"アルシュヌの鷲"の今後とパーティ
商会に戻るとすでに盗賊との戦いは終わっていた。
ゴンサレスは商会職員と荒らされた事務所を片付けており、奥の部屋の方では負傷者の手当を行われているようだった。
エミリーは奥の部屋で負傷者に魔法治療をしているみたいで姿は見えない。
ゴンサレスは戻ってきた僕に気付くと駆け寄ってきた。
「ケイさん、逃げた盗賊は…捕らえてこられたようですね。」
僕は引きずってきたウーゴとオレグを事務所の床に降ろし、奪い返してきた"無限のバック"をゴンサレスさんに渡した。
「ええ、なんとか捕まえることができました。」
「仲間割れでもしていたのでしょうか?」
電撃魔法でボロボロのウーゴと手足がブラブラとしているオレグを見てゴンサレスはそう言った。
「途中で魔法使いが味方を巻き込んで魔法で攻撃していました。どうやら大水晶陸亀の素材を巡って争っていたようです。」
「馬鹿な連中だ。倉庫に来ていた盗賊達は半分ほどが逃げてしまいましたが、リーダーのこいつが捕まってしまえば後は烏合の衆でしょう。それに今回の襲撃の内容が分かれば、"アルシュヌの鷲"の方で処分は必死でしょうね。」
今回の襲撃では放火という裏の社会でも禁じ手とされる事が行われており、特に義賊と言っている"アルシュヌの鷲"にとっては看過できないはずである。
(ミシェルは頑張っているかな?)
ウーゴを捕まえてしまえばなんとかなると言っていたので、逃げた盗賊の方は彼女に任せておけばよいのだろう。
「襲撃で死傷者は出ませんでしたか?」
「ええ、幸いなことに死者は出ませんでした。刃物に毒が塗られていた事がわかった時にはゾッとしましたよ。」
ゴンサレスはその時のことを思い出したのか身震いをしていた。
襲撃で毒を使っていた盗賊もいたが、毒は致死毒ではなく麻痺性だったので、攻撃を受けた者は麻痺するだけで死者は出ていなかった。
「倉庫の放火が燃え移っていたら死者が出ていたかもしれませんでした。早期に魔法で消火して下さった魔法使いの方にはお礼を言っておきたいのですが…」
「それはリリーが…そういえば二人は今どこに居るんだろう?ゴンサレスさん、リリーとエステルを見かけませんでしたか?」
「そういえば二人を見かけてません。そういえば倉庫の屋根の方から魔法とか矢が飛んできたと誰か言ってましたが、まさか…」
ゴンサレス曰く倉庫の屋根から降りてきた人はいないらしい。
(もしかして、二人は倉庫の屋根の上でまだ戦いが終わったことを知らずに頑張っているのか?)
僕は慌てて二人を迎えに行くのであった。
「ごめんなさい。すぐに戻って来るつもりだったんだ。」
「忘れるなんて、酷いよケイ」
「ええ、お詫びに何かしてもらわないと。」
倉庫の屋根で降りることが出来ずにふてくされていた二人を降ろすと、僕は平謝りし続けた。
リリーのお陰で倉庫の外側に着けられた火は燃え移る前に消されており、逃げ出した盗賊も何人かはエステルの矢で射抜かれて捕まっている。大活躍だった二人を忘れていた僕は、今度何か見返りにお願いを聞いてあげるという約束をするのであった。
エミリーが負傷者の治療を終えると、すでに明け方に近い時間であった。宿にも戻れないので困っているとゴンサレスさんが商会の部屋を一つを貸してくれた。
部屋で皆で仮眠するぞと向かっていると倉庫の警備をしていた冒険者パーティが僕達の前に立ちふさがった。
「?」
「サハシ殿、済まなかった。」
立ちふさがった冒険者の金属鎧の二人が頭を下げて謝ってきた。
「倉庫の方はあんた達が守り切ったんだし、僕達に謝る必要はないよ。」
「しかし、放火された火は我々だけでは消し止めれなかった。そちらの魔法使いのおかげで倉庫は燃えずにすんだのだ。盗賊も弓使いの方が何人も仕留めている。我々がもっと協力的であれば倉庫の被害はもっと少なかったと思うのだ。」
「お嬢ちゃん達を馬鹿にして済まなかった。まさか氷結弾を唱えられるとは…儂も耄碌したもんだ。」
魔法使いの老人もリリーに謝ってくる。
エステルとリリーは冒険者達が前に立ちふさがった時には不機嫌な顔をしていたが、平謝りされて次第に機嫌を直していった。
「もう判ったから。」
「ええ、もう疲れているので休ませてほしいの。」
護衛の冒険者の謝罪を受け入れてさっさと眠りたいのだが、なかなか彼らは僕達を開放してくれない。
「それではこちらの気持ちが…お詫びに今度何か…そうだ、明日の昼食を奢らせてくれないか。」
「明日は無理だから、今日の昼なら大丈夫かな?」
「そうか、では今日のお昼を奢らせてくれ。」
お昼をおごってくれるという約束をして護衛の冒険者達は去っていった。
(リリーの食べる量みて驚かなきゃいいけど。)
ようやく開放された僕達は、部屋に入り、そのままお昼まで眠ってしまった。
お昼に目を覚ました僕達は、約束通り護衛の冒険者達にお昼をご馳走になった。
そこそこ値段の張る店で昼食をご馳走になったのだが、リリーの食いっぷりを見て彼らは涙目になっていた。
◇
宿に戻るともう何度目になるかわからないが、ミシェルが僕達を待っていた。
「ウーゴを捕まえてくれて助かったよ。」
昨日から一睡もしていないのか、目の下にくまを作っていたが、ミシェルはやり遂げたというような顔をしてお礼を言ってきた。どうやらうまく"アルシュヌの鷲"を取りまとめたらしい。
宿の部屋でミシェルから話を聞く事になった。"アルシュヌの鷲"は今まで通り義賊としてやっていくことに決まったそうだ。引退を表明してた長老達にもう一度復帰をしてもらい、組織が次の世代に引き継がれるまで面倒をみてもらうことにしたそうだ。
そして今回の襲撃を起こした"アルシュヌの鷲ノ爪"は、リーダーが捕まったこともあり強制的に解散させられることになったそうだ。襲撃に加わった盗賊(一部は元ドヌエル男爵配下だった者達)は全て捕らえられ、処分されたそうだ。
「あたいも当分はリーダーのままさ。引退は当分先になってしまったよ。」
ミシェルはそう言って苦笑していた。長老達に引退を撤回させてしまったので、自分も引退できない状況になってしまったそうだ。
「まあ、もう少し頑張ってみるさ。」
「犯罪行為でなければ声を掛けてくれれば手伝うよ。」
「ケイなら凄腕の盗賊になれるのにね。そうだ、あたいの代わりに"アルシュヌの鷲"のリーダにならないかい?」
そう言ってミシェルが僕にしなだれかかって来たが、それは間一髪でエミリー達によってガードされた。
「「「だめー!」」」
ガードされたミシェルは不満そうにしながらも、「冗談だよ」と居住まいを正した。
「ミシェル、僕は冒険者をやりたいから…残念ながら、盗賊にはなれないね。」
「ふられちゃったね~。」
少し寂しそうにミシェルは笑った。
「犯罪行為じゃないことなら相談にのるよ。まあ、明日から王都に行くんで、それから帰ってきてからだけど…。」
「そうだった、あんた達は明日から王都に行くんだったね。」
僕の言葉に何か思い出そうとミシェルは考え込んでいた。
「思い出した、あんた達の大水晶陸亀の素材の護衛だけど…情報が漏れているって事は話したよね。」
「ああ、それならゴディア商会でわざと情報を漏らしているらしいけど…。」
「そうだろうと思ったけど、実は街の外から来た奴らが大水晶陸亀の素材で何か探しているって話を聞いたんだ。」
「何かって?」
「なんか核とか言ってたね。ギーゼン商会もそんな物を商品リストには載せていないし、実際にそんなものが大水晶陸亀の素材に無い事を確認して断ったんだけどね…。」
「核ね~。」
そう言いながら僕には核について心当たりがあった。核とは赤銅蟻の巣から大水晶陸亀の素材を回収した時に見つけた"賢者の石"に似た小石のことだろう。今は外部装甲の小物入れに布に包まれてしまってある。僕はこの石のことは誰にも言っていない。
「こちらもゴタゴタしていたし、依頼してきた連中も素性が良く判らなかったんで断って終わりにしたはずだけど…どうやらそいつらはまだ核とやらを探しているらしくてね。」
「襲われるかもしれないと?」
「可能性があるね。商会にはあんた達から伝えておいてくれないかい。」
ミシェルの言葉に僕は頷いた。
「ミシェル、教えてくれてありがとう。」
「いや、ケイにはお世話になったからね。じゃあ、おじゃましても悪いからそろそろ帰るよ。」
ミシェルはそう言って部屋を出ていこうとした。先程からエミリー達がまた僕に近づかないかと警戒しているので居心地が悪かったのだろう。
「ミシェル、ちょっと待って。」
僕はミシェルを呼び止める。
「夕方にここで僕が料理を作るから食べに来ないか?」
何回も台所を借りて料理をさせてもらったお礼に僕はハンバーグのレシピと作り方を宿の主人に教えようと考えていたのだが、色々有ってその機会が伸びていた。明日には宿を引き払うので今日の夕方に主人に料理を教えることにしたのだ。
どうせ料理をつくるなら皆で集まって食べた方が楽しいかと思い、ミシェルを誘うことにしたのだ。
「いいの?」
ミシェルはエミリー達を見てちょっとためらっている。
「ミシェルにはお世話になったし、その御礼だよ。」
僕がそう言うとエミリー達は「どうしよう」という顔で悩んでいた。
「料理は大目に作ったほうが美味しく作れるし、大勢で食べたほうが楽しいからね。」
僕はそう言って三人に同意を促すと。
「まあ、良いかな。」「仕方ないです。」「判りました。」
エミリー達も了解してくれた。
「それじゃ、ミシェルも参加ということで。夕方頃に宿に来てね。」
「う、うん。ありがとう。こんなお誘いなんて何年ぶりだろうね。かならず来るよ。」
義賊とはいえ盗賊団のリーダーが食事に誘われるって事はめったに無かったのだろう。ミシェルは顔を赤らめ嬉しそうに返事をして、部屋から出て行った。
◇
宿の主人に台所と食堂の貸し切りをお願いすると快く了解してくれた。
「最近客足が悪くてな、あんたのハンバーグを出せれば客も少しは増えるだろうな。」
宿の主人はそう言って豪快に笑っていた。
場所が確保できたので次は食材の準備だが、肉とか野菜などの買い物は方は女性陣にお願いし、僕はゴディア商会にミシェルからもらった情報を伝えに行くことにした。
「大水晶陸亀の素材を狙っている者たちですか?」
「ええ、どうも特定の素材を探しているようで。」
ゴンサレスに話をしたところ今更という顔をされてしまった。確かに狙っている者達は多いので、いまさら増えても気にしないのだろう。
「心配しすぎではないですか?」
「そうかもしれませんね。」
僕としては核を狙っているのが引っかかるのだが、核を持っていることを言う訳にもいかず、ゴンサレスさんに僕が感じている危機感を伝えることができなかった。
情報の件はともあれ、せっかくゴディア商会に来たので、僕は市場では入手できない香辛料を譲ってもらうことにした。
「こんなものを何に使われるのですか?」
「いや、ちょっと料理に。」
「ええ、これを料理にですか?」
僕が入手したのは"ナツメグ"である。これを使うことで肉の臭みが消えてハンバーグの味が更に良くなるのだが、こちらの世界では料理には使われていなかった。
ゴディア商会では生で仕入れ、特殊な薬の製造向けに卸している。僕は売れ残って乾燥したものを倉庫で見つけたので格安で譲ってもらうことにしたのだ。
ゴンサレスはどうやって使うのか首を捻っていたが、今度野宿の時にでも教えてあげることにして僕は大量のナツメグを入手して宿に戻った。
◇
宿に戻ると、エミリー達が既に買い物から戻ってきていたのだが、おまけが付いて来ていた。
「ケイさん、パーティをするなら私も呼んで下さい。」
イザベルがちょっと怒った顔で宿の食堂で待っていた。
「いや、パーティじゃないし…いやパーティなのかな? ………でも、なんでイザベルがいるの?」
小声で隣にいたリリーに尋ねると、
「買い物してたら偶然会っちゃって、勝手に付いて来たんですよ。」
とリリーがこれまた小声で教えてくれた。どうやら大量に食材を買い込むのを見て何か有ると思って付いて来たらしい。
「イザベル、明日の出発の準備は?」
「えっと、店の者が…そう、アベルがちゃんとやってくれています。」
もしかして明日の準備から逃避してきたのだろうか、ちょっと冷や汗が流れている気がする。
「それに明日から暫く別行動なんですから、ケイさんとはしばらく会えなくなるわけで…できれば今日ぐらい…。」
イザベルの言葉は最後の方がだんだん小声になってモゴモゴといっている風にしか聞こえなかった。
「会えないって、王都に着けばまた会えるだろう?目的地は一緒だよ。」
そう言って僕はモゴモゴ言っているイザベルを置いて宿の台所に向かった。
パーティと言われても作る料理はそんなに種類は多くない。メインディッシュはハンバーグだが、それ以外にもハンバーガーとかサンドウィッチとかを作るだけである。
それだけではちょっとさみしいのと、女性が多いので、僕は女性が泣いて喜ぶだろうスィーツを作ることにする。
僕が作るスィーツ、それは生クリームの載ったケーキである。
「まずは牛乳を革袋に入れてよく振り回さないとな。」
生クリームは遠心分離器などの機械が無いと手作りなどほぼ不可能であるが、僕がて手でグルグルと回すことで代用が可能だ。ある意味サイボーグである僕じゃないと出来ない作業である。
牛乳の入った袋を物凄い勢いで振り回す僕を宿の主人があっけに取られた顔で見ている。
ちなみに牛乳と言っているけど、牛によく似た家畜の乳であり脂肪分が多いので生クリーム造りに向いている。
脂肪分が分離した牛乳をリリーに手伝ってもらって冷やしながら泡だて器で生クリームに仕上げていく。この世界では貴重品な砂糖をどんどん入れていくので手伝っているリリーの顔が少し引きつっていた。
夕方になって出来上がった料理を食堂に運んでいく。
「ああ、ミシェルも来たか。料理は後ちょっとでできるから、そこに座って待ってて欲しい。」
普通の町の女性の装いでミシェルが来ていた。
「ああ、判ったよ。」
ミシェルはイザベルとテーブルを挟んで対面の椅子に腰をかける。
「ケイさん、こちらの方は?」
案の定イザベルが警戒心を露わにしてミシェルについて尋ねてきた。
「こちらはミシェルさん、裁判の時に色々手伝ってくれた人なので、お礼を言っておいてね。」
さすがに盗賊のリーダーとは言えないのでごまかしておく。
裁判で手伝ってくれた人ということでイザベルは警戒心を解いたのかミシェルと話を始めていた。
ハンバーグをメインとした料理は相変わらず好評であった。今回はナツメグを入れたのでギーゼン商会に売ったレシピとは違った味であり、イザベルがこちらの方が美味しいと愚痴を言っていた。
宿の主人にはナツメグの入手方法と使い方を教えてあるので、この宿オリジナルのハンバーグとして目玉料理にしていけるだろう。
「ではおまちかねのデザートです。」
フライパンで焼いたスポンジケーキにイチゴに似たベリーをスライスして生クリームで包んで挟んだケーキを配ると、女性陣の目が輝いた。
「初めて見る料理だな。」
エステルは生クリームに少し警戒しているようだった。
「料理じゃなくてお菓子ですね。高価な砂糖をあれだけ使ったのですから…食べるのが怖いです。」
リリーには生クリーム作りを手伝ってもらったので使った砂糖の量から高価なお菓子であることが判っており、そんなものを食べて良いのだろうかと戸惑っている。
「スポンジケーキでしたか、あれだけでも美味しいのに果物とこの生クリームが組み合わさるとどんな味になるのでしょうか。」
エミリーにはスポンジケーキ作りを手伝ってもらった。味見をして今までに無い食感と味に感動していたが、生クリームを乗せて完成したケーキを食べた時の驚く顔が楽しみである。
「「…」」
イザベルとエステルは無言で僕がケーキを運んでくるのを待っている。食事の間も二人で何か話し込んでいたが、気があったのだろうか。
「どうぞ召し上がれ。」
この世界に紅茶は無かったので、それに近いお茶を出して皆にケーキを食べるように促した。
皆恐る恐るスプーンで一口食べた瞬間、女性陣の顔がとろけた。
「何これ…」
「甘い、甘いです。」
「ああ、女神よ、こんな美味しいものが有るのですね。」
エミリー達はその甘さにうっとりとしていた。
「ケイさん、卑怯です。こんな美味しいもの隠していたなんて。」
イザベルは嬉しいのか怒っているのか判らない事を言いながら僕に詰め寄ってきた。
「ぜひこれを商会で…」
「無理。砂糖とか手間を考えると…うん、一皿金貨二枚ぐらいするから。それに生クリームは僕じゃないと作れないよ。」
「金貨二枚…」
イザベルが金額を聞いて皿を落としそうになり、慌てて持ち直していた。
冒険者としてお金を稼いでいなきゃ僕もこんな値の張る物を作ろうとは思わなかっただろう。
「…」
ミシェルを見ると涙を流しながら味わって食べていた。盗賊団のリーダーになるような人生では、こんな甘いお菓子を食べたことは無いだろう。
女性陣がケーキを喜んで食べてくれたので、僕も満足であった。
(またこんな風にみんなとパーティができたら良いな。)
そう思いながら僕も久しぶりに食べるケーキに舌鼓をうつのであった。
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ミシェルとのお別れ感を出したかったのですが、料理の話は余計だったかも。




