王都へ向けて
王都への出発の日、外を見ると雨が降っていた。
「雨はやだな~。」
「王都への出発の日なのに…」
「せっかく新調したマントが…古い方を着ていきたくなります。」
雨がシトシトと降る外を見てエミリー達が嘆いていた。
この世界には地球の様な雨具…もちろん傘などは存在せず、帽子付きのマントに油などを塗って撥水性を高めた物がレインコートとして使用されている。僕達が購入したマントもそういった風に使えるのだが、雨を全て防げるわけでもなく結局は体を濡らしてしまうことになる。
雨をいくら嘆いても王都への出発が延期されるわけもないので諦めて出発の準備を整える。
「今度来る時までにハンバーグを店の名物にしておくよ。」
宿の主人に見送られ、僕達はゴディア商会に向かうのであった。
「雨とは幸先が良いですな。」
ゴディア商会に着くとゴンサレスがそう言って僕達を出迎えた。
「雨だと幸先が良いのですか?」
僕が不思議な顔をすると、
「確かに旅をするのに雨は嫌なものですが、それは野盗や盗賊達も一緒ですからね。雨の日に襲ってくる野盗は少ないですよ。」
そうゴンサレスが説明してくれた。
野盗も雨の中で通るかどうかもわからない旅人を待ち伏せするのは大変だ。つまり雨の日は野盗に襲われる危険性が減るので「幸先が良い」とゴンサレスは言ったのだろう。
「なるほど、そんな考え方もありますね。気が付きませんでした。」
「旅をすることだけ考えると雨は厄介ですが、野盗などの襲撃を考えると恵みの雨とも言えるのですよ。」
商会ではアベルが荷物の最終確認をしていた。僕とゴンサレスもそれに加わる。
王都まで一週間の旅に必要な食糧や野営の道具、薪や薬の類の数を確認し"無限のバック"にしまっていく。
今回は村や街に立ち寄らないつもりなので大量の食糧や薪を詰め込んでいた。
「ゴンサレスさん、これもお願いします。」
荷物と一緒に、黒鋼甲虫の角から作られた剣を"無限のバック"に収納してもらう。
「なかなか立派な剣ですが、これは…うぉっ、なんという重さだ。」
僕が持っていた剣を普通に持ち上げようとしてゴンサレスがその重さに驚いていた。
「気をつけて下さい。重量は大人三人分はありますから。」
「それは…確かに"無限のバック"に入れておくしかないですね。」
それからも次々と確認しながら荷物を"無限のバック"に収納していき、小一時間ほどで荷物の準備が整った。
ゴディア商会の裏手には六人乗りの馬車と二頭の馬が準備されていた。
馬車は三頭の馬が繋がれていてかなり大きい。大きな木の箱のような形で車体に四つの車輪があり、荷台にはベンチ椅子が左右に付いていた。
馬車の御者はゴンサレスが務め、アベル、ヘクター、エミリー、リリーは馬車の中に乗ることになる。
僕とエステルが乗る馬だが、一頭は以前乗馬の訓練に使った奴だった。僕を覚えていたのか顔をすり寄せてくる。エステルの馬もかなり気が良いやつで、エステルもすぐに仲良くなっていた。
馬や馬車の点検をしていると大通りの方から大きな歓声が聞こえた。
「あっちの商隊が大通りを進んでいる頃ですね。」
エミリーが大通りの方を眺めながら言う。イザベルが指揮する商隊は、僕達の馬車に先んじて人目を引くように街の大通りを抜けて、東の門から王都に出発する事になっている。
「そうだね、向こうも無事に王都に着いてほしいね。」
イザベルが指揮する商隊には護衛の冒険者パーティが三組も付いているので安心だとは思うが、囮として目立つように水晶などを積んでいるため野盗などの襲撃が多いかもしれない。
しばらくすると、イザベルの商隊を見送ったゴドフリーが商会に戻ってきた。ゴンサレスがゴトフリーに挨拶をして出発となる。
ゴドフリーとギーゼン、ゴディア商会の人達に見送られて僕達は出発した。
イザベルの商隊は東の門から出て行ったので、僕達は反対の西の門から街を出ることになっている。雨の中、街を出る人は少なく、主に近隣からの荷馬車が通る西の門は人通りが少なかった。おかげで遮られること無く僕達は街を出ることができた。
「門を出たらしばらく西に向かって下さい。」
王都はアルシュヌの街の東の方向にあるのだが、ゴンサレスの指示で西に向かって進む。雨で視界が悪いので速度は人が歩く程度だ。街道を西に進んで三時間ほど歩くと、街道が西と北に分岐している場所に行き着いた。そこから北に進路を変えて進み始めた。
(北回りに迂回して進むのか。それだと魔獣の森の側を通ることになるが…。)
アルシュヌの街を挟むように北と南に魔獣の森は存在する。普通は魔獣の森を避け、東西に伸びる街道を使うのだが、そちらは人通りも多くそれを狙う野盗も出没する。
逆に南北の魔獣の森に近い道を進めば人は少なくなるが、今度は魔獣に遭う危険性が多い。
視界に記録しておいたマップを表示して馬車の進む経路を確認する。ゴンサレスは、町や村の少ない魔獣の森の近くを通るルートで王都に向かうつもりであることが判る。ゴンサレスとしては野盗や盗賊の待ち伏せに遭うよりも魔獣の方が楽だと考えたのだろう。
◇
北に進路をとってからしばらくすると雨が止み、馬車は速度を上げた。それから一時間ほど進んで街道沿いの木陰に馬車を止めて僕達は遅い昼食を取ることになった。
「疲れた~。」
馬にずっと乗りっぱなしだったエステルはかなり疲れた様子であった。
「うう、気持ち悪いです。」
「同じくです。」
リリーとエミリーは馬車に酔ってしまったみたいで、よろよろと馬車から降りてきた。
この世界の馬車には振動を吸収するサスペンションも、ゴムのタイヤも無いので轍を外したり石に乗り上げるたびに大きくゆれる。
荷馬車であれば時速4km程度と人が歩く程度で揺れもそれほどではないのだが、僕達が乗っていた馬車は途中から時速10kmは出していたので馬車の中はひどい状態であったはずだ。
「若いくせに情けないですな。」
ゴンサレスとアベルは全然酔った様子もなく元気であった。ヘクターはエミリー達と同じで気持ち悪そうな顔をして座り込んでいた。
「これでも飲んで温まって下さい。」
"無限のバック"からゴンサレスが温かいお茶の入った壺を取り出し、お茶を皆に配ってくれた。"無限のバック"は入れた状態で物を保存してくれるのでこういった使い方もできる。
濡れた体を拭き、バックから代わりのマントや衣類を取り出して着替える。
ゴンサレスは次にパンなどの食糧を取り出してくれる。簡単な食事をとった後再び僕達は街道を進み始めた。
太陽が暗くなり、そろそろ道が見え辛くなってきた頃に僕達は街道を少し外れた丘の影に馬車を止めた。今日はここで野営をすることになる。
普通の商隊なら安全確保のために余程のことがない限り村や街に泊まる。しかし僕達は運んでいる物の都合上、村や街で泊まると誰かに襲われる危険性が高いので、あえて村や街を避け野宿することにしている。
「ふふ、こんな野宿なんて久しぶりです。」
「そうですね。駆け出しの頃を思い出します。」
ゴンサレスとアベルはそう言いながら手慣れた手つきでテントを張っていた。リリーとエステルには周囲の警戒をしてもらい、エミリーは食事の準備を行っている。僕は馬車から馬を外して飼葉と水をやり、馬車に異常が無いか状態を確認していた。
状態の良くない街道をかなりの速度で走らせるため馬車の消耗が激しい。馬車の点検と整備は重要である。
そうやって皆が野営の準備を整えている中で、僕はヘクターが丘の向こうに歩いて行くのに気付いた。彼は王都へのお客として乗っているので、特に仕事が割り振られていない。
「ヘクターさん、あまり野営地から離れないでくださいね。」
「馬車に揺られてばかりで体がこわばってしまいました。少し辺りを歩いてきます。」
僕が声をかけると、そう言ってヘクターは野営地から離れていった。
(トイレかな?でも、一人で行かせて大丈夫なんだろうか?)
リリーかエステルを付けようかと思ったが、トイレだったら付いて来てほしくはないだろうと思い、"瑠璃"に見張りをお願いすることにした。
『"瑠璃"、ヘクターさんに付いて行って。』
『判りました。』
"瑠璃"は透明な状態で空に舞い上がりヘクターの後を追っていった。
バックから取り出した薪に火を付けて夕飯の支度をエミリーが始める。宿に泊まれないが"無限のバック"には食材もたっぷりあるので食事に困ることは無い。本当に便利な道具である。
「王都で手に入れることはできるかな。」
「"無限のバック"ですか、これは個人が入手するのは難しいですね。」
僕が呟いたのをゴンサレスが聞きつけ、"無限のバック"の入手の難しさについて説明してくれた。
それによると数が少なく価格が高いこと。そしてその有用性から個人よりも軍や貴族、商人といった団体に優先的に在庫が回される事になっていて、王都でも単なる冒険者には売ってもらえないとの事だった。
「個人で持っている人…主に冒険者ですが、彼らは地下迷宮や遺跡などで見つけてくるのですよ。」
「地下迷宮ですか?」
「ええ、王都の近くにもあります。」
「王都の近くにですか?」
ゴンサレスの話によると、地下迷宮は魔力が集まる場所に自然と発生するものらしく、邪神が作っているとも、神が人間に試練を与えるために作っているとも言われてる。
地下迷宮にはゲームの様にトラップが有ったり魔獣が彷徨っていて、放置しておくと中から魔獣が出てきてしまうため、冒険者による魔獣の討伐が行われているとのことだった。
「Wizじゃあるまいし、王都に地下迷宮が有るなんて…もしかして最下層には大魔法使いとかがいるのかな?」
「Wiz?…王都の地下迷宮は攻略されていないので、最下層は誰も見ていません。それに地下迷宮は危険ですが、見返りも大きいのですよ。」
この世界において魔獣から取れる素材は様々な物に使われており、地下迷宮で倒される魔獣から取れる素材も貴重なものが多い。また迷宮内にはなぜか魔法のアイテムなどが落ちていることがあり、地下迷宮はある意味資源やアイテムの出てくる鉱山の様な物と位置づけられているのだ。
おかげでこの世界では、地下迷宮を中心に村や街が作られてしまうことも珍しくない。
「地下迷宮で一攫千金を狙って死んでしまう冒険者も多いです。」
「そうですか。…でも一度ぐらいは覗いてみたいですね。ゴンサレスさんは入ったことが有るのですか?」
「若い頃に何度か。でも地下が性に合わなくて魔獣の森に行ってしまいました。」
僕とゴンサレスが地下迷宮に付いて語っている間に夕食の準備が整っていた。
「ヘクターさんが見当たらないのですが?」
そう言ってリリーが辺りを見回している。
「そういえばさっき辺りを歩いてくると言ってましたが、まだ戻っていないのですか。」
僕はゴンサレスとの話に気を取られていて、ヘクターが野営地に帰ってきたかを確認していなかったことに気付いた。ヘクターの見張りをお願いした"瑠璃"に彼の居場所を訪ねようとした時、
『慶、直ぐに来てください。ヘクターさんが危険です。』
"瑠璃"から逆に緊急の連絡が入ってきた。
『どうした?』
『ヘクターさんが魔獣に追われています。』
"瑠璃"が知らせてきたヘクターの位置を確認すると、野営地から五百メートルほど離れた場所に彼はいた。
「ゴンサレスさん、剣を出してもらえますか。」
「何かありましたか?」
「急いで下さい、ヘクターさんが危ないみたいです。」
ゴンサレスから剣を受け取ると、僕はヘクターが魔獣に襲われている場所に向かった。
「ひぃぃ、助けてくれー。」
ヘクターは巨大な蛇の魔獣に追いかけられ悲鳴をあげていた。彼を追いかけているのは"カメレオン・パイソン"という蛇の魔獣で、体長十五メートルほどある。
カメレオン・パイソンは鱗の色を変化させて風景に溶け込み近寄ってきた獲物に襲いかかる。そしてその鱗は硬皮鎧と同等の硬さを持っており、低ランクの冒険者であれば倒すのに苦戦する魔獣である。
これだけ大物のカメレオン・パイソンは魔獣の森からめったに出ないらしいのだが、ヘクターはその大物に襲われていた。
カメレオン・パイソンの隠蔽を見破るのは難しく、"瑠璃"はヘクターが襲われるまでその存在に気付かなかった。
本当ならヘクターはカメレオン・パイソンの待ち伏せ攻撃で死んでしまうところであったが、偶然近くを通りかかった一角狼が先にカメレオン・パイソンに襲われ、それによって彼は魔獣が目前にいることに気がついたのだ。
カメレオン・パイソンが一角狼を絞め殺している隙にヘクターは一目散に逃げ出したのだが、カメレオン・パイソンはそんなヘクターも餌として認識したのか、後を追いかけ始めたのだ。
僕がヘクターを見つけた時には、彼はカメレオン・パイソンに追いつかれる寸前であった。
「た、助けて~。」
駆けてくる僕を見つけるとヘクターは最後の力を振り絞って走った。その御蔭でカメレオン・パイソンの攻撃は紙一重で彼に届かなかった。
「そのまま走って下さい。」
僕はそう言ってヘクターとすれ違い、彼の後を追いかけてきたカメレオン・パイソンの首を剣で一閃した。
剣を振り切るとスポーンと擬音がしそうなぐらい勢い良くカメレオン・パイソンの首が飛んで行く。僕は吹き上がる血飛沫を飛び退って避けた。
「つまらぬ物を切ってしまった…」
お約束なセリフを言いながら、剣を振って血糊を飛ばして鞘に納める。カメレオン・パイソンの胴体は首を無くしてもうねうねと動き続けていた。
「はぁ…はぁ、ケイさん、助かりました。」
九死に一生を得たヘクターが僕の後ろでへたり込んでいた。
「離れないで下さいとお願いしたのですが…とりあえず無事で良かったです。」
ため息を付きヘクターに手を貸して立ち上がらせる。
「ちょっと迷ってしまって。」
迷うような場所でも無いのにと思いつつ、ヘクターを伴って野営地に戻ろうとすると、
『慶、先ほど魔獣の他に人がいました。』
と"瑠璃"から気になる報告を受けてしまった。
『人?何人だった。』
『一人でした。慶が魔獣を倒すと去って行きました。』
"瑠璃"の指し示す方向を見たが、どこかに隠れてしまったのか見つけ出すことはできなかった。
(野盗の偵察?こんな人通りの少ない所にも野盗がいるのか?)
武器を持ってゴンサレスとエステルとリリーが駆け寄ってきたので魔獣を倒したことを告げる。
「カメレオン・パイソン…かなりの大物ですが、こんなところまで出没しているとは…。」
ゴンサレスは魔獣が森からかなり離れた場所にいた事に驚いていた。
「魔獣の他にも人影を見ました。今晩は警戒をする必要があります。」
ゴンサレスにそう告げて僕達は野営地に戻った。
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