途中の出来事
「うーん、なかなかうまく動いてくれないな~。」
油断していて火が消えそうになっていた焚火に薪を追加しながら僕は頭を捻っていた。
時刻はそろそろ深夜の1時を過ぎた辺りである。野盗が襲ってくるならこの時間帯だろうと思っていたのだがそんな気配は感じない。
野営している丘の周辺は木もなく近寄ってくる者がいれば丸見えなのと、僕がカメレオン・パイソンを一撃で倒したので警戒しているのだろうか。
上空から監視している"瑠璃"からの報告では、野盗どころか一角狼や火を見かけると無駄に突撃してくる青銅バッタすら見当たらないらしい。
一緒に見張りをしていたエミリーはなれない馬車での移動に疲れていたのだろう焚火の側で船を漕いでいた。 僕が起きているから問題は無いと思ってそのままにしている。その僕も"瑠璃"が監視しているので実は内職をしている最中だった。
取り組んでいるのは"瑠璃"が見た映像を僕が受け取れるプログラムの作成である。僕もこんなファンタジーな世界に来てプログラムの作成とデバックを行うとは思わなかった。
「やっぱりこの映像化機能を担当しているデバイス・ドライバーを解析しないと無理だな。…外部に公開されている口があれば良いんだけどね。」
ブツブツと喋りながら自分の視覚にオーバーラップ表示されているエディタを操作して、映像化機能ドライバをダンプする。
「逆アセした結果だとハードウェアの無い入出力が定義されているな…そこがあの立体映像に繋がっているのか。この入力の途中にキャプチャプログラムをかまして、こっちに映像を送るようにできるかな?」
コピーしたドライバー・プログラムに修正を加えると、"瑠璃"にお願いしてドライバを試させてもらうことにする。
『"瑠璃"、プログラムをテストしたいんだけど、一旦戻ってくれるかな。』
『判りました。』
『"瑠璃"さんの替わりに私が見張りをします。』
"瑠璃"が消えると今度はマリオンが出現した。今マリオンは僕の体の方に作られた仮想システムに引っ越してきている。そうすることで乗馬中に眠りたい時や考え事をしたい時にマリオンに体を操ってもらっているのだ。
立体表示される機能が仮想システムでも動作するかどうか不明だったが、試してみると問題なく動作している。入出力を担当するハードが無いのだから動作する環境を選ばないのだろう。
悪霊だったマリオンを"瑠璃"に取り込んだことで、霊魂がプログラム(ファイル)として認識できることが判った。しかし立体表示部分などハードが無いのに動作しているなど原理が不明な物が多く、僕は"瑠璃"と二人で暇を見ては解析しているのだ。
あと、霊魂がファイルとして見えているから「コピーすればマリオンが増えるのか?」と思ったが、記憶などのデータはコピーできるが、マリオンのプログラムのコアはどうしてもコピーが出来ず移動しか出来なかった。よって今マリオンのコアは仮想システム上に存在しているものだけだ。
『慶、ドライバーを更新しました。』
『外部へのストリーム配信を許可してみて。』
『このスイッチですね。ポチッとな。』
"瑠璃"がストリーム配信を許可すると視界に窓が表示され、彼女が見ている映像が表示されるようになった。
『第一段階は成功っと。音声は入ってこないな。』
『私には聞こえているのですが。』
『また別の部分に手を加えないと駄目なんだろうね。』
とりあえず映像を取れるようになったので今晩はこれで作業を終了する。
『マリオン、戻ってきても良いよ。』
『もう少し出ていても良いでしょうか?こんなところまで来たのは初めてなので見て回りたいのです。』
『了解。何か見つけたら僕に知らせてね。』
再び焚火に薪を追加して、火にポットをかけてお湯を沸かす。お茶を入れるとその香りでエミリーが目を覚ました。
「見張りなのに、寝てしまって…ごめんなさい。」
「馬車に乗っていて疲れただろ。僕と"瑠璃"がいるから大丈夫だよ。」
「ケイだって、ずっと馬に乗りっぱなしだったじゃないですか。私も頑張ります。」
エミリーはそう言って、僕が入れたお茶を飲み始めた。
「このお茶…すごく美味しいです。それに体の疲れがとれて力が湧いて来るような…。」
「そう?普通のお茶だけど。」
「いえ、普通のお茶とは何か違う気が…」
僕が淹れたのは、この世界では普通に飲まれているお茶である。香りの良い植物の葉を粉末にしてお湯に溶かしたもので、香りは良いがカフェインなどの成分は含まれていない。
《"お茶"を分析:開始...終了。微量のマナが含まれています。100ミューオン/L》
分析結果を見ると水に魔力が含まれていた。お湯にする前にはそんな事は無かったので、僕がお茶を淹れている間に水に魔力が入ってしまったらしい。マリオンを外に出しているため出力をあげていたので手から魔力が若干漏れていたのだろう。
「魔力を含んでいるからかな?」
「魔力が含まれている水ですか。まるで聖水みたいですね。」
聖水とは教会で神官が作る不死者に効果のある水である。実際には水に死霊退散をかけることで作られるのだが、その水には魔力が含まれているらしい。
「魔力がお茶から吸収できたのかな。…もしかして魔力を注入すると元気になるかも…」
「そうですね、魔力がなくなると元気がなくなりますから…逆もあるかもしれません。」
そう言ってエミリーが顔を赤らめチラチラと僕を見つめてくる。
(あっ、魔力の注入って事は…キスすることに。エミリーはキスして欲しいのかな。)
エミリーが恥ずかしそうにしているのがすごく可愛い。
「魔力を注入すると疲れも取れるのかな。実験してみる?」
エミリーが小さく頷く。他の人がぐっすりと寝ているのを確認して僕はエミリーの横に移動した。エミリーが目をつぶって顔を持ち上げて来るので軽くキスしてみる。
《マナを注入中:20ミューオン/秒で伝達されています。》
「ん…」
少しだけ魔力が注入され、エミリーが可愛く声をあげた。
「どう?」
「はい、少し楽になりました。………もっと…していただけませんか。」
真っ赤になってエミリーがおねだりしてくる。
(うん、すごく可愛いい。)
僕は本格的にエミリーにキスをしてマナ注入を始める。一気に魔力を注入するとエミリーが倒れてしまうので注入率を少し落としてキスの時間を伸ばそうと思ったら、視界の隅に僕とエミリーのキスシーンが映しだされていた。
「"瑠璃"!」
慌ててキスを止めて、声に出して"瑠璃"を呼んでしまった。
「ケイ?」
突然キスが中断され、エミリーは物足りなそうな感じである。
『慶、何でしょうか?』
『出歯亀禁止。ちゃんと辺りを見張っていて。』
『チッ…判りました。』
"瑠璃"とマリオンの居場所を確認すると野営地の側の茂みに二人で隠れていた。僕には居場所が直ぐにわかるので隠れる意味は無いはずなのだが、二人でジーっと僕とエミリーを見ていた。
『ケイさん、どうぞ私達にお構いなく続けて下さい。』
「できるかー!」
マリオンの言葉に僕は立ち上がって大声で怒鳴ってしまった。
「ケイ、突然どうしたんですか?」
そんな僕の態度にエミリーが驚いて離れてしまった。
「ごめん、ちょっと"瑠璃"達が…」
僕がそう言うと、エミリーは状況を察したのかますます顔を真っ赤にして馬車の中に駆け込んでしまった。
『『初心ですね~』』
"瑠璃"とマリオンが顔を見合わせて頷き合っていた。
◇
結局その晩は恐れていた襲撃はなかった。
エミリーは途中でエステルと交代したが、僕は引き続き夜が明けるまで起きていた。
朝にゴンサレス達が起きてきたので昨日は何もなかった事を告げる。
「人影は見間違いだったのではありませんか?」
「…かも知れませんが、警戒するに越したことはありませんから。」
ゴンサレスにそう言われてしまったが、"瑠璃"が記録していた画像には確かに人の影が写っていた。ただこれをゴンサレスに見せることはできないので、本当に人がいたとは強く主張できない。
エミリーが作ってくれた朝食を食べ終えると直ぐに出発となる。
昨日のマナ注入のおかげか、エミリーはすごく元気で、ぐっすり眠ったリリーの方が昨日の疲れが残っているのか元気が無かった。
昨日と同じ編成で商隊は進み始める。ゴンサレスの話では、今日は午前中は北に進路をとり午後からは東に進路を変更することなっている。
『午前中は襲撃は無いと思うけど、何かあったら直ぐに起こしてね。』
『判りました。任せて下さい。』
マリオンに馬の操作をお願いして僕は寝ることにした。何かあっても僕は直ぐに起きることができるし、"瑠璃"にも上空から監視をしてもらっているので問題はない。
僕は馬に揺られながら眠りについた。
◇
『ケイさん、そろそろ休憩らしいです。起きてください。』
マリオンに起こされて目をさます。時間を見ると二時間ほど眠っていた。ゴンサレスが馬車を手近な木陰に移動させ少し休憩を取ることにしたみたいだ。
昨日と同じくリリーとヘクターが気持ち悪そうにして馬車から出てきたが、エミリーは昨日と違って元気であった。
ゴンサレスが昨日と同じくお茶を配ってくれる。休憩の間、エステルとリリーがエミリーに何事か訪ねていたが、おそらく元気な理由を聞いているのだろう。
「ケイ、ちょっと来て。」
ゴンサレスと今後の旅程に付いて話しているとエステルに腕を捕まれて木陰に連れて行かれた。
「エミリーに聞いたよ。」
「聞きました。エミリーだけずるいです。」
(ああ、やっぱりそう来たか。)
予想はしていたが、エステルとリリーもマナ注入をお願いしてきた。
「さすがに、今は無理だよ。夜の見張りの時にね。」
「約束だよ。」「お願いしますね。」「私ももう一度お願いします。」
三人に今日の夜にマナ注入を約束することになった。
再びゴンサレスと話を続けようと彼のもとに戻ると、ゴンサレスとアベルがニヤニヤとして僕を見ている。
「若いですな~。」
「うん、若い。しかも三人とは羨ましい限りです。」
「何の話ですか?」
「「いや別に」」
ゴンサレスとアベルはすごく息が合った返事を返してきた。中年オヤジの揶揄するような視線に耐えながら午後の旅程に付いて話をするのであった。
◇
午後も一角狼の群れに数度合ったぐらいで特に問題なく旅は進んだ。
一角狼も投石とエステルの弓で近づく前に全て追い払われてしまう。
午後から東に向かう街道にはいった。この街道は魔獣の森の側に有る開拓村を繋ぐ道である。あまり人が通っていないのかうっすらと轍が残る程度で、雑草が道を隠しており馬車は大幅にスピードを落とすしか無かった。
「これじゃ一週間で王都に着けないのでは?」
「今日中にもっと良い街道に出るはずです。」
ゴンサレスが地図を見ながらそう言った。僕は辺りの風景から作った地図と商会で見た地図を照らし合わせて現在位置を特定しようとしたが、どうやらこの辺りはいいかげんに描かれていたらしく、地図が一致しない部分が多い。
『"瑠璃"、上空から辺りを見回してくれ。』
航空写真とはいかないが、"瑠璃"に頼んで上空から辺りの地形を見てもらって地図を作る。
球の内側にあるようなこの世界は、地平線といった視界の限界は無い。大気内の蒸気やホコリ、雲などに邪魔をされなければ反対側の陸地まで見えるはずなのだ。
「ゴンサレスさん、地図はこの辺りでは不正確ですね。あちらの山とあの山の位置からすると、目的の街道はもっと南にありますよ。」
僕が地図を見ながら指摘する。
「この辺りに来たことがあるのですか?」
「いいえ、ただ人より遠くが見えて、方角と距離がわかるのです。」
「それは凄い。ケイさんがいれば道に迷いませんね。」
僕の答えにアベルは感心していた。
太陽が空に固定されているこの世界では東西南北という方位が存在するはずもないのだが、何故か存在している。その理由は方位を調べる神聖魔法があり、それで東西南北の方位が告げられるからである。つまりこの世界では方位は神のお告げで決まる。
僕に内蔵されている計測機器では正確に方位が示されているので、磁石でも方位は計測できると思うのだが、この世界ではまだ方位磁石が発明されていない。
「ケイさんの方が私より道を知っていそうですね。」
「ゴンサレスさんの旅の経験も重要ですよ。」
落ち込みそうなゴンサレスを僕は励まし、"瑠璃"の協力の元地図を作成しながら街道を進んだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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エミリーとイチャイチャして世界設定を書いただけで終わってしまいました。
次回には戦闘シーンを入れたいです。




