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冒険者への仮登録

4/30 改稿

「サハシ様...」


 部屋に入ってくると、エミリーは僕に抱きついてきた。


「エミリー?」


 人の体温を体で感じるのは何年ぶりだろうか、それに女性とこんなに密着したのは、僕にとって生まれて初めてだった。柔らかな女性の体と立ち上る香る良い匂いに、僕はクラクラしてしまった


「神父様から、サハシ様がゴブリンの退治を引き受けてくださったと聞きました。本当ですか?」


「はい」


 上目遣いに尋ねるエミリーに、僕は頷いた。


「私の事情(こと)は、ローダン神父からお聞きになったことと思います。…サハシ様が、ゴブリンの退治を引き受けたのは、それが理由なのでしょうか?」


 エミリーは緊張しているのか、僕を抱きしめる手に力が入る。


「…君の事情を聞いたことも理由の一つだけど、自分の力を試したいのが本当の理由かもしれない」


 僕は、この世界にきて変わってしまった自分の力を試したい気持ちはあった。しかし、本当はエミリーの憎しみを少しでも和らげて、普通の女の子にしてあげたいという気持ちの方が大きかった。

 だけど、こんな状況でエミリーにそう言ってしまうのは、男として卑怯な気がしたのだ。


「(このまま状況に流されるのは、僕にも彼女にとっても良くない。それに僕の体じゃ何もできない……よね)」


 こんな時間に男性の部屋に訪れたという事は、エミリーは何かあっても良いと覚悟しているのだろう。しかし、そんな状況で彼女と何かしてしまう事は僕にはできなかった。

 いや、実際にはこんな体では何もできないのだが…。


「…そうですか。でも…サハシ様が、私の事を気にかけてくださっていると分かり、嬉しいです」


 エミリーが小さくため息をつく。それでも彼女は僕に抱きついたままだった。

 僕は少し残念に思いながらも、彼女をそっと(・・・)引き離した。


「サハシ様?」


 僕がエミリーを引き離すと、抗議するように彼女は小さく名前を呼んだ。彼女に潤んだ瞳で見上げられるが、そこはぐっと耐える。


「もっと自分を大事にしなさい(うぁ、何かもう枯れちゃった大人の対応だよ。実際、枯れるどころかもともと何もできないんだから、これじゃ蛇の生殺しだよ…)」


 僕の頭の中では、若い男の情動に流されたいという気持ちがあるが、その反面、体はピクリとも反応しない、いやするはずがない。だから、僕は少女漫画の下半身のない主人公のような台詞を吐くしかなかった。


《XXX機能を開放しますか?》


 そんな時、突然目の前にピンク(・・・)のダイアログが表示される。


「(えっ、これってもしかして…)」


 僕は来て出てきたダイアログに驚いた。そして当然"Yes"と念じる。


《XXX機能には、年齢制限が掛かっています。年齢条件..十八歳以上..制限解除条件に該当。制限解除実行....エラー発生。XXX機能は、佐橋進(さはしすすむ)博士によりロックされています。解除にはパスワードが必要です。パスワードを入力してください》


「(爺ちゃんよ、何でロックをかけてるんですか…)」


 年齢制限解除の辺りで最高に盛り上がった僕の気持ちは、パスワード入力画面が表示されたところで急降下して地面に激突して大破した。


「サハシ様?」


 エミリーは、肩を掴んだまま固まってしまった僕を不思議そうに見上げていた。


「取りあえず…今夜はこのまま帰ってもらえませんか。僕も今日は色々あって、気持ちが整理できてないのです」


 僕がそう言うと、エミリーは拒絶されたと思ったのか、悲しい表情をうかべていた。


「(そんな悲しい顔をしても…こっちも悲しいんです)とにかく、明日また話をさせて下さい」


 僕はそう言って、エミリーとの話を終えてドアを閉めようとしたのだが、その隙を突いて、彼女は再び抱きついてきた。


「!?」


 エミリーは、強引に僕の顔を引き寄せるとキスをしてきた。僕はそれを拒むこともできたのだが、美少女の可愛い唇が吸い付いてくるのを拒むことなど、健全な男性にできるはずがない。


「これは、…今日ゴブリンから助けていただいたお礼です」


 僕には無限の時間に感じられたが、エミリーがキスをしていたのは二、三秒秒ぐらいだろう。

 真っ赤な顔を僕から離すと、エミリーは自分の部屋にそそくさと戻っていった。


 一方、僕はその場でドアを開けたまま、しばらく動くこともできずに固まっていた(フリーズしていた)



 ◇



 翌朝、外が明るくなったことで、僕はベッドの中で徹夜してしまった事に気がついた。

 徹夜で何をしていたかというと、祖父が設定したパスワードの解除を試みていたのだ。

 一晩掛けて、祖父の設定しそうなパスワードを思いつく限り入力してみたのだが、結局パスワードロックは解除できなかった。


 外が明るくなりしばらくすると、コンコンとドアがノックされた。


「サハシ様、おはようございます。朝食の準備ができていますが、起きておられますか?」


「ありがとうございます。準備しますので、しばらく待っていてくれませんか」


「はい、ところでサハシ様は、鎧とその黒い服の他は、お召し物は持っておられないのでしょうか?」


「…ええ、恥ずかしい話ですが、これ以外の服は持っていません」


「それでは、神父様のお古で申し訳ありませんが、服を置いておきます。必要であればお使いください」


 エミリーは、僕と顔を合わせるのが恥ずかしいのか、ドアの外に服を置くと去って行った。ドアを開けて服を見ると、ローダン神父様のお古という服は、麻の作業着の上下だった。


 黒いウェットスーツを着たような姿でうろつくのも恥ずかしいし、外部装甲()を装着した姿で食事をいただくのは失礼である。僕は服を有り難く借用することにした。


「(凄く眠い)」


 徹夜したおかげで非常に眠い。服を着ようとするが、徹夜した頭はぼーっとしていた。


《脳波が低下中。覚醒剤(ドーパミン)を注入します》


 ログが表示されると同時に頭の中に何かが広がり、僕の眠気は吹っ飛んだ。


「(覚醒剤って、麻薬じゃないよね。取りあえず眠気が無くなる良いけど、副作用がありそうだな。なるべくこの機能を使わないようにしよう)」


 ローダン神父のお古は、僕には少し大きかったが、十分着ることはできた。だらしない格好になってないことを確認すると、僕は食堂に向かった。





「サハシ様、おはようございます」


 ローダン神父は、既に席について僕を待っていた。


「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」


 テーブルの上には、朝食である野菜のスープと黒いパンが並んでいた。


 ローダン神父の向かいの席が僕の席らしく、そこに座った。ローダン神父の横にエミリーが座ると、彼等は無言で朝食を取り始めた。


「(こっちの人はお祈りとかしないんだね)いただきます」


 僕は日本人らしく食前の挨拶をして朝食を食べ始める。


「サハシ様、「いただきます」とは何のことでしょうか?」


「僕の住んでいた村では、食事の前に「いただきます」と言って、食事を作ってくれた人や食材に感謝してから食べ始める風習があるのです」


「ほぉ、食事を作ってくれた人や食材に感謝するのですか。それは良い風習ですね」


 適当にごまかして説明したが、ローダン神父は、「いただきます」に感心してくれた。


「(さて、物を食べるのは数年ぶりだけど、普通に食べても大丈夫なんだろうか?)」


 サイボーグ化により内臓を全て機械に置き換えた僕は、かれこれ一年以上まともな食事を取っていない。

 そんな僕が、人と同じ食事をとれるのか、それが今試される。


「(まずはスープから)」


 野菜の切れ端が浮かぶ、恐らく塩味だけのスープを、スプーンで掬って口に運ぶ。


「美味しい」


 久しぶりに自分の舌で味わう塩味に、僕は感動していた。病院食で薄い塩味の食事に慣れた人が外食した際に美味しく感じるというが、僕の場合はその数倍の感動を味わっている。

 スープ自体は凄く薄い塩味だが、今の僕にはどんな食事よりも美味に感じた。


《分析開始...塩分濃度0.1%......有害物質は検出されませんでした》


 スープの成分分析ログが表示されるが、それに目もくれずに僕はスープを飲むのに夢中になっていた。


「サハシ様?」


「(あっ、ちょっと行儀が悪かったかな)」


 エミリーとローダン神父は、僕がスープを食べるのを驚いた顔で見つめていた。

 僕は少し顔を赤くして…本当に赤くなっているかは疑問だが…スプーンを置いてしまった。


「すいません、美味しかったので…」


「いえ、そう言っていただけると嬉しいのですが、こんな塩のみのスープでそこまで喜んでいただけるとは思ってもみませんでした」


 二人が恐縮する中、僕は黒パンも食べてみた。もちろん黒パンも美味しかった。

 あっという間に食べきってしまった僕に、エミリーはおかわりを聞いてきた。恥ずかしかったが、僕はスープをおかわりさせて貰った。





「ところで、サハシ様は、今日どうなされますか?」


 ローダン神父が、僕に今日の予定を訪ねてきた。


「そうですね。…昨日、村長様の所で冒険者の仮登録ができるとききましたので、まずは冒険者の仮登録を済ませたいと思います。その後は、…北の森に向かって、退治するゴブリンの様子を見てきたいと思います」


「冒険者の仮登録を行われるのですか。サハシ様が宜しければそうして下さい。しかし、いきなり北の森に入られるのは危険と思われます」


「昨日戦ってみた感じでは、ゴブリンなら問題ないと思います。ゴブリンを退治するのであれば、森の中の様子を良く知っておいた方が良いと思うのです」


「なるほど…。それなら村の一番の狩人、ビルさんと一緒に行かれた方が良いでしょう。エミリー、サハシ様に付いていって、お手伝いしてあげなさい」


「はい、神父様」


 エミリーが食事の後片付けを終えると、僕は(外装)に着替え、彼女を伴って村長宅に向かった。





 村長宅は、村の中央にある大きめの農家であった。


「村長様、エミリーです」


 エミリーは、家の玄関先で大きな声で村長を呼ぶ。しばらくすると、家の中から小太りの日焼けした中年男性が出てきた。


「エミリー、その方がアレフが言っていた騎士様かね?」


 昨日会った門番のアレフは、僕を騎士だと村長に報告したようだった。


「いえ、僕は騎士ではなく、冒険者を目指しているサハシと言います。それで、今日は冒険者の仮登録をお願いにこちらに参りました」


「そのような立派な鎧をお持ちなのに、騎士様ではないと。…いえ、それでは冒険者の仮登録をすれば宜しいのでしょうか?」


 僕が騎士でないと聞いて村長はがっかりした顔になっていた。村長も騎士様にゴブリンを退治してもらえると思っていたようだった。


「村長様。サハシ様は騎士様ではありませんが、ゴブリンなど歯牙にもかけぬお方です。ゴブリンの討伐をお願いするためにも、冒険者の仮登録をお願いしたいのです」


 エミリーがそう言うと、村長は期待するような顔を僕に向けた。僕は小さく頷いて、エミリーの言葉を肯定しておいた。


「そうですか。ゴブリンを退治して下さると。それで冒険者の仮登録ですか。確かにできたと思うのですが、私もやったことがないのです。ちょっと調べてきますので、サハシ殿もエミリーも中に入って待っていてください」


 僕とエミリーは、村長宅のリビングに通された。リビングにはこの村と近辺の地図が飾ってあった。村の家の配置や周囲の畑、北の森についていい加減ではあるが描かれていた。


《記録開始..成功しました》


 僕は、地図の画像を必要な時に参照出来るように保存しておいた。





「お待たせしました。登録手順を書いた羊皮紙を探すのに時間がかかりました」


 村長は羊皮紙と小さな水晶のついた道具、そして銀色の小さな札を持って現れた。


「サハシ殿はこれをお持ちですか?」


 村長が銀色の札を差し出すが、持っているわけのない僕は首を横に振る。


「田舎者なので、そのような物は所持していません」


「ではまず銀色の札(タグ)を作るところから始めます。タグは、街に入るときや関所を通るときに必要なものです。それでは作りますので、まず水晶球に手をのせてください。ああこれは、文字を書けない人でもタグを作ることができる魔法道具です」


 村長は、僕が水晶球に手をのせるのを確認すると、道具の下のスリットに銀色の札(タグ)を差し込んだ。


「名前と年齢を思い浮かべてください」


 僕は名前と年齢を頭に思い浮かべると、水晶球が輝いた。思わず手を離しそうになったが、しばらくすると銀色の札(タグ)が、道具から吐き出された。


「(道具が動かなかったらどうしようかと思ったけど、うまくいったのかな?)」


「ケイ・サハシ? サハシ様は東方の出身なのでしょうか? しかし姓をお持ちとは、まさか貴族様なのでしょうか?」


「(どうやらこちらは名・姓が一般的らしいな。そして貴族とか言われるのは、姓があるからか)」


「先祖は東方の出身と聞いております。姓の方は代々受け継いできたもので、貴族ではありません」


 適当に自分の出身をごまかして村長に話すが、人の良さそうな村長はそれを信じてくれたた。


「なるほど、そうですか。ではこれをお受け取りください」


 村長は、銀色の札(タグ)を僕に手渡した。タグの表面には、小さな字が彫り込まれていた。字が読めない僕には何が書かれているかわからない。


「(多分名前だと思うけど、後でエミリーに教えてもらおう)」


「これでサハシ殿の身分証明と冒険者としての仮登録が終わりました」


 あっけないぐらい簡単に仮登録は終わってしまった。


「これでサハシ様は冒険者としてゴブリンを退治できるのですね?」


 エミリーは僕をすぐにでも森に連れて行きたいらしい。


「はぁ、でもサハシ様は騎士様でもないとのこと。アレフはゴブリンを退治したと言っていましたが、武器も持たずにどうやって退治されるのでしょうか?」


 村長は、僕が騎士でないと分かると僕の実力を疑っているようだった。


「サハシ様は、武器など無くてもゴブリンには負けません」


 エミリーが強気に村長にそう言い切る。


「(最初は僕がゴブリンを退治したのを疑っていたのに?)」


 何を根拠にエミリーがそんな事を言うのか分からず、僕は少し驚いたが、実際ゴブリンに負ける要素が無いのは事実なので、訂正はしなかった。


「エミリー、迂闊にゴブリンに手を出して面倒な事になっても困るのですよ」


 村長は、強気なエミリーに諭すように言い聞かせていた。


「それでは、狩人のビルさんと、サハシ様のどちらが強いか腕比べをして貰えばどうでしょうか?」


 村長が煮え切らないとみたエミリーは、狩人のビルと腕試しなどと、とんでもない事を言い出した。


「(おいおい、ビルは森を案内してもらうはずの人じゃなかったっけ? 一体エミリーは僕に何をさせるつもりなんだ)」


「ふむ、ビルと腕試しですか。それは面白そうですね。サハシ殿どうでしょう? ビルに勝てるような腕をお持ちであれば、私も安心できるのですが」


 しかし、村長はビルとの腕試しに乗り気であった。


「(もしかして面白がっているのかな? まあ、この世界の人の実力を知っておくのも重要だな)ええ、分かりました。腕試しの方お受けします」


 僕は、この世界の人の実力を測るため、エミリーの言う通りビルと腕試しを行う事を了承した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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