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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
43/192

襲撃

 太陽が完全に暗くなる前になんとか目的の街道に辿り着いた。今まで進んできた獣道の様な街道と違い、轍もしっかりと残っており、頻繁に人が通る道のようである。


「今日はこの辺りで野宿することにします。」


 ゴンサレスが街道の側の木陰に馬車を進めていく。


 木陰に馬車と馬を停めると昨日と同じように野営の準備をしていくのだが、昨日にもまして道がひどかった為ヘクターとリリーは馬車の中から一人で出てこれなかった。エミリーも午前中はマナ注入(キス)のおかげで元気だったが、午後はそれも切れてしまったのか、かなりぐったりしている。エステルも疲れているようであるが、馬車の二人よりは元気である。


 ゴンサレスとアベルの中年二人組は対照的に元気いっぱいで、てきぱきと野営の準備をしていた。


 僕はヘクターとリリーを馬車から連れだしてテントの中に寝かせ、馬の世話を終えるとエステルと一緒に見張りに立った。

 夕食を食べ終える頃にはヘクターとリリーは立って歩ける程に回復していた。


「ヘクターさん、昨日みたいに勝手に野営地から離れないでください。」


 昨日の晩のようにヘクターに出歩かれて魔獣や野盗などに襲われては困るので、僕は釘をさしておいた。今日はさすがに出歩かないと思うが、念の為にマリオンに見張ってもらうことにする。


 最初の見張りは、ゴンサレスとアベルの中年コンビがしてくれることになった。その後で見張りに立つ僕達はさっさと寝てしまう必要がある。


「ケイ、少し良い?」


 マントに包まって眠ろうとしたところで、エステルとリリーに捕まって野営地から少し離れた木陰に連れて行かれる。


「約束してたでしょ。」「約束~」


(約束しちゃったからな。でも二人同時にってどうよ。)


「見張りの交代の時じゃ駄目なのかな?」


 エミリーと僕は一緒に見張りに立つので、彼女はその時にマナ注入(キス)するつもりだ。エステルとリリーはその後なので交代の時にと思っていたのだが…。


「いや、今日はすごく疲れてて…。」「見張りまで待てません…。」


 そう言いながら目を輝かせて僕に迫ってくる。


(肉食女子…怖いっす。)


「二人同時に?」


「そ、そんな」「同時に二人だなんて…」


 二人は顔を赤くして怒った。結局木陰で一人ずつマナ注入(キス)をすることになった。


 エステルとリリーはジャンケン(の様なこちらの世界の遊び)で順番を決め、最初はリリーからマナ注入(キス)をすることになった。


「お願いします。」


 少し潤んだ目をして顔を赤らめてリリーが求めてくる。


「今日は特別です。明日からは見張りの交代の時にして下さい。」


 そう言うとリリーの小柄な体に合わせ、僕はしゃがみこんで唇を重ねる。


《マナを注入中:20ミューオン/秒で伝達されています。》


 三十秒ほどでマナ注入(キス)を止めてリリーの様子を見る。彼女はしばらくボーッとしていたが、マナ注入(キス)が終わったことに気付くと顔を赤らめて俯いてしまった。


「気分とか体調は良くなった?」


「はい、楽になりました。………できればもう少し…」


「はぃはぃ、終わったら替わってくださいよ。」


 リリーが何か言おうとしてた所にエステルが割り込んできた。


「…ケイ、ありがとう。」


 エステルが割り込んで来たのでリリーは諦めたのか野営地の方に走っていった。


「エステル、今のはちょっと。」


「さっさと寝ないと見張りの時に辛いでしょ。あのままだとリリーがまたおねだり………いいから、私にも早くしてね。」


 エステルがムードもへったくれもなくお願いしてくる。何かマナ注入(キス)を簡単な作業の様にお願いしてくるが、顔が赤いのでこの態度は彼女なりの照れ隠しなのだろう。


「まあ、さっきのことは後でリリーに謝っておいて下さい。」


「……判ってる。長い付き合いだもの、ちゃんとリリーに謝っておくよ。」


 エステルの言葉を聞いて頷くと、彼女と唇を重ねた。


 今まで何回も彼女達にマナ注入(キス)をしたことで判ったことがある。それは人によって魔力(マナ)の通り方が違うということだ。

 エミリーの場合は乾いた砂が水を吸い込むような感じで魔力(マナ)が吸収されていく。リリーはコップに水を入れる感じが近いだろうか。そしてエステルは風船に空気を吹き込んでいく感じである。

 エステルにマナ注入(キス)をするときには僅かな抵抗感が有る。魔法を使える人とそうでない人の違いなのだろうが、エステルの抵抗感はマナ注入(キス)を重ねるごとに少しづつ小さくなっている気がする。


 エステルにも三十秒ほどでマナ注入(キス)を止める。


「……ありがと。ほんと体が楽になるね。一日中、馬に乗って痛かった体が軽くなった感じがする。」


 マナ注入(キス)がマッサージの様な扱いになってしまった気がするが、彼女達が楽になるならそれでも良いかと思いつつ、エステルを連れて僕は野営地に戻るのであった。





『慶、北の方から人が近づいてきます。』


 "瑠璃"からの警告が入る。彼女から送られてくる映像には、男が一人森のなかを歩いてくる姿が写っていた。

 時刻は深夜二時で、森の中を人が歩いて来るような時間ではない。それに男は明かりを持たずに暗い森のなかをまるで明るい昼間の草原のように堂々と歩いていた。


(野盗の偵察って感じじゃないよな。)


「エミリー、エステル達とゴンサレスさん達を起こしてくれないか。誰か北の方からやって来る。」


 たった一人の男に対してそこまでしなくても良い気がするが、僕はその男に何か嫌な物を感じていた。





「それ以上近づかないでほしいな。」


 男が野営地に五〇メートル程の位置に来たところで僕は男に警告する。男は僕の言葉に従って立ち止まった。僕との距離は五メートルほど、焚き火が遠いが僕には男の様子がよく見えている。


《人間(男):スキャン開始.....終了。小剣を所持。脅威度0.2%》


 ログを見たところ普通の人間のようである。

 男は二十代前半、灰色の髪に青い瞳の青年だった。普通の人に見えるが、手や足、首筋など遠目にも毛深く、妙に獣臭い感じがする。柔皮鎧(ソフトレザー)を着こみ、腰には小剣を吊るしている。


「怪しい者じゃないよ。探し物をしていたら道に迷っちゃってね。できれば道を教えて欲しいんだけど?」


 男はそう言ったが、道に迷ったからといって、夜の森を明かりも持たず歩いてくる様な奴は怪しいに決っている。


「悪いけど、こっちは色々有って他人を近づけたくはないんだ。道なら教えてあげるから、何処に行きたいか言ってくれないか?」


 そう言いながら、右手に槍を構えて、左手で袋から木の杭を取り出した。


「教えてくれるのか助かるな。僕が教えて欲しいのは核のある場所だよ。」


「核?」


「そう、大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の核さ。君達が持っているのは判っているんだ。」


 男はそう言って僕に核をよこせと言わんばかりに手を突き出す。


(ミシェルの言っていた、核を探していた奴か。しかし馬車にどうやって追いついてきたんだ?)


「核なんて知らないな。それに大水晶陸亀(クリスタル・トータス)ってなんだ?」


「君達が大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を運んでいるのは判っているんだ。だって匂いがするからね。それに魔力(マナ)の匂いもタップリするよ。」


 僕はとぼけたが、男は意にも介さず僕達が大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を持っていると断言する。


「それに君は美味しそうだな。」


 男はそう言いながら口から溢れ出るよだれを手で拭きとった。


「……悪いけど、そんな趣味は無いよ。このまま立ち去ってくれないかな?」


「僕もそんな趣味はない。美味しそうなのは君が魔力(マナ)を溢れさせているからさ。」


「ケイ、何が有ったの。」「ケイさん!」


 エステルとリリーが起きたのか僕の背後に近づいてきている。


「エステル、リリー、前に出ないで。」


 僕は手を広げて二人が前に出ようとするのを制止する。二人を止めたのは男の姿に変化が生じたからだ。


「ウルォルルー、ウォーン」


 男は動物のような叫び声を上げて、僕達の目の前で異形の獣に変身していった。


 僕はこちらの世界に来て獣人を何度か見たことが有る。尻尾や耳が動物だが、残りは普通の人間に近い者から直立歩行する動物といった姿の者まで色々いる。しかし普通の人間から動物に変身する者は見たことも無い。

 エステルとリリーも男が変身するのを息を飲んで見つめていた。


 男の体は灰色の毛に覆われる。そして口が前にせり出して耳が上に移動して三角形の形に変化していく。腰の当たりにふさふさとした尻尾が生える。手足の筋肉がグッと膨れ上がり体が一回り以上大きくなる。

 二十秒とかからず、男は直立する犬…いや狼に変身していた。


《???(男):スキャン開始.....終了。小剣を所持。脅威度5.0%》


「…犬、いや狼男なのか?」


「話は聞いたことあるけど、初めて見た。」


「…可愛いい。」


 最後のリリーの感想を聞いて狼男はがっくりと肩を落とす。


 狼男は映画やゲームなどでもかなり凶悪な顔付きで描かれているが、目の前にいる狼男はそんなテンプレな姿をしていなかった。確かに狼男と言って良い姿をしているが…顔がハスキー犬なのだ。ハスキー犬も怖い顔をしている奴もいるが、目の前の狼男はどちらかと言えば愛嬌のある顔付きだった。


「可愛いって…言うな!」


 狼男は自分の容姿が気に入ってないのだろう、悔しそうにしている。


(あの姿に油断しちゃ駄目だ。)


 エステルとリリーはその愛嬌のある顔付きに油断しているみたいだが、僕はログをみてオーガより高い脅威度に彼の強さを感じ取っていた。


「本当は核を貰いに来たんだけど…君を見ていたら、少し遊びたくなってきたよ。」


 狼男は口からあふれる涎を舌で舐め、僕に襲いかかってきた。


 狼男は腰の小剣を抜かず、ナイフのように伸びた両手の爪で僕に切りかかってきた。


(速い!)


 今までに戦った魔獣とは次元の違うスピードで狼男は突進してきた。咄嗟に僕は槍を振り回し、狼男を強打する。


(しまった力を入れすぎた。)


 狼男の突進を迎撃するために振り回した槍は、当たれば人が死にかねない勢いで狼男の胴体に…当たったと思ったら、槍は体をすり抜けてしまった。


「危なかった。僕のスピードに反応できるなんて、やっぱり君は強いね。」


 槍が当たる寸前に後ろに飛び下がったのだろう、一瞬で元の位置に狼男は立っていた。


「君もすごいスピードだね。」


 僕は動揺を隠しながらそう言って槍を構え直した。


 再び狼男は僕に突進してくる。今度は物凄いスピードで横にステップしながら左右から僕に切りかかってきた。僕は槍を振り回して爪による攻撃を防ごうとするが、次第に攻撃を捌ききれなくなり、ついには爪を避けきれなくなってしまった。


《自動回避プログラム:起動...》


 首筋を狙ってきた爪の攻撃を避けきれないと思った時、冒険者ギルドでフランツに襲い掛かられて来た時の様に自動回避プログラムが起動した。スローモーションの様に狼男の攻撃が見え始める。おかげで僕は攻撃を間一髪で回避することができた。


「あれを避けるか。」


 狼男は当たると思った攻撃を避けられ、たたらを踏んでいた。


 僕は今までの狼男の攻撃から自分と彼との性能を比較してみた。

 おそらく、スピードもパワーも狼男より僕のほうが圧倒的に高い。それなのに僕が攻撃を捌ききれなかったのは、狼男と同じ速度で反応ができないからだ。体は機械でスピードもパワーもあるが、脳は生身の部分が多い為に反射速度は普通の人間と大差が無い。

 センサーやプログラムによる補正があるので、単純な動きをするもの…例えば射られた矢などは、どんな高速でも掴み取ることができるが、狼男の攻撃のようなどこから来るかわからない攻撃には対処できない。


 自動回避プログラムが動作している時に感じるスローモーションの様な感覚、あれををいつでも発揮できれば良いのだが、何故あんな風に周りが見えるのかまだ判っていない。


 狼男を睨みながら、僕はどうやって攻撃を当てるかを考えていた。


「ケイさん、何があったのですか?」


 ようやく起きたのか、後ろからゴンサレスの声が聴こえる。


「ゴンサレスさん、下がってください。敵は狼男です。」


 元冒険者で百戦錬磨のゴンサレスなら、この説明で状況を判ってくれるだろうと思い叫ぶ。


「ゴンサレスがいるのか。やっぱりこっちが当たりだな。」


 狼男はゴンサレスの名前を知っていたようだ。そして彼がいることで大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材が有ることも確信した。


(このまま攻撃を避けているだけでは駄目だ。スピードとパワーなら勝っている。…彼奴が反応できないぐらいの速度で突っ込んで攻撃すれば…。)


 真後ろに誰もいないことを確認すると、僕は槍を構えて狼男に突撃した。

 たった一歩、「ゴゥッ」と空気が音を立てるほどの速度で踏み込んで狼男の後ろに回り込む。そして、背後から槍を突き出した。


(これなら避けられないだろう。)


 背後から狼男の肩を狙った槍の一突きは狙い違わず肩に突き刺さった。


「くっ!」


 しかし、肩に突き刺さったと思った槍は狼男の手に握られていた。


「今の攻撃には全く反応ができなかった。……君はわざと狙いを外したのか?今まで全力じゃ戦っていなかったのか、…ふざけるんじゃねぇ!」


 僕が移動で引き起こした突風が吹き荒れる中、狼男は僕を怒鳴りつけた。


 今の攻撃は、力は加減していたが確実に当てるつもりだった。攻撃を外してしまったのは、速度が速すぎて踏ん張りきれず足が滑ってしまったからだ。


(赤い人のセリフじゃないが、体を使った技は訓練しないと使いこなせないな。)


 今まで戦ってきた魔獣は体も大きく狙いがいい加減でも力任せに攻撃すれば良かった。しかし今回の狼男との戦いの様に高速に動きながらとなると、体を動かす訓練をしてないと正確な攻撃ができない事を僕は悟った。


「…それとも、君は自分の力に慣れていないのか…?」


 怒鳴りつけられても無言でいる僕に狼男はそう言ってきた。


「力に振り回されている奴と戦っても面白く無いな。先に用事を済ませてしまうとするか。」


 狼男は槍を掴んだ手に力を込めると、僕をそのまま持ち上げて上空に投げ飛ばした。


「うぁ!」


 狼男の怪力が想像以上であったことに僕は驚き、そして投げ飛ばされた。派手に空中を飛ばされている間に狼男がゴンサレスに突進していくのが見える。

 エステルが弓をリリーが氷の矢(アイス・アロー)の魔法を放つが、スピードの次元が違うため、全て避けられる。


「きさま、もしかしてジークベルトか!」


「久しぶりですねゴンサレス。そのバックは頂いていきますよ。」


 ゴンサレスは狼男を見てジークベルトと呼んだ。どうやら彼は狼男と知り合いだったらしい。

 ジークベルトの手がゴンサレスの抱えている"無限のバック"に伸びる。"無限のバック"が壊れるのを恐れたのかジークベルトの速度が一瞬落ちる。


「ぐはっ」


 今度はジークベルトが驚愕する番であった。"無限のバック"に伸ばしていた彼の手は、木の杭で地面に縫い止められていた。


 木の杭はもちろん僕が投げたものだ。狼男が力任せに僕を投げ飛ばしてくれたおかげで、空中で左手の木の杭を投げる事が出来たのだ。空中で自由落下中なら問題なく的に命中させることができる。人を殺さないように用意した木の杭だが、時速750kmで投擲され狙い通り狼男の手を串刺しにした。


 僕が地面に降り立つ間に、地面に縫い付けられ動きの止まったジークベルトに向かって、エステルの矢とリリーの氷の矢(アイス・アロー)の魔法が放たれる。


「「えっ」」


 矢と魔法は誰もいない地面に突き刺さり、二人は驚く。


「油断しました。これだけの手傷を負わされたのは久しぶりです。」


 ジークベルトは無理やり杭を引っこ抜いて矢と魔法を避けたのだろう、手に大きな穴を開けて血を流しながら十メートルほど離れた所に立っていた。


「傷も負いましたし、このままではこちらが不利ですね。今晩は引くことにしましょう。」


 ジークベルトはそう言って森の奥に走り去っていった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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