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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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追跡と戦闘

『"瑠璃"、そっちの状況を教えてほしい。』


『一人倉庫の方に向かいました。事務所にいる盗賊は四人です。金庫には三人が入っています。…今、金庫からバックを持って出てきました。』


『今のところ事務所に怪我人はいないんだね。』


『ええ、眠らされたままです。』


 眠りの粉魔法(スリープ・パウダー)で寝てしまった場合、寝ている人は外部からの刺激がなければ一時間は目が覚めないとリリーに聞いて知っている。盗賊達の狙いは"無限のバック"で人の命ではないのだからわざわざ殺す必要も無い。


 "瑠璃"と話をしながら事務所へと続く通路を走り抜けようとしたところで、通路の物陰から盗賊が襲いかかってきた。この盗賊は通路を監視して倉庫から人がやってくるのを足止めする役割だったのだろう。


「…」


 背後から無言で短刀を振りかざし、襲い掛かってくる。盗賊は完全に不意打ちできたと思っているのだろうが、赤外線モードを併用して暗視状態で進む僕には彼が潜んでいることが丸分かりだった。気配は消せても熱は消せないのだ。


 背後から襲ってくる短刀を避け、振り向きざまに足にローキックをお見舞いする。足を粉砕された盗賊は悲鳴を上げて転げまわった。


『慶がやってくることに気付いたみたいです。バックを持った大柄な男とローブを着た男が外に逃げ出しました。』


『"瑠璃"、その二人を見失わない様に、後を追って。』


『街の道は私の方が詳しいです。私が行きます。』


 "瑠璃"ではなくマリオンが外に出て行った二人を追いかけてくれるようだ。


『慶、残った二人の内一人が職員に近づいています。もう一人は扉の影で待ち伏せしています。』


 "瑠璃"の実況のお陰で盗賊の配置がよく判り助かる。"瑠璃"の見ている映像を見ることができれば良いのだが、まだその方法(プログラム)は構築できていない。





 僕が事務所に飛び込むと扉の影に隠れていた盗賊が小剣を構えて飛び出してきたのだが…彼は僕に背後から蹴り飛ばされた。

 足音を頼りにタイミングを図っていたのだろうが、最後の数メートルを三段跳びのように進んでタイミングをずらしてやったのだ。

 彼は僕の前に飛び出しすつもりだったのだろうが、タイミングをずらした結果として、僕が通りすぎてから飛び出すことになった。

 少し強く蹴りすぎたのか、盗賊は通路の奥に飛んでいき、壁にぶつかって動かなくなった。


(首の骨を折ってなきゃ良いが。)


 僕が待ち伏せしていた一人を速攻で戦闘不能に追い込んだのは、残った一人が職員を人質にしていたからである。


「それ以上こっちに来るなよ。」


 眠っている女性職員の首筋に短刀を当てながら盗賊が警告してきた。その声で僕は扉の辺りで立ち止まってしまった。

 短刀を構える盗賊までの距離は五メートルほど。盗賊が持っている短剣には毒が塗られていないことが判ったが、間に机などが有るため一気に間合いを詰めることは難しい。


「そのままじっとしてろよ。」


 盗賊も一人では人質を取るだけで精一杯のため、僕と盗賊は睨み合ったまま動きがとれない状況になってしまった。


(盗賊は時間稼ぎが目的だろうな。逃げた連中も早く追いかけなきゃいけないし、なんとかしないと。)


 さっさと盗賊を無力化して逃げ出した者達を追いかけなければならないのだが、人質がいるために強引な攻め方はできない。


『"瑠璃"、映像は無理でも音は出せるよね。一曲歌ってくれないか?』


『歌ですね…了解です。』


 古典的な方法であるが、"瑠璃"の歌で気を引いて左手の射出ワイヤーで盗賊を狙うことにした。


(射出ワイヤーセット、射出速度は50m/secで。)


《射出ワイヤをセットします。射出速度:50m/secに設定します。》


 僕は左手を静かに持ち上げて盗賊に向けた。盗賊はその動作に一瞬身構えた。


「♪♪♪」


 僕に警戒を最大限向けている状態で、盗賊の背後に寝ているエミリーの辺りから歌声が流れはじめた。


「なっ、なんだ?」


 聞いたことのない歌声に盗賊は一瞬驚き、後ろを見てしまった。僕はその隙を逃さずワイヤーを射出して短剣を持つ手にワイヤーを絡めることに成功した。

 すかさず巻き戻すと、ワイヤーに引きずられて机に体を打ちつけられながらこちらに引き寄せられてきた。


「ぐっ、あっ、待ってくれ。」


(殺すよりマシだと思ってくれ。)


 捕まえた腕を引っ張り両肩を脱臼させると、足も片方を踏みつけて骨折させる。それで盗賊は悲鳴を上げて気絶してしまった。


 悲鳴に顔をしかめながら無力化した盗賊を放り出し、僕はエミリーに駆け寄った。


「エミリー起きてくれ。」


「あれ、私は…」


 僕は肩を激しく揺さぶるりエミリーを起こす。


「魔法で眠らされたんだ。商会の人達を起こして、倉庫の方に応援に行ってほしい。」


 僕の耳にはまだ倉庫で戦っている音が聞こえている。今の状況でもゴンサレスが何とかするだろうが、応援は必要である。


 エミリーにそれだけ伝えると僕はマリオンに逃げ出した盗賊達の状況を聞いた。


『マリオン、盗賊の追跡は大丈夫?』


『はい、大丈夫です。ちゃんと付いて行ってます。逃げた盗賊はスラムの方に向かってます。』


 街の地図を表示してマリオンの位置を重ねあわせると既に数百メートルは離されている。


("瑠璃"だと百メートルが限界だったけど、マリオンはかなり遠くまで行けるのだな。いや、そんなことより追いかけないと。)


「エミリー、武器に毒を塗っている盗賊がいるから、気をつけて。」


 商会の人を起こしているエミリーに声をかけて僕は外に飛び出した。


(普通に道を走っていたらスラムに逃げ込まれる。ここは最短距離を行こう。)


 そう思った僕は地面を蹴って飛び上がり、建物の上をスラスターと脚力を駆使して飛び越えながら最短距離で逃げた盗賊を追いかけ始めた。





 ウーゴは大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材の入った"無限のバック"を抱えてアジトに向かって走っていた。彼の後ろにはローブを着た男が付いて来ていた。


 ローブを着た男はドヌエル男爵のお抱えの魔法使いで、名前はオレグという。「男爵の失脚により行く当てが無くなった」と言ってやって来た彼をウーゴは"アルシュヌの鷲ノ爪"に迎え入れたのだ。


 無口で何を考えているのか判らない男であるが、魔法使いだけあって頭が良く、今回の襲撃の計画もほとんど彼が立てた。

 倉庫に放火を行い警備と職員をそちらに引き付け、その隙に事務所の倉庫にある金庫を開けて"無限のバック"を盗み出すという彼の計画は成功し、ウーゴの手にはお宝が握られている。


「くくっ、これで俺も"アルシュヌの鷲"のリーダに近づいたってもんだ。」


「…」


「俺が"アルシュヌの鷲"のリーダになった暁には、オレグ、お前をサブリーダにしてやる。」


「…」


 相変わらず無口なオレグにウーゴは少し気色ばんだが、お宝を手に入れた高揚感の方が勝り、気を取り直す。


「お宝は手に入れたが、俺も少しは腕をふるいたかったぜ。」


 そう言ってウーゴが腰の湾曲剣(カットラス)に手をやった時、目の前に男が降ってきた。





「ようやく追いついた。」


 夜空を駆ける僕の目の前にマリオンが浮かんでいる。彼女が指差す方向に革鎧の大男とローブを着た二人の男が走っていた。

 僕はその二人の目の前に建物から飛び降りた。




「空から、男が降ってきやがった。」


 僕が着地すると、大男が驚いた顔をしながらも腰の湾曲剣(カットラス)を抜いた。


「お前がウーゴだな。"無限のバック"は返してもらうよ。」


 そう言って彼に向かって踏み込もうとして、僕は魔法使いが呪文を唱えていることに気付いた。僕は咄嗟に体を横にずらして"不可視の矢"を避けた。


(危なかった。あの魔法使い、いきなり魔法を唱えてくるとは。)


 不可視の矢インビジブル・ボルトを放った魔法使いの男は、僕に避けられると思わなかったのか驚いた顔をしていた。


「オレグ、手を出すな。こんな小僧は俺一人でひねってやる。」


 ウーゴは湾曲剣(カットラス)を振り回し、オレグに"無限のバック"を放り投げ、手出しをするなと命令する。オレグと呼ばれた魔法使いはバックを受け取ると、ウーゴの後方に下がった。



 ウーゴは僕が無手なのを見て湾曲剣(カットラス)を構えて無造作に近づいてきた。


「たった一人で俺に向かってくるとは命知らずだな。たっぷりかわいがってやるぜ。」


 ウーゴが巨体に似合わないスピードで突進し湾曲剣(カットラス)を振るってきた。


(早いが…ゴンサレス程ではないな。それよりも後ろの魔法使いの方に気をつけないと。)


 ウーゴの攻撃を避けながら魔法使いの様子を伺う。杖を構えて魔法を唱えるタイミングを計っているが、僕はウーゴを常に間に挟むようにしているので彼も魔法を唱えられないはずだ。


「何故当たらん。」


 二メートルを超える巨体のウーゴは湾曲剣(カットラス)を短刀のように振り回すが、僕はそれを避け続ける。

 ウーゴを盾にしている間は魔法が飛んでこないので、彼の攻撃を避けながら魔法使いの方を倒そうと、僕は右手に投擲用の木の杭を取り出そうとしたところでログが表示された。


《警告:マナ密度の上昇を検出しました。》


 気が付くと魔法使いは杖を構え呪文を唱えており、彼の周りに魔力(マナ)の光が集まり始めていた。


「オレグ、手を出すなと…」


「……ライトニングボルト」


 ウーゴの叫びを無視してオレグは電撃魔法(ライトニングボルト)を唱えた。彼の右手に握った杖から電撃がウーゴと僕に向かって一直線に伸びてくる。さすがに光の速さ(実際には1/3程度だが)で飛んでくる電撃は避けることができなかった。


 電撃魔法(ライトニングボルト)は、術者から直線上に電撃を放つ魔法である。呪文としては火炎弾(ファイアボール)より習得が難しく必要とする魔力(マナ)も多い。一直線に伸びる電撃はその通り道にいる全ての物に電気によるダメージと麻痺を与えることから、本来は密集した敵集団に対し放つ魔法だ。

 オレグはそれを味方のウーゴごと僕に打ち込んだのだ。


「ギャッ」


「ウッ」


 電撃を受けてしまった僕とウーゴはその場に倒れてしまった。


《電磁波により腕部、脚部の神経系回路に異常発生。回復までに残り、30秒、29、28…》


 僕の外部装甲()は非導電性の材質のため体に当たった電撃は鎧の表面を這いまわり、地面に流れていったが、手足の露出部分がその余波を受けてしまった。ログを見るかぎり致命的なダメージは負わなかったようだが、神経系の回路に異常が発生したらしい。


(復旧までの時間が長い、もう一発魔法をもらったら不味いぞ。)


 味方ごと撃ってくるとは思わず魔法を喰らってしまったことに僕は後悔するが、焦っても後二十秒以上は動けない。


「お、おろげ、き、きじゃま…」


 直撃を食らったウーゴは背中に大きなやけどを負い、筋肉が萎縮して体が麻痺している。死んではいないが治療を受けるまでは体を動かすことさえ難しいだろう。ウーゴは涙をボロボロと流しながらオレグを睨みつけていた。

「俺はもともとお前を裏切るつもりだったんだよ。盗賊団のサブリーダだと、大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を売りさばいたらどれだけになると思ってるんだ。こんな田舎都市で盗賊団なんてやってるのが馬鹿らしくなるほどの贅沢ができるんだぞ。」


 今までほとんど喋らなかったオレグが嬉々としてウーゴに喋り始める。ドヌエル男爵が失脚したと判ると彼が保有していたゴディア商会の合鍵(男爵がこっそり作らせていたもの)を入手しておいたこと。それを使って商会から大金を盗み出すために"アルシュヌの鷲ノ爪"に近づいたこと。オレグはドラマか小説の小悪党が勝ち誇って今までの経緯を語ってしまうというお約束をしてしまっていた。


(とどめを刺さずに喋りまくるって…しかしおかげで助かった。)


 オレグが自慢気に話している間に僕は神経回路の異常から回復した。


「ではそろそろ終わりにしようか。…マナから生まれし炎よ…」


 オレグが悪役らしいセリフを吐き、魔法の呪文を唱え始めたので、僕は起き上がってオレグに飛びかかった。


「なっ、馬鹿な!」


 僕が気絶か麻痺をしてると油断していたオレグは、僕が起き上がったことに驚き、呪文を中断してしまう。


「危ないところだったけど、君の長い話のおかげで回復できたよ。」


 オレグは慌てて杖を振り回すが、僕はそれを掴んでへし折ってしまった。魔法の発動に必要な杖が無くなってしまえば魔法使いは無力である。


電撃魔法(ライトニングボルト)を喰らって動けるとは…化け物め。」


 ウーゴの言う通り電撃魔法(ライトニングボルト)は必殺の呪文だろう。ゲームだとダメージだけ喰らって終わりという感じだが、スタンガンを見れば判るように人間にとって感電によるダメージはかなり致命的なのだ。


「悪いけど、味方を撃つような奴に容赦はできないな。」


 僕はオレグの両肩を外し、両足の膝を砕いて彼を無力化した。


(今日一日で何人の骨と砕いたのだろう。サブミッションは王者の技とか言っていた魔法少女がいたが、人の骨を砕くのはキツイな。)


 気絶した二人を抱え、商会に戻る僕は人の関節を外したり骨を折る感触には絶対慣れることは無いと思ったのだった。


補足:"瑠璃"の本体にはカメラとマイクとスピーカがついています。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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