピードを持つ彼に白木の杭など命中させることは難しいが、僕にはそれを出来るだけの投擲能力が有る。
「当たれ~」
至近距離で投擲された木の杭は、ジークベルトの右肩に命中した。
「ぐぅっ!」
剣が当たって切り裂かれても悲鳴を上げなかったジークベルトが肩を押さえてよろけた。
「もう一つ!」
次に投擲された白木の杭は右足に当たり、バランスを崩したジークベルトは地面に倒れた。
「悪いけど、念には念を押させてもらう。」
僕は顔をしかめながら、更に白木の杭を取り出し、ジークベルトの両腕と両足を地面に縫い付けた。
普通の人ならショック死してもおかしくない状況だが、吸血鬼であるジークベルトは激痛に苦しんでもがいているだけだった。
『"瑠璃"、彼が逃げないか見張っていて。』
心臓に杭を打ち込んでトドメを刺してしまいたいが、ジークベルトに核を持ってくるように命じたご主人様について聞きたいことがある。
しかし馬車の方ではエステル達が苦戦しているみたいなので尋問をしている暇は今は無い。
ジークベルトの監視を"瑠璃"に任せ、僕は馬車の方に向かった。
◇
馬車に殺到してきた不死者一角狼は全部で四頭だった。 エステルとゴンサレスが馬車の前に立ってリリーとエミリーを守り、リリーとエミリーは魔法を唱えて一角狼を倒そうと努力していた。
不死者一角狼は積極的に攻撃せず、魔法の射程外で馬車の周りをグルグルと回っていた。
不死者はあまり賢くなく単純な命令しか受け付けないのが普通である。馬車の周りを回っているのは、ジークベルトが足止めを命じたからだろう。
「微妙な距離をグルグルと回って、ほんと嫌な感じです。」
「死霊退散も届かないので困ります。」
リリーとエミリーは魔法が届かない距離で様子を伺う不死者一角狼達に苛立っていた。一応リリーの魔法は一角狼に届くのだが、周りを巡る動きが速すぎて、なかなか命中させることができない。
エステルとゴンサレスも接近戦のできない二人を護衛するために前に出れない状態だった。
ちなみにゾンビなどの不死者はゲームや映画などではノロノロと移動しているが、あれは体が腐って筋肉などがなくなっているからであり、新鮮なゾンビは生前と同じ速度で動くことができる。
昨晩ジークベルトにゾンビにされた一角狼は生きていた頃と同じように動きまわっていた。
「もう一度氷結弾を唱えてみましょうか。」
「襲ってこないなら、ケイが来るまで待っていたほうが良いかもしれません。」
リリーは氷結弾で一角狼を凍りづけにして葬っている。しかしリリーはこの魔法を後二回ほどしか唱えられない。
劣勢でもないが、決め手も欠いている、そんな膠着状態に陥って所に僕が援軍としてやって来た。
不死者一角狼は近づいてきた僕に一斉に飛びかかったが、ジークベルトのスピードに慣れた僕にはその動きは遅く感じられる。不死者一角狼は全て切り裂かれて地面に倒れてしまった。
「エミリー、死霊退散をお願い。」
足を切られたり、胴体を真っ二つにされても動き続ける不死者一角狼は不気味であり、エミリーに死霊退散を唱えてもらって全て浄化した。
「ケイ、あいつは?」
「ジークベルトを倒したんですか?」
不死者一角狼を倒すと、エステルとゴンサレスが駆け寄ってきた。
「あそこに、貼り付けにしてあります。」
「トドメを刺していないのですか?」
「彼に大水晶陸亀の素材を集めさせている奴がいるのです。そいつの情報を聞くために生け捕りました。ゴンサレスさんなら昔の知り合いなので、聞き出せるかと思うのですが?」
「…いや、三十年前の話ですし…ご主人様ですか、そんなことをあいつが…」
『慶、ジークベルトに蝙蝠が集まって…、彼が連れ去られそうです。』
ゴンサレスとの話に"瑠璃"が割り込んできた。ジークベルトを貼り付けにした方を見ると、大量の蝙蝠が飛び回っていた。その中でも一際大きい大蝙蝠が、ジークベルトを足に抱えて持ち上げていた。
「どこから蝙蝠が…」
『判りません、急に彼の周りに現れました。』
吸血鬼は蝙蝠を呼び出せるという話があるが、ジークベルトがやったのかそれとも彼のご主人様がやったのか判らない。
僕はジークベルトを掴んで逃げる大蝙蝠を追いかけて走りだした。彼を抱えている蝙蝠はそれほど速くない。あっという間に追いつけるはずと思ったが、それを蝙蝠が邪魔してきた。
蝙蝠は僕達の周りを付かず離れず飛び回る。僕が振り切ろうと走ると、正面にいる蝙蝠が僕にぶつかり潰れ、それが地味に痛くて気持ち悪い。
剣で切り払っても一向に数が減らず、結局ジークベルトを連れた大蝙蝠は森に逃げ込んでしまった。
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